窃盗事件の真実
ジョバンニの口は震えている。舌も震えているようだ。言葉が続かない。
「ザネリさん。あなたなら分かりますよね。このルートはジョバンニさんのものですね?」
「あ、ああ……」ザネリはたじろぐ。「そうだ……ジョバンニだ」
同時に、究助が到着した。
「ハチミツ! ……どうだ、上手くいったか!?」
「ええ。……山犬さんが現れたのは予想外で、少しひやっとしましたが、僕の名を呼ぶことはなかったので安心しました」
「な、なんのことですか……」
山犬は汗をダラダラ流している。あまりにも思い通りにならないことばかりで混乱しているのだろう。顔は真っ青だ。いい気味だ、と綴は心の中で毒づいた。
「ふ……ふざけたことを!」
山犬は必死だ。特能のプライドが、綴の発言を通さない。
「言葉尻を捉えた程度でなんですか! あなたが突き止めたのは、そのルートを通ったのが誰かということで、事件とは関係ない!」
「……ここを通ったのがジョバンニさんであることは、大きな意味を持ちます」
「いい加減に……!」
「順を追って説明します。まず、こちらを見比べてください」
そう言って広げたのは、2枚の地図だ。
1枚は空から撮った、ジョバンニの逃走ルートが書き込まれた図。
もう1枚は、ザネリが決めた、事前の逃走経路が書き込まれた図だ。
「それはさっきも見ましたよ。そっちの刑事がサザンクロスを追ったときのルート……もう1つの方はなんです?」
「ザネリさんが書いてくださいました。サザンクロスの、本来の逃走ルートです」
「本来の? ど、どういう意味ですか……?」
「分からないんですか?」
「うっ……!?」
純粋に訊ねただけなのだが、山犬にとってその言葉は、彼の高いプライドを傷つけるものらしい。
「2つのルートをよく見比べてみてください。……おかしいことに気がつきました?」
「……あ……あっ!」
山犬は細い目を、こじ開けられたのかというくらいに見開いた。
「──違うんですよ。事前に決めたルートと、実際の彼の動きが」
山犬の横で、ジョバンニの表情が焦りに変わったのを、綴は確認した。
「ザネリさんは言っていました」
《俺の能力なら、絶対に捕まらない》
「でも……ジョバンニさんは、追いつかれましたよね。究助さんに」
究助が声を上げた。
「そうだぜ! 俺は奴に触れた! 結局逃がしたが、今までにそんなことはなかった!」
「ザネリさんの決めたルートを通っていたなら……究助さんに捕まりかけるなんてことはなかったんじゃないですか?」
「な……な……」山犬は狼狽える。
「彼は何故か……逃走ルートを変えた。わざわざ、被害者の家の横を通るように。これが偶然? そんなわけはない!」
「なんですっ……てぇ!?」
ついに山犬は膝から崩れ落ち、そのまま力が抜けて頭を床にぶつけた。
「……こいつ、人を攻撃するのは得意でも、攻撃されんのはめちゃくちゃ苦手みたいだな」
「ですね……」
これでようやく、前座は退けた。
「び……貧乏人がっ……!」
残すは、本命の極悪人だ。
「ジョバンニさん。なぜ、ザネリさんの決めたルートを逸れて、あの家の側を通ったんですか? そもそも……なぜ、今回の窃盗事件を起こしたのですか?」
気配がして振り返ると、ザネリが怒りで顔を赤くしていた。
「てめぇ……星野!」
「ザネリ……! ジョバンニと呼べと……」
「今回の盗みを強行したのは……そいつを殺すためだったってのか! 思えば妙だったぜ、やけに時間を気にしてたよな!?」
「……ばっ、馬鹿なことを言うな!」
ザネリは綴たちに向く。
「いいか? こいつは、『世の中の不正を許さない』なんて目的を掲げてサザンクロスを作った! 義賊だったんだ! 俺はその理念に同調したから窃盗団に加わった……なのに! 盗みが成功するにつれて、こいつは全身を金に染めて、欲に溺れていきやがった!」
「言いがかりはやめたまえ!」
「ついに殺しまで……! どうせ金目的だろうぜ!」
ジョバンニは前髪を忙しなく整える。ザネリを無視し、綴に向き直る。
「そ……そもそも! その被害者とやらは、いつ死んだ!? も、もしかすると……君が発見したときはまだ死んで間もなかったんじゃないかい!?」
