捜査その1
「解さん。押収した凶器について教えてください」
解は腕を組み、偉そうに壁にもたれている。椿がその隣で瞑想するように目を閉じていた。
「あのフランス製のアンティークナイフか」
「お洒落な奴なんですね。指紋などは検出されましたか?」
「されたに決まっている。王樹真洞の指紋がな」
「他の指紋は……」
「検出されていない」
即答。温かみがまるでない。
「真洞さんが言うには、あの倉庫にあったかどうかは、記憶がおぼろげ。停電になって殺されそうになったところで、咄嗟にナイフを使ったとのことです」
「私が知らないとでも思ったか? 当然、聴取している」
「あ、すみません……」
「ナイフがどこにあったのか。当主の王樹大地曰く、はっきりしないが、おそらく道楽で買ったものだろうとのことだ。どこかに仕舞っていたが、忘れていた……という話だ。あの倉庫にあっても変ではないらしい」
「うーん……」
「2本セットで購入したとも述べていたな」
何者かがこの惨劇を予期して、前もって置いておいたというのは、考えすぎだろうか?
「あ、幹高さん」
東館へ行こうと渡り廊下に足を踏み入れると、千鳥足の幹高がいた。右手にワインの瓶を握りしめている。
「おぅおおぉ。探偵さんかぁああ」
「う、さっきより酒臭い……」
「真洞、連れて行かれちまったなぁあ。つーことはアイツが犯人だったわけぇ?」
「いや……まだ、そうとは……」
「へ、へへへへ。アレかなぁ。やっぱ、返り討ちか? 真洞が哀根をよおおお」
酷い赤ら顔だ。呂律もかなり怪しい。
「……えっ……あれ? 解さん。幹高さんに、哀根さんが加害者側だということを話しました?」
「いや」
「へへ……アタリ?」幹高はにやける。
「鎌をかけられたようだな。口は災いの元だ」
「……あ」
幹高の笑みはどんどん広がる。
「哀根の奴、直接的には言ってないが……真洞のことをメッチャ嫌ってたからなぁ。邪魔に思ってた……そのうち殺して、『ユグドラ』のためにぃい……とか、言い出すと思ったよ……へへ、本当に強欲なババアだ」
「なるほど……」
「俺じゃなくても、この屋敷の人間ならみぃいんな知ってるはずだぜ。まあ、肝心の真洞は幽閉されてるせいで知らなかっただろうけど……へへ」
哀根が動機を抱いていたことは、屋敷中の人間が知っていた。
「あ、そうそう……さっきよぉお。思い出したんだぁ」
「思い出した?」
「俺、事件があったとき部屋じゃなくて……東館1階のロビーにいたんだよ……ほら、そこ」
幹高が指差したのは渡り廊下のすぐ先だ。綴はロビーに入る。座り心地の良さそうなソファが並んでいる。時刻はもう深夜だが、煌々とシャンデリアが部屋を照らしていた。
「……らしいですね」
「んで、哀根が廊下を渡って西館に向かっていったのを思い出したんだ」
「本当ですか? それ、何時頃だったか……」
「覚えてねぇよぉ。酔ってたし……今も酔ってるけどなぁああ」
ですよね、と呟く。しかし、おそらく21時30分前、西館にいる真洞のところへ行こうとしたときだろう。幹高に目撃されているが、記憶をなくすほど酔っている姿を見て、問題ないと判断してロビーを通ったのかもしれない。
「ちなみに、他に廊下を通った人を見ましたか?」
「あぁあ? んー……哀根の前には……誰もいなかったような……でも後には……塔十郎とか、風馬が通ったような……」
「2人は停電の後、燈花さんを落ち着かせに西館に向かったはずです。なので、廊下を渡ったのは当たり前ですね」
「あーそうだぁ。そっちの刑事さんよ」
「え、俺?」究助が反応する。
「あんたじゃねぇよ。そっちのイケメンの。背ぇ高い方」
「誰が低い方だよ! 誰がモジャモジャ頭の方だよ!?」
「言ってません! 究助さんも背は高い方です! 落ち着いて!」
解は幹高の前に……アルコール臭の届かないギリギリの前に立った。
「庭師が起床しましたか」解は敬語で応対する。
「あぁ。起きたら教えてくれって言ってたよなぁ。あ? 言ってたっけ? 言ってたよな? あれ? 言って……」
「言いました。参考人の1人だが、眠りに落ちてしまったため、起床時には教えてくれ、と私は確かに言いました」
幹高のヘラヘラ笑いに別れを告げ、庭師に会いに行った。
東館の応接間を再訪する。そこには男がいた。寝起きだけあって、服装は寝間着だった。髪は短く刈り上げられ、すっきりした印象を受ける。
「俺の名前? 芝生山ですよ。この美しい屋敷の、美しい庭をこよなく愛する、至って普通の庭マニア……いや、庭師ですよ。グフフ……」
「……」
なんとも、言い難い。
「殺人事件が起こったというのに、寝ていたんですか。凄いですね……」
「眠い時には寝る! まるでひまわりのようにね……」
「はあ……」
「芝生山氏に伺いたい。21時30分、貴方はどこでなにを?」解は訊ねる。
「貸し与えられた自室です。西館の1階にあるんですけどね、西側にあるせいで朝の日当たりはあまり良くなくてね。やはりアサガオのように朝は清々しく……」
「西館の1階の自室と。貴方は住み込みの庭師と伺っていたが、そこで終日過ごしているのですね。では、停電があったこともご存じだ」
「停電……ああ、ありましたねぇ。あれは驚きました。電気を点けようとしたんすけど、点かないんで、電気の故障ではないと分かりましたよ」
芝生山の手の動きが、綴の目に止まった。人差し指を中指で掻いている。人差し指に小さな絆創膏が巻かれている。
