第50話 映真と柳井の仕事
「……んで、小枝も生徒会長を目指してるんだってよ」
放課後。荷物をまとめながら俺が説明を終えると、映真は小さく頷いた。
「小枝も……か。
観己は、その小枝の挑戦には応じるの?」
「そのつもり。拒否する理由も無いし」
「……そう。
まあただ、変に『2組 対 5組』みたいな運動が広がらなかっただけよかったね」
「流石に、個クラスへの過度な敵意を生み出すのは良くない、ってことだろうな」
柳井たちの個人間の争いは、あくまで個人間に収まっている。
体育祭は五つ巴のため、個人間のいがみ合いを学校単位で広げるということはしないのだろう。
ただ、2組の体育祭への熱が上がってるのは確かである。
帰りのSHR時に、柳井から呼び掛けもあったし。
——『来週から練習が始まるぞ!
希望通りに種目が選ばれなかった人もいるかもしれねーけど、そんなの関係なく、2組が圧倒的に強いってこと見せつけてやるぞ!
文化祭の悔しさを晴らすチャンスだし!』
良くも悪くも周りを気にしないポジティブな柳井は、常にクラスの核になってくれる。
柳井と同じ中学校出身だという佐々木も外交的な人で、1年2組の雰囲気は彼らを中心として形成されてきた。
彼ら(に加えて今上先生など)の熱意がある以上、2組のモチベーションが低下するということはまずありえないだろう。
「宝生さーん!」
噂をすれば、というべきか、映真の名を呼びながら柳井が駆けつけて来た。
「早速アンケート作ろーよ!」
「いいよ」
そう言って、映真は柳井の方へ歩いていく。
現在の2組は、6つの縦割り種目のどれに誰が出場するのかを決める段階に入っている。
その件に際して、木星 会長からの提案により、柳井たちはアンケートフォームを作るのだとか。
机を囲む柳井と映真を横目に、俺は鞄を背負って純と共に教室を出た。
俺と一緒に部活に向かう純は、俺の隣を歩きながら口を開く。
「なんか、俺が知らない間に、2組と5組の間で色々なことが起きてたみたいだね。
あの冷静そうな小枝が、観己に直接的な挑戦をしてくるだなんて驚いたよ。『どちらが自分の組を優勝に導けるか』だったっけ?」
「うん。まあ、小枝にも学級委員としてのプライドがあるわけだし、結局は高校生同士の意地のぶつけ合い。それ以外の何ものでも無いよ」
その俺の言葉に、純は「そっか」とだけ返した。
ーーーーーーーーーー
柳井の電子タブレットを指差しながら、映真は指示を出す。
「で、ここにさっきの質問文を書くんだよ」
「なるほど、オッケー。
『絶対に出場したい縦割り種目がある場合は、以下の6つの中から1つを選んで——』」
柳井はそうボソボソと口にしながら、タブレットに付属するキーボードを慣れない手つきで打ち込んでいく。
ある程度の作業が終わった所で、彼は「ふぅー」と息を吐きながら背伸びをした。
「初めてやったけど、アンケートフォームって意外と簡単に作れるんだなぁ〜。
いやー、なんか『仕事してる』って感じで楽しぃ〜!」
満面の笑みを浮かべる柳井。
この際、柳井は映真の指示に従っているだけなのは置いておこう。
映真は、教室前方に掛かっている時計を一瞥する。
「良かった。
この感じなら、思ったよりも早く作り終われそうだね」
「ほんと、宝生さんが事務仕事とかにも詳しくて助かった〜。
観己が居なくても、意外と大丈夫なもんだな。もう観己は要らないかもなぁ! なんちゃって!」
柳井はガハハ、と汚い笑い声を上げる。
映真は(まさか目の前の女子の中身が観己だって知ったら、どんな顔になるんだろな……)と呆れながら、バレないように彼を軽く睨みつけておいた。
そうしていると、廊下から1人の足音が聞こえてきた。
「2人ともご苦労様。どう、作業は進んでる?」
教室の扉を開けて入ってきた今上先生の顔を見て、柳井は顔を輝かせる。
「あっ、せんせー!
