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異能力探偵ハチミツ  作者: 春山ルイ
異能力館の殺人
34/65

王樹家

 夜の狭い山道と、深い森の中を、究助は怖々と抜けていった。緊張感のあるドライブの終着点には、圧倒されるような大きさの洋館があった。到着の喜びで、綴と究助は思わず歓声をあげていた。


『ユグドラ』の名にふさわしく、木々が屋敷を守るかのように取り囲んでいた。山と森に守られた堅固な城という風情だ。ここが、異能力者一族が住む異能力館。


 高い塀と門があり、門番と思しき2人が究助の車を認め、中への侵入を許した。監視カメラもしっかり入口を見張っている。険しい山道と高い塀のおかげで、館へ入るにはここの門を通る以外に方法はないだろう。


 敷地内に車を止める。すでに警官たちは散会していた。


「腰が引けるな……俺たち場違いじゃね?」


「究助さんは刑事だからいいですけど、僕は探偵です……場違いどころじゃないですよ……」


 荘厳な扉の前に、初老の男が佇んでいる。男は綴たちを見つけ、ゆっくりと近寄ってきた。


「ようこそおいでくださいました、お客様」


「え、なに? お客様……? いや、刑事なんだけど」


「おや! これは失礼いたしました。刑事様でしたか。私、王樹家の執事を務めさせていただいている、薪原(まきはら)塔十郎(とうじゅうろう)と申します」


 執事、薪原はかしこまって礼をする。物語の中にしかいないような執事の姿に、綴は心中で少し高揚していた。


「執事の薪原さんね。ちょうど良かった。この屋敷についてお聞かせ願い──」


「ええ、ええ! かしこまりました。お客様はご主人様にアポは取っておられますかな?」


「は? いや、殺人事件の捜査……」


「ああはい! そちらでしたか! では、ええ!」


 薪原は機敏に背を向け、扉を開け放った。究助は唖然とし、しばらく薪原の背を見送っていた。


「きゅ、究助さん! なんだか強烈な執事さんですけど、案内して貰いましょう!」


「……はっ! そ、そうだな。クソ、出会い頭にアッパーカット食らった気分だ……」



 屋敷に足を踏み入れた瞬間、思わず別世界に来てしまったのかと錯覚する。渋い赤色の絨毯が広がる床、豪奢なシャンデリアが吊り下がる高い天井。要所にある煌びやかな調度は、まるで輝いているように見える。窓も観葉植物も、なにもかもが巨大だ。


「きゅ……究極すぎるぅ!」


 究助は豪邸に麻痺し、マヌケな声を轟かせた。


「わはは。皆さんそうおっしゃいます」


「いや、この語彙は究助さんくらいだと思いますけど」


「まずは現場にお連れいたしましょうか? お望みであれば、この王樹邸をご案内しますが」


 ちょっと興味は引かれたが、今は現場を見たい。綴は薪原に現場への案内を頼んだ。


「ええ! では」きびきびと歩き出す。「王樹邸は《東館》と《西館》がございます。東館は主に王樹家の皆さまの居住スペース、西館はお客様の宿泊スペースとして扱っております。間取りや部屋の形はほぼ左右対称となっておりますので、覚えやすいかと」


「現場はどちらでしょうか」


「西館の3階でございます。2つの館を繋ぐのは1階の渡り廊下のみ。1階に降りなければ渡れないため、少々不便でございますが、そもそも王樹家に来訪して宿泊しようとなさる方はあまりいらっしゃいませんので、特に不満の声も上がっておりません」


「なるほど……」


「では! こちらが現場でございます……」


「へ?」


 まだ渡り廊下すら渡っていないのに、現場に到着、するはずもなく。頓狂な発言とともに薪原が招き入れたのは、トイレだった。


「……あの、薪原さん? ここ、トイレ……」


「おや、失礼いたしました。確か、トイレが目的地では?」


「違いますね」


「……」


 そこへ、見かねた様子の男が現れて、声をかけた。



「塔十郎さん。あんたは下がっててくれ。俺が案内する」


 男の服装は執事の薪原と似ている。使用人の制服なのかもしれない。ぎらりとした目を見て、爬虫類のような目だ、と綴は感じた。


「おお、風馬(ふうま)! いやぁ申し訳ないが、頼んでも?」


「下がっててくれって言っただろ」


 薪原は微笑み、綴たちに紹介する。


「こちらは蛇谷(へびたに)風馬(ふうま)。王樹邸の()、使用人でございます。大変申し訳ございません。ここからの案内は彼に」


「……現場ですね。では、3階へ参りましょう」


 声の調子は、薪原とは異なり、歓迎の気持ちが感じられない。


「……失礼いたしました。執事の薪原は少々、ボケてきていまして」


 幅の広い渡り廊下は、二車線の公道ほどの広さがあった。中央を堂々と歩く気にはならず、つい縮こまってしまう。


「えっと、蛇谷さん」おずおずと訊ねる。


「なんでございましょうか」


「さっき、薪原さんは蛇谷さんをここの元、使用人と言いましたが、今は違うんですか?」


 綴の手にはメモ帳が握られ、薪原の言葉はすべて記録されている。


「……はい。今は王樹燈花(とうか)様に仕えています」


「王樹燈花さんですか。失礼ですが、僕は王樹家について知識がないもので、血縁関係について教えていただけますか?」


「……燈花様は血縁ではありません。王樹家の次男、王樹葉太(ようた)様の奥様です。燈花様は生来病弱であるため、私は王樹家の命により、彼女の使用人として奉公しているのです」


