拳聖の遺産、人形の功夫
「――で、これがさっき使った『点穴』の理合だ」
放課後。学園の敷地の片隅にある、使われなくなった古いレンガ造りの温室。
夕日が差し込む静寂の中で、クロウは手に入れたウロボロスの小瓶を懐に転がしながら、レイラに向き合っていた。
「体内のエネルギーの通り道を、点ではなく線、いや、流れの結節点で捉える。魔術師どもが呪文を練り上げる瞬間、その流れが一瞬だけ澱む場所がある。そこを正確に突く」
クロウが自身の銀髪を一本引き抜き、スッと気を込めてみせる。柔らかい髪の毛が、一瞬にして鉄の針のように直立した。
「やってみろ、レイラ」
『了解。――技能のトレースを開始します。オーバー』
レイラは脳内念話で短く応じると、自身の美しい銀髪を迷いなく一本引き抜いた。
次の瞬間。彼女の指先から、一切のブレもない純粋なエネルギーが髪の毛へと流れ込む。パキ、と微かな硬化音が響き、レイラの持った髪の毛は、クロウのそれと寸分違わぬ完璧な『点穴針』へと変貌した。
シュッ――!
レイラが小さくスナップを利かせると、放たれた銀閃は十メートル先の枯れた大木の幹へ深く突き刺さり、その凄まじい衝撃の浸透によって樹皮がパキパキと蜘蛛の巣状にひび割れた。
「……凄まじいな」
クロウは内心でその学習速度に深く感嘆していた。表向きは物静かな佇まいを崩さないが、前世の日本であれば数年、あるいは一生をかけて掴む武術の感覚を、このホムンクルスの少女が一瞬でシステムとしてコピー(トレース)してのけたことに、驚きを禁じ得ない。
『技能の再現、成功と判断。マスター、次の指示を。――オーバー』
「いや、見事だ。だが……」
クロウは温室の鉄柱に悠然と歩き寄ると、昼間にエレノアの杖に放った『寸勁』の構えを取った。
「レイラ、さっきの模擬戦でお前が真似した寸勁だが、あれじゃあ威力が足りねえ。お前のはただの『速度と硬さの衝突』だ。本物の寸勁は、足の裏から地球の反発力を拾い、それを骨盤、背骨、肩、肘、そして指先へと一つの濁りもない波として伝える。――こういう風にな」
トン。
クロウが拳を鉄柱に軽く触れさせた、その刹那。
ズゥン!!!
凄まじい重低音が温室に響き渡り、頑強な鉄柱が内側からひしゃげるように大きく歪んだ。物理的な力任せではない。衝撃の波動が鉄の分子を内部から破壊した証拠だ。
『……身体各所の連動、および出力効率の不足を確認。部分的なトレースのみでは、マスターと同等の破壊能力を再現不可能です。――オーバー』
脳内念話のトーンはいつも通り淡々としていたが、歪んだ鉄柱をじっと見つめるレイラの機械的な瞳には、初めて悔しそうな色が混じっていた。
「当たり前だ。技の形はいくらでもコピーできるが、それを支える肉体の『芯』、つまり功夫ってやつは、時間をかけて練り上げるしかねえんだよ」
クロウはレイラの銀髪を優しく撫で、その胸の奥底に好戦的な愉悦の炎を灯した。
「お前を本物の『最強の人形』にしてやる。明日から毎日、朝と夜、俺が直々に功夫の稽古をつけてやる。約束だ」
『マスター直々の指導プラン……。肉体負荷の増大が予測されますが、個体性能向上のため、最優先事項として受託します。――毎日の朝夜の鍛錬を、永久契約として登録。オーバー』
レイラは感情の薄い顔のまま、しかしどこか嬉しそうに、ぎゅっとクロウの制服の袖を掴んだ。中身が老人のクロウにとっても、この素直で規格外な弟子を育てるのは、前世(日本)では味わえなかった極上の愉悦だった。
その時、温室の入り口の影で、誰かが息を呑む気配がした。
『……特定の個体の接近を感知。魔力パターン『エレノア・ヴァレンタイン』。――オーバー』
レイラからの警告と同時に、クロウもまた、ポケットに手を突っ込んだまま入り口を振り返る。
そこには、昼間の傲慢な態度が嘘のように、動揺と複雑な表情を浮かべた緩いウェーブのロングヘアの少女――エレノアが立ち尽くしていた。その青い瞳は、ひしゃげた鉄柱と、クロウの姿を交互に見つめ、激しく震えている。
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