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異能力探偵ハチミツ  作者: 春山ルイ
氷が溶けて残るもの
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単純な推理

「犯人はキサマだ! 千牙零人!」


 開いた口がふさがらない。地上に降りて早々、信じがたい光景に目が眩んだ。


「だ……だから俺じゃねぇって言ってんでしょ刑事さん!?」


 いつの間にか外に連れ出されていた千牙が必死に反抗している。しかしその反抗も虚しく、厳つい禿げ頭の刑事には通用しない。


「丹巡査長」


 椿も降りてきていた。彼女の後ろにはぴったりメメがついている。落ち着いたようだ。


「今、俺のことを単純と言ったか!?」


「言っていません」


 椿は丹の唾が届かない距離で話しかける。


「巡査長。千牙さんが犯人だと決めつけるのは早計です」


「まったくですよ! もっと言ってやってください。こんなんで俺が犯人なんて、たまったもんじゃない!」


「なにか彼を犯人とする根拠があったのですか?」


「自明だ! 被害者の周辺に溶けた氷と残った水があった! それはつまり!」


「千牙さんの異能力は凍結能力。彼が能力を使った……そう言いたいんですね」


 丹は相当に傲慢なようで、自分の発言を少し先に取られただけで、眉間の皺が増えた。


「凶器は氷の鈍器だ。氷なら溶けて証拠は消える。これで凶器が見つからない理由にも説明がつくだろう? そんな真似ができるのは千牙だけだ!」


「い……いやいや! 見つかってないだけでしょ? 俺はまったく善良な……」


「ふん! 異能力者など、いつでも人に危害を加えられる爆弾のようなもの! 善良な異能力者などあり得ん!」


「偏見だ……つーか、俺にはアリバイがある! 平中先生やリサとカナが……」


「キサマは大バカか? この俺がなにもせず、ここで突っ立ってるだけだとでも思ったか! ちゃんと情報が入っている! お前は外の喫煙所で煙草を吸っている途中、忘れ物をしたと言って3分ほど姿を消したそうじゃないか!」


