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異能力探偵ハチミツ  作者: 春山ルイ
氷が溶けて残るもの
30/65

詰みとバツ

 千牙が病院に搬送され、亡くなり、数時間が経過した。事態は大混乱だ。綴と椿は病院へと同行する。

 唐突に起こった最悪の出来事は、終わりを迎えようとしていたはずの事件を、再加速させた。


 紫雲と合流する。


「紫雲さ──」


「あークソ! なんだってんだ一体!」


 どうやら気が立っているようだ。大混乱なのは、医者も同様である。


「なにか分かりましたか?」


「ハチミツ! 千牙の死因は毒だ!」


 それはそうだろう。状況から見てもっとも可能性が高いのは毒死でしかない。


「解剖まではできていないが、千牙の症状や、吐瀉物から検出されたもの、それらから毒の種類が概ね判明した。だが、それが問題なんだよ!」


 紫雲は激昂する。普段は冷静な彼が、ここまで感情を露わにするのは珍しい。


「千牙零人の死因に、なにか不明なところがあったの?」


 椿も苛立っている。混乱の発生に巻き込まれたのだから当然だ。


「千牙を殺した毒は、()()()()()。致死量の青酸カリか、それに近い毒だ」


「え?」


 紫雲の怒りの意味が、遅れて理解できた。


「あの……即効性って、どのくらい……」


「服毒して30分から1時間くらいで、症状が現れ、死に至る」


「は……!?」


 椿は目を見開く。1時間で死に至る毒。


「そんなの……署内くらいしかタイミングがないじゃないですか!?」


 あり得ない。どこよりも安全で、殺人など起こりようがない場所で。


「彼が亡くなる30分から1時間前、ずっと取調室にいたはず。そのままパトカーに乗った。彼に毒を飲ませられる人も、タイミングも……存在するわけない……」


「取り調べをしていた丹ってのは異能力者差別をしていたんだろ。嫌いすぎて殺したんじゃねぇか?」


「いくら嫌いでも殺人までするとは考えにくいですよ! そもそも丹巡査長は僕たちとカラス公爵にいました!」


「俺は推理は専門外だ」紫雲は匙を投げた。


 椿は考え込む。その横顔から、わずかな焦りが読み取れる。


   ***


 究助に連れられて、ある病室に入る。入室していきなり究助が声を荒げた。


沓木(くつき)虫太郎(むしたろう)!」


 沓木がベッドで寝たまま頭を持ち上げた。


「な……なんすか刑事さん。まだなにか……? 犯人は曳刷だって……」


「その事件は解決した! だがさっき、千牙零人が亡くなった、殺人だ! お前はアイツが殺された理由に、なにか思い当たることはあるか?」


「は? いや、い、いきなりなに言って……千牙が死んだ……?」


 沓木は憔悴する。当然の反応だが、こちらとしては落ち着くのを待っているわけにはいかない。


「詳しくは教えられませんが、この数日、病室で入院していた沓木さんはシロであると思います。沓木さんの立場からお話を伺いたいんです」


「そ、そんなこと言われても知らねぇよ……! あいつは、ムカつくくらい、完璧なヤツで……誰かから恨まれるようなヤツじゃ……」


 もしも千牙の本性を知っていれば、こんな評価は思い浮かびもしないだろう。


「それは、あなたの本音ですか?」


「は? ……いやまあ、ウゼぇけど、嘘言う意味もないだろ……」


「本性、本当に知らないみたいだな」究助は小声で綴に言う。


「あ……でも待てよ……恨んでいると言えば」


「なにか?」


「アイツ、浮気してたことあるんすよ。って、知ってた?」


「浮気!?」


「メメと付き合う前、2人の女と付き合ってたんだ。ヒヒヒ……さっき完璧って言ったけど、そういうところはカスだよな」


「……メメさんと付き合う頃には別れたんですか?」


「ああ。メメは知らねーだろうけど、浮気でゴタゴタした2人は、アイツのこと恨んでんじゃねーの? えーっと、5年前だっけな」


 綴は可能性を探る。千牙の過去の恋人。なにがあったのかは分からないが、果たして、殺人に至るほどの恨みがあったのだろうか? 


