聴取その2
「平中並男先生ですね」
「ど……どうも」
平中は白髪交じりの髪型に、頬骨が張った顔、使い込まれたスーツと、どことなく疲れた雰囲気の男だ。だが、はっきり言ってしまうと、あまり印象に残らないタイプ。
「あなたは千牙さんと一緒に喫煙所に向かった。途中で宮城リサさんと青森カナさんも同行した。それで間違いないですね?」
「ええ……」
千牙の証言との矛盾はない。
「あ……でも、煙草吸ってる途中、ちょっとだけ千牙が抜けましたね。忘れ物って言って。でも、3分くらいで戻ってきました。ダッシュだったし」
「……さっき、彼はそんなこと言ってなかった」
「本当にちょっとだし、別に言うことじゃないと思ったんじゃないですか? 忘れ物もスマホだったし」
「……なるほど」
矛盾というほどのものではないが、捨て置ける発言でもなかった。
それからも質問を続けたが、その証言以外におかしな点はなかった。リサとカナ、千牙の証言の裏付けになる。
「……なあ、先生よ」
究助が質問に割り込んできた。打ち合わせにない横入りに、綴は戸惑う。
「俺からも1ついいか? 沓木ってやつは10年前、いじめを行っていたらしいな」
「え、ええ……」
平中は露骨に目を逸らす。
「沓木がいじめていた相手は誰だ?」
「……筆頭は、曳刷……曳刷琢也だったかな……」
カラス公爵の店員をしていて、同窓会の場を用意した人物だ。そしてこの後に証言を聞く予定の相手でもある。
「でも……他にも、いろいろ……。沓木は粗暴で、気に入らない奴にはすぐ暴力を振るう生徒でした……」
「ほぉ……あんたは、沓木がいじめをしていたことも、いじめられていた相手のことも、きちんと認識していたわけだ」
平中はぎくりと肩を震わす。
「見て見ぬ振りだったってわけか? 教師がよぉ、そいつはどうなんだ?」
「究助さん……」窘めるが、究助は止まりそうにない。
「いや……沓木だけじゃないんですよ。彼に煽動された生徒もいて……教師にも歯向かってくるんです。簡単に言わないでください……」
「簡単じゃねぇことをすんのが教師だろうが」
「う……」
「教師が子供守らねぇで、誰が守んだ? あぁ?」
「うぐぐ……」
「究助さん! 抑えてください……!」
やっと究助の口は止まる。警官としての正義感が抑えきれなくなったのだろう。
「チッ……」
「私だって……止めようとはしていた……」平中はぶつぶつ言う。
「平中さん。僕からも質問があります。帆波静流という生徒を覚えていますか? 10年前に亡くなった生徒です」
「帆波……静流……覚えていますよ」
「事故死とのことですが、教師として一般生徒より情報を得ているのではないかと思います。当時、警察などからなにか教えてもらったことはありますか?」
「あの……何故、帆波の事故を? 今は沓木の事件でしょう?」
「いいから答えて貰えませんかねぇ」
究助が圧をかけた。
「う……と、とは言っても、私もあまり……警察は情報を渡してくれませんでしたし、10年前のことなので……。愛掘高校の近くにある九木川という川で、12月、橋に引っかかっているところを通行人が発見、通報した……とのことだったと思います」
「九木川、確かですか?」
「そこは間違いないと思います。ただ、溺死だったか、凍死だったか……そこはどっちだったか……」
川で溺れた結果、水が肺などに入って窒息したのか、寒さで心臓麻痺を起こしたのか、どちらかだ。
「九木川はどんな川ですか?」
「大きい川ではないです。小川ってほどでもないですが。雨が降ったときなんかは増水して、土手が沈むんですよ。普段からそれなりに流れも速いので、生徒には危ないと言って聞かせていました。なので、帆波が何故、川に行ったのか、さっぱりです。彼女は優等生で、私たちの注意を無視する生徒でもなかったし……」
「まさか、静流さんも沓木さんからのいじめを受けていた、なんてことはありますか?」
ギャルコンビやメメの疑いどおり、ただの事故死でない、とすれば。いじめの末の殺人の可能性もある。
「……い、いえ、そんな様子は……」
「おい」案の定、究助が突っかかる。「本当だろうな? きちんと思い出せよ!」
「き……記憶では……はい。いじめなどは……むしろ、逆……」
「逆?」
「彼女はいじめを許さず……沓木のいじめを見つけたら、止めに入る勇気ある女生徒でした……」
あなたとは違ってね、と言いたげなのが、究助の表情から読み取れる。
