08. 暴露
バルラガン家はもともと三兄弟だった。
長男イグナシオは父似で、跡取りとして厳格に育てられ、その期待通りの人物になった。
次男レアンドロは双方のよさを取った美貌で知られ、宮廷武官から儀仗隊へ配属された。
そして二人から間を開けて生まれた俺テオドロは、その名の通り "神の恵み" と言われた母譲りの顔立ちで家族全員から愛されて育った。
怪物が生まれるまでは。
その怪物は赤ん坊のころから体躯が大きく、大変な難産だった。衰弱した母に代わってその面倒を見、指を捩じられた乳母は三人いた。
制御がつけられない怪物が、投げたものは大方が壊れた。触れたものも同様だ。
四つになるころにはもう七つの俺とほぼ同じ背丈になっていた。
俺の大切なものには触るなと口を酸っぱくして言い聞かせ、毎日を戦々恐々としながら過ごさなくてはいけなかった。
何故ならその怪物は俺の『弟』だったからだ。
ただそれだけで、家族は皆怪物を「お前の弟なのだから」といって俺に近づかせようとした。冗談じゃない。
『弟』なのは俺のはずだったのに。こんな怪物ではなかったはずなのに。
気づけば父の関心も、母の心配も、すべて怪物にとられていた。怪物が『弟』だったから。
黙って俺の後ろをついてくるのが気持ち悪くて、誕生日に貰ったばかりの木剣で追い払ってやろうとした。
勝負だと言って、俺が勝ったらもうついてくるなと言ってやった。
結果、右腕と木剣を折られた。だが、それ以来怪物はついてこなくなった。
ようやく、三人兄弟に戻れたと思った。心底安堵した。
それが、兄たちが代わりに武術の稽古をつけてやるようになったからだと知ったのは、自分が稽古をつけてもらえる番になってからだった。
憎しみというものを覚えた。
十二歳でアカデミーに入った時には、その憎しみはもはや形を変えていた。
「――――そうだ。ロサ嬢とルシオ君に会ったよ」
「えっ」
アカデミーから実家に帰る馬車の中で、新しく手に入れたおもちゃは間抜けな声を上げてこちらを見上げた。何かを期待しているような、恐れているような顔だった。
「ちょっとお茶会にお邪魔してね。確かにそばかすはあったけどなかなか美人じゃないか。それにルシオ君。ちょっとやそっとのことじゃ動じないね、あの子は」
「で、でも、あいつは……あいつらは……!」
「落ち着きなよ」
それができないから、こうも差が出たんだろうけれど。
カミロという名の新しいおもちゃは、ぶるぶると震えながらなんとしてもあの姉弟をねじ伏せる言葉を探しているようだった。
まあ、二十億もの慰謝料を毟られて実家を追い出された原因に対して好意的なはずもない。
それでもあの怪物を制止し、毅然としてお茶会を後にしたかの女傑とこのカミロがかつて婚約関係にあったという方が自分としては信じられないんだが。
「それでさ――――あの怪物とロサ嬢が正式に婚約したんだ」
「えっ!?」
なにも驚くに値しないことだろう。そのために君は捨てられたんだから。
「だからさ。急いだほうがいいんじゃないかい。あの二人が大学部への進学じゃなくて就職を選んだら、ルシオ君の後ろ盾はますます強固になるよ」
「で、でも、ルシオはまだ六歳で、僕にはアデリナが……」
「準正の子と庶子の婿、それも後ろ盾の有無を見れば親族たちがどっちに着くかなんてわかり切ったことだろ?」
そんなこともわからないから、あのエメラルド色の目をした少女に出し抜かれたんだろうが。彼女は間違いなく、ルシオという義弟を立てて男爵家を奪い返すつもりだ。そしてその勝算は十二分にある。
今は呻き声を上げるおもちゃでしかないカミロがこのままなら。
「分からないかな。もう直接的な手段に出るしか、君にロサ嬢の企みを止める術はないんだよ」
「直接的な……」
ようやく考えが追い付いたのか、車輪の回る音に交じって、カミロが生唾を飲み込む音がする。
そう、『弟』を追い払うなら、結局それが一番だ。
「――――何事ですかッ?」
ルシオ君の家庭教師はあのお茶会の時同様に冷静だった。突然ドアを開けて入ってきた俺たちに対し、厳しい目を向けて席を立つ。
一方、ルシオ君は何かの書き取りの最中だったのか、こちらを一瞥しただけで何事もなかったかのように書き取りを続けた。本当に六歳とは思えない落ち着きぶりだ。
