聴取その1
椿、究助とともに、捜査を開始する。まずは鼠谷の話に出てきた人物たちの聴取だ。
「千牙さん。よろしくお願いします」
1人目は千牙零人、《凍結》の異能力者だ。
俗な一言で済ませてしまえば、イケメンだ。昔は金髪だったと聞いたが、現在は艶やかな黒髪になっている。彼は微笑を浮かべているが、努めて冷静になろうとしているようにも見えた。
「俺は……今、もっとも怪しまれているでしょうね」
「そんなことは」
「ただでさえ異能力者なんてアレなのに……事件が起きたとき俺は外に出ていたんだからね」
千牙は発覚したミスを恥じるかのように頬を掻く。
「あなたの他に、外には3名がいた。宮城リサさん、青森カナさん。そして教師の平中並男さん。皆さんは話していたということですが。合っていますか?」
「ああ。俺と先生で一緒に喫煙所に向かおうとして。店の中でリサとカナが合流。喫煙所まではずっと一緒でしたよ。15分くらいでリサカナコンビが店に帰っていって、そしたらなんか叫んで……」
「そのときに沓木さんを発見したんですね」
これは、ある種、拍子抜けの結果だ。
誰かしら怪しい点が見つかるものと思っていたが、彼の言い分では、外に出ていた4人にはアリバイがほぼ成立していると言っていい。
綴に代わって、椿が少し前に出て質問する。
「被害者が外に出た瞬間は目撃しましたか?」
「いや。知らない」
「あなたの能力は《凍結》ということでしたが、この場で見せて貰えますか?」
椿の訊ね方は淡々としていて、相手に有無を言わせない迫力があった。千牙はたじろいでいたが、渋々、右手をテーブルの上に置いた。
瞬く間にテーブルの表面が凍り付いた。自然の法則を完全に無視した異能力だ。椿と究助は凍ったテーブルをこちこちと触る。椿は真剣に、究助は物珍しげに、と両極端だ。
「溶かすのも一瞬ですよ」
そう千牙が言うが早いか、氷はまたもや法則を無視して溶け出した。そこに水は残らなかった。
「かなり広い範囲まで凍らせられるんですね」
「いやまあ、半径1mくらいですよ」
「こうも科学とかを無視されると参っちまうよ……」究助が嘆く。
「ははは。おかげで俺、子供の頃からずっと理科の成績が悪かったんですよ。科学なんてなんの意味もねーじゃん、世の中にはこんな異能があるのに……って。実際、科学は大事だし。後悔してますよ」
「もう1つ、聞きます。沓木さんは、誰かに恨まれたりする人?」
千牙は苦笑して答える。
「まあ、そうですね。アイツを嫌う奴は、たくさんいた。
ところで刑事さん。容疑者っていうのは、この店にいた僕たちだけなんですか? 同窓会の招待状はここにいない未参加の45期生たちにも送った。場所も教えてたから、沓木を恨んでる奴が、外からやって来て、彼を襲って逃げていった可能性もありますよ」
「そこはご心配なく。近隣の監視カメラも確認中です。外部犯の線は捨てていません」
「ふぅん……なるほど。早く犯人、捕まるといいですね」爽やかに笑う。「せっかくの楽しい時間が台無しだ……」
千牙を退席させ、次に話を聞く人を選ぶ。
「次は……同じく外に出ていた──」
綴と同じ卓に着いたのは、発見者の2人組だ。手っ取り早く、2人まとめて話を聞くことにした。
「ヨロッスー!」
「うわっ!?」
席に着くなり、前触れのないハイテンションで、空中に打ち上げられた気分になった。
「こらリサちゃん。ダメっすよ、そんないきなり」
「あーおけおけー!」
2人組は、千牙の言っていたとおり、ギャルだ。派手目メイクなのが宮城リサ、ハイテンションの方だ。もう1人の方は、ヘアピンやピアスなどアクセサリーが盛られている。青森カナ、というのだったか。テンションはリサと比べて低い。
「お2人は喫煙所に向かう千牙さんと平中さんに同行してた。ですよね? そして沓木さんを発見して、皆さんのもとに報告を」
「んー、合ってるよー」「合ってるっすね」
「矛盾はなし、と。少し千牙さんのお話の中で気になったことが……」
「えー!? なになに!?」
いちいちリサに前のめりで食いつかれる。
