第53話 映真の異変
(なんでアップルパイなんかに釣られて歌ってしまったんだ……!)
『79.7点』という表示を見て、俺は頭を抱えた。
アップルパイに目が眩んで映真とのデュエットを決めた俺だったが、それを後悔したのは歌い始めて間も無かった。
音程は合わないわ、歌声は濁ってるわ、高音パートで声は裏返るわ、俺のパフォーマンスは散々だったのだ。
俺は元々 音痴な上に、まともに歌ったのも久しぶり。
そんな中、トップバッターでデュエットなんかして、まともに歌えるはずが無かった。
その上、(俺と映真の歌い方が似ると良くないのでは……?)と頭に過ってからは、あまり集中できなかったし。
こんなんじゃ場も白けるだろ、と俺は考えていたのだが……
「お疲れ様」「いえ〜い!」「サイコー!」「お前ら息ぴったりだな」「良いですね」
皆なんだかんだ盛り上がっていたようで、俺は安堵した。
まあ、この皆んなの反応は恐らく、というか100%、映真のお陰であるだろう。
映真の歌は本当に上手だった。
声質が良い上に、音程の安定感も抜群。
ソロで歌えば95点は下らないのでは、というレベルだ。
その上、カラオケという、全力で歌えて且つ歌声が響く空間は、映真の歌唱力を最大限に引き立てていた。
俺は小さい声量で、映真に話しかける。
「お前……本当に歌上手いな」
「それはどうも。俺も、我ながら自分の歌唱力には驚いてるよ」
「やっぱ、まだ信じられないよな。俺が女子になったら、本当にあんな歌声になるのか……?」
「まあ、観己も……もし女子になれば……」
映真がそう呟いてからジュースで喉を潤した後、カナが声を上げた。
「……てことで、今からお昼ご飯!」
ーーーーーーーーーー
「ご注文の『ナポリタン』『ランチサンド』『マルゲリータピザ』『カツカレー』『担々麺』『オムライス』『天ぷらうどん』『フライドポテト』『唐揚げ』『三面師コラボスペシャルパフェ』になりまーす」
大量の料理を積んだワゴンを運んで来た女性店員が、テーブルの上に食器を並べていく。
カナ曰く、今回のカラオケは、ドリンクバーとランチがセットになった『ランチパック』で予約したらしい。
そのため、1人につき1品ずつ昼食を注文できたわけだが……
いつの間にか、数個のサイドメニューやデザートも追加で注文されていた。
これは恐らく、柳井や万華あたりの仕業だろう。
俺の手元にナポリタンが到着したところで、カナがグラスを突き出す。
「みんな、陸上大会 お疲れ様ー! かんぱーい!」
続いて全員で「乾杯」と言った後、それぞれが料理に手を付ける。
特に、カツカレーに齧り付く柳井の食べっぷりが激しく、ぼりぼりと音を立てては「うめー」という感嘆の声が響いく。
俺は取り皿にナポリタンを分け、右隣に座る映真に手渡した。
「どうぞ」
「ありがと。美味しそうだね、これ」
「だな。最近のカラオケのご飯って、こんなファミレスみたいな高クオリティなのか。家で料理する時の参考になりそう」
俺はそう言って、まじまじと目の前の料理を眺めた上で口に運んだ。
流石、有名カラオケチェーン店の料理なだけあって、値段の割にクオリティが高い。
映真のサンドウィッチも分けて貰いながら、俺が食べ進めていると……
カナが俺をじっと見ていることに気が付いた。
「……どうした?」
「そんなに美味しいなら、観己っちのナポリタン、ウチにも少し分けてよ! ウチの担々麺もあげるからさ〜」
「遠慮しとく」
「うぇっ、なんで?!」
「だって、その担々麺ってカナが既に口つけたやつなんじゃないの? 良いのか?それを俺が貰っても」
俺がそう問うと、カナは自分の料理をちらりと見た後、気まずそうに呟く。
「あ……確かにそうだね……。んじゃあやめとくか」
「なんかそれはそれで傷つくような」
暗に『自分が食べたものを男子にあげたくない』とカナに言われたようで俺は少々 ダメージを受けたが、
(……そもそもそれが普通か。カナ相手だから感覚が鈍っただけだわ)
とすぐに冷静になる。
俺のナポリタンへの興味を無くしたカナは、映真の方を向いた。
「映真ちゃんはどう? よかったらごはん分け合わない?」
その笑顔の提案に、映真は苦笑を交えながら返す。
「あ……私は辛いもの、苦手だから……」
「……そっか。なら仕方ないね!」
案外すんなりと引き下がったカナ。
普段は厄介な面もある彼女だが、映真が相手だとやけに素直になる気がする。
可愛い女子への贔屓といえるかもしれないが。
(…………『辛いものが苦手』……?)
ふと、俺は手を止め、先ほどの映真の言葉を思い返した。
おかしい。
映真は俺と同様に、辛い料理が好きなはずだ。
以前も、家で俺とキムチを作ったり、チリソースを使った料理を食べたりもした。
なら映真は、なぜあんな発言をしたのだろうか。
カナの提案を断る口実として、あれは適切ではない。安易だ。
もしキャラ作りだったとしても……
辻褄合わせとして映真が辛いものを公に食べられなくなると、映真自身は理解した上での発言だったのだろうか……。
そんな俺の困惑はよそに、7人で部活の話をしたり、体育祭の話をしたりと、打ち上げは盛り上がりを見せる。
そして、昼食を終えたところで、映真は徐ろに立ち上がった。
「ちょっと私、トイレ行ってくるね」
そのまま、映真はゆっくりとした足取りで部屋の外に出て行く。
その背中が見えなくなった直後に、カナも映真の後を追った。
「ウチも行ってこよっかな〜」
ーーーーーーーーーー
(……なんだろう……ずっと変だ)
誰も居ない女子トイレの洗面台で顔を洗いながら、映真は自らの異変を感じ取っていた。
(1週間。1週間くらい前から、ずっと……)
調子が狂っている。そんな気が、映真はしていた。
胸が詰まるような窮屈さに、すぐに溜まる疲労感。
どこか、モヤモヤとする感覚。
それらは全て気のせいだと、映真は思いながら、表に出さずに胸の内に留め続けていた。
しかしこの苦しさは、時間の流れで消えるどころか、映真の中で増幅すらしていた。
『精神的苦痛は、自分では気付きにくい』
昔どこかで聞いた、そんな言葉が映真の頭を過った。
その時……
「映真ちゃん?」
トイレの入り口の方からカナの声がして、映真は顔を上げた。
カナはいつもの笑顔ではなく、どこか心配そうな、案じるような表情を浮かべている。
「あ、カナ、も、トイレに?」
少々 言葉に詰まりながら映真が聞くと、カナはその質問に答えることなく、口を開いた。
「映真ちゃんもさ……もしかして……演技、してる?」