「突然失礼、ルシオ君にどうしても会いたいっていうお客人がいたものでね」
「ルシオ坊ちゃまは現在語学のお勉強中です。お時間をあらためてくださいまし」
「それがそうもいかないんだ。こちらのお客人もスケジュールが詰まっていてね――――ほら」
「……ル、ルシオ」
俺の後ろから押し出したカミロは、おもちゃの木剣を二本持って棒立ちになっていた。
お世辞にも威厳のある姿とはいえないそれに、家庭教師のマダムが怪訝な顔を強める。
一方でガラスペンをペン立てに刺したルシオ君は、小さく息をついてこちらにその青い目を向けた。うーん、その冷め切った眼差し、お義姉さんにそっくりだね。
「……だれかと思えば、あなたですか。ベニートさん」
「っ……!ぼ、僕と勝負しろ、ルシオ!」
えらいえらい。一気に六歳児の迫力へ呑まれたけど、ちゃんと言うことは言えたね。
ただ、ルシオ君には何も響かなかったみたいだけど。
「勝負?僕とあなたが?なんのために」
「じ、次期シルベストレ男爵の座を賭けた勝負だ!」
「…………」
「なにを……」
あ、家庭教師さんも絶句してる。ルシオ君に至っては瞼が半分下りてる。
突き出されたおもちゃの木剣の一本を眺めて、心底呆れたといった溜息をついた。
そしてつかの間の沈黙を挟んで。
「いいですよ」
「坊ちゃま!?」
家庭教師さんの悲鳴のような声が響いた。
「法的にはなんの意味もない勝負でも、次期シルベストレ男爵の座をかけた勝負とあれば」
「い、いけません坊ちゃま!木剣とはいえ坊ちゃまとあの人物では体格差があり過ぎます!!こんな非常識な……!」
「非常識なひとを、非常識なまま放置したら、なにをするかわかりませんから」
よく解ってらっしゃる。六歳の子供に木剣勝負を挑むなんて真似を正気でやろうとする人間を、人は常識人とは呼ばないよね。
カミロに至っては自分が馬鹿にされたことだけは解ったのか、顔が赤くなって木剣を突き出す手が震えている。
「ここはこわせないものが多すぎます。中庭にいきましょう」
「に、逃げたり」
「しませんよ。あなたじゃあるまいし」
思わず口笛を吹いてしまった。本当に君、六歳児?
本当に君、人間?
本当に、『弟』ってやつは――――
「ここならいいでしょう」
ルシオ君は離れに住んでいるだけあって、俺たちを先導し迷うことなく中庭へと出た。
「先生ははなれていてください」
「坊ちゃま、やはりお止め下さいッ人を呼びましょう!」
「あの二人のどっちかに邪魔されるだけです。ここは母屋とはなれすぎてますし」
ルシオ君は本当に、解り過ぎてるほど自分たちの置かれた状況が解っているようだ。
恐慌状態の家庭教師さんをわきに置いて、カミロの方へその小さな手を突き出した。
一方圧倒的優位のはずのカミロはその手を震わせて、俺が言った通りペンキが綺麗に塗り直してある方を手元に残し、ペンキが一部剥げた木剣をルシオ君の方へ投げた。
足元に転がってきたそれを、また一息ついてルシオ君が拾い上げる。
カミロはアカデミーで習うようなフェンシングの構えを取った。それに対して、ルシオ君は両手で柄をしっかりと握り締めて立っている。冗談のような絵面を前に、噴かなかった自分をほめてやりたい。
「じゃあ、俺が審判をしようかな」
一歩進み出て、両者の間に立つ。体格が同等なら剣先を合わせさせるけど、まあ、それはいいだろう。
軽く手を上げて、下ろすだけ。
「始め」
最初はどちらも動かなかった。ルシオ君としては、それは正解だろう。木剣の重みで無駄に体力を消費せずにすむ。カミロのそれは単なる怯懦だ。六歳児相手にいまだに腰が引けている。
あるいは、今更自分が六歳児を殴りつけようとしている、という現実に目を向けたのか。
どちらにせよ、俺は動いてくれないと面白くない。
「次期男爵の座は黙ってて転がり込んでくるものじゃないんだろ?」
カミロに声をかけると、ようやく奇声を上げながらルシオ君に斬りかかった。
が、腰の引けた突きの切っ先を両手でしっかり構えた棟に叩き落とされ、落ちた切っ先は石畳を叩く。そのまま伸びきった腕、いや肘の内側を、ルシオ君の木剣が容赦なく斬りつけた。
「ぎゃッ……!!」
潰れた悲鳴を上げてカミロが木剣を取り落とした。
そこで動きを止めたルシオ君は、審判の判定を仰ぐように俺の方を見た。