「……えっと、お2人は喫煙所から店に帰ろうとして、途中で倒れていた沓木さんを発見したんですよね。沓木さんはビルの横の駐車場に倒れていました。わざわざ駐車場に行かないと見えない位置なんですよ。何故、お2人は沓木さんに気づけたんですか?」
「音がしたんすよ」カナが答える。
「音?」
「はい。リサちゃんと帰ろうとしたら、なにかが割れる音がして……なんだろうって見に行ったら、これがびっくり。沓木がぶっ倒れてたんすねぇ」
「そうそう! 結構ガチな音だったよね!」
割れる音、とメモをして、丸で囲む。これは重要な証言だ。
「沓木さんを発見したとき、他に誰か見かけまし──」
「見てない! マジで!」
「……はい。分かりました……」
「悪いっすけど、有益な情報とかないっすよ。本当になにも知らないっすから」
退屈そうに、リサが欠伸をする。本当に対照的にローテンションだ。綴の視線に気づき、恥ずかしそうにする様子もなく、目尻の雫を拭った。
「お兄さんたちって、警察なんすか?」
「俺とこっちの女はそうだ。このちっこいのは探偵だな」究助が答える。
失礼な、と綴は不満を抱く。
「探偵!」
2人は途端に目を輝かせた。
「え、探偵! そっちの方がよくね、カナっち!」
「激アツっすよ。リサちゃん」
「えっと、僕になにか……?」
「こーゆーの、なに? 依頼? お願いしたいんだけど、おけ?」「調べて貰いたいんすよ」
「調べるって……別に構わないですけど、なにをですか?」
「10年前のことっす」
「10年前?」てっきり同窓会に関係することかと思った。「昔の人捜しとかですか?」
「──10年前、愛掘高校で亡くなった女子生徒がいるんすよ。その名は、帆波静流」
「帆波……静流?」
《帆波さんが……亡くなった……》
《10年前……あ……ああ……》
「栞さんが言ってた名前……!」
「え、栞っちいたん? 探しても見つかんないから帰ったんかと思ったし」
「わたしはいたことすら知らなかったっす」
「でも栞っちの方がよく覚えてるかもね。あの子、見たものぜんぶ覚えてるんっしょ? マジパないって!」
栞の話になりかけていたのを綴は引き戻す。
「それで……その亡くなった帆波さんの……なにについて調べればいいんでしょうか」
「死の真相っすよ」
「あの子さ、10年前の12月……高校の近くの川で溺れたらしいんだよねー。でも、あの子って、水遊びなんてガラじゃねぇし、しかもあんな寒い日に!」
「絶対、変っすよ。警察は事故だったって言ってるんすけどねー」
「……お2人は帆波さんと親しかったんですね。真実に納得がいっていない、と……」
「まーね。まあまあ友だち? 的な。あ、でも、メメっちはまあまあなんてもんじゃなかったね! 大親友ってレベルだった!」
「しばらく塞ぎ込んでたっす」
「鈴木メメさん……もう1人の異能力者ですね」後で話を聞こう。
「というわけで、わたしら、静流の死の真相を知りたいんすよ」
「……なるほど。依頼として承ります」
「なんか忙しいのに、ごめ! 後回しでいいからお願い!」
真相は未だ不明。その代わり依頼が増えた。ギャルコンビを解放して、3人で話し合う。
「帆波静流さんの件については、事件が解決した後、僕が調査しますね」
「いや……待って、ハチミツくん」
「はい?」
「10年前のクラスメイトが集まっているんだから、一緒に調べた方がいいと思わない? それに……」
「それに?」
「……ううん」
聴取を続ける。参考人を絞っているとはいえ、時間がかかる。
「聴取って苦手なんだよな。退屈じゃね?」
究助は足をぐにゃぐにゃと動かすストレッチもどきをやっていた。
「そんなこと言わないでください。次の方を呼びますよ……」
気落ちしている女性が席に着いた。彼女は綴たちに会釈をしてから、それぞれの顔を眺め回した。
「どうも、刑事さんたちー。なんだか厄介なことになっちゃいましたねえ」
刑事ではない、といちいち訂正するのも面倒だ。
「えっと、鈴木メメさんですね。あなたは事件が起きたときは店内にいましたね。同窓会が始まってから一度も外に出ていないんですか?」
メメはぱっちりとした瞳を綴に向ける。
「そうですね。ずぅーっと店内。だから正直、沓木君がどうなっちゃったのかも分かんないし、現実味が湧いてないんですよねー」
