捜査その2
先ほどから究助の様子がおかしい。口数が少なく、たまに口を開いたかと思えば声色は暗い。もう時間も深夜2時になる。綴も眠く、頭が回らない。究助もそうであっても仕方ない──と勝手に納得してみたが、そうではないらしい。
「俺……全然役に立ってねぇよな」
「え、そんなことないですけど……」
「いや……さっきもさ、墨塗に異能力情報を教えてもらおうと連絡したら、すでに解が確認取ってたみたいだし。今回、俺がやったことってなにもねぇ……」
「や、山道の運転、上手でしたよ!」
「俺タクシードライバーじゃねぇんだよ!
……枝亜を呼びに行こうとして、ゲームに夢中になっちまったし……解には役立たずのモジャモジャヘア野郎って言われたし……」
「そこまで言われてましたっけ……?」
「しかもさ、ついさっき椿の様子を見に行ったら、真洞の部屋でなんか探し物してるんだ。考えがあんのかなぁ。俺には、考えなんてちっともねぇ……」
ずいぶんと落ち込んでいる。確かに最初、ボロボロに言われていた。それが今になってじわじわ効いてきたのかもしれない。
「今は僕に付いてきてください。梢ちゃんについて、燈花さんのところへ行かなくちゃいけないですから。横にいてくれるだけで頼もしいです」
その言葉が良かったのか、丸まっていた背中が徐々に伸びていった。
「……んー……まあ? 俺の威光に頼っていけ!」
***
西館の2階、燈花が借りている部屋に、彼女たちは揃っていた。
「燈花さん、蛇谷さん。それと、梢ちゃん。こんな時間に申し訳ありません。まだ調査を続けていて……」
「いえ。構いません。事件のあったときずっと寝ていましたし、そもそも哀根さんが亡くなり、真洞くんが逮捕されました。まったく眠くないですから」
「探偵さん。もう1人の刑事、白金解様。あの方は?」蛇谷は淡泊な声色で訊ねる。
「別行動で調査を続けています。その、謎が残っていて」
「……まだ続けるんですね」渋面を隠そうとしない。「真洞……様が逮捕されたのだから、調査は終了になるのでは?」
「そうなんですけど、停電や凶器のことなど、少し気になることがありまして」
「はあ」
過去、蛇谷は真洞に仕えていた。歳が近いこともあって親しくしていた、と言っていた。その関係性を鑑みるに、真洞の逮捕に難色を示すと思っていたが。
「──逮捕されたのが逆に、真洞様にとってはいいことかもしれませんよ」
「ど、どういうことですか?」
蛇谷は手袋の口をきゅっと締める。
「殺人とはいえ、初犯。刑は比較的軽くなるのでは? それでこの牢獄から逃げられるのですから……」
蛇谷たちには言っていないが、おそらく正当防衛が適応されるため、さらに軽くなる。
究助が刑事然とした声で答える。
「それでも、殺人を犯したとあっては、その罪はずっと真洞さんに付いて回る。それに、外に出られるといっても下手すりゃ結局牢の中。まったく良いもんじゃないでしょうよ」
「どっちにしても、これで真洞様の存在は世に知られる。世間体を気にした王樹家は、彼をこの屋敷から追い出すでしょう。牢の中から出られた日には、自由を手にすると言ってもいい」
「風馬さん」燈花が優しい声でたしなめる。「そういうことを言ってはいけません。あなたなりに真洞くんを心配しているのでしょうけどね」
「……失礼致しました」
「申し訳ないのですが、紅茶を注いできて貰えないでしょうか。喉が渇いてしまいました……」
「かしこまりました」
蛇谷が出て行って、落ち着いた雰囲気に包まれた。
綴は梢が寝ているベビーベッドに近寄る。吊り下がってるはずのベッドメリーが脇に転がっている。泣かないということは、おもちゃもあまり必要ないということだろうか。
見守りカメラがある。この屋敷では必要ないだろうが、普段はこのモニターによって、出先でも梢の様子を確認しているようだ。
「探偵さん、なにか用があって来たんですよね? もしかして、梢に? なんて、そんなわけないですよね……」
「あ、えっと」そんなわけ、なのだった。「庭師の芝生山さんの証言なのですが……」
「芝生山さん。庭師の方ですね。葉太さんが家から出て、わたしと結婚した頃に、入れ替わるように雇われた方です」
「彼は事件当時、窓を開けていたそうで。西館の2階から赤ちゃん、つまり梢ちゃんの泣き声を聞いたらしいんです」
「え?」目を丸くし、手を口元に当てる。上品な驚き方だ。「梢が? 泣いて? そんなはず……滅多なことでは泣かないんです。ベッドの角に頭をぶつけても、粗相をしても、泣きません」
「停電が怖かったとか」
「……あるんでしょうか。言われてみれば、前に停電を起こしたときにも泣いていたことがあったかも。滅多に泣かないけど、泣くときは泣きますし、あり得るかもしれません。
──梢が泣くのは、主に……」
