鋼の駿馬と、特例の切符
ウロボロスの襲撃から数日後。
対魔特務学園ロンドン校の最上階にある校長室にて、クロウとレイラは、上部組織である『MI6(イギリス秘密情報部)』からの公式な査定報告を受けていた。
「――以上が、MI6へ提出した今回の事変に関する最終報告書だ。本来であれば一介の編入生に過ぎない君たちの実力は秘匿されるべきだが……今回発揮された対魔術戦闘の技量は、MI6の上層部をも驚愕させた」
校長はデスクの上に、重厚な黒い封筒を二つ置いた。
「今回の事件を内密に、かつ迅速に解決した功績への『特別報酬』だ。一つは今後の学園生活に不自由のない額の金銭。そしてもう一つは、クロウ、君が強く懇願していた……これだ」
差し出されたのは、英国の名門バイクメーカーが特務要員向けに限定開発した、最新鋭の高性能電動バイク『ステルス・ストライダー』の鍵だった。
流線型の漆黒のボディに、静音性と圧倒的なトルクを兼ね備えた、まさに男のロマンを詰め込んだ一台である。
「……ありがとうございます」
鍵を受け取ったクロウは、表向きは淡々と、クールに一礼する。
(だが、その内心は大興奮していた。「おお、これだよこれ! 中身が90歳とはいえ、前世の若い頃には黎明期のバイクを乗り回していたんだ。男という生き物は、何歳になろうとも、肉体を乗り換えようとも、魅力的な鉄の馬を前にすると童心に帰ってしまうな」)
「ラングリー、免許はどうするんだ? 特例で出すわけにはいかないぞ」
呆れたように笑う校長に、クロウは鍵をポケットに収め、静かに言い放った。
「問題ありません。明日には取ってきます」
その言葉通り、クロウの行動は迅速だった。
前世の若かりし頃に身体に叩き込んだライディングの絶妙なバランス感覚。そこに、ホムンクルスの肉体が持つ精密な運動神経と、脳内にインプットされているイギリスの完璧な交通知識が融合する。
教習所にのんびり通うなどという選択肢は端からなかった。翌日、クロウは運転免許センターへ直接赴き、試験官たちが目を見張るほどの完璧なスラロームと一本橋を披露。筆記試験も満点で一発合格し、バイクが寮に届く前に公道走行のライセンスをもぎ取ってみせたのだ。
そして数日後。学園の駐輪場に、納品されたばかりの『ステルス・ストライダー』が鎮座していた。
「よし。これで足ができたな」
ピカピカの車体をクールに見つめて頷くクロウの後ろで、無表情なレイラが淡々と告げる。
「マスター。当機を後部座席に搭乗させるためのスペース、および出力計算は完了しています。いつでもツーリングの随行が可能です。オーバー」
「ああ、約束通り、最初の特等席はお前のだ、レイラ。霧の出ない晴れた日に、スコットランドのハイランドまで飛ばそう」
「了解。マスターとのツーリングを最優先タスクに登録します」
感情のないはずの人形だが、レイラの瞳がほんの少しだけ満足そうに揺れる。
と、その時。
「ちょっと! クロウ君! 私を置いて二人だけで遠出する気!?」
膨れっ面で足早に歩み寄ってきたのは、回復魔術師のアイリス・ハートレイだった。彼女はクロウの前に立つと、腰に手を当てて抗議する。
「私、あの襲撃のとき、一生懸命みんなの治療を頑張ったんだからね? ご褒美として、私ともツーリングに行くって約束しなさい!」
「……わかった。アイリスの分もヘルメットを用意しておく」
「よし! 約束だからね!」
少し困ったように眉を下げつつも、約束を交わすクロウ。そんな彼らの様子を、少し離れた柱の陰からじっと睨む視線があった。
今回の事件でクロウに命を救われた、名門の令嬢エレノア・ヴァレンタインである。
彼女はツカツカとクロウの前に歩み出ると、そっぽを向いたまま、ツンと尖った声で言った。
「……一応、お礼を言っておくわ。この前のこと、ヴァレンタイン家の誇りにかけて、あなたに貸しを作ったままにはしないから。……それだけよ!」
用件だけを早口に告げ、フンと足早に去っていくエレノア。
だが、その去り際、彼女の視線が『ステルス・ストライダー』の後部座席を、なんとも羨ましそうに、恨めしそうにチラチラと見ていたのを、クロウの達人としての眼は見逃さなかった。
(やれやれ、お嬢様方も元気なこった。可愛げのない態度だが、そこがまた孫娘みたいで微笑ましいねえ)
中身90歳のクロウは、内心で実に穏やかな笑みを浮かべるのだった。
だが、この平穏な空気の裏で、彼らを取り巻く環境は確実に「実戦」へとシフトしていた。
◇◇◇◇◇
夕方、再び校長室に呼び出されたクロウとレイラに、校長は一通の特命書を提示した。
「クロウ、レイラ。MI6は君たちの対魔術戦闘の実力を最高ランクと評価した。伴って、上層部から特例が下りた。――今後、君たち二人には、一年生でありながら『実地戦闘任務』への同行、および即時介入の権限が与えられる」
それは、学生という庇護の枠を超え、現代の闇に潜む魔術犯罪者や、ウロボロスの脅威と直接刃を交える「特務要員」として認められたことを意味していた。
「了解しました。いつでも動けます」
クロウは表情を変えず、静かに、しかし力強く頷く。
(ふむ、実地戦闘への介入権か。望むところだ。退屈な座学ばかりじゃ、せっかくの最高峰の肉体が鈍っちまうからな。今度はどんな敵が俺の拳の実験台になってくれるか、楽しみだ)
鉄の馬を手に入れ、実戦への切符をも手に入れた拳聖。
その対魔特務学園の門を、明日、ウロボロスの誇るエリートスパイ『ルシアン・エインズワース』が叩こうとしている。
獲物を狙って潜入してくる哀れな毒蛇を、進化した環境で待ち受けるクロウたちがどう迎撃するのか。新章の幕は、静かに上がりつつあった。
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