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異能力探偵ハチミツ  作者: 春山ルイ
氷が溶けて残るもの
31/64

VS椿

 警察署の前で、メメは待っていた。


「お疲れ様でした。大変でしたね」


「そうだねぇ。なんとか出てこられたよ……なんて、そもそも自分から来たんだけどさ」


「千牙さんのために……でも、その千牙さんが……」


 メメは沈痛な顔をして薄ら笑いを浮かべた。


「椿から聞いたよ。……零人が、死んだ」


 椿はここにはいない。綴が頼み事をして、今頃、実行してくれているはずだ。


 究助は綴の背後で、粛々と場を見守っている。


「メメさん。あなたの親友である帆波静流さんは、事故で死んだのではありません。殺されたんです」


「……そうかあ」


「犯人は、千牙さんでした」


「……」


「思ったより、驚かないんですね」


「そう? ……驚いてるよ……」


「あなたは……知っていたんじゃないですか?」


「……」



「千牙さんを毒殺したのは、あなたなんじゃないですか。メメさん」


   ***



 病院で究極速記を行った後、綴は疑わしい人物の名を出した。


「め……メメが?」


「彼女なら可能なんです」


「──あり得ない。だってメメは……」椿は頭を横に振る。「彼女がそんなことを……」


 椿はそう言ってから、はっとする。「そんなことをする人ではない」という言葉は、千牙によって意味を失っているし、彼女自身の、栞犯人説を否定することになる。


「……ど、動機は? 彼女は彼の恋人……過去の浮気も気にしている様子はなかった……」


「やはり静流さんを殺した復讐ではないでしょうか。恋人とは、その人の秘密を暴くのにもっとも近い関係性です」


 究助がポンっ、と拳の側面で手のひらを叩いた。古くさいジェスチャーだ。


「沓木が言ってたぜ。千牙は酒に弱い。酔ったせいで沓木に浮気の件を洩らしたんだし」


「静流さんの死の真相をメメさんが知ることは可能だったと思います」


 動機に関して言えば、これで一応クリアだ。すると問題はやはり、千牙が服毒した場所だ。警察署の中? そんなわけがない。


「やっぱり……警察署の中で千牙さんに服毒させるのは不可能です。すると、いったいどこで毒を混入させたのか……」


「紫雲くんの報告では、毒は30分から1時間で効果が現われる即効性だったんでしょ? 警察署内で毒を入れなきゃ、あんなタイミングで効果は出ないはず」


「いえ。その考え方が、バツなんですよ」


「バツ……その指摘の仕方、なんか癪」


「え……」


 あなたが言えたことではないだろう、と反論したくなったが、それどころではないので堪えた。


「考え方を変えてみてください。毒の効果を()()()()ことができるとしたら?」


「毒の効果を……遅らせる?」


 もし効果の遅延が可能なら話は大きく変わってくる。

 服毒したのは警察署にいたときではなく、それ以前、カラス公爵にいたときだ。



「……まだ、だよ。ハチミツくん。チェックメイトには届かない」


「……そうですか」


「推測の域を出ていないもの。……どうやって、彼女が毒を盛ったの。その方法を言って!」


 椿はおそらく、分かっているはずだ。それでも信じたくない、認めたくないのだ。心の叫びが、聞こえてきそうだった。


「彼女の異能力です」


 一息に、はっきりと言った。


「……《障壁》」


「彼女は言っていました。いえ、ほとんど自白をしていたんですよ。それから、究助さんが調べてくれた異能力の情報にもあります」


《枚数は5枚まで。うまい具合に組み合わせれば4枚使って箱にもできるよ》


《アイツが実演したように、壁は誰でも動かすことができる》



「障壁を使えば毒を盛れます。……数日前、カラス公爵での同窓会の中で……」


「そ、そんな……」



「お、おい待て! 俺が全然追いつけてねぇ! 2人で納得すんな!」


 究助だけが、なにもかもから取り残されたように戸惑っている。


 綴はペンを取り出し、先端を天井に向けた。



「簡単に言えば、毒を《カプセル》の中に入れ、パトカーの中でカプセルを《消した》んです」



「カプセル? 消した?」


 究助は唖然とする。


「もちろんそんな何日も持つカプセルなんて、存在しません。異能力を除けば、ですが」


「メメは……障壁でカプセルを作った……ってことか?」


 綴は無言で頷く。


「彼女の障壁は、最大で5枚作成可能です。それから、カプセルを作るためには面が最小で4枚必要です」


 最も少ない面で作れる立体は、三角錐、四面体だ。空中に作ることができて、ある程度形を自由に変えられる壁を生成できるメメなら、透明で小型の四面体を作ることだって可能になる。


