捜査開始
「いやはや! 八見先生には頭上がんないっすねー!」
「ホントまったく。綴くんがいなかったらどうなっていたか……」
八見探偵事務所に客が来ている。依頼に来る客は多くはないが、ゼロではない。
しかし今日来ているのは依頼ではなく、綴に会いに来た客だ。この事務所にとってそれは非常事態と言っても過言ではないくらい、珍しい出来事だ。
不破凛子と天野春雨。2人とも、過去に解決した事件の関係者だ。
「そんな……わざわざ来て貰って……」
2人が同日に来たのは奇跡的な偶然だという。
凛子はカフェのバイトをしていることを聞いたらしくコーヒー豆を、天野は高級なケーキを持ってきてくれた。
そのため、3人で夕暮れ時の和やかなティータイムをしている。
「いやもう! これだけじゃお礼になんないっす!」凛子はケーキを頬張りながら喋る。「これはもう、毎週コーヒー豆を送るっすよ!」
「あ……それはむしろ、申し訳なくなるので……」
「力になるからさ、連絡してきてよ」天野は鬼灯新聞社の名刺を差し出す。
「ありがとうございます。機会があれば……」
「う……あたしも名刺があれば渡したのに……!」
「……名刺があればいいってものでもないですけど」
すると天野はソファに背を預け、大きな息を吐いた。
「しっかし……特能にも困ったもんだね。凛子ちゃんは危うく犯人にされるところだったんでしょ? 放っておいていいもんかね」
「そうっすよ。超横暴!」
「杜撰な捜査ばっかして……あいつらも立派な悪人だ」
綴の表情は曇る。
「どうかしたっすか? 八見先生」
「先生っていうのやめてほしい……。いや、特能って、悪人ばかりってわけじゃないと思うんです」
「うむむ……」天野は唸る。「そりゃ、腐っても警察組織だからそうだろうけど。でも、あいつら政府の後ろ盾があるからって、調子に乗りすぎなんだよ。全然、信用できないねっ!」
「……」
頭の中に彼女の顔が浮かぶ。
白金椿。特能が悪だとしたら、彼女も悪だというのか?
──とてもそうは思えない。
「最近では《センター》とも協力してるらしいけど、優遇しすぎじゃない?」
「……センターって」
「《異能力研究センター》。異能力を研究して、医療とか工業とかに利用できないか模索してる研究所だ。最近もなんか発表してたっけな。異能力者なら皆、毎年行くんでしょ?」
「そうですね。異能力者は毎年、能力に変化がないかとか、体調に影響が出てないかとか、検査を受けます。とはいっても、センターにわざわざ行かなくても、検査なら近くの病院でも承ってますよ。凛子さんもそうですよね?」
「ほうっふね」凛子はケーキを咀嚼しながら答えた。「非異能力者の人も、センターに1度は必ず行っているはずっす。異能力者かどうか調べるために、1歳になったら、検査しに行くっすから」
生まれて1年経った幼児は、親に連れられ異能力研究センターに向かう。そこで異能力を持っているかどうか、異能力者ならどんな能力を持っているのか、検査を行うのだ。綴や凛子も、1歳になってすぐ検査を受け、異能力者であると判明したのだ。
どうやって判別するのか、異能力の詳細をどう知るのか、というと、そこにセンターの研究の成果が出ている。遺伝子などから異能力者を判別できるそうだが、詳細は世間一般には周知されていないため、分からない。ただ、検査の結果に誤りはない。それは確かなことだ。
異能力を使った検査をしている、という噂もあるが、定かではない。
ちなみに、究助が異能力の情報を知るために、問い合わせている情報機関というのも、センターにある。綴はつい最近知った。
「特能とセンターが協力って、どんなことなんですか?」
「それはよく分からないな。徹底的な秘密主義なんだよ、あそこは」
そのとき、机の上に置いていたスマホが鳴動した。なんだかデジャブだ。もしやと思い、相手の名前を見ると、それもまたデジャブのように同じ名前だ。
『ハチミツ! 事件! 事件発生だ!』
「究助さん、またですか!?」
『場所は居酒屋だ! 人が殴られたそうだが、不可解な状況らしい! お前の力を借りたい!』
「うう……分かりました。今、向かいま──」
立ち上がりかけて、残ったコーヒーとケーキを見下ろす。
「……あと少ししたら向かいます!」