「……究助さん、念のため、過去の恋人についても調べてください」


「調べてって、お前な……結構メンドイぞ。でもお前、念のためってことは、あまり疑ってないっぽいな?」


「そう……ですね。その人たちが犯人の可能性は薄いと思います」


 沓木は喉を鳴らして唾を飲み込み、また、なにか焦ったように視線を動かした。


「ところで沓木さん。それってどうやって知ったんですか? 千牙さんから直接聞いたわけではないでしょうが……」


「い……いやいや、本人。アイツ、酒に弱くて。昔に酔っ払ったとき、ポロッと溢したんだ。今回の同窓会でも、あんまり飲んでなかったんじゃね?」


「なるほど……」


 沓木は徐々に汗をかき始め、歯をかちかち鳴らす。よく観察してみれば、彼の腕はボロボロだ。入院中に自傷でもしたのだろうか。


「な、なあ。刑事さん。あんた……」


「あ? なんだよ」


「いや、なんでも……」



 そのとき、病室に男が入ってきた。彼の顔を見て、沓木は動揺し、喉の奥から高い音を発された。


「そ……鼠谷……」


「検査の結果が出た……ん、探偵さんと、最上刑事」


「鼠谷さん。どうかしたんですか?」


「検査ってなんだよ?」


 鼠谷は居酒屋で見た格好とは違い、かなりフォーマルに寄っている。そういえば警察だったな、と綴は思い出した。


「同窓会の時から()()()()んだよな。臭ってるってのは比喩じゃなくてさ」


「臭い……え、まさか」


 沓木の様子がいよいよ挙動不審になっていく。



「薬物所持、および使用の疑いで逮捕だ。退院したら覚悟することだな」



 鼠谷曰く、凶器を捜索していたとき、ゴミ箱まで徹底的に捜索した理由は、これにあった。

 もしかすると沓木は同窓会で薬物を所持、最悪、販売までしていたかもしれない。どさくさに紛れて証拠が捨てられているかもしれない。

 それらの可能性を考えた結果、必要以上に捜索したとのことだ。



「……ひっ、ひいいいいぃぃ……!」


 沓木の悲鳴が病室に響く。綴は究助と目を合わせる。


「……まあ、アレだな。腐ったヤツってのは、大人になったら究極的に腐ったヤツになる……ってことだな。いい教訓だぜ」


「あ……鼠谷さん、1ついいですか?」


「ん?」


「鼠谷さんは千牙さんの取り調べに立ち会いましたか?」


「いや? 担当じゃないんだよ。俺はほら……地域部だって言っただろ? 薬物所持の疑いがある奴に職質とかするのがよくある仕事。それでコイツの罪が分かったわけだけど」


「なるほど……ありがとうございました」


   ***


 ここに来て、新たな事件が発生した。

 死因は明確なのに、服毒した時間が不明──。


「現状、手がかりは少ねぇ……」


 綴の耳には、究助の言葉が遠く聞こえた。

 手がかりが少ない。それは事実のようだが、実際はどうだ? 


 千牙の動向が分かっていないのであれば推理は難航したはずだが、幸いにして、直近の千牙はずっと警察署にいた。一挙手一投足は刑事たちに見張られていたはずだ。……だからこそ服毒の謎も生まれたのだが。


「究助さん。結局、千牙さんの過去の恋人たちは……」


「2人ともそれぞれ別の、遠くに引っ越してることが確認できた。流石に関われねぇな」


「……となれば」容疑者は減った。「手がかりは、案外揃っているのかも……」


「あぁ? 馬鹿言えよ、まだなにも分かってねぇだろ?」


「……」


 メモを目の前に持ってきて、隅々まで凝視する。目が乾くくらい、じっくりと。文字の1つ1つに宿る、手がかりを整理する。


「ハチミツくん」


「あ……! 椿さん!」


 椿が戻ってきた。自身が運転していたパトカーの中で人が亡くなったのだ。いろいろと厄介な報告をしなければならないのだろう。おかげでかなり疲労が溜まっているようだ。


「千牙さんがどうやって殺されたのか。わたしなりに考えてみたの」


「どうやって殺されたか……」


「先に言っておくけど、なにか間違いがあれば指摘してほしい。

 1人、可能性があるの。犯人はあの人じゃないか、って」


「え!?」


 椿は覚悟の灯った瞳をしている。


「おい、誰が犯人だって言うんだよ……」



「──時尾栞」



「……あ!? んな……嘘だろ!?」


「か、彼女が……?」


 彼女が犯人? そんな、あり得ない。


「彼女は殺人なんてできる性格じゃないし……動機もありませんよ!」


「チェック」椿は人差し指を跳ねるように動かした。空中にチェックマークを作るように。「それは、誤り」


「チェック……?」


 究助が微妙な視線を綴に向けた。


「……お前の指摘に似てるよな……」


「そ、そうですか? 気をつけます……」


「千牙さんを殺す動機を持った人物は限られている。彼を恨むような人物はいない。

 ……もっとも、彼の()()を知っているとすれば、話は別」


「……! もしかして……」


「静流さんを殺した現場を目撃した、栞さんになら、動機は生まれる」


 彼女はそのことをカウンセラーの他に誰にも話していない。だからこそ苦しんでいた。とすれば、千牙の本性を知っているのは、彼女だけ。


「で、ですが、どうやっても千牙さんを毒殺することはできません」


「彼女なら警察署内にも取調室にも侵入できる」


「え……あっ!」


「彼女の本当の異能力、《気配遮断》。人とぶつかりさえしなければ、彼女は透明になってどこにでも行ける。警察署内にも、取調室にも。部屋で提供された水に毒を仕込むことも、彼女なら可能」


