VS丹
居酒屋、カラス公爵。まだ開店前の昼頃。フロアのテーブルに着席し、綴は待ち人たちに備えてメモ帳を何度も読み直す。
外で車のドアを強く閉める音がした。
「まったく……よくもまあ、この俺を呼びつけたもんだ。異能力者風情が……」
待ち人の1人目、丹巡査長だ。禿げ頭を掻き、入店してきた。椅子に座って待つ綴を発見し、怒りを露わにした。そんなつもりはないのだが、態度が偉そうに感じたのかもしれない。
「キサマか……!」
丹の背後から、彼をここまで連れてきた椿が現われた。
「ハチミツくん。彼は?」
「彼は究助さんが連れてきます。おそらく、そろそろ……」
再び、車のドアが閉まる音。丹のものと比べて控えめだ。
「先日の事件のことか? だとすれば話すだけ無駄だ! 犯人は千牙零人、ヤツ以外にない!」
「千牙さんは自白したんですか?」
「まだだ。だが時間の問題だろうな。もうじき……」
「千牙さんは犯人ではありません」
「やかましい!」丹は爆発するかのように急に怒る。「くだらん! なにを根拠に……」
「今から真犯人が入店します。そこで、僕たちが見つけた証拠で、あなたに証明します」
「なにをっ……?」
いくら丹でも話を聞かざるを得ないはずだ。
「丹巡査長、座ってください」椿が静かに勧め、自身も別の席に腰を落ち着けた。
「沓木さんを殺そうとした犯人は、彼です」
店のドアが開く。究助に追い立てられるように、肩に力を込めて入ってきた。
「こんにちは。曳刷さん。わざわざご足労いただきありがとうございます」
「あっ……いや……」
最初に見たときよりさらに痩せたような気がする。それもあり得る話だ。事件が起こって2日経っている。人を殴りつけて、その間はストレスに苛まれて仕方なかったはずだ。
「曳刷琢也さん。あなたが沓木さんを殴った犯人ですね」
「そ、そんな……俺は……」
笑って誤魔化そうとするが、苦しげだ。吐き気を催しているようにも見える。
「あなたは沓木さんのいじめを受けていた。お話を聞かせてもらったときも、恨みを隠そうともしませんでしたよね」
「……や、やや……」
丹の拳が、テーブルに力強く叩きつけられる。
「いい加減にしろ! 茶番だ! そんな情けない男が、どうやって被害者を殴ったというんだ!」
情けないと言われた曳刷は縮こまる。それは置いといて。
「確か、丹巡査長が千牙さんを疑う理由は主に2つでしたね。現場の氷が彼の異能力と関連していること、彼のアリバイが完全ではないこと。ですが、それらは問題になりません」
「なんだとぉ?」
沓木を殴るために、4人とともに外へ連れ立って出て行くのは不自然すぎること。氷の凶器を使ったとして、千牙の能力なら氷が溶け残ることなどあり得ないこと。発見者の2人が聞いた音のタイミングが不自然であること。そもそも凍結の能力者が氷を使うのはあからさますぎること。
喫煙所で究助に語ったことを、丹にも同じように語った。
語り終えると、丹は鼻で笑う。余裕そうだが、貧乏揺すりが目に見えて増えている。内心穏やかではないはずだ。
「……なんらかトリックを使ったんだろ! 異能力者なんだ、そんくらい楽勝だ!」
「異能力はそんな万能じゃない」
異を唱えたのは椿だ。丹は睨み付けるが、気にしていない。
「ハチミツくんの速記なんか、きっとなんの犯罪にも使えないと思いますよ」
「う……」犯罪に使えないのは喜ぶべきなのだが、改めて自分の能力の矮小さに悲しくなる。
「でも、探偵としてはとても便利でしょ?」
……それは、確かに。褒められた?
