同窓会
「えー……今日はこうして、10年の時を経て、愛掘の皆さまにお集まりいただき……」
秋の夕陽が町を赤く染める。街灯がほのかに灯り出す。
町を灯す光の中に1つ、居酒屋がある。店内は賑やかで、愉快な祭りの様相を呈していた。
鼠谷は祭りの熱の中で、高揚していた。
普段は警官として町の平和を守っているが、今日は特別だ。束の間の休息と、懐かしい旧友たちとの再会を楽しむ。
「おい先生! 長いって!」
「あ……そうですね、では、乾杯」
「逆にあっさりすぎだろー!」
人々のグラスが掲げられる。カチン、とけたたましく鳴り響き、笑い声がそれらを包んだ。
同窓会が催されている。
愛掘高校45期生。この時間は彼らの貸し切りだ。
「ははは。いやぁ、全然変わってないな、鼠谷」
「お、千牙か。相変わらずのイケメン」
鼠谷の向かいに、端整な顔立ちの男が座る。千牙と呼ばれた彼は、勢いよく背もたれに体を預け、首を回し、店内を見渡す。
「鼠谷は警官だったっけか」
「地域部な」
「まさか、俺たちの中に犯罪者がいて……捜査ついでに来たとか?」
「冗談だろ! 今日は休みだ。千牙はなにやってんだ?」
「投資を少し」
「けっ、仕事までスマートかよ。鼻につくな」
「ははは。意外とやれるもんだよ」
千牙の印象は10年前と変わらない。いや、ますます色気を増していた。髪を半分だけ撫でつけ、少し化粧もしているようだ。鼠谷には、化粧をする勇気がない。高い背丈と、切れ長の瞳は、多くの異性を虜にする。
そこへ、女性の元気な声が割り込んだ。
「零人! これ飲みなよ、《公爵ビール》! この店のオリジナルドリンクだって!」
「お、鈴木か。あいつも変わらないな……」
快活な女性が、千牙零人にジョッキを渡す。
「ありがとう、メメ。……凄い色だな。それに氷までぎっしり」
「それが美味しさの秘訣、だってさ」
鈴木メメは自身も同じドリンクを飲む。氷が軋みのような音を鳴らす。内容量は氷でとてつもなくかさ増しされているようだ。
千牙は氷ごと口に含み、独特の味わいに顔をしかめた。
「鼠谷君、これ飲んだ?」
「まだ……明日は仕事があるから、あんまり飲みたくない。飲まれたくないって感じか」
「気持ち悪いよーこれ!」
評価を聞かずに飲み込んだ千牙は、再び顔をしかめた。言ってくれれば断ったのに、と言いたげだ。
そして千牙は、声を潜めて鼠谷に告げる。
「メメ……そろそろ鈴木メメじゃなくなるんだ」
「え、まさか……千牙メメ……ってこと?」
「イエス。はは……意外か?」
「お前はともかく……鈴木が誰かと付き合うなんて。そういうタイプとは思えなかった」
ちょうどそのタイミングで、別の席から噂が聞こえてきた。鼠谷は、千牙との話を切り上げて、噂に耳を澄ませた。
「千牙と鈴木、同棲してるって話ホント?」
「零人とメメが? マジ?」
「沓木はショックだったんじゃね? メメのこと好きだったっしょ」
その名を聞いて、鼠谷はあのいじめっ子のことを思い出した。それから苦々しい記憶も。
高校時代、いじめが横行していた。思えばあれが警官を目指すきっかけだった。当時は解決できなかったいじめだが、今だったら……。
目立つ金髪がいる。例のいじめっ子、沓木だ。昔は黒髪だった記憶があったが、染めたらしい。28にもなって金色とは、と鼠谷は鼻白む。
「よく来られたもんだな……」つい、ぼやいてしまう。
いじめの主犯、沓木虫太郎。あいつの暴力のせいで、クラスの何人かが被害に遭っていた。
沓木は昔と比べてかなり痩せていた。目玉がぎょろりと出ている。ダイエットしたとか、そういう感じではない。あの様子は、なんというか……。
「あ……鼠谷君……」
かつてのいじめっ子を見ていると、意識の外から声をかけられた。
「ん、おお、曳刷か……!」
鼠谷に声をかけたのはメガネの男だ。猫背に加えて痩せ形の体型のため、大勢の人間の中では小さく見える。おまけに怯えた様子で縮こまっている。それは、昔と変わらない。
メガネの曳刷琢也は、ここの居酒屋の制服を着ている。彼も同じく愛掘のOBであり、居酒屋、《カラス公爵》の店員でもあるのだ。
そして曳刷は高校時代、沓木のいじめを受けていた被害者の1人だ。
「曳刷……」沓木のことを切り出すのは躊躇われた。「今日はありがとうな。お前が場所を選んだ……というか、ここを提供してくれて」
「ああ……まあ、うん。ただ、ここで働いてるだけで……」
引っ込み思案で声が小さかった彼だが、声を張ることの多い居酒屋で働くことを選んだのは、何故だろう。向いてなさそうなのに。
なんにせよ、彼が店員だったおかげで、同窓会の会場が楽に確保できた。
「で、でもごめん。トイレ、使えなくて。今日に限って、壊れちゃったみたいで」