「すいません。これ以上はよく……」
「……はい。ありがとうございました」
沓木の件について、大きな新情報はなかった。少し、気になる点はあったが。
10年前の事件については、詳細を知ることができた。だが、核心的なものは不明。
平中が離席した後、綴は究助に声をかける。
「究助さん、相当怒ってましたね」
「悪いな。ああいう奴、嫌いなんだよ。さっきも言ったけど、子供を守るのが教師の役目だ。町の中ならともかく、学校の中は、俺たちの目が届かない。教師らがしっかりしてくれないと、どうしようもない。究極的に」
「……ですよね」
「教師が忙しいってのは分かってる。だが、それでいじめを見過ごしてるんじゃ最悪だ」
「次に話を聞く人物は、そのいじめの被害者です」
2人は、特に究助は気持ちを落ち着かせて、彼を呼んだ。
「曳刷琢也さんですね。この居酒屋で働いている。同窓会の会場にここを選んだのも曳刷さんだと聞いています」
「あ……はい」
曳刷は顔色が悪く、肩に力が入っている。会場に選んだ自分の仕事場で、事件が起こった。気の毒だ。
「曳刷さんは事件が起こったとき、店内にいたんですよね?」
「は、はい」
曳刷はどうやら、キッチンとホールをずっと行き来していただけのようだ。彼は同窓会より仕事優先でアルコールは飲んでない。他の人より証言ははっきりしていそうだ。
「で……でも……俺もあんまり……忙しくて見てないです……。沓木がいつ外に出たとか、し、知らないし……」
「うーん。そうですか……」
話は本題に突き進んでいく。
「お答えしづらいことだと思いますが……曳刷さん。あなたは10年前、沓木さんにいじめの被害を受けていた……と聞きました。間違いないですか?」
「お……俺……」曳刷は喉を鳴らす。さらに気の毒だが、仕方ない。「俺……は、はい。沓木……背中を蹴られたり、カツアゲされたり……」
「辛いことを思い出させてしまってすみません。沓木さんを恨んでいたり……」
「恨んでますよもちろん!」
「わっ!」
曳刷は机を叩いて怒鳴る。怨嗟の念が溢れたようだ。
「あ……で、でも、俺はあの人を殴ったりしてませんよ……!」
「そうですか……あれ、でも……」
「な……なんですか?」
「曳刷さんは外に出ていませんよね? 鼠谷さんが皆をここに留めていたわけですし……沓木さんが『殴られた』というのは誰から……」
「えっ!? いや、その」
曳刷は目に見えて狼狽する。視線が右往左往していた。
「と、トイレですよ」
曳刷が指差した先には、キッチンに隣接するトイレの入口がある。
「事件があったって知らされたとき、トイレの窓から下を見たんです。そしたら頭から血を流してるのが見えちゃって……だ、だから知ったんです」
「そうなんですね」
後でトイレの窓を調べよう、とメモの隅に書き記した。
「あれ」究助が声を漏らす。「そういえばさっき、トイレは故障中で入れないって聞いたぜ」
「いっ……いえ、俺は店員なので……それに、トイレの窓からなら見えるよなって思ったから行っただけで、別に……俺、俺は……」
「お、落ち着いてください、曳刷さん。分かりましたから」
誰が見ても、彼の言動は不審に映るだろう。場の雰囲気を変えるためにも話題を逸らす。
「帆波静流さんを覚えていますか? 10年前に亡くなった……」
「ああ、ほ、帆波さん……俺のこと、助けてくれた……」
「いじめを止めるタイプの女子生徒だった、と聞きました。実際にそうだったんですね」
「辛かったよ……事故死、でしたっけ。……どうせ、沓木じゃないのかって、思った」
「え、どうしてですか?」
「……別に、アイツなら、人殺しくらいやりそうじゃないですか。止めようとした相手なんて、気にくわないだろうし」
根拠はない。だが、沓木と静流は敵対している、と考えると可能性はゼロではない。
「……沓木なんて、ど、どんな目に遭ったって、仕方ないですよ。因果応報って奴だ……」
綴はここまでの聴取をまとめたメモを見直す。充分とは言えないが、沓木の事件における手がかりは入手できた。後は、それぞれの点と点を線で結ぶだけ。
その「だけ」が難しいことは承知の上だ。
「あれ?」
外がなにやら騒がしい。誰かが言い争っている声だ。外には特能がいる。丹巡査長が一課と揉めていたりするのだろうか。
綴と究助は互いに顔を見合わせ、様子を見に行くことにした。




