異能差別者
鼠谷は短髪で、鼻の脇のほくろが特徴的な男だ。
「あんたがさっきの刑事が言ってた探偵? ハチミツっていう。
俺は鼠谷。警察の地域部だ。分かる? パトカーで巡回したりするんだよ」
「鼠谷さん。まず、事件が起きるまでのことを伺いたいです」
鼠谷はメンバーが集まり、乾杯から始まり、事件が発生するまでのことを簡潔に語った。教師があっさりとした乾杯の音頭を取ったこと、沓木が酔って絡んできたこと、異能力のショーが始まったこと。
そして事件が発生した。
「事件発生時、外にいたのは4人だ。下にある喫煙所でダベってたらしい。そのうちの2人が倒れてる沓木を発見して、俺たちのところに報告したんだ。俺はそれを聞いて、全員に店から出ないように告げた」
「外に残っていた2人は……」
「2人一緒に、2分くらい経ってから戻ってきた。それから同じように店内待機させたよ。通報して10分もしないうちに、警察が来て……後は、沓木が搬送されたり、いろいろ。今の状況が作られた」
「なるほど。外に出ていた4人のお名前を教えてください」
まだ限られた情報しかないが、沓木が外で殴られていた以上、もっとも怪しいのは外に出ていた4人だ。後で話を聞く必要がある。
「まず発見者の2人、青森カナと宮城リサ。ギャル2人組、昔から仲の良いコンビだったな。
それから先生……平中並男。45期生の担任の1人だった。最後に千牙零人。異能力者」
「外に出ていたというと沓木さんも同様ですが……彼らが外に出ていた理由は分かりますか?」
「さあ? 4人は煙草じゃないか。沓木も……千牙の真似ばかりだったから、煙草も始めたのかもな……」
千牙の真似ばかりというのはどういう意味だろうか。被害者についても知らねばならない。
「沓木虫太郎さんはどういった方でした?」
過去形にすると亡くなったかのような言い方になるが、命に別状はないのだ。
「沓木はー……一言で言えば、問題児? 昔はそうだったけど、あの調子じゃ、今もほとんど変わってないんじゃないかな」
「先生を困らせていたとか?」
「いじめだよ」
「うわ……」
「あそこにいる曳刷とか、その対象だったな」鼠谷が指差した先にいる人物を、綴はきちんと記憶した。「厄介者だ。しかもだいぶ酔ってたみたいだし」
「千牙さんの真似ばかりというのは?」
「千牙という男は昔から皆の中心人物、リーダーだったんだ。男女ともに人気で……憧れる奴も多い。沓木もその1人でさ。よく真似をする奴だったんだ。あの金髪とか、今は千牙も黒髪になってるけど、昔の真似だな。今でも会うみたいだし」
鼠谷の発言を片っ端からメモしていく。いつもの速記だ。
「あ、そうだ。さきほど時尾栞さんと少しお話ししました」
「時尾と会ったんだ? 彼女は影が薄いから、あんまり姿を見てないんだよな」
「彼女、凄いですね。見たことをずっと覚えてられるって」
「聞いたことあるけど、暗記テストとかで、全問正解だって。過去にやったテストの答えを、数年経っても思い出せるって」
「……」
再び、アイデンティティが揺らぐ。
「鼠谷さん、栞さんが言っていたんですが……」
帆波という人物について訊ねようとした瞬間、たまたま開いていた窓の外から、パトカーのサイレンの音が聞こえてきた。
──綴の脳内には、嫌な予感が閃いてしまっていた。
「ハチミツ!」勢いよく、究助が飛び込んできた。「下に降りてきてくれ! ダッシュだ!」
「下……まさか……」
殺人未遂だが、現場には3名の異能力者がいる。もれなく容疑者だ。つまりは、この事件は立派な異能力犯罪だ。
これで3度目。うんざりするが、こちらの気持ちに関係なく、彼らは駆けつけてくる。
「特能だ!」
綴は階段を駆け下りて、地上に戻る。
すれ違った刑事が、「タンジュンだぜ……」と恨めしそうに呟く。
スキンヘッドの巨漢がパトカーから窮屈そうに降りてきた。見た目のせいでヤクザの登場かと勘違いしそうだ。
スキンヘッドは特能のバッジを付けている。時代錯誤な葉巻に火を点け、周りに憚らず煙をまき散らした。
綴は側に立っていた刑事に訊ねる。
「あの……彼はいったい……」
「あのハゲ……じゃなくてスキンヘッドの? 丹清司。特能巡査長……」
「おいキサマァ!」
「ひっ」
丹は頭を真っ赤に染め、血管の浮き上がった顔をこちらに向けた。
「今、俺のことをタンジュンと呼んだかぁ!?」
「い、いえ」
巨漢の重みを地面に伝えながら、丹はこちらに歩み寄ってきた。
「どいつもこいつも……無能の分際で! この俺をタンジュン、タンジュンと!」
丹巡査長はかなり強いコンプレックスを持っているようだ。持つだけなら勝手だが、怒りの矛先をこっちに向けられてはたまったものではない。
肩をほぐすように、太い腕を振り回す。周りの警官が嫌な顔をして遠ざかる。
「ん!? キサマ!」
「は、はい!?」なにより向けられたくない矛先が、綴に向かった。「僕ですか!?」
