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異能力探偵ハチミツ  作者: 春山ルイ
異能力館の殺人
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解の異能力

 解が退室し、入れ替わるように、彼女が倉庫に顔を覗かせた。


「ハチミツくん!」


「椿さん……真洞さんが連行されちゃいました……」


 椿は首を傾げる。


「……変だね。特能の誤認逮捕はここ最近で問題視されている。君の活躍のせいで」


「う、僕のせいですか……」


「せい、は冗談だけど。よりにもよって、特能の長があんな早まった逮捕をするなんて。明らかにおかしい。でも……考えても仕方ない、か」


「うーん……」


「……ねえ、それより君たちの会話を聞いてたんだけど、この事件にはなにか裏があるって考えなんでしょ?」


「そうですね。細かいところが納得できなくて」


「……兄さんの()を借りるべきかも」


「白金……」目の前の人物も白金であることを思い出す。「解さんの、異能力ですか?」


「さっき、捜査中。兄さんは能力を使っていた。そしてなにか不審に思ったらしくて、しきりに首を傾げてたから。あの人の力じゃないと見つけられないことがあると思う」


 それから、椿は歩き出して言った。


「とりあえずついてきて。話したいこともあるし」


  ***


 人が来ない場所を選ぶ、と言って椿が綴と究助を連れてきたのは、真洞の私室だった。刑事たちもここには来ない。そして部屋の主すら、今は遠くへ行っている。


 真洞の部屋はやはり広かったが、内装はとてもシンプルで簡素だった。豪邸の部屋に、庶民的な中身がある。アンバランスだ。

 上を見上げる。天井は一般的な住宅と同じくらいの高さだった。倉庫と同じくらいの高さか。廊下の天井は高かったため、これもまたアンバランスに感じる。


「真洞さんの部屋、昔は子供の頃の枝亜さんが使っていたんだって。昔の彼女は今より数倍は奔放だったらしくて、父親の大地さんは特別に部屋を改装したらしいよ」


「へえ……」


 究助は廊下を覗き、誰もいないことを確認する。


「解の野郎、意外に話が分かると思った途端、これだよ。真洞を連れて行っちまって。結局は偉いやつの言いなりじゃねぇか」


「チェック。究助くん、それは違う」


 椿はむっとした顔で間違いを指摘する。


「なにが違うんだよ」


「兄さんは偉い人の言いなりなんじゃない。……峯岸嶄巌(みねぎしざんがん)部長を信頼してるんだよ。過去のことがきっかけでね」


「過去のことって?」


「兄さんは昔から正義感が強い人だった。でも警察になろうって思ったのは、あの事件が発端」


「事件があったんですか?」


 綴はがっつくように訊ねる。解の過去とやらに興味があった。


「コンビニ強盗。でも普通の強盗じゃなくて、異能力犯罪。《口から火を吹く》異能力者によって事件は引き起こされた」


「そこに、解さんは居合わせてしまった……」


「そう。でもコンビニ強盗は手際が悪くてね。あっさり警察に通報されて囲まれちゃった。それに逆上した犯人は……火を吐いて。コンビニは火事になったんだ。兄さんは逃げ遅れて、炎に囲まれた……」


「どうやって助かったんですか?」


「それを助けたのが、峯岸部長。当時は部長じゃなかったけど。非異能力者の身でありながら、勇気だけで、燃えさかる火の中に突入した。兄さんと人質たちを助け出したの」


 火と煙が充満し、天井が崩落する現場を想像する。一刻の猶予もない状況だ。


「……す、すご……火事の中に入っていくなんて……とても僕にはできません……」


「ハチミツだったらこんがりだろうな」


「否定できません……」


「部長も酷い怪我を負ったらしいけどね。兄さんの心に、峯岸部長の勇姿は深く刻み込まれた。『あの人みたいになるんだ!』って、珍しくはしゃいじゃって。そして数年が経って……彼の部下になるって夢を実現させたの」


