表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

PR
11/18

緋色の令嬢と、純白の癒やし手

「……あなた、本当に何者なのですか」


放課後の古い温室。夕闇が差し込む中、エレノア・ヴァレンタインは、内側から無残にひしゃげた鉄柱を凝視しながら、声を震わせていた。

昼間の傲慢な態度は完全に身を潜め、その青い瞳には明らかな恐怖と、それを上回る圧倒的な困惑が浮かんでいる。


「何者、ね。昼間も言っただろう。ただの魔力を持たないネズミさ」


クロウは制服のポケットに手を突っ込んだまま、くく、と喉を鳴らして笑う。


「魔術の理屈は知らないが、肉体の理屈なら知っている。魔術師がどんなに上等な術式を練ろうが、それを放つのは人間の肉体だ。元を叩けば、魔術は発動しない。ただの煙(威力の無いマナ)に変わるだけだ」

「そんな、馬鹿な……。人間の筋力だけで、時計塔の術式を上回るなんて……」


エレノアはガタガタと肩を震わせる。だが、クロウの灰色の瞳に宿る、底知れない『深淵』を見た瞬間、彼女はそれ以上言葉を紡ぐことができなくなった。

この少年は、魔術師が命よりも重んじる「血統」や「魔力量」の基準が一切通用しない、全く別の世界のバケモノなのだと、彼女の天才的な感性が理解させられていた。


「ま、また実技授業で勝負を申し込みますわ! 次こそは……次こそは、私の緋炎で、あなたを……っ!」


それだけを捨て台詞のように言い残し、エレノアは顔を真っ赤にして温室から走り去っていった。その背中を見送りながら、クロウは表向きはどこまでも物静かに、しかし胸の奥で好戦的な笑みを深くした。


「いつでも来るといい。挑むなら何時でも歓迎しよう……。その時は、もう少しマシな死合いを期待しているよ、お嬢さん」


前世で極めた武のさらに先。この今世で、己の五体を極限まで追い詰めるような『死合い』ができるのなら、相手が名門の令嬢だろうが闇の結社だろうが、クロウにとっては極上の贅沢でしかなかった。


『……マスター、個体名『エレノア・ヴァレンタイン』の敵意が、先ほどから『動揺・羞恥』へと変質しているのを確認。脅威度は大幅に低下しました。――オーバー』

「ハハッ、そいつは傑作だな」


◇◇◇◇◇


翌日の昼休み。

昨日ウロボロスの呪いで暴走した男子生徒の一件もあり、クロウとレイラは学園の裏手にある、静かな医務室へと足を運んでいた。そこへスミス捜査官からの連絡(ウロボロスの小瓶の一次報告)を受け取るためだった。


だが、医務室の扉を開けた瞬間、室内にいた一人の少女が、びくぅっ! と大げさに肩を跳ね上げた。


「あ、ごめんなさい! 驚かせてしまいましたよね……っ」


そこにいたのは、純白の医療用エプロンを制服の上に着た、おっとりとした雰囲気の少女だった。栗色の髪をゆるく三つ編みにし、大きな瞳を不安げに揺らしている。彼女の名はアイリス・ハートレイ。高等部一年で、学園でも非常に希少な『回復魔術』の才能を持つ少女だった。


「いや、驚かせて悪かったな。別に怪我人が出たわけではないよ」

「あ、あの……! もしかして、高等部に新しく入られた、クロウさんと、レイラさん……ですか?」


アイリスは、おずおずと二人に歩み寄ると、クロウの制服の袖口についた小さな『シミ』を見て、ハッと息を呑んだ。それは、昨日の暴走生徒が吐き散らした黒い体液の痕(返り血のようなもの)だった。


「!そのお洋服の汚れ……! もしかして、どこか怪我をされているんじゃ……!? 痛いところはありませんか? すぐに回復魔術を……!」


半べそをかきながら、今にも泣き出しそうな顔でクロウの手を握ろうとするアイリス。


「おいおい、落ち着け。これは俺の血ではない。俺の体に問題は無い」

「本当に……? 本当に怪我、していませんか……? よかったぁ……」


アイリスは胸に手を当てて、ふにゃりと安堵の笑みを浮かべた。まさにこの殺伐とした対魔特務学園における、唯一の『オアシス』のような温かさだった。


その時。

いつもクロウの後ろで無表情に控えているレイラが、スッと一歩、前に踏み出した。


「……?」


クロウが見守る中、レイラは感情の薄い無機質な瞳のまま、アイリスの目の前まで歩み寄る。そして、おもむろに、アイリスの栗色の三つ編みに手を伸ばし――その先端を、ちょんちょんと指先で突き始めた。


「れ、レイラちゃん……?」

『……個体名『アイリス・ハートレイ』から、極めて純度の高い『無害・庇護』のエネルギーを検出。生体波形の安定に極めて有効と判断します。――この個体に、『友愛』を適用。オーバー』


レイラは脳内念話でそう宣言するが早いか、アイリスの胸元に、すり寄るように一歩距離を詰めた。胸元に顔を摺り寄せ身を任せる。表情はいつもの鉄仮面だが、その佇まいは完全に、気に入った飼い主を見つけた子猫のようだった。


「えっ……? ええと、レイラちゃん、だよね? ……ふふ、可愛い。よしよし、びっくりしちゃったのかな?」


アイリスは一瞬戸惑ったものの、元来の面倒見の良さから、すぐにふんわりと笑ってレイラの銀髪を優しく撫で始めた。レイラは満足そうに(やはり無表情だが)目を細めている。


(……ほう。あのレイラが、初対面の相手にここまで心を許すとはな)


中身が老人のクロウは、女子二人のなんとも可愛らしい掛け合いを、縁側のじいさんのような温かい目で見守るのだった。


本日もお読みいただきありがとうございます!

もし「面白い」「続きが気になる」と思っていただけましたら、ページ下部の『☆☆☆☆☆』から応援していただけると励みになります!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