第52話 カラオケで打ち上げ
「昨日は大変だった……」
カラオケ店の受付前にあるソファに座りながら、俺は呟いた。
今は日曜日の12時前。
外は快晴で非常に日差しが強いので、打ち上げのメンバーが揃うまで、俺と映真はエアコンの効いた店内で待つことにしていた。
そして今、俺が話題に出したのが、家に柳井が訪れた昨日の一件である。
「映真の正体が柳井にバレるんじゃないか、って、一時はヒヤヒヤしたよ」
結局、柳井はあの後『突然 家に押し掛けて悪かったな』と残して、普通に帰宅して行った。
彼が『過ぎた事はすっぱり忘れる』というスタンスだったのは、ありがたいことである。
映真は右手で首元を扇ぎながら、苦笑いを浮かべた。
「本当にごめん。俺の落ち度だよ。
柳井が家に来たってことを、風呂に入ってた観己に真っ先に伝えておけば、あんなことにはならなかったのに。
もう少し気を引き締めるべきかもな」
もし万が一、映真の正体を柳井が見破ったとしても、俺たちに直接的な危害が及ぶわけではない。
ただ、だからといって『この人は仲が良いから正体を明かしても良い』という例外を作り始めるとキリが無いし、正体を明かせば明かすだけ、思わぬ事態を招いてしまう可能性も高まる。
俺の父親である志水は、以前にそう警告していた。
そう俺が思い返していると、映真は小さく俯く。
「でもさ……」
「ん?」
「本当に……バレたら駄目だと思うか? 俺の正体」
「……ん? 何言ってんだ。分身やら性転換やらの事実を、外に漏らすわけには……」
思わず俺が眉を顰めると、映真は作ったような笑顔を浮かべる。
「それは確かにそうなんだけどさ……。
ただ——」
「やっほー2人とも!」
映真が何か言いかけた所で、声を弾ませながらカナが店に入って来た。
「いや〜店の中はエアコン ガンガンで涼しい〜!
みんなはあとどのくらいで来るかなぁ」
薄いピンク色のハンディファンを握る彼女は、その風で髪を靡かせながら、映真の隣に座り込んだ。
映真は言葉の続きを言うことなく、カナと話を始めた。
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メンバーの7人全員が集まった後、カナの案内で、俺たちは店内の廊下を進んだ。
「えっと、にじゅーご、にじゅーご……あった、ここの部屋!」
カナはそう言って、『25』と書かれた扉を開ける。
その扉の向こうに現れた正方形の個室は……想像以上に広かった。
俺の家にあるものより3倍くらい長いソファが、総勢6本も並んでいる。
ソファの前にはロングテーブルがあるし、テレビも心なしか大きい。
カナが壁にあるボタンをパチン、と押して明かりを点けると、その部屋の全貌はより鮮明に目に映った。
カナや万華が「ひろーい!」と言って騒ぐ一方、柳井は怪訝そうに部屋中を眺めている。
「おいここデカ過ぎないか……? 予約してくれたのカナだよな。何人部屋なんだ?」
「えっとね……30人部屋!」
「もったいなっ! 30?! 俺たちたった7人なのに?!」
「うん。広ければ広いほど、VIPになったみたいでワクワクしない?