「どうしたんだい?」
俺は微笑んだまま、首をかしげて見せる。
ルシオ君が無言のまま顔を顰めた瞬間だった。
「――――よそ見は危ないよ」
俺の言葉が先か、ルシオ君の側頭部にカミロの振るった木剣が直撃したのが先か。
「坊ちゃま!!」
勢い吹き飛ばされて、石畳の上を滑った小さな体に、家庭教師さんの悲鳴が重なる。
「こ、の……クソガキぃいい!!」
完全に頭に血が上った状態のカミロが、頭を押さえて動けずにいるルシオ君へ大股で歩み寄ったかと思うと、左手に持った木剣で構えも何もなく滅多打ちを始めた。
「なにが準正だ!何が跡取りだ!お前だってアデリナの弟の癖に!ロサの弟なんかじゃないくせに!!貴族の血なんかどうせ流れてないんだろ!!僕は本物の貴族だ!僕が本物だ!!僕がシルベストレ男爵なんだ!!お前なんか!お前なんかッ!!」
「もうお止め下さい!!」
「いらないんだよォオオ!!!!」
口角から泡を飛ばしながら半狂乱で振り下ろされた一撃がルシオ君に直撃する寸前で、咄嗟に覆いかぶさる紺色の影があった。
この場で唯一まっとうな大人――――家庭教師さんの背中に、木剣がぶつかる。
「ああッ!」
その苦悶の悲鳴と同時に、派手な音を立ててカミロの持っていた木剣が圧し折れた。
「え……?」
綺麗に塗られた剣先の一部は花壇に飛んでいった。
間抜けな声を発するカミロの目の前には、圧し折れた木剣の残骸と、苦悶の声を上げる女性と、その女性の下敷きになって庇われている子供がいる。
「も、も、う……お、やめ、ください……し、死んで、ルシオぼっちゃまが、死んでしまいます……!」
一撃だけでも大人の声を詰まらせる痛みだ。それを浴び続けてた六歳はどうなっていることやら。
「あ……あ……」
木剣の残骸を取り落とす、乾いた音がする。そうして、震える彼らから一歩、二歩と後退ったカミロが、何を思ったのか俺の方を振り返った。
ので、俺は諸手を広げてこう言ってあげた。
「やあ、随分なことをしたね。バルラガンの庇護下にあるたった六歳の子供と無抵抗な女性を木剣が折れるまで滅多打ちにするなんて!」
「え……?」
「君、頭を殴ってたろう?子供の喧嘩でもなかなかしないぜ。ルシオ君、息してるかな?」
「ッぼ、僕は!僕はあなたにッ……!」
「俺?俺が何か言ったかい?まさか――――木剣で子供を殴れなんて、そんな残酷なこと言った覚えはないよ」
「これをッ!これを使えって言ったじゃないですか!!」
カミロのひっくり返った声が足元の折れた木剣を指さす。なんだ、鼻声だな。まさか泣き出しかけてるのか?情けない。
お前に滅多打ちにされている間も、ルシオ君は悲鳴一つ上げなかったってのに。
「使えなんて言ってない。使えるんじゃないか?って言ったら、君が勝手にその気になった」
「そん……」
「そんなバカなこと本気で勧めるわけないだろう?分別のつかない子供じゃあるまいし」
わずかに黙ったかと思ったカミロが、奇声を上げて俺に掴みかかろうとした。が、残念。俺が足元にあった、過去一度も折れていない木剣を蹴り上げて手にした方が早かった。
考えなしの喉元に、丸いが硬い切っ先が埋まる。悪いな、これでも宮廷武官の稽古を受けてるんだ。
「ぐッ………」
「で、だ。俺ならこの状況、通報される前に逃げ出すけど、どうする?」
「僕じゃ……ない!僕じゃない!あなたが!あなたがやれって!!」
「まだそんなことを言ってるのか。で、それ誰が信じてくれる?」
「う……ぅあ、うああああ……!!」
それが、俺のきいたカミロの最後の声だった。石畳に靴底を滑らせながら、転がるように中庭から離れへと繋がる扉の向こうへ駆けて行った。
あとは誰にも見つからずに外に出られればいいね。まあ、それは俺の知ったこっちゃないけど。
「さて、医者を呼びますから、大人しくしててくださいね」
俺は出来る限り優しく呼びかけたが、気を張っていたのか、そこで家庭教師さんはがくりと気絶してしまった。
おっと、これは急いだほうがよさそうだ。
といっても彼女たちの第一発見者は俺じゃなくて――――あの鐘の音にやって来る従僕たちだろうけどね。
●
私たちを乗せた馬車がバルラガンハウスに到着したのは、丁度都の尖塔の彼方に陽が沈む頃でした。空はまだ薄明るく、けれど建物や木々は宵闇に沈んでいるという狭間の時間。
