VS解
「椿さん……お願いがあります」
「なに? ……血、さっさと拭いて」
「あ、ごめんなさい……」ティッシュで鼻と唇の血を拭いた。「外です。西館の外……あなたの異能力で、あるものを探してください……」
「わたしの縮小で? なにを探すの」
「それは……」
探し物を伝える。椿は綴の頼みを聞くとなにも言わず、ただ頷いた。そして部屋から出て行った。
「人の妹を酷使させるな」
「ごめんなさい……」謝ってばかりだ。
「頓珍漢なことを。真洞が犯人ではない? 馬鹿な」
「ですが、現場が密室でなかった以上、第三者が2人の間に介入した可能性があります」
「つまり、貴方が言う真犯人は、王樹真洞氏の私室から天井裏に忍び込み、倉庫まで向かった。そして停電のタイミングを見計らって、この部屋に着地。哀根氏を殺害したというのか?」
解は皮肉めいた口ぶりで言うが、綴は揺らがない。
「……それだけではありません。真洞さんに打撃を与えたのも、犯人です。犯人は真洞さんに罪を着せるため、倉庫を密室にした。真洞さんが停電後に起きていた場合、中から普通に鍵を開けて出られてしまう。そのため犯人は殴って気絶させ、行動不能に陥らせたかった。事前に置き場所を知っていれば、暗闇の中でも可能です」
「チェック」
「え」
覚えのある指摘だ。椿の兄らしい。
「事前に置き場所を知っていた。つまりは、真犯人とやらは事前に倉庫に訪れていたことになる。ナイフを置いたのも、真犯人だと貴方は言いたいのか?」
「そうですね。やはり、偶然そこにあったよりかは、真洞さんがそれを手に取るように、真犯人が仕向けたと考える方が自然です」
「では、その置いたタイミングというのはいつだ? 犯行の直前でなければ、真洞に見つかって回収されてしまう恐れもある」
そう、確実に犯行に及ぶためには道具をギリギリで置く必要がある。
「しかし時計の位置の把握やナイフの設置のために倉庫へ赴くには、カードキーを入手しなければならないが、保管場所は隠されていた。入手は容易ではない。哀根も破壊を選んだ」
解の冷静で、論理的な反論は続く。
「なにより、真洞が犯人でないとするなら、真犯人もまた、3階にいたと貴方は言いたいのだろう? どちらにせよ、カードキーで3階へ上がる必要がある。犯人が如何にして入手したのか示せ!」
「至って普通に、です。真犯人は、管理室からカードキーを盗み出すことが簡単にできた」
綴もまた、冷静だ。
「……なに?」
綴には、真犯人の姿が見えている。
「──チェックだ! 真洞がチェックメイトの状態なのは依然変わりがない。天井裏の抜け道1つで、密室が破られたとは言えない!」
「出入りの《入》の方は説明しました。解さんが言いたいのは、《出》の方ですね?」
「然り。貴方の推理が正しいとして、犯人はどうやって脱出した? 天井裏の通路を抜ければ部屋からは出られるが、ただの跳躍では届かない高度だ」
「木箱を置いて踏み台にしても、木箱はその場に残される。そんな不自然なものもありませんでしたね。密室なので、後から片付けることも不可能」
「理解しているなら僥倖。それに、悠々と階段を下りて例の壁を抜けていれば、使用人と鉢合わせになる。停電後、すぐに事件は発覚した。時間的猶予はさほど無かったのだ」
「それは……」
「なにより、事件後に現場付近にいたものは、寝ていた王樹燈花を除けば存在しない!」
「……もちろん、燈花さんは犯人ではありません。犯人はカードキーを東館1階の管理室に返さなくてはいけない。ですが西館の2階にいた燈花さんに返すことは不可能ですから。
それに、カードキーの保管場所は、普段ここに住んでいない燈花さんには分からないでしょう」
「それは……理解している」
その瞬間、スマホが鳴り出す。綴は微笑む。想定よりも早い。
「椿さんからです。僕が頼んでいたものを早くも発見したそうです。本当に、優秀な人ですね」
「……椿の連絡先を知っているのか?」
あからさまに怪訝な顔をしている。
「え、ええっと……前の事件で、いつでも連絡を取れるようにはしておきました……し、仕事のためですから!」
不純な動機は本当にないのだが、兄の表情がどんどん鬼気迫るものになっていく。釣られて、動揺した声になってしまう。
「……まあ、いい。早く出ろ。椿はなにを発見した?」
