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第55話 観己の吐露

「あのさ……。普通に考えて、月曜の早朝に電話かけてくるやつが居るか?」


キッチンで弁当に具材を詰め込んでいた俺は、目の前に立てかけてあるスマホに向かって呆れ半分で呟いた。


その画面には、薄手のパジャマに身を包んだ双葉が映っている。


画面の奥の彼女は、真剣さなど微塵も見られない表情で口角を上げた。


『まあまあ、兄ちゃんはいっつも早起きなんだから、別に電話かけても問題ないでしょ?』


「それは否定しないけど……」


『あと、そろそろ可愛い妹の姿を拝みたかったんじゃな〜い?』


「そんなことはない」


『即答かいっ!』


額に手を当て仰反る双葉。

俺は相変わらずの妹のテンションに呆れつつも、それより彼女の隣に座っている2人の少女の方が気になっていた。


「……んで、その2人はどちら様? なんで月曜の早朝に、双葉の家に?」


『この2人は私の友達の愛(あい)ちゃんと茉莉(まり)ちゃん!

 私の家で、みんなでお泊まり会してたの!』


「あー。そういえば、お泊まりがどうのこうの、って言ってたな」


『お、おじゃましてます……?』『おはようございます……』

ぎこちなく頭を下げる愛と茉莉の2人。


中学生が月曜日の朝まで泊まり会をするなんて普通では考えられないのだが、双葉が考案したイベントとなると納得はいく。


そんな双葉の家に滞在していた友人の2人だが、どこか気まずそうだった。

お泊まり会中の寝起きビデオ通話にて友人の兄と初対面するというのは居心地が悪いと思うので、こんな反応になるのも頷ける。


それに、双葉の友人の中には、不真面目お調子者の双葉に成績の良い兄が居るということ自体を都市伝説扱いしている人も居るらしいので、もしかしたらそれも関係しているのかもしれない。


とりあえず俺は「よろしくね」と笑顔で返しておいた。


すると双葉は、思い出したように声を上げる。

『そうだ! 2人には映真姉ちゃんも紹介したいな!』


『えまさんって……あ、双葉がこの前言ってた、お兄さんと一緒に住んでるっていう いとこ の人?』

『髪を緑に染めてて、声可愛くて身長高くてスタイル良いんだよね?』


(なんか俺の知らないところで映真が有名になってる……)


女子2人が妙に映真に関する情報を持っているのはおそらく双葉の仕業なので、それはさておき俺は後方に意識を向ける。


「映真ー、ちょっとこっち来れるか?」


俺が名前を呼ぶや否や、洗面台にいた彼女は「なに?」と返しながらキッチンまで歩いて来た。


制服姿の映真の髪は既に丁寧な手入れがされており、瞳にはカラコンが輝いている。


今の状況を俺がとりあえず説明すると、映真はスマホの画面を覗き込んだ。


「2人とも、おはよう」


『わぁっ、おはようございます!』『えまさんですよね?!』


「はい、双葉の いとこ の宝生 映真です」


『よろしくお願いします! 私、諸方(もろかた) 愛って言います!』『菱川(ひしかわ) 茉莉です! 早朝なのにすみません!』


「全然 大丈夫だよ。そちらこそ、双葉と仲良くしてくれてありがとうね」


『いえいえ!』『映真さんって声優みたいな綺麗な声で、しかもめっちゃ美人ですね! こんな方が従姉(いとこ)だなんて、双葉が羨ましいなぁ』


先ほどまでの気まずそうな空気はどこへやら、ハイテンションで喋り始める愛と茉莉の2人。


『さっきの兄ちゃんの時とは真逆の反応だねぇ』としれっと呟く双葉の声も微かに聞こえた。


さて、これからどれくらいの長話になってしまうだろうか……と俺は先行きを案じたところだったが、映真は間もなくスマホから離れて手を振った。


「私はまだ色々と学校の準備があるから、また今度お話ししようね」


『は〜い!』『ありがとうございました!』


そしてそのまま、映真は再び洗面所の方へと去って行く。


カメラに映る位置に戻った俺は、彼女を目で追った。

(……そんなに準備するようなこと、まだ残ってたか?)


