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「ふむ」とそうして、またしばらくがして柊木さんは訊いた。森永さんのスマホを見ながら、「これが佐倉さんが最後にした投稿?」とそれから、「彼女ほかにSNSは?」
「いえ、その短文投稿サイトだけです」森永さんは答えた。先ほどの“肌のご様子”発言には当然ショックを受けていたようだが、それよりなにより、彼の推理能力の高さに驚き、感心している様子だった。
「インスタなどもやらない?」続けて柊木さんは訊いた。スマホをスクロールしつつ、「いまどきの大学生が?」
「彼女、ネットとか苦手で」森永さんは答えた。「そのアカウントも私や木花さんとの連絡用に作っただけで」
「なるほど?」と柊木さん。自分のスマホにも手を伸ばし、「ひとつ前の投稿は先々月のもので、返信やリポスト欄はそれよりずっと前――と言うか基本やられていない。このひとつ前の投稿、この写真に見覚えは?」
そこには石神井公園けやき広場の風景が載っていた。
「公園に三人で行ったときの写真です。私と彼女と木花さん」
「なるほど」柊木さんは言った。「木花さんはいまどこに?」
「友だちや知り合いなど心当たりをあたってくれています」
「もういちど確認ですが、佐倉さんの最後の投稿、これがその『駅前のライトアップ』ですね? あなたと一緒に行ったという」
「はい。そのとおりです」
「おふたりだけで行かれた?」
「はい」
「そのとき彼女はサンタクロースの格好のままだった?」
「はい」
「悩みやなにか抱えている様子はありませんでしたか? あなたになにかを伝えたいとか」
「いいえ、そんな様子……は、ええ、はい、そんな様子は特にはありませんでした」
「ふむ?」とここで柊木さん。すこし考え、「それからふたりは別れ、それぞれの家へと戻った――深夜、佐倉さんから電話があったというのはこの履歴?」
と森永さんにスマホの着信履歴を見せた。彼女は答えた。
「はい。そうです。そのとき私は眠っていて、履歴に気付いたのは今朝になってからだったんですが――」
「なんど折り返しても彼女は出なかった――たぶん直ぐに切ったのでしょうな」
とそれから柊木さんは、ふたたび少し考える格好になり、まるでひとり言でもするかのようにつぶやき始めた。
「SNSはほとんどやらない。載っているのは風景写真とそれへの短いコメントだけ。ネット自体あまり使わず、電子マネー等のデジタルな痕跡は皆無。スマホは電源が切られているか電波が届かない、あるいは遮断された場所にいる――が、切れた場所は特定出来る」
とそれから今度は、すこし黙って、ふたたび電子タバコに手を伸ばそうとしそれを止め、「森永さん?」と彼女の方に顔を向けた。
「はい?」彼女は応えた。
「あなたの方は?」
「わたし?」
「あなたの方は佐倉さんになにか言いたいこと、言い忘れたことはなかったんですか?」
この質問に森永さんは、しばし固まり、言葉の意味を理解しようと柊木さんの顔を見つめ返そうとして、不意に、一瞬だけ、「あっ」という表情を見せた。が、彼女がそれに気付き隠そうとするよりもはやく、
「なるほど」と柊木さんは続けた。「いいでしょう、森永さん。このご依頼お受けしますよ」となぜだか少しうれしそうに、「が、もちろん、私の仕事は探偵です。彼女の居場所を見つけはしますが、そこから先はあなたのお仕事だ。それだけは忘れないように」
「え?」森永さんは応えた。ちょっと戸惑っている様子だった。「あ、いえ、でも、わたし」
「いえいえ、ご安心下さい」柊木さんが微笑した。「せっかくのクリスマスです。こちら無償でお受けしましょう。大丈夫、すべて上手く行きますよ」
とそれから彼は立ち上がると、いそいそと外出の準備を始めたのだが――、
「おい! 陽介! 本当か!」とそこに、いつもの和登先生が扉を開けて駆け込んで来た。「あのカード! あのカードが本物だったって?!」
彼は大変興奮していて、外の寒さも相まってだろうか、頬が真っ赤になっていた。
「ああ、おい、和登さん」柊木さんがたしなめた。「いまは来客中だ。先ずは帽子を脱いでご挨拶を」
するとようやく彼はこちらに気付き、「あ、これは樫山先生」と、気まずい風に私と森永さんに挨拶をした。ついつい私は訊いた。