電話に出ると椿の荒い呼吸が聞こえてきた。さんざん1階と3階を行き来させているのだから当然だ。申し訳なさで、綴の声が小さくなる。
『……ハチミツくん。見つけた。ここにこれがあるって、あなたは分かっていたの?』
「確証はありませんが、あらゆる可能性を排除した結果、そうとしか考えられなくなったんです」
『……わたしの縮小のおかげで、これを見つけられる。コーヒー奢ってね』
「あ、はい」
手短に済ませて、通話は終わった。しばらくの静寂。
「……解さん。これで証明できます。あなたが疑問を抱いた点についての、答えを」
「リザインはしないようだな。ならば、答えて貰おうか? 犯人はどうやって3階から抜け出した?」
倉庫からの脱出経路。そんなもの、1つしかない。
「窓から、飛んだんですよ」
「……なっ」
「入口側の窓は木箱で塞がれていましたが、奥の窓は鍵が開いていました。飛び降りて、地上に着地したんです」
「……戯けたことを! 実際に見てみろ! この屋敷の3階は通常の住宅の3階とは違う! 凄まじい高所に加え、樹木が針山のように植えられている。隙間はあるが、どちらにせよ重傷は免れられない!」
「……椿さんは、あるものを見つけてくださいました。それは、《糸》です」
解は愕然とする。動揺が瞳に見られた。
「もちろん、枝亜さんの糸です。思い出してください。彼女の糸の特性を。粘着質であること。それから──」
《強度は並の糸とは比べものにならないし、束ねたら布くらい太くなる》
《あたしの糸は出したらちゃんとゴミ箱に捨てなきゃいけないんだ。3階のは風馬が簡単に掃除してくれたけど。燃やせば簡単に消えるよ》
「強度が優れていて、さらに残るんですよ。今日まで彼女が放出した糸をトリックのために回収して、木々の間に張り巡らせた。そう、まるでハンモックのように」
「ま、まさか……あ、貴方は、こう言いたいのか……張り巡らせた糸に、飛び降りたと!」
「その通りです。これなら犯行を行った後に地上へ降り、カードキーも戻すことができる」
解は青ざめている。手を震わせて口元に当てる。
「まさか……王樹枝亜、彼女か? 彼女なら、糸を自由に張り巡らせることが可能。飛び降りたときに糸が身体にくっついていたとしても、彼女なら怪しくはない……」
「……枝亜さん」
確かに、彼の意見には一理ある。
「さらに言えば、彼女にはアリバイがない。常に娯楽室にいたといっても、誰もそれを証言できる者はいない」
「……う」
頭が痛む。速記のダメージが残っている。
綴の推理には綻びがあった。
「枝亜さんは、犯人ではないと……思います」
「……なにを言い出す? 枝亜が犯人なら、3階から飛び出し、1階の娯楽室にいたとしても不思議ではない。カードキーの場所も、ここ数ヶ月屋敷に滞在していた彼女なら見つけ出していた可能性がある。貴方が導き出した推理ではないか!」
「……」
点と点は描けているのに、それを繋げる線がガタガタだ。枝亜は犯人ではなく、別にいる。それは分かっているのに、根拠が導き出せていない。
「あぁー! やっと見つけたぜ! ハチミツお前、なんで倉庫にいんだよ!」
場にそぐわない、楽観的な声が響いた。
究助だ。
「あ、忘れてました……」
「よくもまあ俺を忘れられるもんだなぁ!?」
究助が怒りでブンブンと腕を振った。
「っと、そうだ! 紫雲からの連絡だ。哀根の刺し傷だが、ちょっと変らしい!」
「変? 変とは?」
「真洞って背が高いだろ? なのに、哀根の身体の刺し傷は、2人の身長差と合わないんだってよ」
「分かるものなんですか?」
「胸の傷の位置と、真洞が腕を上げたときの高さからの推測らしいぜ。これ、真洞が犯人じゃないってことにならねぇか!?」
……本来であれば重要な証拠だ。いや、今でも欲しかった情報に変わりはないのだが。
「つっても、まず密室の謎を解かねぇと話が始まら……」
「もう終わっている」解が究助の疑問を叩き斬った。
「あれぇ!?」
「い、いや、でも、ありがたい証言ですよ。これで、真洞さん以外が犯人という説が補強されましたから……」
「……俺、今日こんなんばっかりかよ……」
いよいよ打ちのめされている。気の毒だが、慰めている場合でもないのだ。
「えっと、今はその、枝亜さんが犯人の可能性があって……」
「は? な、なな……あの『ドラシア』が人を殺すわけ……っつーか話の流れが分かんねぇ! どうしてそうなったんだ!?」