それに、予約したの昨日の夜だったけど、普通にこの部屋借りられたよ」
カナはそう言って、イタズラな笑みを浮かべる。
確かに、特別感というか、優越感というか、この部屋からはそういったものが得られる。
ただ、少々落ち着かない気が。
一方の純は、荷物のショルダーバッグをソファに置いて腰掛け、眼鏡を拭き始める。
「パーティルームに来るのは初めてだな。こんな感じなのか……。俺の部屋より断然広い」
「それで言ったらさ、小枝の家の寝室ってこれよりもっと広かったよね?」
万華の問いかけに、小枝は小さく頷く。
「そう……ですね。この部屋の1.5倍以上の面積はあるかと」
「そうなの? 流石はお金持ちだね……。
ていうか、万華は小枝さんの家に入ったことがあるの?」
「ううん。小枝とビデオ通話した時に、画面越しでちらっと見たくらいだよ。
……って、ああ! ここのカラオケ、三面師とコラボしてるじゃん!」
万華はいきなり大声を上げたかと思えば、テレビに映ったコラボ宣伝を食い入るように見る。
この場に居るのは、1年2組と5組の生徒のみ。本来は体育祭で敵対関係にあるはずだが……
そんなこと関係なく、みんなでワイワイと駄弁っていた。
そんな中、俺は先ほどの映真の様子が気に掛かっていた。
「なあ、映真」
俺がそっと声を掛けると、映真は爽やかな表情で返す。
「何?」
「その……さっき、カナが店に入って来る前に、何か言いかけてただろ。あれ、何て言おうとしたんだ?」
俺の質問に、映真は数秒間 考え込んだ後……
笑顔を見せる。
「あー、あれは別になんでもないよ。
やっぱり、俺の正体は隠し通さないと駄目だよな」
そう言い終わるや否や、映真はドリンクバーで入れて来たレモンスカッシュを飲む。
「……」
俺は何か最近、映真に対して違和感を感じるような、そんな気がする。
だが、純が話しかけてきたことで、俺の思考はすぐに散った。
「何気に、俺が観己とカラオケに来るのも久しぶりだよね。どう?楽しみ?」
「まあ……みんなの歌を聞くのは楽しみ。歌うのはちょっと……」
「そう? 折角なんだし、沢山 歌おうよ。このメンバーなら、躊躇することないし」
「それは……確かにそうだな」
純は、俺がカラオケを避けていることも、それでいてカラオケ自体は別に嫌いではないことも知っている。
だから、この機会に、俺にカラオケの楽しさを再認識させてくれようとしているのだ。
純の言うとおり、わざわざカラオケに来て歌わないというのは勿体無いので、どこかで俺も腹を括って歌うしかないだろう。
すると、デンモクのパネルを必死にタッチしていたカナが、意気揚々と話し始める。
「さっ、まずトップバッターで盛り上げよっか!」
カラオケでは、『一番最初に誰が歌うか』という問題に面することが多々ある。
特に、あまり仲が良くない人同士でカラオケに行くと、トップバッターの押し付け合いは顕著になる。
なんせ、まだ場が温まっていないし、歌唱に対するハードルも高めになるからだ。
(まあ、このメンツなら、普通にカナとかが率先して歌うんだろうな)
そう俺が油断していると、カナはデンモクの画面を俺に向けて見せた。
そこには……『恋の白地図』という、青春の恋愛を歌って人気を博した男女のデュエットソングが表示されていた。
「観己っちと映真ちゃんでこれ歌ってよ!」
「……え?! やだよ!」
「なんで私たちが?!」
まさか「歌え」と言われると思っていなかった俺たちは、咄嗟に拒絶した。
「だって、一番盛り上がるから!」とカナは目を輝かせて話す。
「いやいや、盛り上がらないだろ俺たちじゃ……」
「とりあえずカナたちが歌ったら……?」
そんな俺たちの様子を見た万華は、カナに耳打ちをする。
「ほらぁ、見てごらん。やっぱこの2人は素直には呑んでくれないよ」
「ならば、プランBということで……」
カナはそう呟いて、ずっと持っていた謎のエコバッグの中身を漁る。
出てきたのは……
『sweetwins』のアップルパイだった。
「これプレゼントするから歌ってよ〜。お・ね・が・い」
「おい純」
いきなり現れた好物を目の前にして、俺はすぐ純の方に目を移す。
俺が贔屓にしている店の名前など、カナたちに話した記憶は無い。
誰かが彼女らにそれを教えたのだとしたら、それは純しか居ないのだ。
純は一瞬 驚いたような表情をした後、顎に手を当てる。
「……あ、ごめん観己。入学初期くらいの頃に、カナに観己の好物を聞かれたことがあって、もしかしたらその時に……。
まさかこんな交渉材料に使われるなんて。
特に宝生さんとか、断る権利はあるからね」
そう聞いて、映真はもう一度 甘い誘惑に目を移し、そして俺と目を合わせる。
やはり、いくら報酬が魅力的であれど、なんでもかんでも言うことを聞くわけには……
「「分かった、歌うね」」
結局、俺たちの自制心は遥か彼方へと旅立ってしまい、易々と要求を呑んでしまった。
カナは「そうこなくっちゃ」と言いながら、マイクを俺たちに手渡す。
小枝などは少々 呆気に取られているような気がするが、意に介さないでいいだろう。
そして唯一、柳井だけは不満そうだった。
「おいおい! なんでお前ら、カナみたいなヤツらの交渉に従ってんだよ! これからの体育祭とか、そんな調子じゃ大変なことに……」
「まあまあ、今は体育祭とか関係ないからさ。観己たちが良いなら、それでいいんじゃない?」
宥めるような純の発言に、柳井は渋い顔を浮かべる。
そうしている間に、爽やかなピアノ調のイントロが流れ始めた。