「そ……それでですね。その、トリックですよ」
「ああ?」
「トリックを使えるのは、なにも異能力者だけじゃありません。非異能力者だって使えますよ。特に……このカラス公爵で働いている人なら──」
そこで力強く、容疑者の顔を見据える。曳刷は思わず目を逸らすが、綴は逃すつもりはない。
「な、な、なんのことだか……さ、さっぱりで……」
「トリックの痕跡は、奥のトイレにありました。丹巡査長はご存じないでしょうが、トイレの窓から顔を出すと、真下は現場なんですよ」
ずっと外で部下の報告を待っていた丹には、知りようもないはずだ。
「正確には、トイレの通気ダクトの真下ね」椿の補足だ。
「ダクトの入口はつい最近、開けられた痕跡がありました。また、ダクトの中は不自然なことに、傾いていたり濡れていたり、なにかが通っていった痕跡があったりしました」
「ぬ、ぬぬぅ……!」丹の唸り声が店内にこだまする。
「排気口のカバーまで取り外されていましたが……そんなこと、少なくともこの店に来たばかりの人には不可能ですよね?」
「そ……それで、ここで働いている俺が……って、こ、ことですか……?」
「あなたはダクトに、なにかを転がしたんじゃないですか? 濡れていて、よく転がる、ボールの形をしたものを」
「あ……」
「それこそ、ですよ。丸い氷とか」
2度目のゲンコツが、テーブルに振り下ろされた。
「て……適当なことを抜かすな! 丸い氷だとお!? そ、そんなものが……」
「バツです。適当なことじゃない。病院で沓木さんの傷跡を調べた結果、綺麗な円形の鈍器と推察されたそうです。一致しますよね?
けれどそんなものが未だに発見されていないのはおかしい。だとすれば、すでに見つかっているのではないでしょうか。それが、現場にあった氷ですよ」
「お、おい」丹は椿に言う。「実は凶器が発見されていたりしないのか!?」
「徹底的に捜索されましたが、どこにも」
「ぐぐぐぐ……」
「溶け残ったということは千牙さんの氷じゃない。すると、他の人が氷の凶器を使ったということになりますが、とても根本的な問題があります」
「それはなんだ!」
「氷の凶器なんて、持ち運んでられないってことです」
「あ」
丹はマヌケに口を開ける。
「冷てぇし、それなりにデカいだろうしな」究助がツッコんだ。
「そんなものを隠せるのは、たとえば、キッチンの冷凍庫くらいです。トイレはキッチンの横。人に見つからずトイレに持っていくことは不可能ではありません。トイレは故障中と、本当かどうか分かりませんが、封鎖されていますし、覗かれる心配もありません」
「ぐぬ……ぬぬぬぬぅ……! だ、だが待て! そんなダクトの内部など、どうやって調べたというのだ!? どうせでっち上げに決まって……」
認めてなるものか、とばかりに怒声が飛ぶ。しかし、それは無残に撃ち落とされる。
「わたしの異能力、縮小を使いました」
「し、白金ぇぇえ……!?」
丹の声は情けなく裏返った。
「あなたの嫌う異能力は……犯罪だけでなく、捜査といった、正義の行いにも使えるのですよ? もっとも、特能に所属しているのですから、釈迦に説法だとは思いますが」
「ぐ……ぐぐぐうううう!」
今や炎でも吹き上がるのでは、というくらいに丹の頭部は真っ赤に染まっていた。対照的に、曳刷の表情は憂いで真っ青だ。
「だ……ダクト、ダクトから落として当てた……なんて……げ、現実的じゃない……。運じゃないか! 犯人は、運に任せて犯行を行ったというのか!?」
曳刷の絞り出した反論に対して、綴はすでに答えを用意していた。
「そのための財布だったんだと思います」
「……っ!」
「犯人は店員として、いろいろなテーブルを回っていた。タイミングを見計らって、彼の財布をこっそり盗んだのでしょう。沓木さんは相当酔っていたと聞きましたし、他の人の目を盗めば、あっさり成功したんじゃないですか?」
「まさか……」丹も察しが付いた様子だ。
「はい。そうして盗んだ財布を、トイレの窓から真下の駐車場に落とします。それから沓木さんの様子を見て、財布が消えたことに気づいたら、駐車場に見に行くことをさりげなく提案する。沓木さんは駐車場に行き、財布を見つけ、拾おうとしますが……」
現場を最初に訪れた際、究助が疑問に抱いた点に、財布の位置、というのがあった。ポケットから落ちたなら腰元に落ちているはずなのに、なぜか頭の位置に財布がある。
あれはつまり、落ちていた財布を拾おうとしていたからだ。腰を曲げ、腕を伸ばし、財布に手を触れようとして……。
「頭に、氷のボールが落っこちてきた」
