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第48話 映真のうたた寝

(なんか……暇だな)


風呂から上がった映真は、ソファに座りながらボーッとしていた。


今日は宿題が無いし、これといって勉強することも無い。


観己は入浴中だし、平日の夜なのにいきなり姉妹や友人に電話を掛けるわけにもいかないので、喋る相手も居ない。


それに……


(風呂上がりだからか、なんだか眠いな……)


先ほどのカメムシ騒動で体力と精神をすり減らしたのも影響し、映真の体に力が入らない。


とりあえずテレビでも見ようかと、映真は近場にあったリモコンを掴み、適当にニュース番組をつける。


『……では、明日の天気です。明日は1日を通して東京都全域に晴れ間が——』


しかし、映真の瞼は段々と鉛のように重くなっていった。



ーーーーーーーーーー



「ふぅ〜」


風呂はやっぱり気持ち良いな、とパジャマ姿の俺は呟きつつ、風呂場を出る。

タオルで頭を拭きながらリビングに入ると、1つの光景が目に入った。


エアコンとテレビの音だけが鳴っている静かな部屋の中、映真がソファの背もたれに寄り掛かりながら目を瞑っていたのだ。


すぅ、という寝息が、微かに聞こえてくる。


「寝て……るの……?」


俺はようやく、映真が眠りに落ちていることに気づいた。

初めこそ俺は驚いた……が、よくよく考えれば、彼女のこの状況は無理もない。


映真が女体化して体力が減ったのは事実なわけだし、俺よりも疲労を感じやすい体のはず。

それに加えて、腹痛を起こしたり、虫に翻弄されたり、今日は散々だった。

疲れているのかもしれない。


しかし、まさか眠ってしまうほどだったとは。


(もしかして俺の想像以上に、映真は何か心労を……?)


そう考えながら、俺はひとまず映真の右隣にそっと座り、コップに入れた水を飲む。


俺が隣に居ることに気付くこともなく、映真は同じ姿勢のまま寝続けていた。


(にしてもコイツ、かなり熟睡してるな……)


一瞬、俺は映真を布団まで運ぼうかとも考えた。彼女は入眠直後で、眠りも深いはず。

だが、運ぶとなると、彼女を起こしてしまう可能性は高い。


とりあえず、放っておくのが一番だろう。


そう判断した矢先、映真の体がぐらっと前方に傾いた。


「やべ」


ソファから飛び出しかける彼女を救おうと、俺は急いで腕を伸ばし、彼女の上半身を前から支える。


ムニ


その時、柔らかい感触が俺の腕に広がった。


「…………」


俺は、一瞬だけ動きを止める。


その後 映真の体勢をゆっくりと戻す俺は、真顔を維持するが、内心は……


(……映真の、その……む、ね……を、布越しとはいえ……触っ……!)


騒がしかった。


映真が眠り続けていることを確認し、すぐさま俺はさっと腕を引く。


彼女の胸の膨らみの感触が、いまだ俺の腕に余韻として残る。

その余韻を、もう片方の手でさすって消しながら、俺はこれごときで狼狽えた自分が恥ずかしくなってきた。


(思い出せ! 睡眠中だから分かりづらいけど、コイツは俺の分身だからな! 体だけが女子な……女子なだけで……!)


映真のスタイル自体は、女子の中ではかなり水準が高いと俺は自負している。

身長も高く、細すぎず太すぎない体。それでいて、付く所にはしっかりと肉が付いている。

申し訳ないが、希美や双葉とは比較にならないほどだ。


(クソッ。そもそも、コイツの胸が双葉くらい小さければ、こんな動揺することは無かっ……まずい、それは双葉に怒られる)


俺は頭を抱えて溜め息を吐き、とりあえず思い切り水を呷(あお)った。


そして、俺は立ちあがろうと膝に手を置く。


しかし、先に動いたのは映真だった。


ぽすっ


俺の左肩に、彼女が体重を預けてきたのだ。


彼女の風呂上がりの良い匂いに、きめ細かい肌やツヤのある緑の髪、そして高い体温……。


(……もういっそ起きてくんないかな。頼む! 起きろ!)