一方、カナの友人2人も、『私たちも準備しないと』と言って画面外へと消えて行った。


俺は残った双葉に話しかける。


「んじゃ、そろそろ切ってもいいか?」


『オッケー。

 兄ちゃんも映真姉ちゃんも、いつも通り元気そうで良かったよ!』


「……そう……か?」


『あれ、違った?』


「いや、まあ……うん、元気だよ、元気。

 そっちも楽しそうでなにより。学校も頑張れよ」


『あーっ、学校めんどいー!』


「……希美にもよろしく伝えといてくれ」


俺はそう言い残して、電話を切った。



ーーーーーーーーーー



今日の放課後の鏡高校は、いつも以上にざわついていた。


校内の至る所では大量の生徒が、グループを作って集まっている。


体育館に足を踏み入れた俺は、壁にもたれかかってあたり一面を眺めていた。


「競技メンバーの顔合わせってドキドキするよね……」


そう俺に声を掛けてきたクラスメイトの加賀は、少し緊張気味の表情で横髪を触った。


俺は、それとは真逆とも言える微笑を浮かべて、彼女に声を掛ける。


「リラックスすればいいよ。加賀さんはコミュニケーション能力高いし、先輩方も良い人達ばかりだからさ」


「そ、そうだよね。みんな、借り物競走2組代表の『仲間』なんだもんね。

 片鳥くんのメンタリティを見習わなきゃ」


加賀はそう言って、肩の力を少し抜いた。


今日は、体育祭で同じ種目に出場するチームメイト同士の、初めての顔合わせが行われる。


各個人の出場種目が決定したのは、今日の朝。

柳井と映真から配られたプリントには、クラスメイトとその出場種目が表にまとめられていた。


俺や映真は借り物競走、純は台風の目、柳井はムカデ競走といった感じで、特に問題なく予定通りの決定である。


「片鳥くん。縦割り競技の練習って、確か明日から始まるんだよね?」


「うん。明日の6時間目に練習時間が設けられてたはず。

 まあ、借り物競走は他の種目と違って、上達のために練習するというよりかは、作戦会議をして対策を練るのが中心になるかな」


「んー、大変そう……だけど、きっと大丈夫だよね。私たち2組には片鳥くんが居るし、それに宝生さんもついてるし」


加賀が笑顔で振り向いた先には、緑の長い髪を靡かせる映真が居た。


彼女は、体育館の扉から校庭を眺めるように無言で佇んでおり、俺と加賀の会話を聞いているようには見えなかった。


「な、なあ、映真」


加賀に続いて俺が映真の名を呼ぶと、彼女はようやく振り返った。

「ん?」


「その……さ、お前、最近、なんというか……」


そこから先の言葉が出ずに俺が口籠っていると、背後から落ち着いた低い声が聞こえてくる。


「観己くんと宝生さんだけじゃないよ。2組には僕も居るってこと、忘れないでほしいな〜」


現れたのは、鏡高校で最も有名な生徒、木星 会長。

彼の顔を見て、加賀は目を丸くする。


「えっ、木星 先輩?! 先輩も借り物競走に出るんですか?!」


「そうだよ。

 君は、文化祭運営委員をやってくれた加賀さん…だよね? よろしくね」


「は、はい、加賀です! よろしくお願いします!」


木星の純粋な笑みに対し、加賀は調子良く答える。


ちなみに、木星が借り物競走に出場する理由は、本人の運動神経が悪すぎて他の種目だと痛い目を見てしまうから……らしい。


彼が運動を苦手としていることは俺にとっても意外だったが、俺と木星の出場競技が同じになったのは結果として良かったのかもしれない。


そんな木星は、そのまま俺と映真の元へと歩み寄る。


「そうそう、2人とも。この前に作った『2組 学級委員・体育祭運営委員』のグループL◯NEなんだけど、各種目の各学年から募ったリーダーも、予定通り招待しといたよ」


「ありがとうございます。これで各種目から課題が挙がってもすぐに共有・解決できますし、練習時間の確保や進捗確認もしやすくなりますね」


俺がそう答えると、木星は小さく頷く。


「そうだね。

 さ、体育祭まであと3週間。2人のこと、とても頼りにしてるからね」


その言葉に「光栄です」と頭を下げた俺は、すぐに映真の方を振り返る。


やはりというべきか、彼女は感情の読めない平穏な表情で黙っていた。


直後、映真は口を開く。


「……木星 会長からそんな言葉をいただく覚え、私にはありません。私は信頼されるような人間じゃないです。私を理解している人なんて……居ないでしょう」


語尾に向かって、彼女の声は小さく、弱くなった。


ネガティブさすら感じられる言葉遣いが、いつもの通りの彼女の表情と声色で発せられ、不気味さを増大させている。


(……映真は何を言っているんだ?)


彼女の口から発せられた言葉を脳で処理するのに、俺は時間がかかった。


俺は何か言葉を返したかったが、肝心のその言葉が浮かんでこない。


木星も一瞬だけ不審がる素振りを見せたが、すぐに「そこまで重く考えなくてもいいよ〜」と笑顔で映真に声をかける。


それから俺は、映真の顔ばかりが脳を過ぎるようになっていた。



ーーーーーーーーーー



無事にチームメイトの顔合わせも終わり、部活をする生徒の活気ある声が聞こえ始めた時間帯。


俺は、日陰で休む純の横に腰掛けた。

「ふぅ、まだ暑いな……」


「……なあ、観己」


「どうした?」


「宝生さんは今どこに?」


「あー、映真は今、教室だよ。なんでも、まだ委員の作業が残ってるとかなんとか」


「そうなんだ。なかなか大変そうだね」


「だろ?

 でもそんな作業があること、俺は全く聞いてなくてさ。さっき『手伝うよ』って映真に声かけたんだけど……『1人で大丈夫だから』って、そう返された」


そう言い終わって、俺はしばらく沈黙を貫いた。


「……なんかさ、最近、映真の様子が変なんだよ」


しかしどうしても耐えられず、そう漏らしてしまった俺の呟きに、純は鋭く反応する。


「『変』?」


「あ、いや、その……」


「『変』って何?」


「……」


必死に誤魔化そうとした俺だったが、純の真剣な眼差しが心に刺さる。


純なら少しくらい話しても大丈夫だろう。


そう考えた俺は、ゆっくりと口を開いた。


「…………映真の考えていることが、最近 全く分からないんだよ。

 俺の知る映真と、現実の映真の言動に、大きな乖離が起きてる」

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