「……そ、そんな」綴は青ざめる。「確かに可能ですが……」



「──兄が言っていた。推理はチェスに似ている、と。盤上に手がかりと証拠を揃え、駒を動かすように、真実へと道筋を作る。わたしたちが得た駒を動かした先には……1つの答えしかないと思うの」


 彼女の言うとおりかもしれない。綴は、栞のことをよく知らない。千牙の本性がそうだったように、栞の心の奥には人を恨み、人を殺せる意思があるのかもしれない。


「正直に言えば、栞さんが殺人を行ったという証拠は見つかっていない。推理に自信があるわけじゃない。反論があるなら、言って欲しい……」


 椿は葛藤しているようだ。目を伏せて、迷いを見せる。


「チェック……ということは、まだチェックメイト(詰み)ではないんですね」


「……」



「まだ、詰みと言うには、バツですよ」



「……それは」


 病院の廊下であっても構わない。いや、本当は構うべきだが、それどころではない。


 メモ帳のページを破る。ページは落ち葉のように足下に散らばった。

 沓木が殴られた、曳刷が犯人の事件。10年前に遡り、静流を騙して殺した千牙の事件。愛掘高校の45期生の闇。それらすべての情報が、散らばったページに記録されている。


「ハチミツくん? いったいなにを……」


「あんたは初めて見るよな」究助が得意げな顔で答える。「ハチミツの速記能力、その真価だ。究極速記、と俺が名付けた!」



 ペンを掲げる。包帯をきつく締める。ペンは手のひらに馴染み、もはや手そのものだ。脳が命じたまま、思い浮かべた推理をそのまま、白紙に書き込んでいく。


 推理はチェスと似ている。椿の兄の言葉を借りるなら、メモに刻まれた文字は盤上の駒だ。正しく整理し、順序立てて進軍させる。その先にあるのは、真実という名のキング──。



「椿さん。今度はあなたの番です。

 これから僕が出す答えに納得できなかった場合、躊躇なく指摘してください」


 返答は待たない。

 それより先に綴の脳が動き、手が加速する。



《目の前にいても、喋っていても、関係ない。他者は栞の存在に気づくことが難しくなる。例外は、彼女に触れることだ。触れた対象は、彼女の存在に気づける》


 栞が犯人なのか? 


《彼が亡くなる30分から1時間前、ずっと取調室にいたはず。そのままパトカーに乗った。彼に毒を飲ませられる人も、タイミングも……存在するわけない……》


 毒を飲ませるタイミングは本当に存在しなかったのか?


《アイツ、酒に弱くて。昔に酔っ払ったとき、ポロッと溢したんだ》


 ──千牙を殺す動機は、誰にもなかったのか?



 指が痛み、腕が痺れ、頭が熱くなる。この速記はいつも辛い。全身が高熱でうなされたときのように疲弊する。けれど休むわけにはいかない。痛みが増すほどに、真実に近づいていく感覚があるから。



《代償はないとのことだ》

 


 ──どういうことだ?

 あの発言は、過去の発言と矛盾してしまうではないか。 



 ──紙の上の推理は繋がった。



 床に突いた手の側に、自分の鼻血がポタポタと落ちる。目眩がして、床に倒れ込みそうになった。震える脚を支え、ゆっくり立ち上がる。



「……血、拭いたら?」


 椿がティッシュを差し出す。どん引きしているようでもある。


「あ……しゅ……しゅみまへん……」


「……ねえ、これって大丈夫なの? 脳にダメージとか……」


「せっかく病院にいるんだから、検査させておくか……」究助も痛々しい物を見るような目をする。


 少し待って貰って、頭をすっきりさせる。

 完璧とは言えないが、喋れるようになって、綴は顔を上げた。



「──犯人は栞さんではあり得ません」


「……何故?」


「彼女の犯行かどうか、確かめる方法があります。警察署内の監視カメラです」


「……あっ」


「栞さんの能力は《透明化》ではありません。あくまで気配遮断による、擬似的な透明化です。僕たち生物の感覚を誤魔化せはしますが、機械による記録には対応できないはずです。もしもなにも映っていなければ、栞さんは無実と言えるのではないでしょうか」


「……そう、ね。確かにその通り……反論はない……」


「警察署内に入っても問題ない人といえば鼠谷さんもいますが、彼は千牙さんの担当ではないので取調室には行っていません。彼も容疑者から除外できます」


「じゃあ……あなたが犯人だと思う人は?」



「僕の推理では……犯人は、あの人しかいません……」


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