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潜入の毒蛇と、老練の炯眼

特別報酬の電動バイク『ステルス・ストライダー』が納品され、クロウ達に実地戦闘への介入権が与えられたその翌日。

学園にウロボロスのエリートスパイ、ルシアン・エインズワースが編入してくるまさにその裏で、MI6のロンドン本部では緊迫した捜査が進められていた。


薄暗い地下の分析室で、ホログラムのデータを前に渋い顔をしているのは、対魔特務学園の防衛担当であり、MI6の敏腕エージェントでもあるスミスだ。


「――襲撃者が使用していたあの『特殊な煙幕』の分析結果が出たぞ」


白衣を着た分析官が、いくつかの分子構造式を空中に浮かび上がらせる。


「主成分は『マンドラゴラ』の根の抽出液。ただの煙幕じゃない。魔力回路を一時的に麻痺させ、詠唱を阻害する極めて悪質なジャミングガスだ」

「マンドラゴラだと……?」


スミスの眉間への皺が一段と深くなる。

マンドラゴラは、国際魔術協会の協定において『第一級危険魔法植物』に指定されている禁忌の品種だ。野生のものは数世紀前に絶滅しており、現在、厳しい管理のもとで唯一その「栽培」と「保有」が公に許されているのは――時計塔の頂点に君臨する『五大魔術家』のみ。


「つまり、ウロボロスがあの煙幕を手に入れたルートは二つに一つ。五大魔術家のいずれかの管理施設から『盗み出した』か……あるいは、彼らの誰かがウロボロスに『提供した』か、だ」


スミスは苦々しく吐き捨て、手元の端末に目を落とした。

今回の襲撃で捕らえたウロボロスの傭兵たちは、尋問に対し「依頼者は同行していた魔術師だ。それ以上は何も知らない」と言い張るばかりだった。肝心のその魔術師は、捕らえられた直後、奥歯に仕込まれていた魔術毒で即座に自害。ウロボロス本部へ繋がる直接の足取りは、完全に途絶えていたのだ。


「傭兵の線が切れて万事休すかと思ったが、思わぬところで尻尾を出したな、ウロボロス……。いや、五大魔術家の内通者と言うべきか」


スミスは眼鏡のブリッジを押し上げ、鋭い眼光を放つ。


「ヴァレンタイン, ハートレイ, モントゴメリー, アシュトニアン, バスカヴィル……。イギリスが誇る最高峰の5つの大名門。どこがウロボロスの『毒蛇』と繋がっているのか、徹底的に洗い出すぞ。これより、五大魔術家の極秘内偵を開始する」


MI6の精鋭たちが、時計塔の闇へと潜行を開始したその頃。


対魔特務学園ロンドン校の高等部1年A組の教室に、一人の少年が足を踏み入れていた。


「本日から我がクラスに編入することになった、ルシアン・エインズワースくんだ。皆、仲良くするように」


担任の紹介に、ルシアンは品の良い完璧な笑みを浮かべて一礼した。

短く整えられたブロンドの髪に、理知的な碧眼。仕立ての良い制服を完璧に着こなす姿は、いかにも育ちの良い名門の魔術師そのものだ。


「ルシアン・エインズワースです。至らない点も多いかと思いますが、伝統あるこの学園で皆さんと競い合い、学べることを誇りに思います。よろしくお願いします」


その謙虚かつ完璧な挨拶に、教室の女子生徒たちから小さな歓声が上がる。

だが、その笑顔の裏で、ルシアンの脳細胞はスパイとしての限界スピードでフル回転していた。


(――まずは挨拶完了。教室内の人員配置、および魔力密度のスキャンを開始。ウロボロス12使徒『魔術師ザ・マジシャン』様からの特別指令。先日の『研究所(支部)襲撃』を行い、こちらの傭兵連隊をも全滅させた、学園に潜むMI6側の【隠された戦力】を特定する)


ルシアンは平然と微笑みながら、さりげなく教室内を見渡していく。

前方に座る、五大魔術家ヴァレンタイン家の令嬢エレノア。そしてハートレイ家のアイリス。彼女たちの顔とデータを脳内で照合していく。ここまでは事前の資料通りだ。


そして、ルシアンの視線は、窓際の席に座る一人の少年に留まった。

クロウ・ラングリー。

資料によれば、魔術の家系でもない一般の編入生。魔力量も平均以下。先日の襲撃時も、ただ運良く生き残っただけの「一般生徒」とされている男だ。


(ふん、こいつは除外だな。緩く三つ編みにした、手入れもされていない銀髪。灰色がかった虚ろな目。緊張感の欠片もない凡人だ。MI6が隠し持っているという『特級の防衛戦力』が、あんな無気力な男であるはずがない。やはり狙うべきは学園の防衛システムか、あるいは上級生のエリートか……)


ルシアンの視線が、クロウを「無害な一般人」と断定してすんなりと外れた。


――だが。

窓際で頬杖をつき、退屈そうに外を眺めていたクロウの口元が、わずかに、誰にも気づかれないほど微かに緩む。


「……」


表向きはクールに、灰色目を外に向けたまま動かないクロウ。しかし、その中身である90歳の老練な拳聖の炯眼は、ルシアンの正体を一瞬で見抜いていた。


(ほう。面白いのが入ってきたな。足音、呼吸の制御、そして何より、俺を『凡人』と見定めたときのあのわずかな瞳孔の動き……。ありゃあ、甘やかされて育ったお坊ちゃんの目じゃない。修羅場をいくつもくぐり抜けてきた、冷酷なトカゲの目だ)


世界最高峰を自負するスパイ技術ごときで、武の極致に達した「師範」の眼を欺けるはずがなかった。

クロウは表情を一切変えず、緩く結ばれた三つ編みを紐でいじりながら、内心の笑みを深くする。


(ウロボロスの差し金か、あるいは別の組織のネズミか。何にせよ、退屈な学園生活が良い暇つぶしになりそうだ。こいこい、こ生意気な子蛇ども。俺の『裏天神真楊流』の実戦の実験台にしてやろう)


MI6が五大魔術家の闇を追い始めたその日。

学園の檻の中に、自ら進んで潜入してきた哀れな毒蛇を、老練なる達人は静かに、見下ろしていた。


本日もお読みいただきありがとうございます!

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