泳ぐ小蛇と、四校魔術対抗戦
モントゴメリーによる精神魔術の余波がまだ僅かに残る、深夜の旧校舎裏。
連絡を受けて駆けつけたMI6の防衛担当・スミスは、足元に転がされた大柄なオーガの首と、白目を剥いて気絶している生徒会長ハリー・モントゴメリーの姿を見て、深々とため息をついた。
「……まさか、現役の生徒会長を半日も経たずに物理的に叩き伏せるとはな。お前のその『未知の体術』とやらは、どこまでデタラメなんだ」
「俺はただ、降りかかってきた火の粉を払っただけですよ」
クロウは涼しい顔で肩をすくめ、手にしたアタッシュケースをスミスへと放り投げた。
「中身はマンドラゴラの現物数個と、横流しを記録した裏帳簿のデータです。これで、生徒会長殿の悪事も年貢の納め時でしょう」
「上出来すぎるほどの成果だ。これで時計塔の介入を気にせず、ハリーを極秘裏に尋問できる。……明日から彼は、不幸な『事故』に遭って長期入院という処理にしておこう」
スミスはケースをしっかりと抱え込み、満足げに頷いた。
「ああ、それとスミスさん」
クロウは茂みの方へ親指を向け、やれやれといった様子で口を開く。
「あそこに、生徒会長の放った精神攻撃の巻き添えを食らって、彫像みたいに固まっている間抜けなスパイが一人転がっています。ウロボロスの息がかかった、編入生のルシアンって男ですが……どうします?」
「……ほう。あの編入生がスパイだったか」
スミスは眼鏡の奥の目を鋭く光らせ、少しの思案の後、低く笑った。
「奴はあえて『泳がせる』としよう。MI6の監視網を総動員して、彼が接触する人物や逃走経路を徹底的に洗う。そうすれば、いずれロンドンに潜むウロボロスのアジトへ案内してくれるはずだ」
「なるほど、賢明ですね。ですが……」
クロウはスミスに一歩近づき、灰色目に獰猛な武術家の光を宿らせた。
「そのアジトの場所を突き止めて突撃をかける際は、必ず俺たちを同行させてください。……まさか、美味しいところだけMI6で独占するつもりはないでしょう?」
老練なる拳聖が放つ、静かだが絶対的な威圧感。スミスは一瞬息を呑み、やがて苦笑して頷いた。
「分かっている。お前たちという最強の特級戦力を遊ばせておくほど、MI6も愚かじゃない。その時が来たら、真っ先に声をかけよう」
数日後。
生徒会長ハリー・モントゴメリーが「階段から転落する大事故」で長期入院となったというニュースは、またたく間に対魔特務学園中等部・高等部を駆け巡った。だが、その裏の真実を知るクロウは、教室の窓際で一人、退屈そうに頬杖をついていた。
(やれやれ……。アジトが割れるまでの間は、大人しく学業に専念しなきゃならんのか)
せっかく『気』を使った実戦の勘が戻ってきたというのに、また平和な学生生活のロールプレイに戻るのは、戦闘狂の魂を持つクロウにとって気が滅入る話だった。
そんなクロウの憂鬱をよそに、ホームルームのチャイムが鳴り、恰幅の良い実技担当の教師が教壇に立った。
「皆、席につけ! 今日は重大な発表がある」
教師のよく通る声に、生徒たちの私語がピタリと止む。
「来月、例年同様、我がイギリスが誇る四つの対魔特務学園――イングランドの『ロンドン校』、スコットランドの『エディンバラ校』、ウェールズの『カーディフ校』、北アイルランドの『ベルファスト校』による、合同の【魔術対抗戦】が開催されることになった!」
その言葉に、教室がドッと沸いた。
対魔特務学園はロンドンだけでなく、イギリスを構成する四つの国それぞれに存在し、互いに切磋琢磨している。その頂点を決める一大イベントだ。
「対抗戦は学年ごとにチームを組んで行われる。そこで、まずは我がロンドン校の『一年生選抜メンバー・五名』を、来週の校内選抜試合で決定する! 己の魔術の腕に自信のある者は、奮って参加するように!」
興奮に包まれる教室の中で、クロウの口角が、ゆっくりと、しかし確実に吊り上がった。
(……ほう。他校のエリート魔術師たちと、堂々と合法的にやり合える舞台か)
鬱屈としていたクロウの胸の奥で、再び黒い喜悦の炎が燃え上がる。
ロンドン校だけでもヴァレンタイン家やハートレイ家といった名門がひしめいているのだ。他の三校にも、どれほど骨のある『死合い』の相手が眠っているか分からない。
「……いいねえ。他の高校の魔術師様たちがどれほどのものか、じっくり見せてもらおうじゃねえか」
クロウが窓の外を見つめながら薄ら笑いを浮かべていると、隣の席で直立不動の姿勢を保っていたレイラが、淡々とした声で言い放った。
「マスター。私も選抜戦に参加し、対ウロボロスの予備軍となる生徒たちがどれほどの戦力になり得るか、正確に見定めます、オーバー」
「頼もしいね、相棒。……さあて、退屈しのぎには最高のイベントになりそうだ」
水面下で進むMI6とウロボロスの暗闘。そして表舞台で幕を開けようとしている四校対抗戦。
魔力ゼロの老練な拳聖は、次なる獲物たちとの邂逅を待ちわびて、静かに牙を研ぎ始めていた。
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