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異能力探偵ハチミツ  作者: 春山ルイ
氷が溶けて残るもの
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椿の異能力

 3人は店内を横切る。道中、椿から説明を受ける。


「わたしの異能力を使うんだけど、まず、わたしの能力はわたし自身と、他者2人までに使える。今回はハチミツくんにも使う。けれど……注意点が1つ。

 絶対に守って欲しい注意。守れなかったら、最悪、死ぬ」


「死っ!?」


 椿が冗談を言っている様子はない。


「ハチミツくんは、わたしが能力を使っている間、()を握って貰う。しっかりと」


「手、ですか……?」


 究助が綴を肘で小突く。「おい、テンパるなよハチミツ」


「て、テンパってませんよ……」


 そうは言いつつも、何故か焦りのような感情が芽生えた。


「そして、わたしの手を絶対に離さないこと」


 離したら死……ということだろう。いったいどんな異能力なのか。



 綴たちがたどり着いたのはカラス公爵の奥、キッチンの横にあるトイレだ。男女で別れている。公園や駅にあるトイレに近い。

 椿が入ったのは男子トイレの方だ。


「椿さん、こっち、男子トイレですよ……」


「用を足すために来たわけないでしょ」


「ですよね」


 トイレの奥に窓がある。究助は入口に立ち、トイレの立ち入りを禁止する。張り紙があるとはいえ、念のためだ。2人は窓に近寄って、地上に顔を覗かせた。地上にはまだ少し刑事が残っていて、現場を隔離するテープがほぼ真下に見えた。


「曳刷さんが言っていました。《トイレの窓から下を見たんです。そしたら頭から血を流してるのが見えちゃって……だ、だから知ったんです》って。確かにほぼ真下で、沓木さんが倒れていたのを確認できますね」


「ところでハチミツくん。君がさっき喫煙所で語っていた推理。それによると、千牙さんを含めた、外に出ていた4人は犯人ではないことになる。アリバイはあるし、沓木さんを殴るのに、わざわざ4人集まるのは不自然だからって理由で」


「そうすると……沓木さんを殴ったのは……店内にいた人、ですかね」


 監視カメラの録画映像から、外部の人間の可能性は低いわけで。


「カラス公爵の出入り口は1つ。外の喫煙所からビルの入口は、見えにくいけど、見えることは確か。犯人がよほどの阿呆でもない限り、わざわざ階段を下りて外に出て、駐車場に向かうとは考えづらい」


「はい……そうですよね」


 椿は個室の1つを開け、天井を見上げる。天井には通気ダクトの点検口があった。彼女は便器に足をかけて上る。彼女は躊躇いなく点検口を開けた。


「あの……」


「簡単に開けられた。普通、ネジ止めとかされてるものじゃない?」


「……つい最近、開けられたということですかね。プロではなく、素人の手によって」


「さて、ハチミツくん」

 

 そう言って、彼女は手をさしのべる。それが意味することは……。


「しっかり掴め……と?」捜査のためだ、と思っていても緊張する。


「絶対に離さないでね」


「死ぬから……ですね」


 慎重に椿の手を握る。

 椿の手は冷えていて、反対に自分の温かさが、なんだか恥ずかしくなってくる。



 椿は通気ダクトの中にもう片方の手を伸ばし、縁を掴んだ。

 

 途端に、綴は自分の足がすっと軽くなる感覚を味わう。次に体全体が、重力を失ったかのように、浮遊感を得た。


「うわっ……うわ!?」


 自分の身になにが起きているのか、わけが分からなかった。


 足が床から離れて、天井に向けて飛んでいく。血の気が引く。軽い吐き気と目眩を覚える。本能的に、椿の手をぎゅっと握りしめた。


 竜巻に呑まれたような感覚の末、ふと気づけば、綴と椿は暗い場所にいた。


「こ……」ここはどこ? という簡単な問いすら、口から出てこなかった。


「ごめんね。初めてだと慣れないでしょ」


「あ……」



 目が暗闇に慣れてきた。ようやく、自分たちは金属質な壁に囲まれた、通路のような場所にいるのだと分かる。狭く、なにより埃っぽい。

 

 天井や壁に、雲のようなものが付着している。



「端的に言うと、ここはダクトの中」


「へ? だ……ダクトの、中?」


 