バッチリっすよ! 見てくださいこれ!」
そう言って、柳井はタブレットの画面を今上に見せる。
今上は笑顔で頷いた。
「おー、良いじゃないか。
あとは、君たちがどんな采配をするかだね」
アンケートを作った目的。
それは、個人の意思を尊重した上で、個人の能力を活かせるよう、映真たちでクラスメイトに出場種目を割り振るためだ。
「ある程度は、もう俺たちで決めてますよ。
例えば、佐々木はサッカー部で筋力体力もあるし周りも見れるからロープ引き。
町嶋はリーダーシップと脚力があるんで台風の目とか。
片鳥は顔が広いしコミュ力があるから借り物競走のリーダーに。
俺は……万能だし、障害物競走かな!」
「万能? 不器用の間違いじゃなくて?」
映真からの辛辣なコメントに、柳井は「ぐはっ」とダメージを食らう。
「そ……そこは要協議ってことで……。
とりあえず、2組の重鎮らはそんな感じ。あとのクラスメイトに関しては、アンケート結果も踏まえて考える感じだな」
柳井はそう言って、タブレットを閉じて鞄にしまう。
「それにしても、もう来週から練習が始まるのかー。
クラス全員参加の種目もあるし、これ練習時間足りるのか?」
大変だ、と呟く柳井に、今上は付け足す。
「それに、縦割り対抗の選抜リレーもあるよね」
「げっ、そういやそれもあったわ」
「あー、柳井は選考外だったからな。忘れてても仕方ないね」
「その件でイジるのマジでやめてください」
柳井が真顔で訴えると、今上は「ごめんごめん」と軽く詫びる。
選抜リレーは、1学期に行われた50m走の記録をもとに、各クラスから男女3人ずつの計6人が選出される種目だ。
選出された生徒は、体育祭での競技回数が他の生徒よりも増えることになる。
そのため体力的にかなり大変ではあるが、リレーは体育祭において最も盛り上がる競技の1つでもあるため、選出を望む生徒は多い。
そして、観己や純は走者として選出されている。
映真は転入生として2学期から鏡高校に通っているため、走力以前の問題で選出はされていなかった。
(俺が観己と同じ競技に出れば、分身として、以心伝心の強みを活かせただろうけど……。
まあそもそも、そのメリットを競技内でどれほど活用できるのか、って話ではあるからなぁ)
映真の脳裏には、観己の顔と、『2組の優勝』という言葉がかわるがわる過っていた。
ーーーーーーーーーー
「ねえねえ観己っち〜」
部活中に話しかけて来たカナに、俺は顔を上げる。
「どうした?」
「映真ちゃんと珀磨って、今どこに居るの?」
「2組の教室だけど」
「そこで何してるの?」
「それは内緒」
額に流れる汗を腕で拭いながら俺が答えると、カナは一歩こちらに踏み込んで上目遣いを見せる。
「え〜、教えてよ〜」
「駄目」
「体育祭に関することなんでしょ? 何か会議とかしてるんでしょ?」
「うん。だからこそ、カナに教えるメリットが無い」
「まったく、観己はいっつも秘密主義なんだからぁ」
カナは悪戯っぽく笑いながら、後ろを向いた俺の背中を指でつんつんとつついた。
俺は「はぁ」と軽く息を吐き、振り返る。
「いや別に、秘密主義とかじゃなくてさ。
ただ俺は、利敵行為に繋がりかねない事をしたくない、ってだけで」
俺がそう話している間、カナはじっと俺の目を見ていた。
「……俺の顔に何か付いてる?」
「いや、そうじゃなくて……やっぱ観己っちって、どこか掴みどころがないなぁ、って思って。
観己っちっていつも同じような表情してるけど、一体なに考えてんだろう。なんか不思議」
「俺のこと動物園の動物かなにかだと思ってる?」
「お、的を射てる。その通りかも。
もし観己っちを何か動物に例えるとするなら……オオカミとかかな!」
「適当なこと言われても反応に困る」
「えー、ウチからしたらけっこう解釈一致だと思うんだけど」
「よく分からないけど……とりあえず、褒め言葉だと思い込んどくよ。
さ、そろそろ練習再開しないと」
俺はそう言って、日が照るグラウンドを歩いた。