「沓木さんがいつ外に出たか、見ましたか?」
「あー……分かんないけど……財布は探してた……ました!」
「ため口で構わないですよ。沓木さんは財布を探していた……もしかして、それを探して外に出たのかも?」
「たぶん、そうだね。はぁ……手当たり次第、疑ってきたからウザかったよ」
「でも外に出た瞬間は見ていない?」
「うん。ほら、みんなお酒飲んでたから。わたしも。……誰がどこにいたかは、皆、曖昧なんだよね……わたしら、いつ帰れる?」
「申し訳ありません……それはまだ……」
究助は素っ気なく首を振った。現段階では見通し不明、らしい。
「凄いね、警察の皆さん」メメはぐるりと店内を見渡し、忙しなく捜査している警察に触れる。「ゴミ箱まで漁ってるじゃん」
「凶器が見つかっていませんから。店内に隠されてる可能性もあります」椿が言う。
「あー……帰りたいな……」
「メメさんは、その、異能力者なんですよね。どういったものか見せて貰ってよろしいですか?」
「えー……仕方ないな……」
すると、メメは近くにあるグラスを掲げた。左手で空気を払う。まるで埃を払うように。たちまち目に見えないテーブルが生まれ、グラスは空中に置かれた。
「これがわたしの異能力、《障壁》って呼ばれてる。平たく言えばバリアだよ」
「スゲぇな」思わず究助が唸る。「壊れねぇのか?」
「うん。全然壊れない」
おそるおそる、究助はグラスの下に手を伸ばす。コツコツ、と音がなにも無い場所で鳴る。
「うお……確かに壁があるぜ。これ、動かせんのか?」
「うん」
メメは壁がある場所を掴み、動かす。すると、グラスも移動した。空中をスライドしているみたいに。メメは「でもこれ、疲れるんだよね」と、グラスを降ろして能力を解除した。
「制限があるんですか?」
「……サイズは今のが限界。まあ、形は面ならかなり自由だけどね。三角とか、円とか。枚数は5枚まで。うまい具合に組み合わせれば4枚使って箱にもできるよ。でも作るたびに体力使っちゃうから、今日はもう限界」
「なるほど……でも、代償に見合う凄い能力ですよ」
「そお?」
得意げにしている。速記も、包帯で手を包んでいないと火傷するし、特注の紙を使わないとすぐ破けるしで、代償は大きい。ただ、《障壁》と比べて優れているとは思えない。
「沓木さんについては以上です……でももう1つ、伺いたいことが」
「なに? なんでも言ってよ」
「帆波静流さん……10年前に亡くなったとされる生徒についてです」
──瞬間、メメの目の色が変わった。
「……め、メメさん?」
「……なんで、静流のことを?」
依頼を受けたことを伝えた。リサとカナから受けたことは守秘義務から伏せた。
「そっか……」
「メメさんは、静流さんと親友だったと聞きました。あなたから見ても、静流さんが川で溺れた──事故死だったというのは納得できないですか?」
「できるわけないよ!」
怒声。穏やかだった彼女は、途端に荒れ狂った。
「全然! あの子が、冬の川で遊ぶわけないし! 帰る方向も逆! 行く理由がない!」
「メメさん、落ち着いて……」
「なにか、理由があったはずなのに……わたしは……! わたしは、あのとき……なにもできなかった……!」
「静流さんの様子に、おかしな点は……」
「……おかしなこと……だらけ……馬鹿みたい……あのときにちゃんと気づいていれば……!」
そのとき、椿の手が肩に置かれる。顔を見上げると、ここまでにしよう、と視線で合図を送られた。迂闊な質問をしたことを謝り、質問を打ち切った。
「メメさん、こちらに」
椿が、怒りで息を切らす彼女の腕を持ち、立ち上がらせた。冷静になるまで、椿が側にいるのだろう。同性の方が落ち着きやすいだろうし、綴は任せることにした。
「……わたしは……あの子の、一番の親友だったのに……」
去り際まで、メメは後悔の言葉を洩らしていた。
「……可哀想にな。本当に大切な友だちだったんだろうが……綴、切り替えろよ。まずは沓木の事件だ」
「……はい。
──次の人を、呼んでください」
(帆波静流っていいネーミングじゃない?)