梢は口元をぷくぷくと動かす。こんなときでなければ、とても癒されるのだが、綴は解けない謎に直面し、追い立てられるような気分になっていて、それどころではなかった。
「梢が泣く、苦手な物があるんです。物、というか、音?」
「お、音ですか? 嫌いな音……?」
「俺も皿が擦れる音は嫌いなんだよなぁ」
究助は、実際に音が聞こえるかのように耳を塞ぐ。
「そういうのではなく、音楽です。ベートーベンの、『運命』が怖いらしくて」
「へ? 運命って……あの、《ジャジャジャジャーン!》の奴ですか?」
「はい。その《ジャジャジャジャーン!》です」
「た、確かに衝撃的なメロディではありますけど……」
だからこそ、有名なわけだし。
「わたしがクラシック好きで、梢にも聴かせてあげようと思ったら、運命にだけ泣き出しちゃって。赤ちゃんって、よく分からないものが怖いんですよね」
「……」
まさか、停電中に運命が演奏された……わけもなく。不可解な現象に、納得のいく説明はなかった。
しかし謎を投げ出すわけにはいかない。なにか、綴の脳裏には、一種の閃きが生まれそうになる。けれどその閃きの中身を開くには、まだ時間がかかるのだった。
***
1階に降り、娯楽室の前を通ると、枝亜がまだゲームをしていた。ゲーマーの仕事をするためには寝る間も惜しんだ鍛錬が必要、ということなのか、はたまた好きが高じているのか。
「あれ。お2人さん。まだ捜査してるの?」
枝亜は筐体でゲームをしながら、部屋の入口にいる綴と究助に気づいた。
「え、ええと、はい。真洞さんは逮捕されましたが、まだ分からないことがあって」
「……ああ、真洞、逮捕されたの」
「え、知らなかったんですか」
「ここでゲームしてたから」
「……」究助がまた嫌悪を示す。「息子が逮捕されたんなら、もうちょっと……」
「どうなんだろうねぇ」
「あ?」
「ここで幽閉されて一生を終えるか、牢に入れられた後、自由になるか」
「……あんたもそういう考えかよ。蛇谷と同じか」
枝亜はゲームが一段落したようで、手を止めてこちらに体を向けた。
「そういえば、真洞の《洗脳》ってなにか関係してないの?」
「洗脳? たとえば、どんなふうにですか?」
「哀根と話したときに目を晒して、洗脳する。ナイフを持たせて、哀根自身を刺した……刺させた? それって、自殺扱い? 異能力を使った殺人?」
「あ……」その可能性は考えてなかった。しかし。「もしそうなら、真洞さんは正直に言うと思いますよ。最初から自白しているのに、殺害方法を隠す意味はありませんから」
彼が隠したのは哀根が彼を殺そうとしたことだ。
「それに、自分で刺したなら検視でバレるぜ。自分で刺したか他人が刺したか、それくらいなら分かるからな」
「ふうん。じゃあ、やっぱり真洞が刺したんだ。でも、詳しく調べたの?」
「あぁ……どうだろうな。今頃、紫雲が……監察医が調べてるだろうが……」
遺体は搬出されている。
究助がスマホを確認すると、「ヤベェ」と慌てる。
「どうしました?」
「その紫雲から連絡がメッチャ来てた。大事な用だったらどうしよう……。悪いハチミツ。ちょっと電話してくる」
「あ、はい」
究助が娯楽室から出る。枝亜と2人きりになって、気まずくなる。
「……ええと、枝亜さん……真洞さんのことが心配ですか?」
「んー……」
究助と話している間に、ゲームを再開していた。
「先ほどから……真洞さんの犯行を疑っていますよね」
「疑っちゃ悪いの? 母親なんだけど、あたし」
「ああいえ、そういうわけじゃ……その、失礼ですが、親子にしては薄情かなって……」
「本当に失礼ー」
「すみません」
「……あたしなりに、考えてたつもりなんだけどな。アイツが悪い奴に利用されないように、幽閉に賛成したのも」
「……そう、ですよね」
王樹家は普通の家庭じゃない。枝亜と真洞の関係も普通の親子じゃない。ブランドを守ることと、息子を守ること。両方を天秤にかけて、幽閉を選択したのが、枝亜だったのだ。
「ん?」
外からドタドタと走る音がする。究助かと思って外に向かう。
「ハチミツくん!」
「うわ! 椿さん!?」
椿だ。西館の3階にいたはずだが、そこから駆け下りてきたとしたら、ずいぶん大変だったはずだ。かすかに汗をかいて息を切らしている。
「まずこれを見て。簡単で悪いけど、この館の上面図」
「上面図……」
「そっちの方が分かりやすいから。どう? 気づいた?」
そんなことを突然言われても。メモを見返す暇も与えてくれない。
「今すぐ3階の、真洞さんの部屋に来て!」
「え、え? 3階……真洞さんの部屋ですか? 椿さん、今駆け下りてきたのに、もう1度上るんですか……?」
「正直嫌だけど、早く! 密室の謎が解けたの!」
(図の文字、小さくてすみません……)




