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異能力探偵ハチミツ  作者: 春山ルイ
異能力館の殺人
42/65

捜査その1

「解さん。押収した凶器について教えてください」


 解は腕を組み、偉そうに壁にもたれている。椿がその隣で瞑想するように目を閉じていた。


「あのフランス製のアンティークナイフか」


「お洒落な奴なんですね。指紋などは検出されましたか?」


「されたに決まっている。王樹真洞の指紋がな」


「他の指紋は……」


「検出されていない」


 即答。温かみがまるでない。


「真洞さんが言うには、あの倉庫にあったかどうかは、記憶がおぼろげ。停電になって殺されそうになったところで、咄嗟にナイフを使ったとのことです」


「私が知らないとでも思ったか? 当然、聴取している」


「あ、すみません……」


「ナイフがどこにあったのか。当主の王樹大地曰く、はっきりしないが、おそらく道楽で買ったものだろうとのことだ。どこかに仕舞っていたが、忘れていた……という話だ。あの倉庫にあっても変ではないらしい」


「うーん……」


「2本セットで購入したとも述べていたな」


 何者かがこの惨劇を予期して、前もって置いておいたというのは、考えすぎだろうか?


「あ、幹高さん」


 東館へ行こうと渡り廊下に足を踏み入れると、千鳥足の幹高がいた。右手にワインの瓶を握りしめている。


「おぅおおぉ。探偵さんかぁああ」


「う、さっきより酒臭い……」


「真洞、連れて行かれちまったなぁあ。つーことはアイツが犯人だったわけぇ?」


「いや……まだ、そうとは……」


「へ、へへへへ。アレかなぁ。やっぱ、返り討ちか? 真洞が哀根をよおおお」


 酷い赤ら顔だ。呂律もかなり怪しい。


「……えっ……あれ? 解さん。幹高さんに、哀根さんが加害者側だということを話しました?」


「いや」


「へへ……アタリ?」幹高はにやける。


「鎌をかけられたようだな。口は災いの元だ」


「……あ」


 幹高の笑みはどんどん広がる。


「哀根の奴、直接的には言ってないが……真洞のことをメッチャ嫌ってたからなぁ。邪魔に思ってた……そのうち殺して、『ユグドラ』のためにぃい……とか、言い出すと思ったよ……へへ、本当に強欲なババアだ」


「なるほど……」


「俺じゃなくても、この屋敷の人間ならみぃいんな知ってるはずだぜ。まあ、肝心の真洞は幽閉されてるせいで知らなかっただろうけど……へへ」


 哀根が動機を抱いていたことは、屋敷中の人間が知っていた。


「あ、そうそう……さっきよぉお。思い出したんだぁ」


「思い出した?」


「俺、事件があったとき部屋じゃなくて……東館1階のロビーにいたんだよ……ほら、そこ」


 幹高が指差したのは渡り廊下のすぐ先だ。綴はロビーに入る。座り心地の良さそうなソファが並んでいる。時刻はもう深夜だが、煌々とシャンデリアが部屋を照らしていた。


「……らしいですね」


「んで、哀根が廊下を渡って西館に向かっていったのを思い出したんだ」


「本当ですか? それ、何時頃だったか……」


「覚えてねぇよぉ。酔ってたし……今も酔ってるけどなぁああ」


 ですよね、と呟く。しかし、おそらく21時30分前、西館にいる真洞のところへ行こうとしたときだろう。幹高に目撃されているが、記憶をなくすほど酔っている姿を見て、問題ないと判断してロビーを通ったのかもしれない。


