第43話 観己の夢
「はい。これで全部です」
カシャン、と音を立て、俺は重ねた数枚の紙をステープラーで留める。
生徒会室の机上には綴じられた冊子が綺麗に並べられており、電源を落とした印刷機はまだウィーンと音を立てている。
「ありがとう片鳥くん、助かったよ」
そう感謝する夢咲 玲華 副会長は、デスク上のパソコン操作しながら、体育祭に関する資料を作成していた。
俺が生徒会室に来て玲華らの手伝いをするのは、別に今日が初めてじゃない。
先週は、昼休みに彼と一緒に備品倉庫の整理をしたりもした。
俺が玲華と初めて話したのが、入学後すぐに行われた第1回学級委員会の時。
以降、何度か個人的な手伝いをするうちに、俺は彼と仲良くなったのだ(俺と万華が同じ陸上部、というつながりもあったし)。
1学期の文化祭の際も、俺は他の生徒よりも比較的 多く運営に携わった。
「……そういえば、夢咲先輩 以外の役員は居ないんですか?」
俺は、広い割には2人しか居ないガラガラの生徒会室を眺めて質問した。
すると玲華は、背中で精一杯の疲労感を醸し出しながら溜め息を吐く。
「まぁ……体育祭が近くなってきたからな。生徒会役員はみんな激務で、昼休みも色んな所に行ってるよ。
生徒会室でこうやって座りながらパソコン触ってる俺が、一番暇かもしれん。
もう何人か庶務が居れば楽なんだろうけどな」
そこで玲華はピタッと動きを止め、ゆっくりと俺の方を振り返る。
「……なあ片鳥くん、君、庶務になってみる気は……」
「無理です」
「いや即答かい」
「だって、1年生は生徒会には加入できないじゃないですか」
鏡高校の生徒会は、毎年12月に新体制が発足する。
『庶務』はスカウトで自由に増やせる役職だが、1年生が加入出来るのは新体制の発足以降。
つまり、9月である現在、俺は生徒会には加入できない。
「だから俺を『個人的な手伝い』というていで呼んでるんですよね」と俺が付け加えると、玲華は苦笑して頷いた。
「その通り」
「というかそもそも、俺に拘る必要も無いですよ。庶務を引き受けてくれそうな2、3年生くらい、探せば居そうですし」
「うーん……。これでも俺は、意欲の高そうな知り合いには ひと通り声を掛けたんだけどね……。庶務って、言っちゃえば雑用係だからさ。多忙やらを言い訳に、全員に断られちゃったよ」
「そうだったんですか」
「ま、別に良いよ。もし俺が次も生徒会副会長に当選したら、片鳥くんが庶務になってくれるだろうし。
……え、なってくれるよね?」
「……その……つもりですけど……」
「あ、あれ?」
俺が歯切れの悪い返事をしたので、玲華の表情に動揺の色が浮かぶ。
「まだ悩み中だったか?」
「……ただ少し、判断を遅らせているだけです」
「なるほど。まあ、生徒会長を目指すのなら、早めに手を回すに越したことはないぞ」
「……」
俺は手を止めた。
「……『生徒会長』? 俺、生徒会長になりたいなんて言ったことありましたっけ?」
「ないよ。でも普通の生徒は、こうやって積極的に俺たちの手伝いに来てくれるなんてまずしないだろ?
