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異能力探偵ハチミツ  作者: 春山ルイ
異能力館の殺人
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聴取その1

「……ん? ……ぎゃぁ!」


 倉庫を出ていきなり、トラブル発生だ。綴は仰天し、高い悲鳴を上げた。


「おい今度はどうした!」


 叫ぶ綴を心配し、究助が部屋から出てくる。


「えっと、えっと、いや、ごめんなさい。なんでも……あ、なんだろ、これ」


「落ち着けって。なにもねぇように見えるが……なんかあったのか?」


「今、壁に手をついたら、なにかベトッとしたものに触れて。虫かなにかかと思って叫んじゃったんです。……これ、なに……?」


 綴の手には粘液のようなものが貼り付いていた。廊下の壁の一箇所に貼り付いていたらしい。まるで地面にへばりついたガムだ。


「うえぇ。気持ち悪ぃ。トイレ借りて洗ってこいよ」


「そうします……けど、一応メモしておきますね」


 手を洗い、2人は3階から降りる。例の壁は威圧感があり、思わず綴は喉を鳴らした。


「……あ、解さん」


 ドアを通り抜けるとそこには解がいた。解の額には汗が浮かんでいる。特に暑くもなく、運動をしていた……なんてこともないだろうに。


「……嗚呼、八見綴。それと……なんだったか」


「究助だよ! 最上究助! 兄妹揃って俺を侮りやがる! 今に見てろよこの野郎……」


「それは失礼。それで、貴方たちはこの壁の調査に来たわけか」


 綴はドアに取り付けられた直方体を指差す。


「これ、電子錠ですよね。解錠方法はなんですか? カードキー?」


「察しの通りだ。通常であれば、カードキーをかざして解錠する。しかもオートロック式で、ドアを閉めると自動的に施錠される。ハイテクノロジーだな。しかし現状、機能停止している」


「まさか、壊れているんですか?」


「ここの電子錠の仕組みは……端的に言えば、カードキーにより電気を流して、壁側にある、錠の受け手を動かし、ボルトを固定する方法を取っている」


「本当に端的ですね」


「詳細に説明したところで無意味だ」


「まあ……そうですね」


「だが、この動くはずの受け手が、故障している。原因は究明中だ。1つ言えることは、現在、このドアはカードキーなしで自在に開閉する」


「故障……何故? えっと、解さん。解錠に必要なカードキーって、どこに……」


 解はカードキーをピラピラと見せびらかす。


「東館1階、管理室という場にて保管されている。薪原氏曰く、保管場所は巧妙に隠されているらしく、王樹家の人間ですら易々とは持ち出せないようになっている。把握しているのは薪原や蛇谷くらいだそうだ。私は捜査のためと言い、便宜を図って貰ったが」


「壊れた原因……これかもというのはありますか?」


「……いくばくか思い当たることがある。しかし、確信には至らない。

 ──電気系統ではなく、物理的な故障だ。なお、事件が起こった時間帯、この屋敷では一部、()()が発生したらしい。それは原因ではなさそうだがな」


「物理的な故障ですか。それに、停電? 停電の原因は──」


「問いばかりではなく、少しは自分の足を動かしたらどうだ? あまり私の時間を奪うな」


「あ……ごめんなさい」


 ひとまず電子錠の調査は解に任せるべきだろう。その間、王樹家の人々に聞き込みをする。聞きたいことは山ほどある。真洞のこと、動機について、いろいろ──。


 現状、この異能力館には、謎が多すぎる。


   ***


 西館から渡り廊下を抜け、東館に戻ってきた。東館は王樹家の居住スペースで、西館は来客用の生活スペース、だったか。館のすべてを把握するのは現実的ではないが、できる限りは記憶していきたい。