「ちなみに、他に廊下を通った人を見ましたか?」


「あぁあ? んー……哀根の前には……誰もいなかったような……でも後には……塔十郎とか、風馬が通ったような……」


「2人は停電の後、燈花さんを落ち着かせに西館に向かったはずです。なので、廊下を渡ったのは当たり前ですね」


「あーそうだぁ。そっちの刑事さんよ」


「え、俺?」究助が反応する。


「あんたじゃねぇよ。そっちのイケメンの。背ぇ高い方」


「誰が低い方だよ! 誰がモジャモジャ頭の方だよ!?」


「言ってません! 究助さんも背は高い方です! 落ち着いて!」



 解は幹高の前に……アルコール臭の届かないギリギリの前に立った。


「庭師が起床しましたか」解は敬語で応対する。


「あぁ。起きたら教えてくれって言ってたよなぁ。あ? 言ってたっけ? 言ってたよな? あれ? 言って……」


「言いました。参考人の1人だが、眠りに落ちてしまったため、起床時には教えてくれ、と私は確かに言いました」



 幹高のヘラヘラ笑いに別れを告げ、庭師に会いに行った。


 東館の応接間を再訪する。そこには男がいた。寝起きだけあって、服装は寝間着だった。髪は短く刈り上げられ、すっきりした印象を受ける。


「俺の名前? 芝生山(しばふやま)ですよ。この美しい屋敷の、美しい庭をこよなく愛する、至って普通の庭マニア……いや、庭師ですよ。グフフ……」


「……」


 なんとも、言い難い。


「殺人事件が起こったというのに、寝ていたんですか。凄いですね……」


「眠い時には寝る! まるでひまわりのようにね……」


「はあ……」


「芝生山氏に伺いたい。21時30分、貴方はどこでなにを?」解は訊ねる。


「貸し与えられた自室です。西館の1階にあるんですけどね、西側にあるせいで朝の日当たりはあまり良くなくてね。やはりアサガオのように朝は清々しく……」


「西館の1階の自室と。貴方は住み込みの庭師と伺っていたが、そこで終日過ごしているのですね。では、停電があったこともご存じだ」


「停電……ああ、ありましたねぇ。あれは驚きました。電気を点けようとしたんすけど、点かないんで、電気の故障ではないと分かりましたよ」


 芝生山の手の動きが、綴の目に止まった。人差し指を中指で掻いている。人差し指に小さな絆創膏が巻かれている。


「停電の際、なにか察知したりはしたでしょうか?」


 ──まあ、なにもないだろうが。そう言いたげな声色で、解は言った。


「ん、いえ、特に……庭の様子、特に花々の変化ならすぐ気づけるのですがね……」


「そうですか。では……」


「あ、庭と言えば、そうだなぁ。だいたい22時前くらいに、庭にある焼却炉が稼働していたっぽいんですよね」


「……は? それは、いったい」


 解はぴたりと動きを止めた。


「庭、西館の南側に、焼却炉が置かれているんですよ。昔は使われていましたが、最近はもう、環境問題もあるし、まったく使ってないんですがね。でも一応、機能は残っているわけですね。自然の邪魔なので撤去して貰いたいくらいですが。

 で、どうも焦げ臭い。22時くらい、刑事さんたちが来る前に見に行ったら、なにかの燃えカスがあったんです」


「……なんだと?」


「し、芝生山さん、それ、確かですか!?」


「ええ。自然の匂いを嗅ぐために、俺は窓を開けているんです。なので焦げ付いた臭いには気づけるんですな」


「そ、その燃えカスは……」


「ここにありますよ。回収しておいたんです。なにかの役に立つかもと思って。まあ、寝ている間に真洞様が逮捕されちまったんですけど」


「お、お借りします!」


 綴は芝生山から、真っ黒に炭化した、ボロボロの物体を受け取った。唖然としていた解も我に返り、側から覗き込む。


「これは……布ですね。黒焦げですが。でも、なんで?」


「驚愕だな……事件と関係していると見ていいだろう」


「ですよね……あ! 解さん! これ、解さんの異能力で記憶を読み取れませんか! 燃える前の記憶が分かれば、いえ、燃えている途中でも、分かれば手がかりに……」


「……困難だ」


「……鮮度が、もう限界ですか」


「いや、違う。鮮度はおそらく、問題じゃない。危ういところだろうが。それより……貴方たちに伝えていなかった、サイコメトリーの最後の弱点が足を引っ張る」


「へ? 最後の……」「弱点?」綴と究助が声を合わせる。


「──記憶を読み取るというのは、言い換えれば追体験だ。燃えカスの記憶を追体験するということはつまり、私自身が、焼却される体験を味わうのだ」


「な!? こ、怖……」


「言っておくが、ただ恐怖に駆られているのではない。恐怖だけが理由なら私は克服し、すぐに能力を発動させる。しかし、だな……」


「下手をすると、兄さんが()()するってこと」


 言い辛そうにする解の代わりに、椿が答える。衝撃的なことを。


「焼死? い、いやいや。実際に燃えているわけでもないのに……」


「ノーシーボ効果って聞いたことない? 思い込みが身体に影響を与えるの。所謂プラシーボ効果の逆。

 ある実験があって、被験者に『3分の1の血液を失ったら人は死ぬ』という前提を聞かせてから、ほんの少し血を流させる。それから水滴が落ちる音を聞かせる。まるで血が流れ落ちている音のようにね。実際には血はすぐ止まってるんだけど、『血液量が3分の1以下になった』と被験者に知らせると、なんと、被験者はショック死した……」


「思い込みの力って恐ろしいですね……」


「記憶は兄さんの脳に直接流れ込む。すると、自分がその対象になったような錯覚を覚える。もう理解できた? 錯覚によって、兄さんは焼死してしまうの。これは能力の弊害で、どうしようもない」


「……」


 それは……迂闊な能力の発動は危険、ということではないか。下手をすればあっけなく死んでしまう。恐怖と、若干の気まずさが部屋の空気を満たした。


「……私の能力についてはもう良いだろう。それより、鑑識にこの燃えカスを調べさせよう。私たちが撤収してからになってしまうが」


 燃えカスを解が慎重に受け取る。


「芝生山さん。焼却炉の他になにか気になったことはありますか?」


「あー……たいしたことじゃないんすけど」


「なんでも構いません」


「さっきも言いましたけど、窓開けてるんですよ、普段。停電が起きたとき、たぶん梢ちゃんだと思うんだけど、赤ちゃんの泣き声が上から、2階からしたんですよ」


「梢ちゃんが? そういえば……燈花さんが言っていましたね。梢ちゃんはほとんど泣かないって。でも泣いてる。停電が怖かったんですかね」


「そうかも」


 芝生山はまた絆創膏をいじっている。


「怪我でも?」解も当然気づいていたようで探りを入れる。


「あ……これ。いや、なんていうか。奇妙な話なんですよ」


「奇妙とは」


「まるで平面幾何学式庭園のような複雑さと奇妙さが……」


「奇妙とは! ……なんでしょうか?」


「停電が起こって、電気が点かないって分かったとき、とりあえず明るくしようと思って、ライターを点けたんですよ。だけど上手く点かないから変だなと思って手をかざしたら、なんか、ちょっと火傷しちゃって」


「……? ライターが点かないのに、火傷?」


 幹高と同じく、まさか酔っているのではないかと不安になってくる。もし酔っていたらこれまでの証言も信憑性が薄くなってしまう。


「まさか、思い込みかもしれないすね」


「え」


「ほら、さっき言ってたじゃないですか。シーホース効果? みたいな」


「ノーシーボ効果です」


「ライターとか、焼却炉の焦げた臭いとか……そういうのが脳に作用して、指が焼けてしまった……とか」


「……酔ってませんよね、芝生山さん」


「グフフ……庭の美しさには常に酔いしれて──」


「……はい。ありがとうございました。それでは」


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