「……まるで知ってるみたいな言い方じゃねぇか」究助がなじる。
被害者に睡眠薬が盛られていた以上、犯人と被害者の間で、飲み物を口にする機会があったはずだ。会話をして、隙を窺って混入させたと考えるのが自然だ。──その会話の中で、天野が来る時間を知ったのではないだろうか? 彼が来る12時30分に、亡くなったばかりの被害者を発見させるため、本番となるトリックを実行した。
「僕には完璧なアリバイがある!」
得意げな笑みを取り戻し、ジョバンニは言った。
しかし──。
「無意味です。それが、あなたの異能力を使ったトリックの中核ですよね」
「──ふっ? ふ……!?」
「あなたは自分の能力で、逃走中に被害者を殺害したんだ」
「はあ!? ハチミツ、俺が追っている間に殺害って……そりゃムリだろ!」
「考えたんです。あらゆる可能性を並べてみると……ジョバンニさんの異能力なら可能なんです」
「ジョバンニの……《引き寄せ》ってことだよな?」
「僕の……能力なら? 冗談じゃない! 異能力者だから犯人!? 他にも異能力者はいるじゃないか!」
直接は言及しなかったが、カムパネルラのことを言っているようだ。当の彼女はまさか自分に矛先が向けられているとは思っていないらしく、茫然と成り行きを見ていた。
「バツですよ。彼女には不可能です。彼女の風は『6.0m/s』の速度を持つ。現場に入ったとき、机上の小物や、あちこちに被った埃がそのままでした。彼女の風が吹いた場合、多くの物が散乱するはずです」
「はぁ!? ちょっと待ちなさいよ! あたしが犯人なわけないでしょ!?」
「あ……そ、そう言っているんです……」
3人の異能力のうち、カムパネルラは不可能。そしてルートを検索するだけのザネリも当然不可能。だが、《引き寄せ》の能力を持つ彼ならば。
「ふ、ふふふ、不可能さ! 僕がなにを引き寄せたっていうんだい!? 人? それとも椅子!?」
「どちらもバツです。ジョバンニさんの《引き寄せ》は生物は引き寄せられませんし、限界サイズがあるはずです。『10cm×10cm×10cm』が限界、というルールにより、被害者の身体や椅子は動かせません。長いロープも不可能です」
「ははは! じゃあ無理だ!」
「引き寄せたのは、別の物です。それで、殺人を可能にした」
「はは、は……! 本当になにを言っているのやら……」
「おいおい、その前によ」究助の疑問だ。「密室はどうしたんだよ。鍵は部屋の中にあった。鍵をかけたまま外には出られねぇぞ」
すべての答えは、究極速記によって並んだ文字の中にある。可能性を列挙し検討した。
迷路の中を迷い尽くした。それ故に、綴の言葉に迷いはない。
「現場のドアは施錠されていましたが、その錠のつまみ部分には、うっすらと細い傷が付いていました」
「なんの傷なんだ?」
「糸です。つまみを覆うように巻き付いていたんです。
もし、その状態で糸を引っ張ったら、つまみも回転すると思いませんか?」
「……!」
ジョバンニの息は荒い。不安そうにジャージの裾を伸ばしたり、緩めたりを繰り返している。
「古典的で単純、誰にでも可能な方法ですよ。つまみに糸を巻き付け、ドアを閉める。ドアの隙間に糸を通し、外から糸を引っ張る。密室を完成させることが可能です」
「なるほどな。俺はそのへん分かんねぇから、想像もしてなかったぜ」
「だが! 殺人の方は不可能だ! 僕のアリバイは崩せない!」
「あなたの《引き寄せ》なら可能です。密室の構築と同じように、糸を用いてね」
「い、糸……」
「はい。正確に言えば、引き寄せたのは、糸で結びつけた物です。糸が10cm以上あれば引き寄せられませんが、結びつけられた物が限界のサイズ未満なら、引き寄せられる」
「な、なにを……なにを引き寄せたって!? この貧乏人めぇ!」
「はっきり言ってしまいますが、《トランプのカード》ですよ」
誰もが口をあんぐり開けている。
「あ? もしかして、俺が拾った奴?」究助はわけが分かっていない、といった顔で言う。「サザンクロスは盗みに入った場所にジョーカーのカードを残す。単に、それを持ち歩いていただけだと思ってたんだが」