「障壁でできたカプセルの中に毒を入れる。そして、同窓会中に出された飲み物に混入させたんじゃないでしょうか。どうやら、あの居酒屋では《公爵ビール》という、氷がたっぷり入った飲み物が提供されたようです。氷の中に混じって、胃の中に入ったんですよ」


「待って……やっぱり、納得できない。その推理じゃ、まだ詰みには届かない!」


「反論は……どんどんぶつけてください」


 言葉をぶつけてくるたびに、打ち返すつもりだ。真実とは、その先にこそあるものだから。


「……わたしも究助君から彼女たちの能力のことは聞いて、情報は頭に入っている。彼女の障壁は、彼女が手で触れた箇所に生成される。そして解除も……同じ。障壁に彼女自身で触れなきゃ解除できない。

 ねえ、教えて。どうやって千牙さんの胃の中にある障壁のカプセルに触れられるの?」


 おそらく、椿の聞いた情報は、綴の聞いたものと少し異なるようだ。


「障壁が破壊される条件は、メメさんが触れるだけではありません。正確には……」



《壁はメメ本人が触れる、もしくは能力者と壁が約50m離れると破壊される》


「50m……あ……まさか……」


「千牙さんは椿さんによって、警察署から連れ出された。そしてパトカーで50m以上離れてから数分で症状が出たんです。そして病院に運ばれている途中、彼は死亡しました。辻褄が合うと思いませんか?」


 服毒のタイミングは、千牙とメメが50m以上離れた瞬間だった。



「……そんな……じゃあ、まさか! メメが、千牙の後を追って連行されたのは……」



「──僕たちは、彼女の例の行動を、千牙さんを想ってのものだと思っていました。しかし実際は違ったのかもしれない。メメさんが犯人だとすれば、別の筋書きが考えられます」


 メメが千牙の近くにいる限り、能力が解除されない限り、千牙に毒の効果は出ない。逆に言えば、即効性の毒を、好きなタイミングで飲ませることが可能なのだ。


 鉄壁のアリバイが存在するときを狙って距離をとる。それが当初の計画だった。しかし、だ。


「この一連の計画には、致命的な想定外があったはずです」


「想定外……」椿は思い至ったようだ。「そうか、曳刷さんが起こした犯行……! 彼の行動は犯人にとって想定外……」


「丹巡査長に千牙さんが容疑者扱いされ、連行される。それはおそらく、最悪のトラブルです。千牙さんが、メメさんの意図とは無関係に50m以上離れていってしまうのですから。

 そうなれば、千牙さんの体内で溶け出した毒は、居酒屋で飲まされたことが明確になる。それを防ぐために……千牙さんと同じ場所に向かう必要があったんですよ」


 2人は同棲している。いつでも毒は飲ませられたはずだが、同窓会の最中の犯行に至った理由は、保険のためだろう。容疑を自分以外にも向けさせるため──栞を疑った椿のように──居酒屋で服毒させたのだ。



「……筋は通っている。でも、ハチミツくんの推測に過ぎない。証拠は……ない」


「……その通りです。証拠はありません。今は」


「今は?」


「頼み事があります。椿さん。証拠は見つかります。僕の考えが正しければ……」


 椿はふっと肩をすくめて、ゆっくり噛みしめるように言った。



「──正しいんだろうね。きっと」


   ***


「──メメ」


 メメの背後に、椿が立っていた。縮小を使っていたため、ワープのように突然現われた。

 それでも、メメは少しも驚かず、ゆっくりと振り返る。


「椿……どうしたの?」


「ハチミツくんの推理に、反論はある?」


「……」


 メメは黙りこくる。


 椿はそっと手を出し、握っていた小さなプラスチックの容器を取り出した。


「これは、あなたが署に連れてこられるとき、所持品検査で回収された物。この容器の中を調べれば、きっと出てくるはず。毒の反応が。

 ……毒物を持ち運ぶための容器」


「……」


「ハチミツくん。これを、あなたは探して欲しかったんでしょ。なんでこれがあるって分かっていたの?」


「カラス公爵では、徹底的な凶器の捜索が行われていました。また、沓木さんの事件が起こった際、鼠谷さんが迅速な対応をしたために、誰も外に出ることができなかった」


「そういえば鼠谷刑事は薬物の証拠も探していた。だからゴミ箱まで漁っていた……」


「はい。そのため、カラス公爵に毒物を持ち込んだ犯人は、容器を外に持ち出すことも、捨てることも叶わず、自分自身で所持しているしかなかったんです。さらに不運なことに、犯人は警察に連行されてしまった。犯行を成立させるため、自らの意思で」