***
現場には立ち入り禁止のテープが貼られ、警官が集まっている。出遅れたようだ。ケーキを食べていたせいだろうか? でもケーキは仕方ない。
警官に混じり、テープをくぐる。ビルが見下ろす、舗装された駐車場の隅が事件の現場だ。
「幸いにして……死人はいない」
「殺人未遂事件ですか?」
「少なくとも事故ではない。外傷は後頭部に1発」
被害者は後頭部に外傷を受け、うつ伏せで倒れていたという。
「被害者は沓木虫太郎。年齢28歳。フリーター。ここで頭から血を流して倒れていたところを発見され、偶然居合わせた警官が通報。救急車で搬送されたが、命に別状はないらしい」
地面にはまだ乾ききっていない血だまりが残っていた。えずきそうになる光景だ。血痕に慣れることは一生ないだろうと思う。
「あれ……ここ、水たまりみたいなのができてますね」
「血だまり以外に? あ……マジじゃん。目聡いなぁ」
「雨は降ってませんよね? じゃあなんだろ、この水」
「ああそれ?」近くにいた警官がそれを聞きつけた。
「この水ってなんなんですか?」
「氷だね。何故か分からんけど、氷が被害者の近くで溶けてたんだ。今は水たまりになってる」
「氷……? なんでまた……」
究助はビルの入口に近づく。入口にある階層の案内を読んだ。
「このビルの2階に居酒屋がある。《カラス公爵》って店名だ」
「被害者はそこの客だったんですか?」
「カラス公爵では愛掘高校の同窓会が行われていた。被害者、発見者、それから容疑者。すべてがそこの同窓会のメンバーってわけ。ついでに言えば、通報者、偶然いた警官も、同窓会のメンバー」
「不運ですね、その警察の方。参加者ってことは、仕事はお休みだったんでしょうし」
「警官としては幸運なんじゃねぇの? そいつのおかげで、誰も店の外には出てねぇ。
あとそうだ、現場には……もう回収されたが、被害者、沓木の財布が落ちていた」
「財布が?」
盗まれたのか、強盗の犯行か、という問いには、中身は無事という答えで否定された。
「では、殴られたときに落としたんでしょうか」
「それがだな、こう……」と、究助は地面に倒れ伏すポーズをした。「頭の近くに落ちてたんだよ。ポケットから落ちたとしたら、普通は腰元か、手の近くに落ちるんじゃないか? 手からも離れてたぜ」
「確かに……妙ですね」
カラス公爵の出入り口は1つのみで、外から階段を上った先にある。
「さっきも言ったが、同窓会のメンバーは愛掘高校45期生。参加者は40人近く」
「同窓会かぁ」
「ハチミツは19歳だっけ? 一年前まで高校生か。異能力者は学校ってどうなんだ?」
「受け入れないところも多いです。僕はなんとか受け入れてくれるところを見つけたんですけど。まだまだ少ないんですよね」
「愛掘は異能力者を多く受け入れている学校なのかもな。この同窓会だけでも3人も異能力者が参加してるんだってよ」
「3人! 凄いですね……僕のときは、僕以外に異能力者はいませんでしたよ」
2階への階段を上っていく。派手にライトアップされた看板に「カラス公爵」と書かれていた。
店内には元愛掘校生たちが困惑しながら待機していた。事情聴取をしている警官もちらほらいる。
「とりあえず、通報した警官に話聞いてくる。ちょっと待っててくれ……」
一旦、究助に先陣を任せる。綴は店内と元生徒を観察する。
すると、不思議なことが起こった。
究助が店に入ってすぐ、ぼうっとして見送っていると、なにかと腕がぶつかった。
「わっ!?」
上手く反応できず動揺し、そのなにかを思わず突き飛ばしてしまった。
「やっ……!」
人、声から女性だと分かる。顔を見るより先に、綴は慌てて彼女の手首を掴んだ。
「危ない!」そこでようやく、綴は相手の顔を見る。「……ごめんなさい! 大丈夫ですか?」
女性は前髪が長く、目が完全に隠れていた。小柄で声はか細く、ちょっと触れただけで倒れそうな印象を受ける。
「あう……こ……こちらこそ……」
そう言ってまた出て行こうとする。服装から店員でも警官でもないのは明らかで、つまりは同窓会のメンバーのはずだ。
「ちょ……ちょっと待ってください!? 勝手に出て行っちゃダメですよ!」
「え……でも、わたし、関係ないです……」
必死に逃げようとしている。しかし関係ないかどうか判断するのはこちらなのだ。