「なにかあったんですか? 和登先生」と、いつもの彼らしからぬ態度にかなり驚いたからである。彼は答えた。
「『青いカーバンクル』ですよ!」とひき続き興奮気味に。
「『青いカーバンクル』?」私は訊き返した。「なんですか? それは」
「SSTの『青いカーバンクル』! あの本物! いまなら数千万はするだろうあの激レアカードが! いま! この部屋に!」
*
『ストランド・ソーサラー・テイルズ(Strand Sorcerer Tales、略称:SST)』は、一九九七年に英国の言語学者/神話学者アンソニー・ホーランドによって考案されたトレーディングカードゲームであり、その魅力的な世界観と非常に高い競技性で世界中に数千万人ちかいプレイヤーやファンを獲得している。
ゲームの中でプレイヤーは、伝説的な魔導士「ストランド・ソーサラー」に近付くべく、自身の意思を体現する呪文、それらが詰まったデッキを駆使し、敵の魔導士と戦ったり、仲間となる人間や相棒となる生物に出会う。
ゲームの舞台は、現代の地球から始まり、遠い未来や遠い過去、誰も見たことがない銀河や時間の行きつく果て、あるいはいくつも重なる多元宇宙にまで及び、そこで巻き起こる重厚なSFやファンタジー展開もその大きな魅力となっている。
そうして、そんなゲームの中でも特に人気が高いのが、全身を光る毛皮で覆われた奇妙な生物「カーバンクル」であった。
*
「でもカーバンクルの額にあるのは赤いルビーとかですよね?」私は訊いた。たしか南米のフォークロアかなにかの本で読んだ記憶があった。「なのに『青いカーバンクル』?」
「そこなんですよ!」和登先生は叫んだ。「二〇一六年、ホーランド博士の七十才記念パーティーの際、ごく一部の関係者を対象に、カーバンクルの額の宝石を青いものに変えたカードが配られたんです!」と引き続き興奮気味に。正直ちょっとうざかったのだが、
「これは世界に十枚あるかないかの希少なカードで、美品であれば三千万、いや、場合によっては五千万の値が付いてもおかしくないのです!」と言うその金額に、彼の興奮の意味が分かるような気がした。が、しかし、
「すまないがね、和登さん」と柊木さんも言うとおり、「いま大変重要な依頼が入ったところなんだ。カードの持ち主あるいは犯人探しはその後にさせてもらうよ」我々がいま一番なすべきことは八千代ちゃんの行方を探すことである。「出来れば君も来てくれ、色々と手伝って貰うことがあるかも知れない」
*
「しかしそれは彼氏の家に行ったとかじゃないのかい?」とそれからまたしばらくがして和登先生は言った。「彼女だっていい年の女の子だろ? 男のひとりやふたり――」
「それはないと想うよ、和登さん」柊木さんは答えた。「彼女の性格からして恋人が出来たらすぐにみんなに紹介するだろうし、昨夜のクリスマスイブ、彼女は駅前のイルミネーションを森永さんと一緒に見に行っているんだ。男がいるならそいつと行くだろう」
私たちはいま、公園通りを駅の方へと向かっていた。まずは問題のイルミネーション――森永さんが最後に八千代ちゃんを見た場所から捜査を始めようと言うわけだ。
「もちろん、それと並行して、彼女が森永さんに電話を掛けたであろう場所、それからスマホの電波が切れた場所も探してもらっていますがね」と柊木さん。こちらをふり向き、「それが分かれば、彼女の現在地を知る手がかりになるかも知れない」
彼はいま、さきほどの休日着にジップアップの黒のパーカーを合わせ、その上には更にウール素材の紺のクロンビーコートを着用。そうしてまた、
「実は私も先日、腰をやりましてね」と、いつもはトレッキング用に使っているというカーボンタイプの杖を握っていた。「いやはや、年は取りたくないものですな」
この日は、南から暖かい空気が入って来た影響だろうか、前日の真冬の寒さに比べると、かなり過ごしやすい気温であった。和登先生が訊いた。
「なあ、おい、陽介、『探してもらって』ってまさか、またあのブレッキンリッジってハッカー集団に頼んだんじゃないだろうな?」と柊木さんの隣を歩きながら、「また『全裸で君が代斉唱』なんてことになっても俺は付き合わんぞ?」
こちらの寒がりは相変わらずなのだろう、厚手のオーバーをしっかり着込み首にはマフラー、手袋は――って、『全裸で君が代斉唱』?