馬車は離れではなく真っすぐに母屋へ向かい、そこの車寄せに停められました。
出迎えに来てくれたアルフレドさんは、制服姿のままの私とイシドロを見るなりこちらへ、と母屋の中へ導きました。
廊下は静まり返っており、その分部屋の中からの声が聞こえてきます。
「だーかーら、俺はなんにもしてないって。カミロ・デ・ベニート?もちろん知ってるよ有名人だからね。新聞読んでる人間ならみんなそうでしょ」
この軽薄な声は、出来るなら二度と聞きたくもなかった声です。
アルフレドさんが軽くノックをすると、その声が途切れました。
「そんな有名人を俺が連れて来たって?どこにそんな証拠が――――おっと」
「イシドロ坊ちゃまとシルベストレ嬢をお連れしました」
扉が開かれると、そこには広々として華やかな応接間とは違った趣の、暖炉を中心とする居間でした。暖炉に面した長椅子に腰掛けているのは青白い顔のマダム・セルダと、彼女を支えるように隣に座っている侯爵夫人。一人掛けに座っているのはテオドロ。もう一つの一人掛けに座っているのは侯爵で、壁際のものを持ってきたような形の違う椅子に腰を掛けているのが、恐らく長兄のイグナシオと次兄のレアンドロでしょう。
皆一様に顔は渋く、私たちの登場でそれは一層濃くなりました。
「やあやあ、この度は――――」
「黙っていろテオドロ」
「はい父上」
大仰な手ぶりで私たちへ声をかけようとしたテオドロを、侯爵が容赦なく制します。丁度よかった。そこの火掻き棒を口に突っ込んでやろうかと思ったところでしたから。
一人掛けから立ち上がった侯爵が私の方へと歩み寄り、胸に手をあてて浅く頭を下げました。
「申し訳ない。報せを走らせた通り、ルシオ少年とノミエ・デ・セルダ教師が離れの中庭で暴漢に襲われた。ルシオ少年は現在も意識不明の状態だ。バルラガン家当主として心よりお詫びする」
「お詫びは結構です侯爵閣下。そのお話が事実ならマダム・セルダが当時の状況と詳細を把握していると思われますが、なぜそこに私の元婚約者の名前が出てきたのでしょうか」
私の淡々とした声に侯爵閣下の眉間の皺が深くなりましたが知ったことではありません。代わりに、身を乗り出すようにマダム・セルダがこちらへ声を張り上げました。
「ロサお嬢様……!わたくし全てを見ておりました!このテオドロ氏とカミロ・デ・ベニートが部屋に乱入してきて、次期男爵の座をかけて木剣で勝負しろと……!何度もお止めしたのですが坊ちゃまは次期男爵の座がかかっているなら受けないわけにはいかないとおっしゃって、それで、それで中庭でッ……人を呼ぼうにも二人のどちらかに阻まれるだろうと坊ちゃまは仰って……!」
「それで」
「ッベニートの一撃を坊ちゃまはかわされて、坊ちゃまの一撃がベニートの剣を落としました。しかしこのテオドロ氏は審判を申し出ておきながら勝負を止めることなく、その隙にベニートの剣が坊ちゃまを……!私は咄嗟に坊ちゃまに覆いかぶさって、それで木剣が折れて、ようやく……!」
「その後は」
私は長椅子の傍に用意されていたティーワゴンに近づくと、鞄をそこに置きました。留め金を外し、中からラベルの付いた遮光瓶を一つ取り出すと、その遮光瓶をポット脇に置き、鞄を閉じ直します。
「テオドロ氏がベニートになんということをしたのだと言い、二人は言い争いに、ベニートはテオドロ氏がやれと言ったからやったのだと主張して、けれど、テオドロ氏が認めることなく、そのまま逃走を……!」
「――――と、いうのがこちらのマダムの主張でね」
マダム・セルダが眦に涙を溜めながら、きっとテオドロを睨みつけました。
「真実薬を使ってくれても構わないが、俺はカミロ・デ・ベニートを我が家に招待なんかしていない。暴行しろなんて言った覚えもない。そもそもそんなことをする理由がない」
テオドロの声はまるで歌うようでした。私は冷え切ったカップの一つをソーサーに載せると、ポットに残っていたお茶の中に遮光瓶の中身を一たらし入れました。
「ロサさん……?」
マダムの肩を支える侯爵夫人の怪訝そうな声に構わず、私はポットの底をワゴンに着けたまま左右に五回ずつ回すと、その中身をカップへ注ぎました。冷めて酸化した、黒ずんだ紅茶がそのままカップに注がれます。