 峯岸の猛々しさも思い知ったが、解の能力も凄まじい。刑事になるなんて、決して簡単な夢ではない。


「なるほどなぁ。それであの信頼ってわけか」


「……それが……」


 椿はそれまでつらつらと語っていたのに、急に口ごもった。


「……ちょっと、盲信に近い。兄さんは特能に入って、少し変わった。あれじゃ、峯岸部長の兵隊」


 今日出会ってからの解しか知らない。強い正義感を抱き、威圧的で、持って回った喋り方をする。それが普通だと思っていたが、妹からしてみれば違う。



「……勝手に人の生い立ちを語るな」


「あっ」


 白金兄妹は音もなく人の後ろに立つのが得意なようだ。解は部屋の入り口に訪れていた。


「椿。峯岸部長からの通達だ。真洞が犯人で決まりだろう。後は自白によって証拠固めを行う。つまり、撤収だ。支度をしろ」


「兄さん。でも、まだ──」


「探偵。戯れは終わりだ。貴方も失せろ。すべては……」


「終わってない!」椿は珍しく声を荒げた。「兄さん、なにか、捜査のときに感じていたことがあるでしょ? この事件はまだ、終わってなんかない……!」


 解は議論の余地はない、と言うように手を振った。


「……分からんか、椿。峯岸部長が幕引きだと言うのだ。雄弁は銀、沈黙は金……黙せ、妹よ」


「真実を追い求めるんでしょ?」


「……」


「峯岸部長に従ってちゃ、見逃す真実もある。分かってるでしょ? 部長のことを信じるのはいいけど、兄さんはこのままでいいの?」


「僕からも、お願いします」


 綴は考えるより先に前に出ていた。


「なに……?」


「僕も……まだ納得いっていません。解さんもそうなんですよね?」


「……」


「……もし、この事件に裏があるとしたら? あなたもそれを気にしていた。あなたがやらないなら、それでも構いませんが、僕は、続けます」


「……くっ……」


 綴はあえて焚き付ける言動をする。

 解を味方と信じているからこその言い方だ。


「兄さん、お願い……!」


「俺からも頼むぜ!」究助も激しく頭を下げる。モジャ髪が揺れた。


「……ふん」解は顔を背けた。「──刹那。貴方たちが納得するまで、わずかな時間を費やそう。それで終幕だ。いいな?」


「……はい!」



 解は壁に手をついた。すると、徐々に解の表情に苦痛が見え始める。こめかみがピクピク動き、歯を噛みしめている。

 やがて目を開き、深く息を吐いた。



「……ふん。私の能力を、貴方たちが見ることは叶わない。よって、私の言葉を信じる他ないのだ。歯痒くはあるが、致し方ない」


「もしかして今、能力を使ったんですか?」


 解はトントン、と触れていた壁を指で叩いた。


「私の能力は所謂、《サイコメトリー》と呼ばれるものだ。無生物の持つ『記憶』を読み取る。今、私はこの壁が秘めている記憶を読み取った。……やや体力を使うのが難点だがな」


 究助がむず痒そうに顔を歪める。


「いまいちピンと来ねぇが……俺が想像しているとおりの能力なら、究極的にチートじゃねぇか? そんなもんありゃ、どんな事件も速攻で解決できんだろ!」


「話を聞いていないのか? いくら私が能力を行使しようとも、貴方たちのような第三者にそれを共有することは不可能なのだ。つまり、一切の証拠能力になり得ないのだよ」


「ぐ……制約があるんだな……」


「ふん。貴方の失望は深まるだろうな。ついてこい。目的地に向かいがてら、能力の詳細を教えよう」


 解は綴たちに目もくれず、さっさと歩き出してしまった。彼は階段を下りて、1階へ向かう。綴たちは無言で顔を見合わせ、ついていくことにした。


「たとえば、だ。この階段。私が床に触れれば、階段の記憶を読み取ることが可能だ」


「あの、ちゃんと理解できてないんですけど、無生物の記憶ってなんですか? まるでこの階段に意識があるみたいな……」


「痕跡と言い換えてもいいが。

 この階段がいつ、どんな足形に踏まれたか、その感触や重さ、温度や力の具合などを、階段は記憶しているのだ。物質には目も耳もない故に、誰が、どんなことを喋りながら、といったことは分からない。しかし触覚は伝わる」


