VS山犬
山犬は眉間に皺を寄せている。自分の思うように物事が進まず、相当苛立っているようだ。人を煽り、苦しむ様子を見るのが楽しみ。そんな彼にとって、現状は不満で仕方がないはずだろう。
「サザンクロスがあの事件と……? はっ! 馬鹿なことを。根拠のない妄想はやめていただきたい!」
「根拠のない妄想? ……それはバツです。山犬さん」
「……なんですって?」
綴はメモ帳を開き、目の前に掲げる。
「被害者の家には、予定が書かれたノートがありました。あの抽斗にはロックがかかっていたので、あなたたちは後回しにしていたのかもしれません。ですが僕は暗証番号を教えてもらいました。
──ノートの中には予定がありました。《13:00 天野春雨編集》《12:00 サザンクロス窃盗団》といったような予定が」
「……!」
「天野さんはご存じの通り、打ち合わせの予定です。そしてそのとき、首吊りを目撃してしまった。この『12:00』の表記も同様に、サザンクロスに関連する予定だとは考えられませんか?
たとえば……サザンクロスを招く予定だったとか」
「はっ! 馬鹿げていますね。いったい、なんのために!」
「これかな、というものは頭に浮かんでいます。ですが、今は被害者とサザンクロスの関連性について説明を続けます」
「む……」
主導権を握られていることに、山犬は明確に気色ばむ。
「被害者はサザンクロスについて記事を書いていました。最初のセキュリティ会社の窃盗事件、そのニュースを書いたのが被害者です」
「……! その情報……いや、まさか……」
山犬は悔しげだ。しかしすぐに嫌味な笑みを浮かべる。
「ただの偶然でしょう! ノートの予定だって、その時間にサザンクロスの情報を集めるとか……そんな感じの予定を書いただけかもしれません!」
「偶然ですか。では、これを見てください」
紙を広げて見せた。それは究助から受け取った、3日前の追走を書き記した地図だ。綴は簡潔に地図の説明をした。
「それが……どうしたというのですか」
「この星は、被害者の家の位置です。サザンクロスの1人は、彼の家の側を通って逃走しているんですよ。よりにもよって、あの日、あの時間に」
「ぐ、偶然ですよ!」
山犬は狼狽えている。この好機を逃す手はない。
「1つ2つの偶然ならあり得ますが、これで3つ目です。重なりすぎていると思いませんか?」
工場の一室はじりじりと温度が上がっていく。雰囲気も相まって、綴は額に汗を垂らす。
「いい加減にしたまえっ!」
高らかな声と共に、ジョバンニが痺れを切らして立ち上がる。金色のジャージの皺を伸ばし、綴に向き合う。
「なんだね!? 勝手に放置しておいて、待たされたと思えば、知らない事件の犯人扱いかい!?」
「はあ!? 犯人って、なによそれ! 知らないわよっ!」
「どういうことだ、ふざけるな!」
カムパネルラとザネリも憤慨する。
「そもそも被害者とはなんのことだね? 僕たちとなんの関係があるんだ!」
「2日前の13時頃、あなたたちの逃走ルート上で人が亡くなりました。サザンクロスとの関連が疑われているんです」
「な……」
ジョバンニは鼻を鳴らす。
「まったく。貧乏人の僻みかい? その日、その時間! 僕たちはずっと窃盗と逃走をしていた! ふふふ……ある種、完璧なアリバイと言っていい!」
彼らの言っていることは正しい。上空から、地上から、刑事たちに追われていた彼らには立派なアリバイが存在する。
「そうです!」何故か、サザンクロスの仲間のように、山犬が同調する。「彼らが犯人なんてあり得ないのですよ!」
犯人を自分たちで捕まえると豪語したはいいものの、馬鹿にした探偵に先を越されそうで焦っているのかもしれない──。
「山犬さん。ほんの少しの間……なにも喋らないでください」
「……なっ?」
「ハチミツー!」
そのとき、工場の入口の方から究助の声が聞こえてきた。
「ハチミツー! どこだー?」
「ふふふ……刑事さんが呼んでいるようだよ、貧乏探偵くん」ジョバンニはあざける。
「貧乏探偵……!?」悔しいことに、事実だ。
「さっさと失せたまえ! 君の与太話に付き合っている暇はない!」
「……」
特能といいサザンクロスといい、癖の強い人ばかりだ。すっかり振り回されているが、気を取り直す。狼狽などしている場合ではない。
彼は、致命的なミスを犯したのだから。
「……1つ、確認させてください」
「む?」
「今、ジョバンニさんは言いました。『刑事さんが呼んでいるようだよ、探偵くん』と」
「……貧乏探偵と言ったはずだけどね」
「その刑事さんはハチミツ、と呼びました」
「……それが?」
「──なんでそれが、僕のことだと思ったんですか?」
「は……」
ジョバンニは硬直する。他のメンバーはわけが分からない、というふうに首を傾げる。
「彼は今、遠くでハチミツという人を呼んだ。それが、僕のことだとは分からないはずですよ」
「い……いや、いやいや……ふふふ……なにを言って……」
「確かに、僕の名前は八見綴ですが……」
「ふふふ! そう! その名を聞いたんだ!」
ジョバンニは唾を飛ばして言う。明朗快活だ。
「その名から推論しただけさ! 僕ほど優秀な人間なら……」
「そこが問題なんです」
綴は自身のメモ帳を開く。そこには、工場に着いてザネリを初めとした、サザンクロスや山犬との会話内容が記録されている。
「残念ながら、この場で僕の名前を呼んだ人は1人もいません。あなたが名前を知るタイミングはなかったんですよ」
「は……はあ!?」
ジョバンニは弾けんばかりに驚いた。それも無理はない。会話をすべてメモしているなど、想像できるはずがないのだから。
これが、事前に仕掛けておいた罠だ。
「あ、あり得ないね! ハッタリだ! 会話をすべてメモしているとでも……」
「僕の異能力は《速記》」
「え……」
「信じられないと思いますが……皆さんが喋ったことをすべて書くことくらい、わけなく可能なんです。ボイスレコーダーで代用できるっちゃできますが、警戒されない強みっていうのは、あります」
他人から見れば、綴は手を軽く動かしているだけ。文字を書いているとも思われない。
「さて、ではなぜジョバンニさんが僕のことをハチミツと認識できるのか、ですが。それは当然、以前に聞いたことがあるからです。ここではない、別の場所で」
《追うぞハチミツ! 全速力で走れ!》
「ジョバンニさん……僕と究助さんが追っていたのは……被害者の家の側を通ったのは、あなただ」