《凄いね、警察の皆さん》

《ゴミ箱まで漁ってるじゃん》


 メメの聴取のときに聞いた彼女の発言だ。


「……なるほどね。つまり毒物の容器は、警察署にあると……考えてみれば、納得」



 メメは自然体のように見えた。唇を噛んだり、目を見開いたり、眉をつり上げたり。そういった身体の反応は一切表れなかった。


「メメさん。反論があるなら言ってください。僕の推理に、間違いは──」



「ないよ。大正解」


「え」


 メメは息を吐き、柔らかな笑みを浮かべた。



「わたしが、千牙零人を殺した。君の推理どおり、《障壁》で毒を包んで、彼にプレゼントしたの」


「……認めるの」


 椿も沈痛な顔だ。


「……ごめんね。椿。せっかく仲良くなったのに」


「……」


「親友を……静流を殺したアイツを殺すために。10年間、チャンスを狙っていた。結果が、これ。……うん。大正解」


 ただの10年じゃない。憎しみの相手ともっとも近い距離で、恋するフリを常に装って、青春の時間をも消費して……。


「メメさん、あなたは──」


 綴が思い出したのは、始めにメメと会話した、聴取のことだ。


「僕たちに、ヒントを与えてましたね」


《三角とか、円とか。枚数は5枚まで。うまい具合に組み合わせれば4枚使って箱にもできるよ》


「少し、違和感のある発言でした。わざわざあんな発言をする意味はない。あれは、あなたの……自白だったんです。それと、もう1つ。僕があなたの犯行に気がついたのは、もう1つの発言がきっかけでした」


《でも作るたびに体力使っちゃうから、今日はもう限界》


「でも、あなたの異能力の情報によれば」


《代償はないとのことだ》


 究助の報告したメメの情報と食い違う。


「体力使うから限界だったんじゃない。あなたはカプセルの生成で、すでに4枚の障壁を生成していた。あの場で僕たちに見せられる壁は、1枚しかなかったんです」


「……凄いね。なんでそんな覚えてんの?」


 覚えているのではなく、すべてメモに残っているだけだ、と申し訳なく思う。


「メメさん。あなたは……自分の犯行がバレても、良かったと考えたんじゃないですか」


「……はは。だったら、毒殺なんかしないでしょ。……バレたくない気持ちも、あったよ」


「そう、ですか」


 メメは真っ直ぐな瞳をしていた。人を殺した人間の目とは思えなかった。


「静流は……本当に大事な……親友で……幼なじみだった」


「昔からの仲だったんですね」


「静流は幼稚園からの幼なじみで、わたしの異能力を怖がったり気持ち悪がったりしなかった。だから、わたしは彼女のためならなんでもするつもりだった。なのに……」


 メメは中空を見上げ、呟くように言った。


《ごめんね、メメ。今日は用事があるから、一緒に帰れないや》


「……それは、静流さんの言葉、ですか」


「そう。あの日、静流だって、死ぬなんて思わなかったはず。普通に用事を済ませて、また次の日に会うつもりだった。なのに……なんで?」


「……千牙さんが静流さん殺害の犯人と分かったのはいつですか? 恋人になったのは偶然なんですか?」


「もちろん、狙いをつけた。だって、静流の死は不可解すぎた。事故じゃない。殺人なら……犯人は異能力者の可能性が高いと思った。同じクラスの……栞ちゃんだとは思えないから、千牙を調べた。

 怪しいと思って見てみると、アイツはなんだか、なにかを隠してそうだと思ったんだ。後は酒を飲ませて──ああ、未成年飲酒だけど、許してくれる? ……恋人になれたのはラッキーだったね」


 椿は目を伏せ、苦痛を露わにしていた。


「……馬鹿」


「ごめんね。でもわたしは……やり遂げなくちゃならなかった。……それから──ありがとう。探偵さん」


「えっ?」


 予想外の礼に戸惑う。


「わたしの犯行を暴いてくれたこともそうだけど、静流の死の真実を明らかにしてくれて。千牙の罪が、ちゃんと世に知られる」


「……はい」


 メメの目尻から、雫が伝った。苦しみから解放されたその表情は、これから罰を受ける者の顔ではなかった。すでにすべてを清算したような、重荷を下ろした清々しいものだった。



「花丸の推理だったよ。探偵さん」


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