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達人の交渉と密なる大義

深夜の学園裏手、普段は人通りのない旧校舎の一室。

月明かりだけが差し込む薄暗い教室内で、クロウは窓辺に腰掛け、緩く結んだ銀髪の三つ編みを弄んでいた。その傍らには、無表情な魔導人形のレイラが静かに控えている。


やがて、重い鉄の扉が静かに開き、トレンチコートを纏った男が姿を現した。MI6の防衛担当、スミスだ。


「夜分遅くにすまないな、クロウ。……レイラも」

「別に構いませんよ、スミスさん。それで、わざわざ直接出向いてくるからには、例の『煙幕』の件で大きな進展があったわけですね」


クロウは灰色目をスミスへと向け、静かに微笑んだ。その落ち着き払った態度は、とても十六歳の学生のそれではない。あらゆる修羅場をくぐり抜けてきた達人ならではの、底知れないオーラが漂っていた。


「察しがいいな。結論から言おう。襲撃に使われた禁忌の植物『マンドラゴラ』の流出元が判明した。時計塔・五大魔術家の一つ、モントゴメリー家だ」


スミスは声を潜め、懐から取り出した極秘の暗号化端末を起動する。空中に浮かび上がったのは、一人の端正な顔立ちをした男のプロフィールだ。


「現在の生徒会長――高等部三年、ハリー・モントゴメリー。彼が実家からマンドラゴラを横流しし、ウロボロスへ提供していた可能性が極めて高い」

「ほう。現役の生徒会長が, ウロボロスの内通者ですか。それはまた、ずいぶんと面白いトカゲが潜んでいたものですね」

「笑い事じゃない。相手は時計塔の頂点に君臨する大名門の嫡男だ。MI6が公式に動けば、魔術協会との全面的な政治闘争に発展しかねん。証拠が不十分な段階で家宅捜索などすれば、逆にこちらが潰される」


スミスは苦々しく顔を歪め、クロウを真っ直ぐに見据えた。


「だからこそ、お前に頼みたい。お前とレイラは先日、実地戦闘への介入権を得た。学園の内部に席を置き、かつ『一般の生徒』という完璧なカモフラージュを持つお前たちなら、ハリーの身辺を探っても時計塔を刺激せずに済む。学園内でのハリーの内偵、およびウロボロスと繋がっている決定的証拠の確保を、極秘裏に請け負ってほしい」


スミスの言葉を聞き、クロウは窓枠から静かに床へと降り立った。


「なるほど、大義名分は分かりました。ですがスミスさん。俺たちはMI6の忠実な猟犬になったつもりはありませんよ。表立って動けない国に代わって、五大魔術家の嫡男を相手に立ち回る。……相応の『見返り』がなければ、首を縦に振る理由は薄い」


クールな交渉。その灰色目の奥にある老練な光に、敏腕エージェントであるスミスさえも、一瞬気圧されたように息を呑む。


「……条件を聞こう」

「今回の件、俺の身体に染みついている『未知の体術』を実戦で試すには、格好の実験台になりそうだ。ですので、実戦の許可は当然として……。報酬として、先日の『ステルス・ストライダー』に搭載できる、最新型の魔力迷彩の追加カスタムパーツを要求します」


クロウはスミスに対し、己の出自も技の正体も「記憶喪失のため分からない」と通してある。あくまで、いつの間にか仕込まれていた謎の体術、というテイを崩さずに言葉を続けた。


「それと、バイク単体だけ隠せても意味がない。俺とレイラの二人分のライダースーツ、それにヘルメットも、同じ魔力迷彩の特注仕様で揃えてください。完全な光学迷彩として機能しなければ、実用に耐えませんので」

「……そこまで見越しているか。いいだろう。手配する」

「助かります。それともう一つ――」


クロウは一度言葉を切り、どこか遠くを見るような目を向けた。


「今後、俺がイギリス国内で、ある『私的な施設』を建設する際、国からのあらゆる監査や土地の取得手続きを完全免除し、特権的に保護する書類を用意してください」


それは、彼がいつかこの世界に、前世の「道場」を再興するための布石だった。


スミスはしばらく沈黙し、クロウの提示した条件の重さを天秤にかけた。だが、ウロボロスの内通者を放置するリスクに比べれば、安いものだ。


「……いいだろう。ハリーが黒であるという『確実な証拠』を掴み、確保、あるいは排除した段階で、その条件はすべて履行すると約束する」

「交渉成立ですね」


クロウは満足げに薄く笑みを浮かべた。

その横で、これまで沈黙を守っていたレイラが、人間離れした滑らかな動きで音もなく一歩前に出る。


「マスター。私の演算によれば、現在の生徒会長ハリー・モントゴメリーの行動パターンから、彼が生徒会室、あるいは個人所有の隠し工房にて、定期的に外部と暗号通信を行っている確率が八十七パーセントです、オーバー」

「よし、レイラ。さっそく明日から、その生徒会長殿の動向を拝むとしようか」


(俺の『裏天神真楊流』の実戦の実験台にしてやろう――と言ったばかりだが、まさかその手先が、同じ校舎の最上階にふんぞり返っているとはね。退屈な学園生活が、思った以上に早く賑やかになりそうだ)


クロウは内心で老練な笑みを深くしながら、深夜の旧校舎を後にした。

学園の闇に潜む巨悪を、達人の炯眼が、静かに捕らえようとしていた。


本日もお読みいただきありがとうございます!

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