白金解
解は両手を広げ、大仰に言う。
「──問おう。貴方たちの目に、この現場は如何に映る?」
「はあ? んなもん、来て早々分かるわけねぇだろうが」
究助は解に食ってかかる。
「チェック。減点だな。痴れ者が」
「んだと!?」
「貴方は……その髪、赤いタンクトップ。最上究助巡査、だな。なるほど……椿から聞き及んでいた通りの男だ。声だけは大きいが、発想はまさに凡愚。刑事とは名ばかりの素人……」
「な、な、なにをぉぉぉ……?」
「ちょ、ちょっと待って兄さん。わたし、そこまで言ってないんだけど」
綴は静かに手を挙げる。
「王樹真洞さん……彼は、目を見ることがトリガーの異能力者ですね」
「如何にも。まあ誰でも分かることだろうが、根拠を問おう」
「彼の目隠し、意味があって着けているんでしょう。蛇谷さんにも外すな、と言われましたし。最初は外気に触れられないような病気かと思いましたが、それにしては布が医療用とは思えない……なので、真洞さんは目に関する異能力者ではないか、と推測しました」
異能力一族だと、前もって説明を受けてもいたし。
「ふむ……」解は頷く。「これで貴方も間抜けであれば、私は絶望故に落涙していただろうな」
「へいへい。間抜けな素人で悪かったっすねー」
「しかし、それで終わりか? この現場から読み取れることはまだあるはずだ」
「え? えーっと……」
解はふっと息を吐く。それは呆れて吐いた息なのか、分からない。
「3階に至るまでに、巨大な壁があったはずだ。また、この階層は下階とは異なり、埃が舞っている。故に、西館3階は人が入らず、固く閉ざされていたのだろう」
「は、はい……それは、なんとなく分かっていますが……」
「その理由が、王樹真洞氏だ」
「へ?」
「真洞氏は自身の異能力のために、王樹家によって幽閉されている」
「ゆ……幽閉!? 王樹家って……家族に、ですか!?」
「……ここまで推理できて初めて及第点だ」
当然のことだ、と言うように解は腕を組んだ。
「その、真洞さんの異能力ってなんなんですか? 家族から幽閉されるほどの能力って……」
真洞の目元を見やる。
「彼は視線を交わした相手を操る。所謂《洗脳》の能力者だ」
「洗脳……!?」
「操られた対象は傀儡が如く、真洞氏の意のままに手足を動かす。また自身が操られている自覚もない。映像越しでも効果はあるというのだから、難儀なものだ」
それが、彼が目を隠す理由。今まで出会ってきた能力の中でも、屈指の恐ろしさだ。
「なにより始末が悪いことに、《洗脳》が解除された後も、傀儡となった人物の記憶は混濁し、操られていたときの詳細が曖昧になるのだよ」
「ちょっと待てよ。確かにヤベぇ能力だが……この事件、まさかそれだけで犯人なんて……」
究助が圧をかけるように前に出るが、解は欠片も揺るがない。
「決めつけている、とでも? 私を甘く見るな。すでに大意は捉えている。真洞氏を犯人とする根拠は他にもあるのだよ」
解が顎で示したのは、部屋のドアノブだ。普通の、どこにでもあるようなシリンダー錠が取り付けてある。
「この部屋は密室だった。事件発生時、室内には真洞氏と被害者の哀根氏しかいなかったのだ」
「う、サザンクロスの事件を思い出すな……」
「その上、決定的な自白がある」
「じ、自白?」
「真洞氏本人が罪を認めている。『自分が殺した』とな」
「え……えええええ!?」
これまでの話が無意味なことと思えるくらい、衝撃的な発言だ。
「それじゃあ……え? 俺たち、特にやることなし?」
「い、いえ! まだ、調査してみないことには……!」
「ふむ。捜査は好きにやればいい」
「あれ」
意外とすんなり許可を貰えた。
「貴方は落第者の中でも、可能性のある落第者だ」
解は綴を見て、頷く。
「私の言うことをそのまま信じて捜査を諦めていたら、可能性は無為に潰えていただろうがな。真実を追求することだ。貴方が納得できるまで」