「究助さん。あなたはトランプのカードについて、こう言っていましたよね」
《あーでも、あのトランプ、なぜか中央に……》
「究助さんは関係ないことだと発言を打ち切ってしまいましたが、あれ、中央に小さな穴が空いていたって言おうとしたんじゃないですか?」
「な、なんで分かるんだ!?」飛び上がりそうな勢いで驚いている。「そうだよ、針の穴くらい小さいから、どうでもいいと思っていたが、穴は確かに空いていたぜ!」
やはり、そうだったか。綴は満足げに頷いた。
「まず、トランプに穴を開けて、そこに糸を通します。糸の片方をカードに、もう片方は、スツールの脚に巻き付けます。スツールの脚にも、ドアの錠と同じような傷が付いていたんです。
そして引き寄せたんですよ……カードを」
「ま、待て、僕の能力を過大評価するのは構わないが、ちょっと待ちたまえ!」
「なんですか」
「た、確かにカードなら大きさ的にも引き寄せられるが、物理的に不可能だ!」
究助曰く、箱の中にある物は引き寄せられない。密室という箱の中にあるカードは、物理的に手中に収められない、そう言いたいのだろう。
だが、その反論も。
「バツです」
綴はペンを2度、斜めに振る。ジョバンニの顔に描く、巨大なバツマークだ。
「あなたは、逃走中に家の真横を通った。
……あの枠が歪んでいる窓、指すら通らない隙間が開くんですが……カードの薄さなら、隙間から通りますよね。つまり、物理的に可能ですよね? だから、カードをトリックに使った」
「な、あ……」
「被害者の身体からは睡眠薬が検出されました。おそらく被害者は犯人を家に招き入れた。そして話す間に犯人は被害者にこっそりと睡眠薬を飲ませ、スツールに立たせたんです。ロープに首を通させて、ね」
「そういえば紫雲から聞いたぜ。被害者はうっ血があったんだよな。緩く首を絞め続けられていたってことらしいが……そうか、ロープに首を通して固定させて、立たせたからそうなったのか」
これで後は、スツールを足の下から動かすだけで首吊り死体が完成する。
「逃げながらトランプを引き寄せたんですよね?
空撮されていることに気づいたあなたは、違和感を抱かれないよう時々立ち止まり、究助さんに挑発をした。窓から引き寄せる動きを誤魔化すために。もっとも、その行動のタイムロスのせいで究助さんに追いつかれて、トランプの1枚を落とす決定的なミスをしてしまったわけですが……」
被害者が亡くなったのは、綴と天野が発見した直後。その前にそこを通ったジョバンニによって、首吊りトリックの最後の一手が決行されたのだ。
「ば……馬鹿な……この……僕が……」
「窓の隙間からカードを引き寄せ、糸も引きずられる。そのとき、糸は窓の方にスツールを引き寄せる。そして……スツールの座面から被害者の足が落ち、首吊りが完成しました」
「あ、ああ……」
「この犯行が可能なのは、あなたしかいないんですよ。《引き寄せ》の能力を持ち、死亡推定時刻の少し前に、窓の側を通ったあなたしか!」
いつの間にか、ジョバンニはジャージの裾を引っ張りすぎて破いていたようだ。とてもじゃないが、人を貧乏人呼ばわりできるような見た目じゃない。
「そ……そんな……この、び、貧乏……」
「トランプのカードをもっと詳しく調べてみましょうか。鑑識に回せば、糸で擦れた痕も出てくることでしょう。僕の推理が間違ってないことの証明になります」
「び……びびびび……」
ジョバンニは白目を剥き、ついに、泡を吹いて倒れた。
「……ぴ?」
「ハチミツ。お前の勝ちみたいだぜ」
究助のサムズアップだ。輝かしい一等星……というのは言い過ぎかもしれないが、眩い親指だった。
「究助さん」
「ん?」
「今回の事件は、あなたのおかげで解決できました。あなたが全力で追ってくれたから、トランプという証拠を手に入れることができたんです。……捜査一課の力、ですね」
「へっ……当然だぜ!」
山犬が愕然としているのが見えた。まるで彼が犯人で、すべてを曝かれたような、悲惨な姿だった。