 東館1階、大広間で、蛇谷が人々を集めていた。


「申し訳ありません。枝亜(しあ)様は『手が離せない』とのことで」


「手が離せない……?」


「西館1階、娯楽室にいらっしゃいます」


「ハチミツ、俺ちょっと行ってくるぜ。時間がもったいねぇし」


「え、ここ、僕1人ですか?」


「はっはっは。子供じゃねぇんだから」


「子供とか大人とか関係ないと思いますよ」


「はっはっは。別に俺なんかいてもいなくても一緒だろ?」


「そんなことないですよ……」


 究助は解からの散々な言われように、実は結構ヘコんでいたようだ。手を振りながら、西館の方へ行ってしまった。時間がもったいないというのは確かで、ありがたくはあるのだが……。


「蛇谷さん……申し訳ないんですが、1人ずつ聞き取りをしたいので、空いている別室を使用させてください。それから、順番に入室をお願いしたいです」


「かしこまりました」



 応接室を借りた。1対1で話すのにうってつけの部屋だが、この屋敷で応接間に通される人物というのはおそらく、相当な上流の人物だろう。綴が座ったソファも、目の前のローテーブルも、壁掛け時計からなにまで高級品で、磨き上げられている。


「い……息が詰まりそう……」


 緊張でガチガチになりながら独りごちた。



 1人目が入室した瞬間、その息が、さらに詰まりそうになった。


「なあ、アンタ酒は飲むか!?」


「へ……うっ!?」


 とてつもないアルコール臭が鼻腔を貫いた。

 赤ら顔の中年男性が入室する。蛇谷に事前に紹介を受けていた。男は、王樹幹高(みきたか)だ。王樹家の長男。


 明らかに酩酊状態であることを除けば、撫でつけられた黒髪、高級そうなスーツと、威厳のある容姿だ。据わった目と、右手にしっかり握られた日本酒の瓶で、台無しだが。


「ええっと、僕、未成年なので……あの、おかけください。幹高さん」


「おうっ」幹高は尻をソファに、瓶をテーブルにどしんと置いた。「さあ、なんでも聞いてくれや、探偵さんよ。あの強欲ババアがくたばった。知ってることはなんでも教えてやるよ」


 物言いが気になる。彼の性格なのか、酔いが回ったせいなのか。


「……哀根さんが亡くなった21時30分から40分頃、幹高さんはどこにいらっしゃいましたか」


「あー? 覚えてねぇや」


「……」出鼻を挫かれる。


「東館にはいた気がするなぁ。俺の部屋は2階だから、そこで酒飲んでたんじゃねぇかな? あれ、1階だったっけかな」


「えっと、アリバイはないんですか?」


「ねぇな。ちゃんと覚えてもいねぇ」


「そ、そうですか。幹高さんはいつも、この屋敷で過ごしているんですか?」


「いつもは都内の実家だ。そこに妻もいる。今日は俺だけがこっちに来てるんだよ。前に住んでた私室を、時々こっちに来るときは使ってる」


「普段はこの屋敷で生活していない?」


「そりゃあ、こんな場所じゃどこいくのも面倒だろ。山ん中だし。酒も好きに飲めねぇ」


「今日は幹高さんも、他の皆さんも集まっていますよね、何故ですか?」


「王樹家は月一で会議を行う」その瞬間、幹高の目がはっきりと冴えた。「来期の戦略方針、競合他社の分析結果の報告、広告の予算配分……今回は親父の件もあったな」


「会議……さ、流石ですね。僕なんかじゃ内容の想像もつかないです……。

 ……父親の件というのは、王樹大地さんが、どうかなされたんですか?」


「知らねぇの?」彼はまた酔いどれの目に戻った。「あの偉大な親父サマも、最近は杖を突いてねぇと歩けねぇんだ。後任は俺に決まって、仕事のことは問題ないんだが、自由に歩けねぇってんで、介護ヘルパーを雇うとか、東館にエレベーターを設けるとか」