回りくどく、堅苦しい喋り方は、聞いていて疲れる。つまり、素直に「お疲れ様でした」と立ち去っていれば、解が言うところの落第者になっていたということか。むしろ、捜査を続けろと言いたいのか。
「せめて情報は渡してやろう。推定ではあるが、被害者の死因は胸部を刺突されたことによる出血性ショック死と考えられる。凶器のナイフはこちらで押収している。必要があれば見せよう」
「ありがとうございます」綴は低く頭を下げた。
「死亡推定時刻は21時30分から40分頃」
「かなり絞れているんですね」
「現場には置き時計があった。そして事件発生時、床に墜落し、37分の時点で機能を停止させた。故に自明というわけだよ。幅を持たせ、30分から40分頃としているがな。なお、時計は高性能な電波時計であり、狂っていた可能性はないと関係者から証言を得ている」
「なるほど……」
「さて……お手並み拝見といこうか」
解はわずかに口角を上げる。その微笑みは、椿の笑みとよく似ていた──。
***
綴は許可を貰い、真洞の前に椅子を持っていく。対面に座り、目の見えていない彼を刺激しないように、静かに、ゆっくりと話しかけた。
「王樹真洞さん。僕は探偵で、刑事の手伝いをしています、八見綴と申します」
「……」
真洞の返事はないが、顔がほんの少しこちらに傾いた。耳まで塞がれている、なんてことは流石にない。
「早速ですが、事件について、お聞かせください。この西館3階に真洞さんは幽閉されているとのことですが……確かですか?」
真洞は小さく頷いた。「それはお辛いでしょうね」と綴が言うと、なにも反応を示さなかった。慰めなどは無駄らしい。
「この部屋は、真洞さんの私室ですか? 正直、そうは見えませんが」
生活感がない部屋だ。ダンボールや木箱が山脈のように積み上げられ、高低差を作っている。アンティークの置物がいくつか、木箱の上に置かれていた。埃を被っているものが大半だ。
「……倉庫です。家族のいらなくなったものを、放置する場所……俺の部屋は、別にある……」
想像より低音の声だ。
ずっと椅子に座り、前のめりに背を曲げているため分かりにくかったが、背が高い。究助と同じくらいかそれ以上、190cm近くあるだろうか。年齢は10代後半から20代前半くらいだ。
「後でそちらの部屋に、調査のために伺っても構いませんか?」
「……ええ」
「額の包帯は、なにかお怪我をされたんですか?」
「……」
こっちからどんどん喋っていかないと、なかなか進展しない。焦れったくなり、本題に入ることにした。
「──真洞さん。あなたは被害者、哀根さんを殺したのは自分だ、と自白したそうですが。それは……本当ですか?」
「……」目隠しの奥で、瞼が動くのが分かった。「……それは」
「……」
「……そうです。俺が、哀根叔母さんを殺しました……」
メモに、一言一句偽りなく書き残す。彼の自白を。
その間、綴の目はじっと相手を捉えていた。目は見えないが、口元や眉の動きを見逃さないように。少しでも感情を見透かそうと努力する。
「本当ですか?」
「……! ……そうです」
エスパーでもないのだから、顔を観察するだけで思っていることが読めるなんてわけはない。
しかしかろうじて、言葉の調子や表情筋の動きに、確信は持てないまでも、違和感を抱いた。
「──そうですか。分かりました。一度、席を外しますね。他の場所を調べたり、王樹家の方のお話を聞いてきます」
「……探偵さん」
「はい?」
「──無駄なことはしないでください。俺が、犯人です……それは、間違いないんですから」
「……すべては、調査を終えてから、です」
「……」
そう言って綴は立ち上がる。違和感こそあれど、ここまで状況が出来上がっていれば、彼が犯人で間違いないと思ってしまう。
究助が近づき、耳元で訊ねる。
「ハチミツから見てどうだ? アイツが殺したっての、マジっぽい?」
「……なんとも言えないです」
部屋の様子を確認する。倉庫らしいが、綴の実家にあるものとは比べものにならず、小さめのリビングくらいは余裕でありそうだ。ただ、天井は割と一般的と思える高さだ。
