聴取その2
「燈花さんですね。少しお話を聞かせていただきます」
一族の次男、王樹葉太の妻。王樹燈花だ。半年前から未亡人となっている。後ろから蛇谷も同時に入室する。彼女の背後に立ち、無言で佇む。
「……はい」
30代と聞いていたが、それよりも若く見える。一方で目の下に隈があり、頬が少しこけていた。元は美しかったであろう黒いロングヘアは、毛先がボサボサだ。
確か彼女は生来病弱らしい。だから蛇谷が使用人になっているわけで。それに加え、半年前に夫が亡くなり、そして今度は義理の姉が亡くなった。精神的に参っているのが普通で、それが身体の状態に表れていても不思議ではない。
そんな彼女の腕には、正反対とも言える若々しい存在が収まっていた。
「……王樹梢ちゃん、ですね。その赤ちゃんは」
「……はい。生後10ヶ月です。まだ歩けないので……こうして抱っこしています」
ぷくぷくに膨らんだ頬、逆に恐ろしく感じるほど小さい手、細い目。可愛らしい赤子だ。先ほど家系図を見せて貰ったときは、まさか生後10ヶ月だとは思わなかった。
「可愛いですね。生後10ヶ月というと、まだ発話はできない感じですか?」
「意味のない声をあげるくらいです」
──う。と、梢は小さく唸った。
「それでは、哀根さんが亡くなった21時30分から40分までの間、あなたはどこでなにをなさっていましたか?」
「わたし、その時間は部屋で寝ていました。体調の問題でいつも常用しているお薬があるんですけど、副作用で眠くなってしまうんです。いつもはなんとか頑張って起きてるんです。梢の世話もしなくちゃいけないし……でも今日はお屋敷に来られて、気が緩んじゃったのかもしれません……」
「なるほど。あなたがその時間、寝ていたことを証明する人は……」
「いません。風馬さんも別の場所で塔十郎さんと一緒にいて、わたしと梢だけ……あ! 梢が証人には……」
「なりませんね、残念ですが……」
本気で言っているのか、判断が難しい。
「塔十郎さんに事件があったと言われ、目を覚ましました。……狸寝入りをしていたと思われるかもしれませんね」
「どうやら事件発生時間に停電があったそうですが、そうなると、その件も知らないんですか?」
「風馬さんから聞きました。ですが、目を覚ましたときには明るくて、よく分かりません。停電……わたしもよく停電を起こしてしまうんです」
「え? ど、どういうことです?」
「わたし……家事がまったくできないんです。だから風馬さんに任せているんですけれど……この間なんて、料理に挑戦してみようとして、危うく両手の指を全部切り落とすところでしたから……」
「ヤクザもびっくりですよ、それは」
「それで電気に関しても、とりあえず使いすぎてしまうのか、よく停電を起こしてしまうんです……そのたびに風馬さんになんとかしてもらうんですけど……わたし1人じゃなにもできないんですよ……」
「うーん、なるほど……重しょ……大変なんですね……」
「重症って言いかけました……?」
蛇谷がいないと生活もできない、危なっかしい人のようだ。
「わたし、電気運がないんですかね……」
「聞いたことないですけど……運とかじゃないと思うし……」
天然なのか? こちらのペースを崩され続ける。
「燈花さんのお部屋はどちらですか?」
「元々この家の人間ではないので、西館の2階を使わせて貰っています。つまり……真上で殺人事件があったんですね……」
「心中お察しします。蛇谷さんも西館に?」
背後の蛇谷に問いかける。彼は身じろぎせず答える。
「私は西館1階の使用人室に泊まっています。事件当時は、燈花様がおっしゃったように、薪原と一緒にいました。停電が起こった際には東館の1階にいましたね」
「なるほど。
燈花さん。別の角度の質問をさせていただきます。哀根さんはあなたから見て、どういった方ですか? その、本当は幹高さんに聞きたかったんですけど、酷い絡み酒で……それどころじゃなくなってしまったんです」
「ふふ。幹高さんの酒癖は酷いですよね……。
哀根さんですか。そうですね。彼女は強い女性です。役職も、宣伝戦略部部長。まさに、他方の方々へ、強気に出て行かれる人なんです」
「哀根さんも異能力者だったんですよね」
「はい。夫とは違って……」
「……」
やや、重い沈黙。彼女の亡き夫は、王樹家の兄弟の中で、唯一の非異能力者なのだった。異能力者一族ならではの事情などは存在するのだろうか?