 ようやく、一番の違和感に気がつく。自分の身体に起こった現象を。



「ち……小さい!」



「わたしの異能力、それは《縮小》。わたしたちは今、小さくなってダクトの中に入ったの」



「え……えええ!?」


 自分たちの身体は、小指程度のサイズしかない。


「わたしは自分と、身に付けてるものや手に握っているものも一緒に小さくできる。両手の数だけ、つまりわたしの他に2人、人間を小さくできるってわけ」


 綴はダクト内を見渡す。何度見渡しても信じがたいが、間違いなく、ダクトの中にいる。雲のように見えていたのは埃で、長居すると具合が悪くなりそうだ。


「わたしの手から離れたものは、縮小化が解除されて、元のサイズに戻る。つまり手を離したら、君はこの狭いダクトで元のサイズに戻り……全身が折れ曲がる」


「絶対に離しません……!」


 死とは、そういうことだったのか。なるほど、リスクのある異能力だ。


「それで捜査を始めるわけだけど、この縮小化の利点は2つ。1つはこうして小さなところに潜り込んで捜査できる点。もう1つは──」


 椿は床、つまりダクトの底面を指でなぞる。


「普通のサイズの人では見えにくい痕跡が、わたしたちの目には見えること」


「なるほど……」指紋や遺留品が分かりやすいのだ。


「今、道具を使えばいいじゃないか、って思った?」


「え、いや」


「事実、道具を使えば済む。でも、手っ取り早いの。他の捜査員の準備を待つより」


「スピード解決ってわけですね」


「そういうこと」


 椿に手を引かれ、奥に向かう。椿は小さくなった懐中電灯で暗闇を照らした。ダクトの中はこの世に存在する場所とは思えず、化け物が棲む洞窟かなにかに思えてきた。


「気づいた?」


「な、なにがですか?」


 正直なところ、異質な現状に慣れるのに精一杯で、痕跡を探すどころではなかった。


「埃だらけなのは当たり前なのに、わたしたちが通った底面だけは、少し埃が薄れている。掃除されたからじゃない。だったらもっとダクト全体が綺麗になっているはずだから」


「底面だけが少し綺麗になってる? でも、なぜ?」


「自分で考えてみて」


「う……」


 シンプルに考えれば、ダクトの中をなにかが通った、だ。しかし人が通れる広さじゃない。なにか、物体が……。


「……このダクト、少し傾斜になってますね」


「うん」


 緩やかだが、奥に進むにつれて下に傾いている。普通、こういう状態になるのだろうか? 綴は真下を見つめながら訝る。


「それから、床……っていうか、ダクトの底面が湿ってますね。これもまた、奥に進むにつれ、って感じです」


 

 徐々に調子が戻ってきた。頭が働き出す。

 なにかが通った後、傾いたダクト、濡れている底面。



「このダクトはどこに続いているんでしょう?」


「行ってみれば分かるだろうね」


 椿はすべて知っているように先導する。うっすらと暗闇に光が射し込まれてきた。外の光だ。


「ダクトの終点はもちろん。外に繋がる排気口なんだけど……」


 ダクトの先は、外壁から下向きに折れ曲がって突き出している。その先端部に、綴たちはいる。


「あれ?」


 綴は先端から真下を覗き込む。


 通常、開口部にはカバーがはまっているはず。しかし、なにもはまっていない。全開だ。

 うっかり落ちてしまわないように、慎重に近寄る。


 下をおそるおそる覗き込む。現場が直下に見える。


「……さっきの窓よりも、現場の真上に近い……?」


 椿は握っている手から人差し指を抜き出し、トントンと綴の手の甲を叩いた。ふと彼女の顔を見ると、椿は少し微笑んでいた。


 彼女はやはり、すべてを理解しているのだろう。


   ***


 時刻は深夜になり、OBたちは家に帰された。暗くなったカラス公爵で3人は悩む。


 沓木の事件は、概ね判明したと言っていい。

 おそらく、犯人も──思い当たる人物がいる。しかし……。


「でも、真犯人を指摘するのはまだ早い」と、椿は言う。


「おい、どういうことだよ。犯人を見つけて逮捕して大団円! それで終わりだろ?」


「メメが連行される直前、わたしに言い残した。

《事件の真犯人を見つける前に、静流の死について明らかにしてほしいの》と」


「帆波静流の?」


「《10年前の事件だから普通なら捜査なんてされない。でも今なら、事件と関連づけられて、捜査できるかも》……だって」


「椿さんは……メメさんのお願いを受けようとしているんですね」


「……まあね」


 あのときどんな会話を交わしたのか分からないが、情が湧いているのだろう。


「僕も、リサさんカナさんから依頼を受けています。協力します」


「ありがとう。でも、時間は限られている。メメと、千牙さんが拘留されている。無実でも、相手はあの高圧的な丹巡査長。良くある話だけど、酷い取り調べによって耐えられなくなり、やってもいない罪を認めてしまうことがある。その前に終えなきゃいけない」


 10年前の女子生徒の死。常識的に考えれば、数日だけの猶予では足りない。現在の視点で調べられることは限られている。しかし、綴たちには常識から外れた異能力がある。


「椿さんはまだ会っていませんでしたね。最初に僕に、静流さんの名を教えてくれた人がいます。彼女は一度見たものを記憶する異能力を所持しています」


「え? それってつまり……10年前のことを覚えているってこと?」


「はい。名前は時尾栞さん。今日は時間も遅いので無理ですが、明日、証言して貰いたいです……けど……」


 唯一にして最大の問題がある。最初に会ったときの様子から、彼女は10年前の記憶を苦痛に感じているはずだ。証言してくれるだろうか?


「紫雲に任せてみるか」


「紫雲さんに?」


「アイツがっていうか、アイツがいる病院には精神科もある。カウンセラーがいるはずだ。紫雲に頼んで、予約を取って貰おう。上手くいけば話を聞き出せるかもしれねぇ」


「なるほど、カウンセラー……でも、どうでしょう。僕が言い出しっぺではあるんですが、下手に刺激すると深く傷つけてしまうかも……」


「評判はいいぜ?」


「うーん……」


「仕方ない」椿が言う。「究助くん。お願いできる? 彼女はなにか言おうとしていたんでしょ? どっちみち、プロのカウンセラーに任せた方がいい案件なのかもしれない。一緒に行ってカウンセリングの結果を聞く。いい?」


「よし……あとそれから、俺は明日、ちょっと行くところがあるから、病院には2人で行ってくれ」


「行くところ?」


「おー。まあ、午後には終わる……はずだ。あ、もちろん事件と関係していることだぜ」


 究助が関係ないことをするとは思っていないが、気になる。午後に終わる用事なら、余裕ができたときに聞けばいい……綴はひとまずそう考えた。


「沓木さんの事件については一度けりが付いたということで、静流さんの調査にシフトしていきましょう。では、明日……」


 調査を終えようとして、遅れて気づく。明日、病院に椿と2人で向かうことになったが、彼女は特能だ。究助もそれを忘れているんじゃないだろうか。特能と捜査を続ける……。


 ……確かなのは、今までの特能の人間と違い、椿は自分と同じもの、正しい真実を目指している。それが心強く、とても安心できた。


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