ドアは1つで窓は2つ。ドア側の壁には棚が2つある。
窓のサイズは一般的だ。とは言っても、ただの倉庫の窓にしては大きい。鍵は一般的なクレセント錠。こういう些末なところは庶民と変わりないのだと、安心する気持ちがある。
窓を調べようにも、西側の窓は木箱が積まれていて、上部しか見えない。隙間からは月明かりすら覗かない。東側の窓は木箱がないため観察できる。ついさっきまで、その前で綴と真洞が会話していた。
「うーん。この木箱、どれも重いな。どかせねぇや。なに入ってんだ? まあ、こんな豪邸だし、いくらでも詰められるか。なあハチミツ、そっちの窓はどうだ?」
木箱が仕切りのようになっていて、究助の声だけが聞こえた。
「えっと……あ、鍵が開いてます」そして綴は窓を開けた、が。「ひいっ……!」
「あ? どうした!」
「あ、いえ……外、思ったより高くて……ここは3階のはず……でも、そうか。1階層が一般住宅の高さの倍くらいあるから、5、6階建てくらいの高さがあります。落ちたら……ひとたまりもないですね」
「ひぇえ」究助が駆け寄ってきて、地上を見下ろす。「怖っ!」
地上には樹木が点々と生えていて、まるでこっちに向けて槍を構えているようだ。木々の隙間があるとはいえ、落下すれば、串刺しか地面との衝突かの違いしかない。
次に綴は入口のドアを調べ始めた。装飾は豪華だが、構造は普通のドアだ。サムターンにぱっと見た限りでは、細工の痕跡はなかった。
近くにいた刑事が言う。
「発見者は体当たりでドアを壊して入ったらしい。だから、ちょっと壊れてる。鍵はないらしいよ。何年も前に紛失したんだってさ」
「なるほど……」
そのとき、廊下を影が通りかかった。
「あ、ハチミツくん」
椿だ。どこかを調べていたらしい。
「どこにいたんですか?」
「真洞さんの私室。なにか出てくるかもしれないから。今のところは収穫なしだけど」
「椿さんも、真洞さんが犯人だと思っていますか?」
「……現状、彼以外を犯人と考えるのは天邪鬼すぎる、と思わざるを得ないくらいでしょ。ただ、どうしても飲み込みきれないことがあるんだけど」
「聞かせてください」
「まず、真洞さんがほとんどなにも語らないこと。君も彼と話したでしょ? 全然喋らないし、自分が殺した、とは言うけれど、それ以外は沈黙。
どうやって殺したとか、なんで殺したかとか、語ってくれない。それで、その動機が、特に納得できない」
「動機ですか……あの、そもそも、真洞さんと、被害者の哀根さんの関係は? 姉弟にしては歳が離れすぎている気が」
「それならさっき、兄さんが表を作ってくれたから、見て」
「真洞さんは次女、王樹枝亜さんの息子さんだったんですね。哀根さんは叔母さんにあたる。そういえば、彼も叔母さんと呼んでいたな」
「この表のうち、王樹鳥子さん、葉太さん、陽一郎さん、巣子さんは事件とは無関係であることが確認済み。次男の葉太さんは亡くなっているし、大地さんの奥さん、鳥子さんは病院で入院中。他の人もそれぞれ実家にいたり、会社にいたり」
「え、もう裏取りしたんですか?」
「兄さんがね。優秀だから」
椿は短く言ったが、自慢げだ。
「それから念のため言っておくと、門番や使用人、庭師のアリバイも確認済み。被疑者から外して大丈夫。
──話を戻すけど、真洞さんの動機が不明。2人の関係性について聞き込みをしたいんだけど、真洞さん本人は黙秘。後は、彼の母である枝亜さんに聞きたい……でも、さっきから彼女の姿が見えない」
「僕の方で見かけたら話を聞いておきます。椿さんにも共有しますね」
「助かる。こっちも分かったことがあったら教えるから。……ああ、そうだ」
「なんですか?」
「兄だけど……上手く接してやってね。言葉遣いは面倒だし、頑固だけど。優秀で、良い人だから」
「……わ、分かりました」
正直なところ、上手くやれる自信は……微塵も湧いてこなかった。