キッチンの横にあるトイレには使用禁止の張り紙が貼ってあった。タイミングが悪いと思うが仕方ない。トイレに行きたい人は近くのコンビニまで走って行くことになっている。
「まあまあ。いいさ。曳刷も楽しめよ、店員としてじゃなくて、OBとして」
「うん。分かったよ……」
会が始まって30分ほどが経過した。皆の酔いが回ってきたようだ。赤ら顔が増えてきた。
「なぁー……零人ぉ……!」
「うわっ! なんだよ沓木……」
千牙の隣に、沓木が座る。早くも酒で出来上がっているようだ。沓木の酒臭さに、千牙と鼠谷は辟易する。
「久ひぶりにぃ……アレ、見へてくれよ……!」呂律も怪しい。
「……ちっ」
千牙は面倒ごとを避けるように、顔を逸らす。しかし沓木は諦めたりしない。しつこく絡んでくるので、ついに折れた。
「分かったよ……」
千牙は沓木が持ってきたグラスを手に取る。すると、彼の右手を中心に、空気が白む。途端に肌寒さを感じ始める。
千牙の手を始点に、霜が這う。
グラスごと中の液体が、瞬間的に凍り付いた。科学に喧嘩を売っているとしか思えない光景だ。10年ぶりに、自分の眼が信じられなくなる。何度見ても現実離れしていた。
「おお!」
「はぁ……変わらねぇよ。俺の異能力は相変わらず、なんでも凍り付かせる」
「《凍結》の異能力。エグいなぁー……!」
「変わらねぇ……俺も、アイツも」
千牙はメメを見やった。自分とは違う、もう1人の異能力者を。
「おーい! 鈴木ぃー!」沓木が品のない声でメメを呼んだ。
「なにー!?」メメも遠くから応答する。
「バリア見せてくれよー!」
メメは多少、面食らったようで、口ごもった。
「嫌だよ!」
「なんでだよー!」
しかし、千牙と同じようにメメも、沓木のしつこさを思い出した。彼の粘着質で粗野な性格は、問題の火種になってばかりいた。今は酔っているし、また問題を起こされても困る。
「……ほら!」
メメはまるで指揮者のように手を振った。それから、中身の入ったグラスを、空中に置いた。グラスはなにもない場所に、テーブルがあるかのように立つ。
目に見えない床が、グラスの下にある。
「おおー!」
沓木も、観客として眺めていた他の旧友たちも歓声を上げた。質の良いマジックショーを披露したようなものだ。もっともタネも仕掛けもないが。
メメは少し恥ずかしそうにしていた。
「ははは!」千牙が手を叩いて喜ぶ。「懐かしいショーだ!」
「ちょっと! ショー扱いしないで!」
「ごめんごめん! さ、楽しく飲もうぜ!」
沓木の下卑た声でしけっていた空気は、千牙の一声で回復する。
鼠谷は感心する。千牙零人、彼のムードメイカー気質はまったく変わっていない。高校の3年間、彼がいるクラスは常に明るかった。何ルーメンか、実際に違った気がする。
彼は愛掘高校、45期生の中心だった。鼠谷は、はっきり言って、千牙に憧れていた。
各々、思い出話に花を咲かせている。
乾杯から1時間が経過しようとしていた頃だ。
「そういえばさ。黙祷とかしなくていい感じ?」
「黙祷? なんで」
「ほら、あの子……」
店のあちこちでグループができている。会話の雰囲気はそれぞれ異なる。暗いところもあれば、酔った勢いで馬鹿騒ぎしているところもある。
「あれ。沓木いなくね?」
誰かがそう言った。
「どっかで酔い潰れてんじゃ?」
「零人もいない」
沓木はともかく、千牙の不在には、何人かが不審がる。
「さっき外に煙草を吸いに行ったよ。外の喫煙所」また別の誰かが言った。
「曳刷は見てないー?」
「え? 見てないよ……」
曳刷はキッチンから、皿を片手に持ってきた。
「う……げほっげほっ!」
「おいおい、大丈夫か? 頼むぜ、風邪とかやめてくれよ?」
「ごめん。ちょっと埃が……」
鼠谷は千牙の様子が気になり、外に行こうかと立ち上がる。すると、メメがそわそわしているのが視界に入った。恋人がいないのに気をもんでいるのかもしれない。
「鈴木……いや、千牙メメ? 零人の様子を見に行くか? 外の喫煙所かもって聞いたけど」
「鼠谷君! わたし、まだ鈴木だよ」
「でも、そのうち千牙になるんだろ。式には呼べよ」
2人で和やかに話していた。だが、そんなムードをぶち壊す衝撃が、飛び込んできた。突然、ドアが開け放たれたのだ。
急に場は静まり返る。息を切らして、旧友の1人が中に飛び込んできた。
「おい、どうし──」
「や、ヤバい! ヤバいよ! 沓木が……」
「落ち着けって! 沓木がどうした……」
ただならぬ事態を察して総立ちになる。
「沓木が……外で! ……血を流して倒れてるんだよ! 誰かに殴られたんだぁあ!」
「……!」
鼠谷は蒼白になり、大声で言った。
「みんな動くな! その場から動くなよ──」