 綴たちが、平中から聞いた証言だ。丹もそれを、おそらく他の捜査員から聞いたのだろう。


「いやそれはスマホを忘れて……わざわざ言う必要もないかなって思っただけで……」


「後ろめたいことがあるから黙ってたんだろう!」


「丹巡査長、今はまだ捜査中です。逮捕するのはまだ早いでしょう」


「緊急逮捕だ! 重要なことは署で吐かせればいい!」


「……」


 丹がまったく話を聞き入れないのは、相手が最有力の容疑者だからだろうか。それとも、関係なく、異能力者だからなのだろうか。


 どちらにしても、これでは議論にすらならない。妻崎や山犬はまだ話を聞いてくれたが、丹に至っては端から耳を塞いでいる感じだ。なるほど、厄介というのはこういうことか。


「困ったな、あの単純禿げ頭……」


 椿の毒舌が聞こえてくる。実際、罵声でも浴びせて状況を変えたいところだが、これでは手の出しようがない。



 そのときだ。


「零人は犯人なんかじゃない!」


「え……」


 勇ましい声を上げたのは、鈴木メメだ。


「異能力者だからって犯人扱い!? 横暴すぎるし……それならわたしだって犯人候補じゃんか!」


「椿さん、彼女はなにを……」


「……メメ」


 流石の椿も狼狽えている。


「椿、ごめん。流石に納得できないよ」


「メメ、でも、あなたじゃ……」


 先ほどの時間で、呼び捨てで呼び合うほどには打ち解けたようだ。


 丹は鼻息荒く、顔を紅潮させる。


「キサマも異能力者か……そして被疑者の1人!」


「そうですけど!? この単純刑事! 普通の仕事もできない無能ハゲ!」メメは吠える。


 大きな青筋が、丹の顔のあちこちに浮き上がる。


「こ……この俺を……単純……無能……だとお!?」


「零人を疑ってるみたいだけど、わたしだって犯人かもしれないでしょ!? その可能性も頭にないんなら……なんのための禿げ頭なんだっつーの!」


 頭髪がないのはそのためというわけでは……などと考えてる場合ではない。


「ちょ、メメさ……」


 しかし、間に合わない。



「いいだろう! おい、この女もだ! 連行しろ!!」


 丹は部下に暴君の如く命令を下した。


「ふん! かかってこいっての!」


 椿もたまらず駆け寄る。


「メメ……! 今ならまだ間に合う。撤回して! あなたは無関係でしょ!」


「撤回するもんか! 零人は犯人じゃないし! 零人のためならこのくらい……!」


「いや、あなたが連行されても根本的な解決にはなってない……」


「おい白金! そこをどけ! そいつも連行する!」


「丹巡査長、待って──」


 そこでメメが、椿の耳元に顔を近づけ──。


「椿。お願いがあるんだけど……」


「え」


 それを聞いた椿は説得をやめ、後退る。


「じゃあ、任せたよ」


 意味深な言葉を椿に残し、メメは零人と共に、刑事たちに連行されていった。


   ***


 警官の数が減って静かになった。


 究助は苛々した様子だ。地面の小石を蹴っている。


「あームカつくハゲ。どっか飛ばされてくんねーかなぁ」


 ビルの側にある、喫煙所に来てみた。プランターで道から隔離されてる。ビルの入口は薄暗く、誰かが出てきても見逃す可能性はありそうだ。話し込んでいたとなればなおさら。


 暦は10月になり、ようやく夏の暑さが去っていく頃だ。夜の通りを歩く人々も、長袖を着込む人が増えた。


「でもよ。ムカつくけど、タンジュンの推理も分かるんだよ。現状、千牙が怪しいのはマジだろ?」


 綴はメモをしばらく見直し、遅れて究助に返答する。


「……いえ、彼の推理はまさに単純そのもので、バツは多いです」


「え。……つまり、俺も単純?」


「究助さん、丹巡査長が千牙さんを疑っている理由は2つありました。1つは彼の異能力でしたが、もう1つはなんでしたか?」


「んー? アイツのアリバイが不完全だって話だろ。この喫煙所で4人集まってたとき、3分くらい、店に戻っていった。その間に、沓木を殴った……ってことだろ」


「その場合、千牙さんは駐車場にいる沓木さんのもとに向かったということになりますね」


「おお?」


「では、千牙さんは沓木さんが駐車場にいることをどうして知ったのでしょう? 酔っていたせいで、誰もが曖昧だった、沓木さんの行方を千牙さんは知っていたのでしょうか?」


「あー……いやでも、他の奴らは曖昧でも、喫煙所に行く前に沓木が出て行くのを、千牙だけはしっかり見てたんじゃないか?」


「つまり、沓木さんが外に出たのを確認し、殺すつもりかどうかは分かりませんが……殴りつけるため、平中先生と、リサさんカナさんを連れて喫煙所に向かったことになります。犯行を行うのに、3人も連れて行きますか?」


「それはアリバイ確保のため……いや、結果的に、全っ然確保できてねぇ!」


「沓木さんが外に出たのを知っていた場合、人を連れて行くのは不自然です」


「じゃあ……沓木より先に外に出て、本当に忘れ物を取りに行ったんじゃねぇか? その途中ですれ違うか、喫煙所で沓木が出てきたのを見つけたかなんかして、沓木を追いかけた……。なにかしら動機を持っていた千牙は突発的に……ガスッ! と氷の鈍器で一発! これなら筋は通るだろ」


「すると、リサカナコンビが聞いた、割れる音とはなんでしょうか。それこそ、氷の鈍器では? ですが、2人が聞いたのは帰り際のタイミング。千牙さんは喫煙所にいました」


「うむむ……って、言っててアレだけど、なんでタンジュン側に立ってなきゃいけねぇんだ?」


「それから、千牙さんの異能力です。仮に千牙さんが犯人だとして、僕が千牙さんなら、氷の凶器なんて使いません」


「それもそうだ! 現場に氷の溶け残りなんてあからさますぎる……」


「そもそも、彼が僕たちに能力を見せてくれたときのことを思い出してください。彼がテーブルを凍らせた後……溶かしましたよね?」


「あ……」


 思い出したようだ。千牙は瞬く間にテーブルを凍らせてから、同じように、瞬間的に溶かして氷を最初からなかったかのような状態に戻した。その場には水も残らなかった。


「氷の凶器を使うのも、現場に溶け残りを置いておくのも、千牙さんが犯人ならあり得ないことです。しかし現場には水が残っています。これは矛盾でしょう」


「な……なるほどなぁ」


 タイミングを見計らったように、喫煙所に椿が訪れた。


「納得した?」究助に訊ねる。「でも、それでも丹を納得させるには至らない。頭でっかちのアイツを黙らせられるのは、真犯人と確かな証拠だけ。それを見つけるしかない」


「……厄介ですね」


「ごめん。同じ特能として、謝る。アイツを止めるのはわたしの役目だったのに。2人を連れて行かれちゃった」


「でもよー、正直なところ、あそこでなに言っても、アイツは聞き入れそうになかったし、どうしようもなかったんじゃねぇの?」


「椿さん、証拠ですが、他に凶器らしきものは見つかりましたか? それから、近隣の監視カメラに怪しい人物などは映っていました?」


「監視カメラに怪しい人は映っていない。外部の犯人の可能性は低い。それから店内のゴミ箱や隙間、ビルの周辺、メンバー全員の所持品などすべて洗ったけど、凶器は発見できてない」


「うう……そうですか」


 見つかれば話は早いのに。


「でも、証拠なら、見つけられるかもしれない」


「へっ?」


「ついてきて。カラス公爵に入る」


「なにをする気ですか?」



「──わたしの異能力を使う」


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