「哀根さんは《磁力操作》と呼ばれる能力を持っていました。簡単に言えば、手が強力な磁石になる能力です。もちろん、見た目上は普通の手ですが、磁力を自在に発して、金属をくっつけたり引き離したりしていました。かなり強力な磁力で、巨大なコンテナを動かすことも可能と聞いています」
「つ、強すぎませんか……」
「力の加減は、かなり気をつけていましたよ」
実際にどういう動きを見せるのか、それを確かめる術は、もうない。
「では、真洞さんについて、教えてください」
「真洞くん、ですか……彼は、とても可哀想だと思います。閉じ込められて、家どころか、3階からも出して貰えないんですから……」
「《洗脳》の能力者を恐れるのは分かりますが……やり過ぎなような気もします。それとも、王樹家という大きなスケールを持つ家だからやれる対策ということでしょうか」
「……皆さん。とても怖がっているんです。周囲の目を」
「周囲の目?」
「……対外的には、王樹家は異能力者一族として伝わっていると思います。ですが、その詳細について知る人は、『ユグドラ』関係者などに限定されます。それは、悪印象を防ぐためです」
「世間的に、異能力者はあまり良い目を向けられていませんからね」
綴はちらりと、自分の胸に付くバッジに視線を向けた。
「あ……ごめんなさい。探偵さんも、異能力者ですものね……」
「慣れてますから。それで、もしかして、真洞さんを閉じ込めているのは、彼の《洗脳》が、万が一にでも外に広まったら、『ユグドラ』のイメージダウンに繋がるから、ですか?」
「はい。わたしたちの中でも真洞くんの能力は、トップシークレットです」
「……」
「それで、真洞くんについてですが……わたしも会話したことはほとんどありません。というか、会ったことも数回しか……。でも、風馬さんなら詳しいかも」
「蛇谷さんが?」
蛇谷は眉間に皺を寄せ、目を閉じた。話を振るな、質問をするな、と拒絶しているかのように見えた。しかし、そうもいかない。
「蛇谷さんは元々ここの使用人だったんですよね。交流があったんですか」
「……私は、真洞様の専属の使用人でした」
「専属?」
多くを語りたがらない蛇谷に代わり、燈花が語る。
「3階に入れる人は限られています。使用人も1人しか入れません。その1人が、歳の近い風馬さんだったんです。彼に食事を持っていったりしていたそうです」
「真洞……様は」蛇谷は重々しく口を開いた。「誰かを殺すような人ではない、と思いますよ」
「そう、ですか」
「ですが……可能性は否定できませんよね。探偵様には感情論ではなく、論理的に物事を見ていただきたいです」
「善処します……」
もとより、そのつもりだ。
「そういえば風馬さん。あなたと塔十郎さんが第一発見者ではなかったですか? そのときのことを説明してあげてください」
蛇谷と薪原の、使用人コンビが第一発見者だったのか。重要な情報だ、とメモを取る手にも力が入る。
「──事件が起こる直前、私と薪原は東館で別々に行動していました。すると、西館で停電が起こったのです。とはいえ、気づいたのは遅れてですが。それから薪原と合流しました」
「停電に気づいてから合流まで何分くらい経ちました?」
「5分程度でしょうか。……ああ、東館1階のロビーにて、幹高様が酔い潰れて寝ているのを目撃しました」
「幹高さん、1階にいたのか……アリバイがあると言ってもいいのかな……。
それで、それからどうしましたか」
「不思議なことに、自然と電気が復活したので、訝しみながらもひとまず燈花様を安心させようと西館に向かったのですが、例の扉が開いていることに気づいたのです」
「それで事件の発生に気づいたのですね」
「まさかと思って薪原と3階に上ったのです。しかし真洞様も見当たらず、倉庫が施錠されていたため、薪原と共に体当たりで強引に解錠。哀根様の亡骸の発見に至ったわけです。停電から、5分後くらいのことでしたね。その後、皆様に事件の発生を通達いたしました」
「なるほど。発見者は薪原さんと蛇谷さんだけですか?」
「失礼。言い忘れました。捜索中に枝亜様が同行されました。3階へは一緒に上ったのですよ」
「枝亜さん、ですか……。
ちなみに、倉庫には哀根さんの遺体の他に、真洞さんもいたんですよね?」
「はい、少しばかり頭から血を流して。茫然と哀根様の遺体を見ていました」
「頭から血を……?」
真洞の額に包帯が巻かれていたはずだ。やはり、なにか争いが起こり、真洞も怪我をしたのだ。せめて、その争いの内容だけでも話してくれればいいのだが、彼が喋ってくれるかは、望み薄かもしれない。
発見時の状況はあらかた理解できた。残る疑問は、新たな登場人物についてだ。
「ところで、母親である枝亜さんって、なにをなさっている方なのでしょうか。今もえっと、娯楽室、にいるとか。息子が被疑者として扱われているのに」
「枝亜さん……娯楽室、ああ。あそこはたくさん筐体があるから、ゲームをしているんだと思います」
「げ、ゲームぅ? このタイミングで?」
何気なく、たくさん筐体があるという衝撃的な話が出てきたが、一旦置いておく。
「彼女は『ユグドラ』に関わっていないんです。彼女は主にネット上で、ゲーム配信をして生計を立てています。いわゆる、プロゲーマーという職業なんです。
……だからといって容認されていいわけではないはずですが……彼女は、真洞くんのことには、本当に無頓着なんです。彼を閉じ込めると決まったときも、異議はなかったらしく……」
「……」
呆れてものも言えない。母親として、明らかに間違っている。
「彼女の夫は会社勤めですが、別居中で、今は関西の方にいるそうです。両親共に、真洞くんについては……あまり干渉しないそうで」
「……分かりました。この後、僕も娯楽室に向かいます。西館ですよね?」
究助が呼びに行っているはずだが、妙に時間がかかっている。
「ひとまず、質問は以上です。ありがとうございました。
……梢ちゃん、じっと待っていて偉いですね」
梢は目を開けているが、時々身じろぎをするくらいで、声もあげずにじっとしている。
「この子、泣かないんですよ。ほとんど」
「え……それは、手がかからない……のでしょうか?」育児についてはさっぱり分からない。
「静かなのはいいですけど、おしめとか、反応がないので。むしろ気を使うといいますか」
燈花は少し哀しげに笑った。