「停電の際、なにか察知したりはしたでしょうか?」
──まあ、なにもないだろうが。そう言いたげな声色で、解は言った。
「ん、いえ、特に……庭の様子、特に花々の変化ならすぐ気づけるのですがね……」
「そうですか。では……」
「あ、庭と言えば、そうだなぁ。だいたい22時前くらいに、庭にある焼却炉が稼働していたっぽいんですよね」
「……は? それは、いったい」
解はぴたりと動きを止めた。
「庭、西館の南側に、焼却炉が置かれているんですよ。昔は使われていましたが、最近はもう、環境問題もあるし、まったく使ってないんですがね。でも一応、機能は残っているわけですね。自然の邪魔なので撤去して貰いたいくらいですが。
で、どうも焦げ臭い。22時くらい、刑事さんたちが来る前に見に行ったら、なにかの燃えカスがあったんです」
「……なんだと?」
「し、芝生山さん、それ、確かですか!?」
「ええ。自然の匂いを嗅ぐために、俺は窓を開けているんです。なので焦げ付いた臭いには気づけるんですな」
「そ、その燃えカスは……」
「ここにありますよ。回収しておいたんです。なにかの役に立つかもと思って。まあ、寝ている間に真洞様が逮捕されちまったんですけど」
「お、お借りします!」
綴は芝生山から、真っ黒に炭化した、ボロボロの物体を受け取った。唖然としていた解も我に返り、側から覗き込む。
「これは……布ですね。黒焦げですが。でも、なんで?」
「驚愕だな……事件と関係していると見ていいだろう」
「ですよね……あ! 解さん! これ、解さんの異能力で記憶を読み取れませんか! 燃える前の記憶が分かれば、いえ、燃えている途中でも、分かれば手がかりに……」
「……困難だ」
「……鮮度が、もう限界ですか」
「いや、違う。鮮度はおそらく、問題じゃない。危ういところだろうが。それより……貴方たちに伝えていなかった、サイコメトリーの最後の弱点が足を引っ張る」
「へ? 最後の……」「弱点?」綴と究助が声を合わせる。
「──記憶を読み取るというのは、言い換えれば追体験だ。燃えカスの記憶を追体験するということはつまり、私自身が、焼却される体験を味わうのだ」
「な!? こ、怖……」
「言っておくが、ただ恐怖に駆られているのではない。恐怖だけが理由なら私は克服し、すぐに能力を発動させる。しかし、だな……」
「下手をすると、兄さんが焼死するってこと」
言い辛そうにする解の代わりに、椿が答える。衝撃的なことを。
「焼死? い、いやいや。実際に燃えているわけでもないのに……」
「ノーシーボ効果って聞いたことない? 思い込みが身体に影響を与えるの。所謂プラシーボ効果の逆。
ある実験があって、被験者に『3分の1の血液を失ったら人は死ぬ』という前提を聞かせてから、ほんの少し血を流させる。それから水滴が落ちる音を聞かせる。まるで血が流れ落ちている音のようにね。実際には血はすぐ止まってるんだけど、『血液量が3分の1以下になった』と被験者に知らせると、なんと、被験者はショック死した……」
「思い込みの力って恐ろしいですね……」
「記憶は兄さんの脳に直接流れ込む。すると、自分がその対象になったような錯覚を覚える。もう理解できた? 錯覚によって、兄さんは焼死してしまうの。これは能力の弊害で、どうしようもない」
「……」
それは……迂闊な能力の発動は危険、ということではないか。下手をすればあっけなく死んでしまう。恐怖と、若干の気まずさが部屋の空気を満たした。
「……私の能力についてはもう良いだろう。それより、鑑識にこの燃えカスを調べさせよう。私たちが撤収してからになってしまうが」
燃えカスを解が慎重に受け取る。
「芝生山さん。焼却炉の他になにか気になったことはありますか?」
「あー……たいしたことじゃないんすけど」
「なんでも構いません」
「さっきも言いましたけど、窓開けてるんですよ、普段。停電が起きたとき、たぶん梢ちゃんだと思うんだけど、赤ちゃんの泣き声が上から、2階からしたんですよ」
「梢ちゃんが? そういえば……燈花さんが言っていましたね。梢ちゃんはほとんど泣かないって。でも泣いてる。停電が怖かったんですかね」
「そうかも」
芝生山はまた絆創膏をいじっている。
「怪我でも?」解も当然気づいていたようで探りを入れる。
「あ……これ。いや、なんていうか。奇妙な話なんですよ」
「奇妙とは」
「まるで平面幾何学式庭園のような複雑さと奇妙さが……」
「奇妙とは! ……なんでしょうか?」
「停電が起こって、電気が点かないって分かったとき、とりあえず明るくしようと思って、ライターを点けたんですよ。だけど上手く点かないから変だなと思って手をかざしたら、なんか、ちょっと火傷しちゃって」
「……? ライターが点かないのに、火傷?」
幹高と同じく、まさか酔っているのではないかと不安になってくる。もし酔っていたらこれまでの証言も信憑性が薄くなってしまう。
「まさか、思い込みかもしれないすね」
「え」
「ほら、さっき言ってたじゃないですか。シーホース効果? みたいな」
「ノーシーボ効果です」
「ライターとか、焼却炉の焦げた臭いとか……そういうのが脳に作用して、指が焼けてしまった……とか」
「……酔ってませんよね、芝生山さん」
「グフフ……庭の美しさには常に酔いしれて──」
「……はい。ありがとうございました。それでは」




