戦術の理、そして闇の胎動
「いやはや、とんでもねえものを見せてもらったわ」
実技授業の終了後。演習場の裏手にある、赤レンガ造りの古い渡り廊下。
背中に愛銃『リー・エンフィールド』を背負ったギルバートが、壁に背を預けた状態で、歩いてくるクロウとレイラを待ち受けていた。その顔には、呆れと、それを上回る強烈な好奇心の笑みが浮かんでいる。
「魔術を素手で叩き壊すなんて、時計塔の偉い教授連中が見たら泡を吹いて倒れるぜ。お前、本当に『魔力ゼロ』なんだろうな?」
「あぁ。俺の身体には、お前たちが言う魔力なんて一滴も流れていないな」
クロウは銀の三つ編みを軽く指先で弄びながら、不敵に笑う。
「ただ、物の『流れ』が見えるだけだ。どんな強固な術式だろうが、力が集まる起点がある。そこを少し、外側から触れただけのことだ」
「ほう。落ちこぼれを自称する割には、良い眼を持ってるな。ギルのような合理的な戦術を好む奴は、嫌いではないな」
ギルバートは肩をすくめ、自嘲気味に笑った。
「時計塔のエリートどもは、魔力量の多さや血筋の古さばかりを有難がる。俺みたいに、弾丸に魔法陣をちまちま刻んで戦う『魔銃使い』のことは、泥臭い落ちこぼれだと見見下してやがるがね。だが――」
ギルバートの目が、一瞬だけ鋭い戦術家のそれへと変わる。
「実戦の戦場じゃ、詠唱の長さや無駄な様式美なんてものは命取りだ。お前の戦い方は、極限まで無駄が省かれていた。俺の目指す『効率的な戦闘』の究極系だよ」
「ほう。落ちこぼれを自称する割には、良い眼を持ってるじゃねえか。お前のような合理的な戦術を好む奴は、嫌いではないよ」
中身が九十歳の拳聖であるクロウにとって、ギルバートの「実戦至上主義」の思想は非常に肌に合った。魔術を絶対視するこの世界の人間の中で、この少年は異質なほど冷徹に『勝つための理合』を理解している。
『マスター、ギルバート・バレットとの精神的同調率の上昇を確認。共同戦線構築のメリットは大きいと判断します。――オーバー』
レイラが脳内念話でそう告げると、ギルバートは「お妹さんにもお墨付きをもらえたな」と嬉しそうに笑った。
だが、その時――。
ロンドンの冷たい昼下がりの空気が、一瞬にして重く澱んだ。
「……ッ!」
クロウの身体が、本能的に戦闘態勢へと移行する。
同時に、ギルバートも背中のリー・エンフィールドの銃身へと滑るように手を伸ばしていた。常人には感知できないレベルの、極めて微弱な、しかしおぞましい『殺気』と『澱んだ魔力』。
廊下の曲がり角。古いガス灯の影から、一人の制服を着た男子生徒が、うつむいたままふらふらと歩いてきた。
それは、先ほど広場でクロウに指の関節を極められ、エレノアの背後に控えていた取り巻きの一人だった。
「ひ、ひひ……ヴァレンタイン様の、足手まといに……なってしまった……」
男子生徒のブツブツという呟き。その声は異様に枯れており、どこか正気を感じさせない。
クロウの灰色の瞳が、男子生徒の肌を凝視する。彼の首筋から顔にかけて、どす黒い蛇のような『呪紋』が、生き物のように蠢きながら広がっていた。
「おい、あいつの魔力、異常だぞ……!? 一年生の出力じゃない!」
ギルバートが鋭く叫ぶと同時に、男子生徒がガチガチと歯を鳴らしながら顔を跳ね上げた。その目は白目を剥き、口からは黒い体液が滴っている。
「ネズミどもめ……! ヴァレンタイン家の、時計塔の誇りを汚した罪……その命で購えぇぇ!」
男子生徒が咆哮する。その背後から、噴出する黒い霧が巨大な大蛇の形を形成していく。それは特務学園の生徒が扱うような、洗練された表の魔術では断じてない。
(この禍々しい気配……。あの地下室で、俺たちを弄びやがった連中と同じ匂いだ)
クロウの胸の奥で、拳聖の魂が歓喜に狂い立つ。表向きはどこまでも冷徹に、しかしその唇には凶悪なまでの好戦的な笑みを深く刻んだ。
「ウロボロス……。さっそくお出ましというわけか」
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