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懐疑の視線と黒い出処

訓練場での敗北から数時間が経過しても、ルシアン・エインズワースの胸の奥で燻る屈辱は消え去っていなかった。

無害な凡人だと切り捨てた一般の編入生に、魔法を放つ暇さえ与えられず「素手」で完封されたのだ。エリートスパイとしての自尊心は、文字通り粉々に粉砕されていた。


(――落ち着け。あのラングリーとかいう男への私情で、組織の任務を怠るなどあってはならないことだ)


ルシアンは洗面所の鏡の前で冷水を顔に注ぎ、無理やり冷徹なスパイの顔を取り戻す。

あのクロウ・ラングリーという男は一体何者なのか。単なる偶然や幸運であの領域に達せるはずがない。ルシアンは即座に、クロウの存在を調査対象に含めて学園内での情報収集を開始した。


そうして集まってきた情報は、ルシアンの想定を遥かに超えるものだった。


(……単なる一般の編入生だと? そんなはずがあるか。あいつは自分だけでなく、五大魔術家であるヴァレンタイン家の女子生徒や、その周囲の取り巻きさえ簡単にあしらえるほどの体術の持ち主だというじゃないか)


クロウが周囲に見せている突出した近接戦闘の技術。ルシアンは彼に対する見方をご破算にし、根本から変えることにした。


(ただの素人ではない。おそらく、徹底的な『対魔術師』の近接格闘訓練を受けた者だ)


一方で、肝心の「先日の襲撃事件」の具体的なディテールについては、いくら生徒たちに探りを入れても一向に全容が見えてこなかった。学園側、あるいはMI6によって徹底的な緘口令が敷かれているのは間違いなかった。


だが、ルシアンとてウロボロスのエリートだ。正攻法が通じないとなれば、手段を選ぶつもりはない。


(少々リスクはあるが……背に腹は代えられないな)


放課後の静まり返った廊下。ルシアンは一人になった一般クラスの女生徒の前に音もなく立ち塞がると、その碧眼に怪しい魔力を宿らせた。


「ちょっといいかな。先日の襲撃のとき、君は何を見たのか……詳しく教えてほしい」


それは精神を一時的に掌握する『催眠の魔術』。

完全に虚ろな瞳になった女生徒の口から、抑揚のない声でぽつりぽつりと当時の状況が語られていく。記憶のプロテクトを掻い潜り、ルシアンが聞き出すことに成功した断片的な情報は、驚くべきものだった。


「……あのとき……中等部を助けにいったのは……クロウ・ラングリー……。あの兄妹が……関係している、と……」


術を解き、女生徒を何事もなかったかのように立ち去らせた後、ルシアンは顎に手を当てて深く思考を巡らせた。


(クロウ達兄妹が関係している、だと? ……繋がったぞ。やはりあいつは、ただの生徒じゃない。対魔術師の特殊訓練を受け、学園に配置された『MI6直属の隠し球』の可能性が極めて高い)


ならば、まずはあのクロウを徹底的に観察し、その背後にあるMI6の動向と戦力を炙り出すのが最優先だ。ルシアンは冷酷な視線を、まだ見ぬクロウの背中へと定めるのだった。


同じ頃、MI6のロンドン本部地下分析室。

スミスは、ホログラムディスプレイに映し出されたイギリス全土の魔術植物流通ルートのログを、鋭い目で見つめていた。


「――防衛担当のスミスだ。マンドラゴラの件、特定できたか?」


通信の向こうで、内偵を進めていた潜入エージェントの声が響く。


『はい。魔力無効化の煙幕に使われていたマンドラゴラですが、五大魔術家の管理する栽培地のうち、ここ数ヶ月で不自然な"在庫の目減り"と"横流しの形跡"がある家系を絞り込みました』


ディスプレイに表示されていた5つの名門の家紋が次々と消え、最後に一つの家紋だけが大きくクローズアップされる。


『――時計塔・五大魔術家の一つ、モントゴメリー家です』

「モントゴメリーだと……」


スミスは眼鏡の奥の目を険しく細めた。

モントゴメリー家。それは伝統ある大名門であると同時に――


「奇しくも、現在の対魔特務学園ロンドン校・高等部3年、生徒会長を務める『ハリー・モントゴメリー』の実家か」


ウロボロスに禁忌の素材を提供した内通者の影が、学園の最高権力者である生徒会長の周囲へと、急速に繋がり始めていた。


本日もお読みいただきありがとうございます!

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