「貴方に説明している暇などない。そんなことより、王樹枝亜の容疑を……」
「いや、アイツが犯人なんてあり得ねぇよ! だってアイツには鉄壁のアリバイがあるじゃねぇか!」
「──へ?」
「て、鉄壁の……アリバイ……だと?」
あまりにもさらっと言うものだから、流してしまうところだった。
「究助さん! 鉄壁のアリバイって、なんですか!? そんなもの、だ、誰が!?」
「……いや、そんなもん、決まってんだろ? ゲームだよ、ゲーム。アイツがずっとやってただろ。知る人ぞ知る超高難度王道STG、『怒盆鉢』!」
「……それが、なんだと言うんだ! 戯けている場合じゃないぞ……こんなときにゲームなぞ関係ない……」
「いやいや、スコアだよ。事件があったとき、ずっとプレイしてた。今から見てみるか? 犯行があった時間、スコアが記録されてる。分かるか? 超高難度だぜ? 当たり前だけど、片手間にできるもんじゃねぇ。ゲーム筐体にかじりついてなきゃあり得ねぇ記録が、残ってるんだよ!」
子供のように目を輝かせているが、こちらとしてはそんな感じにはなれない。
「ま、待て! 私はゲームなどやらないから判然としないが、セーブ機能というのがあるだろう! 中断だ! 中断すればアリバイなど……」
「ガハハハ! お前、意外とアホだなー!」究助は無邪気に笑った。「怒盆鉢に途中セーブなんてねぇよ! ぶっ続けでやらねぇと駄目なんだよ! だから高難度なんだしな!」
そのゲームをやったことのある究助だからこそ、当然のように知っている知識だ。それを聞いて、解はたまらず目を剥いた。
「な……なんだと……!?」
《今のゲームと違って途中セーブも許されず、難易度イージーなんかもない! 究極的硬派なSTG! それが『怒盆鉢』なんだぜ!」》
確かにそうだ。どうでもいいと思って忘れていた。
「あ、あれ? なんか、俺、やっちった?」
「究助さん……! す、凄いです! ファインプレーです!」
点と点を結ぶ線が描かれた。停滞していた謎の答えを、究助が持ってきたのだ。
究助は相変わらず状況が飲み込めずに唖然としていたが、表情を明るくし、「お、おお……」と照れながら呟いた。
「最上究助……私は貴方のことを侮っていたようだ……」
「お?」
「貴方は私たちに足りない知識があることを知り、それを補うために……単独行動、枝亜から情報を引き出してきた、というわけか……思慮が足りていなかったのは、私の方だった……許してくれ」
「おお!?」
「まさか、間抜けな言動も、関係者を油断させて証言を引き出すための偽装だった……!?」
勝手に良い評価をしているが、無論、究助にそんなつもりはない。
「……あ、当たり前だぜ! 究極的に冴え渡る俺の推理! 思い知ったかコラァ!」
「……」
──まあ、なにも言わないでおこう。
「──犯人は枝亜ではない。とすれば……貴方には、見えているのか。この事件の真犯人が!」
「……やっぱり、自信はありません。でも、聞いて貰えますか。おかしいと思ったら、指摘してください」
「……いいだろう」
「真犯人を示すのは、例の停電です。あの謎の停電を起こせたのが真犯人になります」
真洞の正当防衛による殺人。そう見せかけるためには、当然のことだが停電は偶然ではない。あのタイミング、狙い澄まして暗闇を作り出す。さらに、犯人は天井裏にいたはずで、その場で停電を起こす必要がある。
「んなもん、どうやってやるんだよ。しかもブレーカーには誰も触った痕跡がないんだろ? 解、そうだよな?」
「……なにか、急に馴れ馴れしくなったな。
だがそうだ。ブレーカーの記憶を辿った結果、それが分かった」
「んじゃ、常識的に考えて不可能だろ……」
その通りだ。常識的に考えれば。
──だがもし、常識では考えられない方法を使ったとしたら?
「……異能力」
「……? なにを……」
「異能力ですよ。真犯人は、異能力を使って停電を発生させたんです」
誰もが唖然となる。
「……枝亜は違うのだったな。ならば……幹高の精霊か? 言っておくが、私のサイコメトリーはたとえ精霊を使ったとしても、痕跡を隠せはしない。それとも、当主の大地か? 彼は足が悪く、とてもじゃないが犯行など実行できない──」
「もう1人、いたんですよ」
「……なにを言っているのだ……」
綴は、その異能力者の名を告げる。
「王樹梢ちゃん。彼女の異能力です」