丹は腕を突き出し、綴の胸ぐらを掴んだ。
「わ!?」
「キサマ……俺を馬鹿にしただけではなく! 異能力者か!」綴のバッジを目聡く見つける。
「ば、馬鹿になんか……」
「まさか……キサマが犯人か!? 異能力者など……どうせ犯人に決まってる!」
いくらなんでも「単純」すぎる思考だ。しかし矢継ぎ早に繰り出される威圧的な言葉で、言い訳する暇も与えられない。
綴は高く持ち上げられた。
「ち……違……げほ……」
「丹巡査長。彼は犯人でも、被疑者でもありません。放してください」
凜とした声と共に、パトカーからもう1人降りてきた。
彼女は、冷静に丹を諫める。
「白金……キサマ……!」
「あ……あなたは……」
綴は持ち上げられたまま彼女の顔を見た。目が合う。
「椿さん!」
「……こんにちは。ハチミツくん」
***
綴は店内に駆け込み、究助と再会する。彼はどこかと通話している最中だった。
「──あぁ!? 教えられねぇって……どういうことだよ墨塗! だあークソッ!」
「どうかしたんですか?」
究助は通話を切った。
「ハチミツよお。もしかして今回来た特能って、警部とかか?」
「え……いえ、丹という方で、巡査長らしいです」
「げ!」究助は苦々しく唇を曲げる。「タンジュンかよ……ある意味、山犬より厄介……つーか、特能の中で特に面倒な奴だ。なるほどな、アイツなら前もってセンターに口止めしていてもおかしくない……そんくらい偏執的で、俺たちを嫌ってるヤツだから……」
「彼はどうも……異能力者に対して酷い偏見を持っています。今までの特能も大概でしたが、彼は特に酷い……」
「奴は非異能力者で、警察内でも有名な異能差別者だ」
「異能差別者……」
聞いたことがある。隠喩でもなんでもなく、そのままの意味だ。異能力者を、非異能力者とは別の存在と見なし、まるで人間ではないもののように扱う人々。
「それなのに、異能力者が多数いる特能に属しているんですね。というか、よく属せますね……」
「特能にいれば大嫌いな異能力者を捕まえられるからな。涙ぐましい忍耐って奴だな」
「それにしても……彼は巡査長ですよね? 階級で言えば山犬さんより下。なのに、センターに口止めさせる権利を持っているんですか?」
「それが究極的に厄介な点、その2だ。丹は──」
「特能の長、峯岸警部の忠実な部下ってところ」
「あっ……」
振り返れば、彼女がいる。
白金椿だ。腕を組み、壁にもたれていた。
綴は少し顔を綻ばせて、慌てて気を引き締める。
「知ってる? いや、警察じゃないと知らないのも無理はないか。峯岸嶄巌。それが警部の名前」
「すみません。僕は存じ上げなくて……」
「俺はもちろん知ってるぜ」
究助は椿を疎ましげに見ていた。
「究極的に有能な警部さんのことも。……それに従うあんたの兄のこともな」
「そう」椿は嬉しそうだ。「兄は優秀だから。刑事なら誰もが知っている」
「へっ。そんな優秀な男の、優秀な妹。それがアンタだ」
「椿さんも有名なんですね」
「……兄と比べたらたいしたことないけど」
「一昨年に特能に所属。新米とは思えないほどの検挙率。充分すぎるほどの優秀さらしいけどな」
それを得意にする様子もなく、椿は「話を戻すけど」と流した。
「丹巡査長は峯岸警部に忠実で、よく働くの。彼が働けば働くほど、異能力者の肩身は狭くなるけれどね。そして、峯岸警部にゴマをすり、警部の威を借る狐になってる」
「他の奴らも、警部にチクられるのが怖くて反抗もできねぇってわけだ」
今回の事件もまた、特能は壁として立ちはだかることになりそうだ。
特能と言えば、まさに目の前にもいるのだが。
「椿さん……ええっと……」
言いたいことはあったが、上手く言葉にできない。特能だと黙っていたのも、彼女のことだ。嫌がらせで隠していたわけでもないだろう。非難する気はない。だが、もやもやが喉に詰まる。
「アンタはなにしてんだ? 丹巡査長に従わず、こんなところで俺らと話してていいのか?」
「わたしはあの人と一緒に捜査するなんて、そんな不愉快なことしない」
「同感だなぁ」
「だからといって1人で捜査しても効率は悪い」
「じゃあどうすんだ?」
「あなたたちと捜査する」
「え!」綴は思ってもみない展開に驚愕する。「つ、椿さんが!? ぼ、僕たちと!?」
こんなことになるなんて。敵だと思っていた特能と協力するというだけで驚きなのに、椿と一緒に捜査をするなんて。
「わたしは来たばかりだし、捜査の方針はあなたたちに従うから。いい? 探偵、ハチミツくん?」
「は……はい……」
椿が隣に並ぶ。彼女の目に、店内とそこで待つ容疑者たちは、どう映っているのだろうか。
人物1人1人の表情、室内の隅々まで逃がさないかのような隙のない瞳は、恐ろしくも、非常に頼もしく感じた。
登場人物まとめは数話後に載せます。