思わず体が硬直した俺は、眼力で念じながら映真を睨むが、効果は無い。


そこでふと、紺色のパジャマの襟元から覗く彼女の肌を見て、俺は違和感を覚えた。


(…………ん?

 ……あれ……?

 下着……下着は?)


本来は存在するはずの下着の肩紐が、彼女の肩にかかっていないどころか、どこにも見当たらない。


俺は、映真の胸元に目を移す。


(……コイツ……下着は?! え、着け忘れてる?!

 ノーブラ!?

 ……って、ちょっと待てよ。さっき俺が腕で触れたのは、たった布一枚越しの胸……)


「ほぁっ」という変な叫び声が出そうになり、俺は慌てて右手で自分の口を塞いだ。


そうしている間に、映真の頭は俺の肩からずり落ちてきて、とうとう俺の膝が彼女の枕にされてしまう。


横向きになったことで、映真の胸の脂肪が重力に負けている様子を見て、俺は「写真でも撮って後でコイツに見せてやろうか」という謎の衝動が湧いては、頭を振って考えを改めていた。


「……ん……あう……」


ふと、映真の口から喃語のような寝言が聞こえてきて、俺は彼女の顔を覗く。


(……寝言?)


「……んな……お、れ……の……」


(……今コイツ、『俺』って言ったよな。無意識下で。

 もし純の前とかで居眠りとかしたら、寝言で正体を疑われる可能性あるなぁ。杞憂ではあるけど)


俺はもう一度、すやすやと気持ち良さそうに寝る映真の顔を眺めた。


確かに彼女は俺似の顔ではある。が、むしろそれ以外には『俺の分身』と感じるような要素はどこにも見られない。


『黙っていれば美人』という言葉がばっちり合うような、美少女である。


俺が女体化したら本当にこれになるのか、些か疑問が湧くほどだ。


(さっきの歌の件も含めて改めて実感したけど……映真は俺の分身だけど、ちゃんと女子だから俺との違いはあるんだよな……。

 とは言っても結局、差があるのは外見だけで、中身は一緒なんだけど)


映真はいまだに睡眠中で、俺は硬直したまま。


俺はとりあえず、ついていたニュースを見て気を散らすことにした。


しかし、夜の10時を回ったタイミングで、あまり興味の無い番組に切り替わってしまう。


「……チャンネル変えよ」


俺はボソッと呟いて、リモコンのボタンを押す。



ポチッ



『私のハルお兄ちゃんが、朝起きたら突然 女子になっちゃった?! てことは、ハルお姉ちゃんだね!

 今日から新学期! 来月に控えるは文化祭! ハルお姉ちゃんがちゃんとやれるのか、私とても心配! 

 『お兄ちゃんは私のお姉ちゃん 第二期』、始まるよ〜!』



「…………」



ポチッ



『知ってましたか〜? アマエビって、生まれた時はみんなオスで、5歳頃にメスになるんですよ〜。いわゆる『性転換』ですね!』



「…………」



ポチッ



『クローン技術が進化する昨今、一部の学者間や世間では、クローンを生み出すことの倫理的問題などを問う声も多く、クローン技術とどのように向き合いどのように利用するのか、様々な意見が——』



「…………」



ポチッ



『おい高嶺。お前の正体が酒井の野郎だってことくらい、バレバレなんだよ馬鹿が。さあ、俺を騙して素性を偽ってた罪、ちゃんと償ってもらおうか……。死という名の代償でな……!』



「……まともな番組が無いな」


そう俺はぼやき、テレビを消した。



次の日、下着を身につけた映真が、寝室の布団の上で目覚めて困惑の声を上げるのだが、それはまた別の話である。

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