錆びた魔銃と、最初の授業
「――おいおい、編入初日から派手にやってくれるねえ」
へたり込んだ男子生徒を面白そうに見下ろしながら、金髪・短髪の少年――ギルバート・バレットが、背中の無骨な魔銃をガタつかせて割り込んできた。
エリート揃いの学園にあって、彼の制服は少し着崩されており、その佇まいには独特の気怠さが漂っている。
だが、その背に背負う得物は異質だった。英国の栄光の歴史を象徴する、かつての傑作軍用小銃――『リー・エンフィールド』。その美しい木製銃床と頑強なボルトアクション機構をベースに、魔導回路を複雑に組み込んだ独自の改良魔銃だ。
「なっ……ギルバート! 落ちこぼれの『魔銃使い』が、何の用ですか!」
エレノアが、屈辱に赤くなった顔のままギルバートを鋭く睨みつける。
ギルバートは「怖い怖い」とおどけるように両手を挙げ、クロウへと視線を向けた。
「用があるのはこっちの銀髪の彼さ。……いや、驚いたね。今の一連の動き、俺の目でも捉えきれなかった。魔力ゼロの実験体って噂だからどんな奴かと思えば、中身はとんでもない『バケモノ』じゃないか」
「……ほう。お前には、今の動きが見えていたのか」
クロウは灰色の瞳を細め、ギルバートの体躯、そして背負った銃へと視線を走らせる。
周囲の生徒たちはクロウの技を「奇妙な手品」程度にしか認識していなかったが、この少年だけは『本質』を嗅ぎ取っていた。
(あの銃……ただの古美術品じゃねえな)
クロウがリー・エンフィールドに目を留めた瞬間、彼の脳に刻まれた『ホムンクルスの膨大な魔導知識』が、勝手にその構造を解析し、頭の中にシステムデータとして浮き上がらせてきた。
(弾丸の一発一発に精緻な魔法陣を刻み、あらかじめ魔力を込めて弾頭に術式を封じ込めてある。着弾と同時に魔法を発動させる算段か。実に見事な工夫だ)
前世の日本には存在しなかった魔術を組み合わせた技術。だが、脳にインプットされた最高水準の知識が、ギルバートの魔銃に込められた「理合」を瞬時に肯定していた。時計塔のエリートどもは「詠唱もできない泥臭い戦い方」と見下すのだろうが、実戦においてこれほど合理的で恐ろしい兵器はない。
「あぁ。ほんの少し、空気が歪んだと思ったら、もう関節を極めてただろ? ――俺の名はギルバート。ギルって呼んでくれ。よろしくな」
ギルバートが気さくに差し出してきた手を、クロウはニヤリと笑って握り返した。
「クロウだ。よろしく、ギル」
『マスター、接触個体『ギルバート・バレット』からの敵意、および害意の不検出を確認。有効的な関係構築を推奨します。――オーバー』
レイラから脳内に送られてきた念話に小さく頷く。そんな二人に対し、ギルバートは「おっと、可愛いお妹さんもよろしくな」とウィンクをしてみせる。
「ふ、ふん! 落ちこぼれ同士、さっそく傷の舐め合いですか! くだらない!」
完全に無視された形になったエレノアが、地面に落ちたタクトの杖を拾い上げ、指を押さえた取り巻きの男子を引き連れ、激しくヒールを鳴らして去っていく。
だが、その去り際、彼女はもう一度だけクロウを振り返り、執念深い青い瞳で言い放った。
「次の時限は、さっそく一連の『実技演習』です。……私のヴァレンタインの名に懸けて、全校生徒の前であなたの無力を証明して差し上げますわ!」
その言葉を見送るクロウの口角は、やはり不敵に上がったままだった。
◇◇◇◇◇
第一演習場。
そこは、周囲を強力な結界(防壁)で囲まれた、コロシアムのような巨大な全天候型の訓練場だった。
中央の石舞台を囲むように、高等部一年の生徒たちが居並んでいる。
「これより、第一回対人魔術模擬戦を行う」
教官の重々しい声が響く。
対魔特務学園ロンドン校の実技授業は苛烈だ。座学よりも実戦。相手の魔術を見極め、いかに無力化するかを叩き込む。
「最初の組は……編入生、クロウ・ラングリー。対するは、エレノア・ヴァレンタイン」
その名が呼ばれた瞬間、演習場がワッと湧き立った。
生徒たちの視線には、「名門の天才令嬢が、魔力を持たない哀れな編入生を容赦なく叩き潰すところが見られる」という、残酷な期待が混じっている。
「おいおい、最初からエレノア様かよ。あの無魔のガキ、派手に消し飛ばされなきゃいいがな」
「一応、MI6の推薦だろ? 少しは粘るんじゃないか?」
「ハッ、魔術の世界じゃ魔力がない奴はただの『的』だよ。ギル、お前と同類さ」
観客席の端で、ギルバートは愛銃リー・エンフィールドのボルトを軽快に引き、薬室を点検しながらそんな陰口を鼻で笑い飛ばした。そして、隣のレイラに話しかける。
「なぁ、レイラちゃん。お兄さん、あんなこと言われてるけど大丈夫なのか? エレノアの『緋炎魔術』は、一年生の中じゃ間違いなくトップクラスだぜ」
「……個体名『エレノア・ヴァレンタイン』の勝率、算出不能。我がマスター『クロウ』が敗北する確率は、理論上ゼロパーセント。――心配は不要。オーバー」
レイラは表情一つ変えず、ただ静かに石舞台を見つめていた。
舞台の中央。
樫の木の杖を構え、美しい緋色の髪を揺らすエレノアが、対峙するクロウを睨みつける。
対するクロウは、武器も杖も持たず、ただ銀の三つ編みを背で揺らしながら、両手を制服のポケットに突っ込んだまま、のんびりと佇んでいた。
「武器も持たないのですか? 舐められたものですわね」
「いや、これが俺の『得物』だ」
クロウはポケットから両手を抜き、ゆっくりと、しかし一切の隙のない構えへと移行する。九十年の武の深淵が、その十六歳の肉体に滑らかに宿る。
「どこからでも来い、お嬢ちゃん。お前の自慢の魔術とやらを見せてもらおうか」
「――後悔しなさい!」
エレノアが杖を突き出した。その瞬間、彼女を中心に、暴風のような圧倒的な熱量が膨れ上がる。由緒正しき時計塔の名門、その神髄たる『緋色の炎』が、術式として具現化しようとしていた。
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