 豪邸ならではの解決法に、苦笑するしかなかった。


 そのとき、綴の脳裏に、閃きが生まれた。


「申し訳ありません。話を戻させていただきます。哀根さんについてですが、彼女が殺された、その動機に心当たりはありませんか?」


「さあなぁ。あのババアは鬱陶しいが、殺したいと思うほど恨むヤツはいないと思うがなあ」


「失礼ですが、遺産の件などで揉めたりはしていませんか?」


 質問しながら、背中に冷や汗が流れた。訊かねばならないことで仕方ないとはいえ、本当に失礼極まりない。


 そんな恐れを吹き飛ばすように、幹高はヘラヘラ笑った。


「全然揉めてねぇよ。親父の遺産はほぼきっちり4人に分配される予定だった。俺と哀根と枝亜、それから、葉太の嫁さんの燈花(とうか)にもな」


「燈花さんにも、等分されるんですね」


「親父サマは寛大だ」


 綴は、自分の閃きがくだらないものだったと自省する。

 

「アテが外れたか?」


「う……」


「真洞が犯人って聞いたが、違うのか?」


「そうと決めてかかるより先に、その他の可能性も検討中です」


「そーかそーか。検討中ってのは大事な言葉だ」



「……ん?」


 綴の足に、なにかが触れた。柔らかく、毛玉がぶつかってきたような感覚だ。


「今、なにかいた……」


 すると、ソファの下から、なにか小さなものが飛び出した。


『ギャアア!』


「え……ぎゃあ!?」


『ギャアアア!』『キエアアア!』


「な、ななななな、なんですか!? これ、え? い、生き物!?」


 それは、拳より一回り大きいくらいの、綿花のようなものだった。しかし大きな目と、裂け目のような口があり、人間のものに近い高音を発した。奇妙な生き物だ。


「ああ。そいつら、そんなところに隠れてたのか。いや、俺に付いてきていたのか?」


「な……!?」


『ギャアア!』


 ──富豪の家ともなれば、未知のペットを飼っているものなのか!?

 そう目を白黒させていると、それらは幹高の膝の上に乗った。


「こいつらは、俺の異能力だ」


「異能力!? な、なんですか……? 生きた毛玉……?」


「そう呼んでも構わねぇ。俺は《精霊》って呼んでるがな。異能力研究センターに言わせれば、《精霊生成》なんて堅苦しい能力名になる。おー、お前ら。酒飲むか?」


『ギィイイイイ!』


 小さなそれらに、幹高は酒を飲ませる。喜んでいるようにも、拒絶しているようにも見える騒ぎようだ。


「『ユグドラ』のホームページ見たことねぇか? それかSNSの公式アカウント。そこにいるだろ。会社のイメージキャラクターだよ。一般的には社員が考え出したマスコットってことになってるが、実際は俺が生み出した精霊なんだ」


「ぜ、全部で……2匹、生み出せるんですか?」


「いや? 全部で3匹だ。だが、もう1匹、どこかに行ってるみたいだな。まあ、いくらでも再生成できるんだが。言っておくが、こいつらに特殊な能力はあったりしない。生き物みてぇにあちこち動き回るだけだ。別に食事もしねぇし排泄も必要ねぇ。特に意識があるわけでもねぇから、俺が消したり生み出したりしても気にしてねぇ」


「……幹高さんの元に寄ってくるくらいの習性はあるみたいですね」


「親みてぇなもんだしな」


「普段は、えーっと、放し飼い……? に、しているんですか?」


「ああ。こいつらがなにかを目撃したかも、なんて期待はするなよ。こいつらは人の言葉っぽいのを発してるが、会話ができるわけじゃねぇ。それに知能もほぼないんだからな」


「そうですか……残念です」


「まあアレだ。能力者に似てるんだな」


「どういうことですか?」


「酔っていて使いもんにならねぇ!」


 そう言って幹高は瓶の半分ほど、一気に飲んだ。ぎゃはは、と高笑いし、しばらく綴に絡み続けたのだった。


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