「安心しろよ、和登さん」苦笑しながら柊木さんは答えた。「先月のワールドシリーズであそこのウィンディゲイトにしこたま貸しを作ってね、今日はそれを返してもらうだけさ」
「本当かい?」和登先生は言った。それでもすこし不安げに、「それならいいんだが――」
「もちろん本当さ」柊木さんも言った。捜査を開始し、頭のエンジンがいよいよ本格的に動き始めた様子だった。「スマホのあとは近隣の防犯カメラにハッキング、サンタ姿の佐倉さんがいないか探して貰う予定だが、そこまでやってもお釣りが来るくらいあいつに勝ったからね」
*
「ブックギフトプロジェクト?」とそれから更にしばらくがして私は訊いた。「その本の中にはさまれていたんですか?」
「らしいですね」和登先生は答えた。「見つけたのは陽介ですが、三日前、別の事件の調査で旧早稲田通りの古本屋に行ったところ、そこでその仕分けをしていて、そこに一冊だけ変な置かれ方をした絵本があったそうです。で、まあ、それがかなりボロボロで、そのままだと廃棄されてもおかしくないくらいだったそうですが、なぜだか気になり貰って帰って来たところ――まさか五千万のカードが入っていたとはね」
ここは、例のハッカー集団が突き止めてくれた、八千代ちゃんが最後に電話をしたであろう場所。
彼らの分析では彼女は、駅前のショッピングモールで森永さんと別れてから八号線を西へと向かい、家に戻ろうとしていたようだが、何故だかそこで公園の方へと折れ、石神井池のあたりにしばらく止まっていたあと、ふたたび移動、石神井川手前のここ、マンションなんかが立ち並ぶこのエリアで森永さんに電話、それから石神井川を渡り――、
「そこでスマホの電波は消えている」と、ここで周囲の様子を見ていた柊木さんが戻って来た。手帳に何やらメモを取り、「一応、これまでのルートにあった防犯カメラ・監視カメラの中から使えそうなものの位置をブレッキンリッジの方に送っておきました。まずはそれらをハッキング、佐倉さんの映像がないか確認して貰いますが――和登さん?」
「なんだい?」
「すまないが、君はこちらの男性と連絡を取ってもらえないかな?」と和登先生にスマホの画面を見せる柊木さん。「場合によっては彼の家まで行って貰ってもいい。場所は関町だ」
「それは構わないが」とスマホの画面をのぞき込む和登先生。「一体誰だい? この老人は」
そこには、白髪まじりのあごひげを生やした、頭の大きい、赤ら顔の男性の写真があった。
「彼の名前は鍛冶修平」柊木さんは答えた。「まだ誰にも、どこにも言っていないし、当人も否定するだろうが、いま僕のポケットにある『青いカーバンクル』、これを盗まれたご本人のはずだよ」
*
「いや、おどろいた。たしかに彼だったよ、陽介」席に戻るなり和登先生は言った。「どうやら専用の部屋にしまっていたらしく、最初は否定していたが、私の電話にまさかと想い確認したら、たしかになくなっていた、と」
ここは、石神井川を渡り少し行ったところのファミリーレストラン。ハッカー集団ブレッキンリッジからの防犯カメラのハッキングとその分析結果を待つあいだ、しばしの休憩、情報の確認をしているところである。すると、
「犯人の映像かなにかは?」と少々前のめりに訊く柊木さん。ここでいう『犯人』とはカードを盗んだ方のことだが、
「いや、それはないそうだ」と和登先生は答える。「一応防犯カメラも確認して貰ったが、問題の日の前後の映像にはなにもうつっていなかったと」
「ハッキング、あるいはスマホでフェイクの画像を流したとかだな――犯人にこころ当たりは?」
「それもないと言ってたよ」と苦笑まじりの和登先生。「そもそもコレクターであること自体隠しているし、私の電話にも最初はとぼけていたからね。『どうやって知った?』と訊かれたが――君はどうやって知ったんだい?」
「それは長くなるからまた今度話すよ」柊木さんは答えた。やはり少々あせっている感じがした。「するとそちらの手がかりはなし、か」
すると、そんな彼の様子に、私も和登先生も、そうしてもちろん森永さんも、妙な感じを抱いたのだが、
「しかし、一体どうしたんだい? 陽介」と私たちを代表して和登先生が訊いた。「いまは佐倉くんを探すのが最優先で、このカードの件は後日でよかったんじゃないのかい? いくらブレッキンリッジからの分析結果を待つ時間があると言っても――」
「鍛冶修平の家と古本屋、それに佐倉さんの消えたルート」柊木さんは言った。今度はあせっていると云うよりは、なにかを追いかけている、自身の直感に自身の推理をなんとか追い付かせようとしている感じで、「いや、まだ、はっきりと見えたわけではないんだが」とその戸惑いがこちらにも伝わって来るようだった。「これらの位置と時間、それらがなにか一直線に――」
ピロン。
とここで柊木さんのスマホが鳴って、彼の言葉を止めた。
ピロン。
ピロン。
ピロン。
とハッカー集団ブレッキンリッジからのメッセージだった。
「森永さん」柊木さんはそれを彼女に見せた。「ここに写っているのは、佐倉さんで間違いありませんね?」
それは、いくつかの防犯カメラが撮影した、昨夜の八千代ちゃんの映像だった。
「間違いなければ、彼女の横にいる男について、なにかこころ当たりは?」
(続く)