「なるほど……便利です、けど……」


 分からないことも多い、というわけだ。


「挙げ句の果てに、この階段は今日、これまで散々踏み荒らされてきた。読み取ろうにも、数多の足跡によって知りたい情報は得られないのだよ」


「えっと……」


「知りたい記憶を読み取るためには、新鮮な記憶でないと駄目ということだ。そう時間が経っておらず、触れたものも少ない。そういう物質でないと記憶は読み取れない」


「はあぁ……なるほどなぁ」


「それと、そうだな……無生物限定、つまり生命体には使えないわけだが、だからといって遺体に触れて生前の記憶を読み取ろうと試みるのも無駄だ」


「……哀根の遺体の記憶を読めばいいじゃねえかって思ったけど、そう美味い話はねぇってわけか。使い勝手悪くね?」


「究助くん。兄さんの異能力は優れているけれど、兄さんは自力でここまで出世してきたんだから。異能力とは無関係に、ね」


 椿は力強い声色で、釘を刺す。


「お、おう……こいつあれか。お兄ちゃん大好きっ子か?」


「なに?」椿は究助を睨む。


「いや、別に……」


「私のサイコメトリーだが、もう1つ、欠点がある……が、なにもかもつまびらかにする必要もないな」


 そうしてたどり着いたのは西館1階、西端に位置する小部屋だ。こじんまりとしているが、中には大きく物々しい物体が鎮座していた。


「大きい……。もしかして、これはブレーカーですか?」


「然り。これは西館すべての電気系統を操作するブレーカーだ。東館にはまた別のブレーカーが存在する」


「そういえば、停電の原因はまだ調べてませんでした……」


 解は綴の呟きを聞き逃さなかった。冷淡に睨み、酷く沈んだ嘆息をする。


「……電気は西館と東館それぞれで管理している。流石に! ……貴方も捜査で理解しているだろうが、西館で停電が起こったとき、東館の電気に異常は発生しなかった」


「それで、このブレーカーが?」


 解の表情は苦々しげだ。


「私の能力で真実に触れてみたところ……何者もこのブレーカーには()()()()()()()のだよ」


「……え! 誰も? その、記憶の鮮度が落ちていた、とか?」


「直近、何者かが触れたというのなら、そうかもしれない。だがこんな端の部屋にある小部屋の、しかもブレーカーなど、そう触ることなどないだろう。事実、鮮度は問題ない」


「それじゃあ、このブレーカーに誰も触れていないのに、西館に停電が起こった? 屋敷の周辺に電柱はありましたっけ? 電柱に異変があったとか……」


「電柱はある。しかし何ら異変はない。災害や動物による電線の故障といった報告は上がっていない。屋敷の中で電力の使用過多なども起こっていない。漏電も確認されていない」


 しっかり調査済みというわけか。もはや感服するしかない。


「じゃあ……じゃあ……えっと、なんで停電が?」


「……それは……分からない。不明だ」


「お、おいおい! なんだそりゃ!」究助は憔悴している。


「……あの。停電、ですが。よく考えれば不思議ですよね。タイミングとしても、事件に関係しているはずですが……停電を起こしたのは、哀根さんなんですか?」


「あ? そんなもん……ここまで細工して真洞を殺そうとしてんだから……」


「いえ、結局のところ、停電のせいで哀根さんは真洞さんに返り討ちに遭っています。哀根さんがなにか暗闇の対策をしていた様子もありませんし、この停電はあくまで彼女とは無関係の現象のはずです」


「あれ? それもそうだな……え、じゃあなんで停電が起こったんだ?」


「偶然とは思えません。誰かの意図を感じます。ですが、ブレーカーには誰も触れていない……」


 解の不審も納得だ。辻褄が合わない。


「解さん! 少なくとも停電の謎は解かなくちゃ、事件を終わらせることなんてできません!」


「喧しいぞ。檻の中の猿であるまいし、大声をあげるな」


「す、すみません……」


 意気を見せたつもりが、逆効果だったようだ。


「兄さん。お願い。この謎を解かない限り、真実を掴んだとは言えないよ」


 椿が兄に対し上目遣いで意見を言った。


「……ふん。そうだな。妹よ、貴方の言うとおり、か……」


「あれ、それ僕が言ったことと大差ないような……」


 究助は苦い顔で、綴に耳打ちする。


「……もしかして、兄の方もあれか。妹大好きっ子か……?」


「あはは……」


 白金兄妹の鋭い視線が2人を貫く。


「なにか?」解が睨んだ。


「い、いえ、なんでも……」


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