「なるほど……その、次男の葉太さんは?」


「亡くなられました。半年前、事故で」


「……それは、お悔やみ申し上げます」


 蛇谷の口数は少ない。もちろん、殺人事件があったということもあるだろうが、元々喋らないタイプなのではないか、と推測する。そういう雰囲気だ、というだけの根拠だが。



「……そうだ。現場の西館3階ですが……通常、そこへ上ることは叶いません」


「え?」


 綴は究助の方を見る。彼も報告を受けていなかったらしく、ぽかんと口を開けていた。


「実際にご覧いただくのが早いかと思われます」


 蛇谷は観光ガイドのように、発言の終わりと同時に、綴たちをそこへ連れてきた。


「うわっ!?」


 西館の2階から3階への階段へ……と足を向けた先に、()が立ちはだかった。それは洋館の内観にそぐわない灰色で、材質は打放しのコンクリートのよう。ミスマッチな無機質さだった。


 ちっぽけなドアが壁に埋め込まれるように収まっている。ドアノブの下に機械が取り付けられているが、電子ロック式の錠だろうか。


「こういうことでございます。このドアは、通常であれば開かず、3階へ上ることは叶いません。現在は事情により開放されておりますが」


 蛇谷はそう言い、こともなくドアを開けた。

 壁の向こうは、相変わらず別世界のような豪華さの壁と、カーペットが伸びた階段があった。


 多くの疑問を抱くが、異質な様相に口を閉ざし、蛇谷の背中を追いかけた。


「この先、3階にはあなた方と同じ刑事と、もう1人。ある男がいます。彼は目隠しをされているのですが」


「め、目隠し?」


「彼の目隠しを、絶対に外さないでください。絶対にです」



 3階にはどんな光景が待ち受けているのかと身構えてみれば、他の階層と違いは見られない。ただ、心なしか空気が埃っぽい。

 あの壁は後付けで建てられたのだろう。



「こちらの部屋が現場でございます。刑事様相手に差し出がましいとは存じますが、中にはまだ遺体がございます。お気を付けください」


「ああ……問題ない……」


 究助が先陣を切る。入室してすぐ、血の臭いが鼻腔をくすぐる。

 

 ドアの目の前に、女性がうつ伏せで倒れている。胸部のあたりを中心に、血液が広がっていた。


「検視は?」究助は室内にいた刑事に訊ねた。


「いえ、まだです。到着が遅れているようで」


「まあ、ぱっと見た感じ、被害者は刺殺されたのかもな」


 綴は周辺を見渡す。血が点々と飛び散っている。



「ハチミツくん?」


 聞き馴染みのある声に、綴の心臓は跳ねた。部屋の奥から、スーツ姿の彼女が出てきた。


「椿さん!? え……あ、なんで!?」


「なんでって……そりゃ、特能だから」


「あ、そうか……」


 椿との再会だ。また事件現場で顔を合わせることになったのは残念だが、仕方ない。

 彼女は目を丸くしていたが、唇をきゅっと結び、気を取り直す。


「来てくれてありがとう。あなたなら頼りになるから」


「俺もいるぜ!」究助は大声を上げるが。


「ああ、こんばんは」椿の返答はおざなりだ。


「……ああはい。こんばんはー……」


「ただ……困ったな。今回の事件、いろいろと厄介なの」


「前の事件も厄介でしたけど……」


「それ以上」


「えぇ……」


 椿は無言で指差す。椿が出てきた部屋の奥で、男性が椅子に腰掛けていた。

 なによりも目を引くのが、彼の目元だ。白い布で目が覆い隠されている。これが、蛇谷の言っていたことだろう。目隠しに加えて、額に包帯が巻かれている。怪我をしているようだ。


「彼が現在、最有力の被疑者。──王樹真洞(まうろ)


「真洞さん……」


「……最有力と言ったけど、それどころか……ほぼ……」


「ほぼ?」その先は、あまり聞きたくない。



 椿が口を開いた瞬間、部屋のドアが開いた。立っていた蛇谷を押しのけ、背の高い男が入室した。ロングコートを羽織り、刑事然とした、洗練された格好をしている。


「現状、彼が犯人と目され……その懐疑は、半ば確信に至っている」


 男が椿の発言を引き取った。鋭い目つきは彼女と似ている。


「げっ!?」


 威圧感のある相手に、究助は怯む。そしてこの反応は、この男の正体を知っているようだ。


「……兄さん」


 椿は彼を見て言う。


「兄っ……!? って、じゃあ、まさか」


 男は綴たちを睥睨する。


「……なるほど。貴方が、かの探偵……八見綴」


「椿さんの……お兄さん……!」



「──然り。私の名は白金(しろがね)(かい)。特殊異能力犯罪対策班所属、階級は巡査長」


 解は鋭い視線で、綴を突き刺した。


「あ、あんたが来るとはな……」


 究助は苦虫を噛むように目を細める。



「事件が混迷を極めるのであれば、私は駆けつける。……真実を追い求めるために」



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