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泥々の調達、そして瞬刻の突破

強化ガラスを粉砕した研究室の奥、クロウとレイラはまず、壁際に並ぶスチール製のロッカールームへと向かった。

普通の人間なら鍵を開ける工具を探すところだが、九十年の研鑽を経た拳聖の魂にそんなものは不要だ。


「フッ」


クロウが軽く息を吐き、ロッカーの鍵穴付近へ、指先を揃えた手刀を鋭く突き出す。裏天神真楊流の『当身あてみ』の一種。コン、と軽い音が響いた直後、内部のシリンダーが衝撃の波で完全に圧壊し、扉が跳ね上がった。

それを片っ端から繰り返し、中を物色していく。


「レイラ、まずはこれで身を隠す。奥の部屋にある衣服も使え」

「イエス、マイマスター。――これより、発声を伴わない『個体間魔力共振(念話)』による通信に切り替えます。私たちは同規格のホムンクルスであるため、思考の直接共有が可能です。――オーバー」


レイラの無機質な声が、今度は耳からではなく、クロウの脳内へ直接響き渡った。なるほど、人造人間ならではの便利機能というわけか。クロウは内なる『気』の操作で脳の波長を合わせ、念話への返答を試みる。


『機能の把握をした。これなら隠密行動も容易だな』

「マスターの意識の同調を確認。念話回路、安定。――オーバー」


衣服のサイズは、幸いにもホムンクルスの活動用に用意されていた予備がいくつか見つかった。二人は濡れた肌を拭うのもそこそこに、実用的なインナーを着込み、その上から魔術師の予備の黒いローブを羽織る。

仕上げに、研究員としての身分を偽装するための『予備の認識票(IDタグ)』を胸に付け、机に放置されていた『クロウ・ラングリー』と『レイラ・ラングリー』のパスポートをポケットに突っ込んだ。さらに、ロッカーの財布からポンド紙幣を容赦なく抜き取ることも忘れない。軍資金はいくらあっても困らないからだ。


「よし、行くぞ」


廊下に張り出された経路図を、クロウは一瞬で脳内に叩き込んだ。

ここは地下五階。目指すは地上へ繋がる、地下一階の駐車場だ。二人は音もなく、コンクリートの階段を駆け上がっていった。


◇◇◇◇◇


地下二階。

目的の駐車場へと続く防衛ゲートの前で、クロウは足を止めた。ローブのフードの奥で、灰色に澄んだ瞳が鋭く光る。


(……人間の気配が二人。それと、生気のない『動く岩塊』が二つ。魔術感知に色濃く引っかかるな)


ゲートの左右には、サブマシンガンを構えた黒い戦闘服の警備員。そしてその傍らには、悍ましい翼を広げた石造りの怪物の像――『ガーゴイル』が鎮座していた。

クロウは思考を研ぎ澄まし、脳内の念話で少女に問いかける。


『レイラ、戦闘は可能か?』

『……問題ありません、マスター。あの岩の呪動体――ガーゴイルの内部、魔術式の『コア』の破壊、可能です』


レイラの目が、一瞬だけ深いヘイゼルから、爛々と輝く『金色ゴールド』へと変色した。ホムンクルス補助用として創られた、魔術式解析眼の発動だ。


『よし、ならば強行突破だ。遅れるな』


クロウは衣服を盗んだ後ろめたさなど微塵も見せず、何食わぬ顔でゲートへ歩み出た。胸の予備認識票を見せれば、そのまま通れるかとも思ったが――。


「ストップ。認識票(ID)の提示と、網膜による本人認証(AD)を求める。フードを外せ」


警備員が冷酷に銃口を向けてくる。現代の高度なセキュリティだ。

だが、その認証(AD)という言葉が終わるより先に、クロウの体がブレた。


「――遅いな」


一瞬で間合いを詰めたクロウの、左右の掌底が警備員二人の顎の下へと同時に吸い込まれる。

裏天神真楊流が当身。脳を激しく揺さぶる一撃。警備員たちは、銃の引き金を引く暇さえ与えられず、声も立てずに白目を向いて崩れ落ちた。沈黙まで、わずか〇・五秒。


ガルルルッ……!


主人の危機に、石像だった二体のガーゴイルが、魔力を帯びて一斉に動き出した。強固な岩の皮膚と、人間を一噛みで両断する牙を持つ魔導兵器ゴーレム

だが、先に動いたのはレイラだった。


『ターゲット、解析完了』


レイラは鋭い踏み込みから、容赦なく一体のガーゴイルの胸部へと『手刀』を突き出した。

バキィンッ!!

それは力任せの打撃ではない。彼女の金色の瞳が見抜いた、魔術式の結合点――最も脆い『核』をピンポイントで貫く、正確無比な点穴の一撃。

胸の奥で重要な術式を破壊されたガーゴイルは、一瞬にして光を失い、ただの崩れた石ころへと還っていった。


(ほう……! 素晴らしい見切りだ。ならば、俺も真似させてもらおう)


それを見ていたクロウが、不敵に笑う。

もう一体のガーゴイルが、鋭い爪を振り上げてクロウに襲いかかる。普通の武術家なら、岩の塊を素手で殴れば己の拳が砕けるだろう。

しかし、クロウは動じない。レイラの攻撃で、あの化け物の性質(理合)は完全に理解した。


「八極拳が極意――『浸透勁しんとうけい』」


迫る爪を、太極拳の『化勁かけい』でぬるりと受け流し、がら空きになったガーゴイルの胴体へ、優しく掌を当てる。

ドォン……ッ!!

鈍い重低音が響く。外側の強固な石の皮膚は無傷。しかし、放たれた衝撃の波は岩を透過し、内部の『魔力核』だけを木っ端微塵に粉砕した。


ガシャァァン!


内部を破壊された二体目のガーゴイルが、派手な音を立てて砕け散る。

クロウは拳の汚れを払うように一振りすると、気絶した警備員の横を通り抜け、開いたゲートを悠然とくぐった。


『見事な分析だ、レイラ。この世界の化け物相手でも、十分に通用するな』

『マスターの技術、私の解析を上回る駆動を確認。……驚嘆します』


レイラの金色の瞳が、元のヘイゼルへと戻る。その表情は依然として淡々としていたが、脳内に伝わる彼女の思念には、より深い『絶対の信頼』が宿っていた。


地下二階の駐車場には、数台の高級車が並んでいる。地上へと続くスロープの先には、雨に濡れるロンドンの夜の匂いが満ちていた。

二体の『失敗作』による大不敵な脱出劇は、いよいよ最終局面へと差し掛かろうとしていた。


本日もお読みいただきありがとうございます!

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