「関係ないのでしたら、ちょっとお話を聞かせていただくだけで終わりますから! ね?」
できるだけにこやかに相手をする。どうやら彼女は怯えているようで、強気に接するのは悪手になるだろうと考えた。
「うう……でも、わたし、中に戻りたくないです……」
「中って店の中? そ……それじゃあ……店の外で話しましょう!」
入口から少し離れた場所で、2人は立って並んだ。
「これならどうでしょう? なるべく早く終わらせるので……」
「……う、これなら、まあ……」
「僕は八見綴といいます。警察ではなく、探偵です」
「……あ。えっと……その……探偵さん……」
「……素人探偵なんですけどね……」
彼女は前髪のせいで表情が分からない。微妙に俯いている気がする。
「時尾……栞……です。あの、画家……です」
「画家さんなんですか!? 凄い!」
「そんな……! わたしも素人で……」
まるで似たもの同士のように言うが、綴は探偵と名乗ったことが恥ずかしくなってきた。
「あれ……? 時尾さん、そのバッジ……」
裾に、時尾の態度に似て控えめに、黒いハートのバッジが付いていた。言わずもがな、異能力者バッジだ。
「……す、すいません、わたし……」
「ぼ、僕もなんですよ……ほら!」
そこでようやく、綴の胸ポケットに付いたバッジに気づいたようだ。本当に俯いていて、まったく目線を上げていなかったらしい。
「異能力者で画家って、なんだか凄いですね」
「わたしは画家といっても……その、模写をしているだけ……」
「模写?」
時尾は静かに続ける。
「ええと……わたし、記憶力がよくて……見たものを忘れないんです……」
「見たものを!?」
「それで……過去の映像を思い出して、描いているだけ……それが何故か、評価されてる……」
「模写ってそういうこと……っていや、それもとんでもないことですよ!?」
完全記憶。それが、彼女の異能力ということか。速記というアイデンティティが少し揺らぐ。それにしても、「何故か評価されている」とは。世の中の画家志望が嫉妬しそうな言葉だ。
「じゃあ……久しぶりに会った皆さんから注目とかされちゃったんじゃないですか? なんて、あはは」
「……ううん。隠してますし。友だちもいなかったし……それに、わたしは注目されないから。誰も、わたしとは話さない……ああ、家で絵を描いてる方がよかった……」
「う……」瞬間的に気まずくなる。「そ……それでも参加したんですね。ご家族から行けって言われたとかですか?」
綴としては場を繋ぐための言葉選びだった。
しかし、時尾の反応は異質だった。
「違う……あ、いや……ゆ……勇気を出して……」
「時尾さん……?」
彼女の指先が震える。
「あのことを……き、訊きたくて……でもやっぱり、怖くて訊けない……」
「あのこと? 訊けないって」
「あ……あの、人……わたしは、逃げた……」
時尾の見えない目から、涙が流れ落ちてきた。ぎょっとして、慌てて辺りを見渡す。
「わー!? ご、ごめんなさい!」謝るが、なにが気に障ったのかよく分からない。「えっと、ティッシュあるので、拭いてください……」
タイミング悪く、足音が近づいてきた。粗野な足音は究助のものだ。
「あ! ハチミツお前! 姿が見えねぇと思ったらこんなところで、なに女の人泣かせてんだよ!」
「究助さん……これは、その」
「おいあんた、大丈夫か? このガキがなんかしたのか?」
「が、ガキ!?」
「なにが悲しいのか聞かせてくれよ……」
子供に語りかけるような口ぶりで、究助は時尾を慰めようとする。
時尾は──。
「帆波さんが……亡くなった……」
「……は? だ、誰? 誰が……亡くなった?」
思わず硬直し、究助と顔を見合わせる。カラス公爵で起こった事件の被害者は沓木という男だ。そして命に別状はない。帆波という名前に聞き覚えはない。
「10年前……あ……ああ……!」
「お、おいおい! 落ち着け! 喋らなくていいからよ!」
究助は背中をさすった。なんとか落ち着かせながら綴に顔を向ける。
「ハチミツ……! 悪いが、ここは俺に任せて……中に入ってくれ。警官の鼠谷ってやつ……通報した警察官。そいつの話を聞いてくれ!」
「鼠谷さんですね。了解です! ごめんなさい時尾さん……」
綴はぺこぺこしながらその場を後にする。
時尾の様子が、しばらく網膜から消えなかった。