「ううう……!」
曳刷が目を瞑る。そんなことをしても、追い詰められている現実は変わらない。
「犯人にとって不運なのは、千牙さんが人を連れて喫煙所に向かったことです。氷を使ったのは、凶器の特定がされにくいようにするのと、千牙さんに罪を着せる、2つの狙いがあったのではないですか? しかし、肝心の彼が、容疑から外れるような行動を取った……」
もっとも、どこぞの単純な特能のせいで、彼は容疑者として逮捕されてしまったのだが。
「ふ、ふざ……ふざけるなあああ!」丹が真っ赤になって叫ぶ。「み、認めんぞ! 俺は……キサマらなんぞの推理なんて……」
「お……俺、俺です……」
「は!?」
曳刷は、待ち望んでいた一言を発した。
「俺が……沓木に向かって……氷を落としたんです……」
目論見は成功した。
懸念点として、決定的な証拠が見つかっていない問題があった。凶器は溶けてなくなり、犯人の指紋も検出できていない。
故に、犯人の心の弱さを利用した。曳刷に自白させる。追い詰めて、自分から認めるように狙ったのだ。
「……あなたは、復讐を果たそうとした」椿は静かに言う。「けれど、その方法は確実性に欠ける。沓木さんを殺害するつもりなら、氷を落とす高度を上げるなり、確かな凶器を用意するなりするべきだった。実際、殺人未遂に終わっているしね。
まるで、あなたの性格を表しているかのよう」
「……そう……ですね。俺は……アイツを殺そうとした……けど、怖くて……」
「ダクトのカバーが外されていましたが、それはどこに隠したんですか?」
「……店の倉庫に隠してます。俺の……指紋も付いているはずです……」
究助が部下に指示をする。倉庫を調べさせるのだろう。
これで、決まりだ。
「ぐぐ……お……おのれ……異能力者の分際でえ……!」
椿は冷ややかな目を向ける。
「丹巡査長。千牙さんの逮捕は誤認でした」
「そ……それがどうした……」
「それがどうした? これは問題です。数ヶ月前の妻崎さんが担当した事件で、特能のミスが議題になりましたよね。非常にデリケートな時期ですが、今回のこれが起こってしまった。……責任は追及されるでしょう」
「ぐ……ぐぐぐぐぐぐ……」
「……わたしはこの件を峯岸部長に報告しようと思います」
「な!?」丹の顔が真っ赤から真っ白に。顔色が忙しない。「ま、待て待て待て! ちょっと待て! 凄く待て! そ、それだけは!」
「報告しないわけにはいきませんよ。誤魔化せるわけもないでしょうし」
「お、俺が峯岸部長にどやされるだろうが!」
「どやされる、で済めば良いですが」
「た、頼む! 報告だけはああ!」
椿はそこで、堪えきれなくなったように、口元を緩めてから言った。
「そうですね……この場にいるハチミツくんに謝罪をしてください。しっかりと土下座で」
「なあっ!?」
「誤認逮捕のおかげでわたしや、ハチミツくん、最上刑事の手間が増えたんです。結果として真犯人も捕まえられましたが……彼らのおかげですよ。……謝罪と感謝をすべきですね。
それで、報告はしないでおいてあげますから」
丹は綴の方に向き直り、わなわなと全身を震わし、睨み付ける。血が出るのではないかと思うほど、強く歯を噛みしめている。
「お……おのれ……」
綴に嗜虐的な趣味はなかったが、丹の謝罪を止めなかった。少なからず、怒りを覚えていたからだ。この際だ。しっかりと謝罪して貰いたい気持ちがあったのだ。
丹はガクガクと腰を沈め、地面に膝を突く。頭頂部まで真っ赤に染まり、眼は充血し……放っておいて大丈夫かと心配になってきた。
「う……うがあああああ!」
「え?」
丹は大きく吠えると──力なく倒れ、額を床にぶつけた。
「……丹巡査長?」
流石の椿も目を丸くし、丹の様子を見る。
「……え。気を失ってる……」
「え!?」
丹は白目を剥いて、涎を垂らし、動かなくなっていた。
「……なに? そんなに、謝罪が屈辱的だったの……? 気を失うほど……?」
「えーっと、なんかよく分かんねぇけど」究助は戸惑い、続ける。「これで解決?」
丹はノックダウン。曳刷は状況を飲み込みきれず、目を白黒させているが、これから連行される。万事解決──。
「じゃ、ないです。究助さん。これからです」
「あ? ……ああ。そうだったよな」
「曳刷さん。最後に1つ聞かせてください。10年前、沓木さんって、金髪でしたか?」
「え……あ、いや……金髪になったのは……高校卒業してから……」
「ですよね。真似をしがち、なんでしたよね」
事件はまだ終わっていない。
探偵の依頼をこなす時間だ。