「――――よほど言葉遊びに自信がおありなのですね」
私の眼差しは、手元ではなく笑み交じりにこちらを見つめるテオドロにありました。
「真実薬を使っても構わない。と仰いましたよね。なら、この一杯も飲み干していただけるはず」
「随分用意がいいじゃないか。せめて薬で台無しになった紅茶の手向けに砂糖を入れさせてくれないか」
「どうぞ、お好きなだけ」
私が持っていったソーサーを手に、苦笑したテオドロへシュガーポットもサーヴします。山盛り三杯の砂糖をスプーンでとかしたテオドロは、湯気もたっていないその一杯を一息で飲み干しました。
「っ!?」
「テオドロ!?」
目を見開き、肩を浮かせたテオドロに侯爵夫人が思わず声を上げました。私はシュガーポットなどをワゴンに戻しながら、そんな彼女に声をかけます。
「驚かれたんでしょう――――甘すぎて」
「……辛さも、苦みもない」
呆然としたテオドロが、自分が飲み干した一杯を見下ろしています。
「まず最初に申し上げておくなら、私は言葉遊びが好きではありません。そして」
部屋中の視線を集めながら、私は淡々と申し上げました。
「真実薬を入れたとは、一言も申し上げておりません」
「ッ一体何を呑ませた!?」
「質問するのは私の方です。テオドロ・デ・バルラガン」
「――――」
私はいつぞやの誰かさんのように、その一人掛けの背もたれに手を置きました。甘ったるいムスクの香りが立ちのぼってくるそこで、これから縊ってやるつもりのファッキソ野郎を見下ろします。
「第一に、あなたはルシオたちを傷害した犯人を知っていますか」
「ああ、知っている!?」
いつもの調子で答えた自分の口を押えるテオドロ。途端に部屋の中がざわつきます。
「第二に、その人物はあなたの協力無くしてルシオのもとへ到達不可能な人物ですか?」
「ッその、通り、だ!」
「第三に、その人物は王立アカデミー高等部に通っていますか」
「ああ、通っている!」
額に汗しながら、口を閉じようとしても無駄なこと。今あなたは頭の中で整理した "言葉" ではなく私の問いで反射的に浮かんだ "考え" を口にしているのだから。
自己顕示欲を増大させる思春期のマンドラゴラに、その辛さで口を閉じれなくするコバルトブルーペッパー、思ったことがそのまま口に出てしまうパラッパ喇叭草に、辛みや匂いを中和する薬草混成蜂蜜を加えた私の強化版真実薬、名付けるなら『真実の口』とでも呼びましょうか。
自分の言葉じゃなく、考えを、感情を、聞いてほしくてほしくてたまらなくなる、そんな自白剤ならぬ暴露薬です。
「第四に――――なぜあなたに無関係なルシオを傷つけさせたのですか?」
びくり、とテオドロの肩が跳ねました。途端に、鬱屈とした眼差しが私を捉えます。
様子の変わった弟の姿に、様子を見ていた長兄次兄たちが腰を浮かせています。
「無関係?……無関係なわけないだろう。『弟』になるのに」
「おい、テオド――――」
「僕が一番最後だったのに、僕が一番の『弟』だったのに、こんな怪物が生まれて『弟』になった!その上君が結婚したらあのガキがまた新しい『弟』になる!!一番最後で、一番可愛がられて、一番みんなに愛される『弟』は僕だったのに!!」
少し感情を深堀りし過ぎました。一人掛けからばね仕掛けのように立ち上がったテオドロが私の肩を掴みます。
「それだけじゃないでしょう」
「そうだ!いまは!!家族の誰からも、僕が一番、一番、見てもらえ」
そこから先は潰れて声になりませんでした。イシドロより先に駆けつけた、ええと、イグナシオさん?長兄の方が、テオドロを殴り飛ばしてしまったので。
「テオドロ!!」
悲鳴を上げた侯爵夫人が床に倒れ込んだファッキソ甘ったれ野郎もといテオドロを支え起こしますが、完全に伸びています。私はその鼻血を流す間抜け面を見下ろしながら、傍らにきたイシドロを宥めつつ、その場のバルラガンファミリーの皆さんへこう告げました。
「……よくよくわかりました。謝罪も賠償も結構です。その代わり、テオドロ氏には久方ぶりの "勝負" をしていただきましょうか――――イシドロと」
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