弾道を見切る眼、無音の縮地
「ば、化け物め! 撃て! 撃ち殺せぇぇ!」
潜入部隊長の悲鳴のような叫びとともに、生き残った工作員三名が一斉にアサルトライフルの引き金を引いた。
狭い地下通路に、鼓膜を狂わせるほどの激しい銃声が連射音となって鳴り響く。超音速で放たれる鉛の嵐が、容赦なくクロウの身体へと殺到した。
しかし――。
「……なるほど。これが、本物の銃弾の軌道か。確かに良い速さだ」
クロウは物静かに呟きながら、ただ、一歩を踏み出した。
構えることも、走ることもない。まるで霧深い早朝の学園を散歩でもしているかのように、悠然と、ただ歩いている。
それなのに、放たれた弾丸のすべてが、衣服の繊維をかすめるだけの紙一重の差で、不自然なほどクロウの肉体を避けていく。
「な、何が起きてる……!? 全弾命中しているはずだぞ!」
工作員たちが目を見開く。
彼らには知る由もない。前世で九十年を生き、人間の『機(動作の起こり)』を極限まで見極めてきた拳聖の眼を。ホムンクルスとしての卓越した動体視力と身体能力、さらには大気の振動を捉える『気』の感知。それらが組み合わさった今のクロウにとって、銃口の微細な角度、引き金にかかる指の力、そして放たれる弾丸の軌道を事前に察知することは、呼吸をするよりも容易かった。
「飛び道具というのは、放たれた瞬間にはすでに軌道が決まっている。つまり、撃たれる前にその『線』からわずかに身をずらせば、どれほど速かろうが当たることはないのだよ」
一歩、また一歩。
弾雨の中を無傷で歩むクロウが、怯える工作員の目前へと至る。
「まずは、お前からだ」
至近距離。慌てて銃床で殴りかかろうとした工作員の腕を、クロウは下から滑り込ませた左手で優しく包むように捕らえた。直後、衣服の擦れる音ほどの小さな風切り音とともに、手のひらを鋭く返す。
――バキ、キィン!
「ガ、あぁぁぁッ!?」
肉体の理屈を知り尽くした『合気』による、容赦のない関節破壊。工作員の肘と肩は、あり得ない方向へとねじ曲がり、小銃が床へと転がる。クロウはその絶叫に表情一つ変えず、流れるような動作で相手の軸足を軽く踏み抜いた。
――グシャリ。
重い質量を点に集中させた踏み込み。工作員の膝関節が内側から完全に砕け散り、男は泥のように床へ崩れ落ちた。
「ヒッ……!」
背後にいたもう一人の工作員が、恐怖のあまり完全に射撃を停止し、後退りしようとした瞬間。
「――チェックメイトです。オーバー」
背後から、感情の抜け落ちた少女の脳内念話が響いた。
クロウが歩行で敵の視線と意識を完全に引きつけていたその影で、レイラはすでに『縮地』を発動させていた。魔力による瞬間移動ではない。純粋な脚力と気の連動によって、敵の網膜のサンプリング速度を上回る超高速の歩法。
無音で工作員の背後に現れたレイラは、その細い指先を鋭い錐のように尖らせると、男の首の付け根――延髄の『点穴』へと正確に突き刺した。
「が、は……」
声を上げる暇すらなく、工作員は糸の切れた人形のように前へ突っ伏し、そのまま意識を失った。
残されたのは、ウロボロスの潜入部隊長ただ一人。
残弾のなくなったアサルトライフルを握り締め、ガタガタと膝を震わせながら、彼はゆっくりと近づいてくる銀髪の少年を見上げていた。
「魔術も……銃も効かないなんて……貴様ら、本当に何なんだ……」
「言っただろう」
クロウは部隊長の目の前で立ち止まると、ポケットに両手を戻し、物静かに見下ろした。その灰色の瞳には、冷徹なまでの大人の余裕と、底知れない凄みが宿っている。
「ただの、通りすがりのネズミさ。……さて、お前たちの作戦の本命について、少し詳しく聞かせてもらおうか」
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