それに何より、俺には『目』で分かる」
「……目?」
俺が呆然とする中、玲華は続ける。
「片鳥くんの目だよ。
ずっと前から、君は未来を睨む強い目を持っていた。
かつて木星が持っていたのと同じ、『必ず生徒会長を目指す』という目をね」
「……なんかカッコつけてます?」
「バレたか。ちょっと厨二っぽくしてみた」
「なんですかそれ……」
しかし、玲華の観察眼は鋭かった。
そう。彼の言う通り。
俺は、生徒会長を目指している。
中学時代の苦い思い出を塗り替えるためだ。
公言はしていない。
が、俺はその夢の為に、勉学に励み、学級委員になり、行事の準備を手伝って生徒会の雰囲気を調べてきた。
鏡高校に入る前から、ずっと、それだけを目指していた。
……少なくとも、映真が現れるという想定外の事件が起きるまでは、それだけを目指していた。
「……夢咲先輩。1つ、例え話をして良いですか?」
「ほう」
「AとBという高校生が居たとします。2人は、以心伝心と言えるほどにお互いを理解している、大の親友でした。
2人は別々の高校へ進学していて、それぞれ、生徒会長になるという夢を追いかけていました。
しかし、Bは突如、Aの居る高校へ転校することが確定します。
この時、もし夢咲先輩がBだとして……貴方の生徒会長になるという夢は、どうしますか?」
俺は、最後に神妙な面持ちで玲華に問いかけた。
Aは俺。Bは映真。
彼はしばらく無言になったが、場が静まり返る前に口を開いた。
「それが、君の悩みの原因? もしかして、宝生さんと何か……?」
「ご想像にお任せします」
「そうだなぁ……君の話の場合、Bさんが夢を叶えるのは厳しいだろうな。転校先で生徒会長を目指すというのは難しいものがあるし、何より親友のAさんが同じ夢を持ってる。
もし俺がBさんなら、諦めて割り切って、Aさんをサポートするかな」
そもそも俺はサポートが好きだし、と玲華は腕を組んで軽く笑みを浮かべる。
「ま、なにはともあれ、もし片鳥くんが何か悩んでいるなら、1人で抱え込まない方法を探してみることを薦めるよ」
「……そうですね、ありがとうございます」
俺も映真も、1ヶ月という期間をかけて、『分身』という事実を受け入れられるようになった。
でも、俺には疑問があった。
『生徒会長になりたい。そして、中学時代のリベンジを果たしたい』
この夢を失った映真は、今、どのくらい心の整理がついているのか。
『観己』として存在し続ける俺を見て、映真は何を考えているのか。
でもきっと、映真は自分の葛藤を、自分なりに解釈することが出来る。
映真は強い。俺はそう信じている。
だから俺は、その疑問を持たないことにした。
でも……俺はなぜか、『生徒会長になる』という夢を再び目指すという決断に至れない。
「そうそう、宝生さんと言えば」
玲華がいきなり話し始めたので、なんのことかと俺は顔を上げる。
「片鳥くんは、TSモノに興味はある?」
……え?
「あ……あの……それは映真とどういう関係が……?」
「昨日の大会の時にね、カナが『もしも男子になったら』っていう話を宝生さんとしてたみたいでさ。
俺が乱入してTSジャンルのあるあるとか話してたら、宝生さんが真剣な顔して聞いてたから」
「な、なるほど」
良かった。
少なくとも、映真の正体がバレたわけではなさそうだ。
映真の周囲で性転換の話題が出るなんて、肝が冷えるので勘弁してほしい。
映真が真剣な顔をしていたのも、『下手したら彼女の正体を悟られかねない』という狼狽から来たものだろう。
決して、映真がTSジャンルに興味津々だったということはない。……多分。
「そういうことでさ」
俺が安堵したのも束の間、いきなり玲華がよいしょと机の下から取り出したのは、重そうな紙袋。
これは一体……?
「この機会にTSを布教しようと思って、家にあったTSモノの小説を何冊か持って来たんだよね。良かったら片鳥くんにも貸すよ」
「……ん?」
『何冊か?』だって?
この紙袋の重量感だと、入っている本の数はそんなレベルには見えないのだが。
「いや要らないですよ! 持って帰るのも一苦労しそうですし!」
慌てて俺は両手を開いて突き出すが、玲華はきょとんとした表情のまま。
「そうかな? 結構 軽かったと思うけど」
「そんなわけないでしょう!」
「まあまあ落ち着いて。全部持って帰れないのなら、俺が1冊ずつ紹介するよ。気に入ったのがあれば選ぶと良い。まずはこの『お兄ちゃんは私のお姉ちゃん』っていう……」
「ちょ、一旦止まって下さい!」
紙袋から本を取り出しかけた玲華を制止し、俺は強気に断る。
「あの、ここって生徒会室ですよね?! 神聖な場所ですよね?!」
「ハハハ、これは単なる小説なんだから、校則上は持ち込み可能なんだよ〜」
確かに。
そう言われると、俺も反論は出来ない。
「と、とりあえず、俺はTSジャンルは嫌厭してますので。小説は受け取りません。
何か語り合いたいなら、趣味が合う万華とにしてください」
「まぁ……片鳥くんがそう言うなら仕方ない。
俺には、一番のオタク友達である万華がついてるからな。今夜にでも、アイツと一緒に『おにおね』のアニメでも見返すとするか〜」
「……あ、もう時間なんで、俺は教室に戻りますね」
バタン、と扉を閉めて、俺は急いであの魔境から脱出した。
玲華は、万華 以上に油断がならない。隙を見て逃げられなければ、一生捕まってしまう。
まあ、俺が『となりのかくざとう』というラノベを知っていることがバレてから、明らかに玲華に絡まれるようになったので、そこは仕方ない部分もある。
それにしても、玲華はかなりアブノーマルな人物だ。
「それでも人望を集めて副会長やってるんだから、つくづく不思議な人だよな……。
…………なるほど、『抱え込まない』……か……」
そう呟きながら、俺は廊下を早足で歩いた。




