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鉄の門、歪なる双子

ロンドン郊外。鬱蒼とした古木の並木道を抜けた先に、その『学び舎』は聳え立っていた。

天を衝くようなゴシック様式の黒石造りの校舎。それを囲む頑強な鉄格子の正門には、大英帝国の国章と、魔術式を模した複雑な紋章が刻まれている。


『アンチマジック対策機関』――通称、対魔特務学園ロンドン校。


「……ここが、俺たちの新しい戦場か」


黒い指定制服――金色の刺繍が施された、機能美溢れる軍服仕立てのブレザーに身を包んだクロウは、特徴的な銀髪を背中で一本の緩い三つ編みに結い、静かに鉄の門を見上げた。

そのすぐ斜め後ろには、同じくタイトな制服のスカートに身を包んだレイラが、寸分の狂いもない足取りで影のように寄り添っている。


『マスター、門の内部、多数の防衛魔術術式を確認。および、高濃度の魔力保有者――生徒と思しき個体を多数感知。――オーバー』

「あぁ、肌がチクチクするな。まるで魑魅魍魎の真っ只中に放り込まれた気分だ」


クロウは内心で愉悦に唇を歪める。中身が九十歳の拳聖である彼にとって、門をくぐった瞬間に突き刺さる無数の「視線」は、心地よい闘気の刺激でしかなかった。


登校する生徒たちの多くは、英国の由緒正しい魔術家系の令息や令嬢。あるいは、国家に発掘された異能の申し子たちだ。彼らは、時計塔のローブではなく制服を着て、特例で編入してきたという『銀髪の双子』を、隠しようともしない侮蔑と好奇の目で凝視していた。


「おい、あいつらだろ? 例の『魔力無し(ゼロ)』の編入生って」

「闇の秘密結社『ウロボロス』の実験施設から保護された孤児らしいわよ。同情でこんな神聖な学校に入れるなんて、上層部は何を考えているのかしら」

「魔力回路が一本も開通していない木偶の坊が、対魔術師の戦闘訓練についてこられるわけがないだろうに」


ひそひそと囁かれる、棘のある言葉。

しかし、クロウは意に介さず、悠然とした足取りで中央広場を進む。レイラに至ってはバイタル一つ乱れていない。


だが、その歩みが、正面から歩いてくる一団によって遮られた。


「――お待ちなさい。そこな、不届きな編入生たち」


凛とした、しかしどこか傲慢な響きを持つ、鈴を転がすような声。

立ち塞がったのは、燃えるような緋色の髪を緩いウェーブのロングヘアに仕上げた、ひときわ華やかな美少女だった。仕立ての良い制服の上から、白銀の細工が施された高級なマントを羽織っている。

その背後には、彼女を信奉する数人のエリート生徒たちが、腕を組んで控えていた。


「あなたがたね? ろくな魔術の素養も持たず、MI6の温情だけでこの高等部にねじ込まれたという『ドブネズミ』は」


少女は長い睫毛に縁取られた青い瞳で、クロウとレイラを値踏みするように見下した。その手に握られた、美しい細工の施された樫の木の杖から、ピリピリとした高密度の魔力が編み上げられていくのが、クロウの『気』の感知に引っかかる。


「私の名はエレノア・ヴァレンタイン。魔術界の最高権威である『時計塔』に籍を置く、由緒正しきヴァレンタイン家の次期当主です。この学校は、大英帝国の盾となる誇り高き異能者が集う場所。魔力すら持たない哀れな実験の『残りカス』が、私たちの横に並ぶなど不愉快極まりありませんわ」


エレノアはツンと顎を突き出し、クロウに向けて杖の先を向けた。


「身の程を知りなさい。最初の実技授業……そこで、あなたがたに『本物の魔術』というものを、徹底的に分からせて差し上げます。泣いて国へ――いえ、孤児院へ逃げ帰りたくなければ、今のうちに辞退することね」


周囲の生徒たちが、クスクスと冷笑を漏らす。完璧な、名門貴族による編入生イビり。


しかし。

クロウは怒るどころか、その灰色の瞳を歓喜に細め、冷徹な愉悦をその胸の奥底に灯した。


(ヴァレンタイン……。良い闘気、良い魔力だ。これほど若くして、これほど淀みのないエネルギーを練れるとはな。前世(日本)には、これほど剥き出しの力を向けてくる小娘はいなかった)


拳聖の魂が、久方の実戦の気配に歓喜で震えていた。表向きは、冷徹で静かな佇まいを崩さないまま。


「ほう。ヴァレンタイン嬢、と言ったか。……いいだろう、その言葉、そっくりそのまま覚えておいておこう」


クロウは一歩踏み込み、エレノアの顔のすぐ近くまで顔を寄せた。中身が九十歳の風格が、十六歳の少年の肉体からオーラとなって滲み出る。緩く編まれた銀の三つ編みが、肩口でさらりと揺れた。


「実技の授業が楽しみだな。お前たちが誇るその『魔術』とやらが、俺の拳にどこまで耐えられるか……たっぷりと試させてもらうとするよ」


「なっ……!?」


クロウの圧倒的な威圧感(眼力)に気圧され、エレノアは思わず一歩、後ろへよろめいた。頬が屈辱と動揺で朱に染まる。


その時、エレノアの背後に控えていた大柄な男子生徒が、色をなして前に進み出た。


「貴様、エレノア様に何て無礼を……! ただの無魔の分際で調子に乗るな!」


激昂した男子生徒は、懐から指揮棒のような短い杖を抜き放ち、クロウの胸元に向けた。杖の先端に禍々しい紫の光が灯り、攻撃魔法の術式が急速に展開されようとした、その刹那――。


「あ」


周囲で見ていた生徒の誰一人として、彼の動きを視認できなかった。

文字通り『かき消える』ように間合いを詰めたクロウは、次の瞬間には男子生徒の懐へと潜り込んでいた。


「が、は……っ!?」


男子生徒が反応すらできない速度で、クロウの手が男子生徒の右手の指を掴む。

古武術の理合に基づいた無駄のない指の引っ掛け。ほんのわずかな力点への圧迫だけで、男子生徒の指の関節が完璧に極められた。


ピシ、と肉と骨が悲鳴を上げる嫌な音が響く。

凄まじい激痛が走り、男子生徒は呪文を唱えるどころか声も出せず、指の力を強制的に奪われて指揮棒の杖を地面へとポロリと落とした。


「なっ……いつの間に!?」

「何が起きたの!?」


静まり返る広場。エレノアをはじめ、周囲の生徒たちは何が起きたのか理解できず、ただ目を見開いて硬直している。


クロウは関節を極めたまま、脂汗を流して顔を歪める男子生徒の耳元へ、周囲にしか聞こえないほどの低い声を届けた。


「……特定の場所以外での魔法の使用は禁止のはずだぞ? 規則は守れよ、お坊ちゃん」


冷徹極まりない、本物の『強者』の声音。

九十年の生涯で無数の生死をくぐり抜けてきた拳聖の凄みに当てられ、男子生徒は恐怖で完全に蛇に睨まれた蛙のようになっていた。


クロウがふっと力を抜いて手を離すと、男子生徒は情けなくその場にへたり込んだ。


『マスター、右斜め後方より、別の個体が出現。敵意判定、なし。――オーバー』


レイラの脳内念話と同時に、クロウたちの横から「やれやれ」と肩をすくめた影が割り込んできた。背中に大きな魔銃を背負った、少し気怠げな雰囲気の金髪・短髪の少年――ギルバート・バレットだった。

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