第41話 家族ドライブ/観己の夜
「ふふっ、実はね……」
双葉は、不敵に笑みを浮かべて視線を右に移す。
その先に居たのは……
白いコンパクトカーの運転席の窓から顔を出している、サングラスを掛けた希美だった。
「「……え?」」
「さあ、3人ともこの車に乗りな!」
「「どういうこと?!」」
俺たちは理解が追いつかず、とりあえず希美に駆け寄る。
今日は電車で来たんじゃなかったのか。これは誰の車なのか。なんで車の中に居るのか。
早口で質問を浴びせると、希美はサングラスを外して余裕の笑みを浮かべた。
「なんとね……実は私、今年の夏に免許取ったんすよー!」
「……嘘だぁ」「どうせ冗談だろ」
「んなわけないでしょう?
ほいほい、これが私の免許証じゃよ〜」
希美は免許証を指で摘み、話を間に受けてない俺たちに見せびらかした。
そこに希美の顔写真が貼ってあるのを見て、俺たちは絶句する。
「本当に……? マ◯オカートでいつも下位を取ってるあの希美が……本当に免許……?」
「てことは、まさかその車って買ったやつ?!」
「いや、これはカーシェア。いわばレンタカーみたいなもんだよ。流石に自家用車を買うのはまだハードル高くてねぇ」
「今日の私たちはね、姉ちゃんの運転でここまで来たんだよ!」
自慢げにそう話す双葉に俺たちが何も返せないでいると、希美は「さっさと乗れよ」というジェスチャーを出す。
「さ、今日は私の運転で、2人を観己ん家まで送って上げるよ」
「そ、それはありがたいけど……」「なんか不安だな……」
「そんな心配することないよ。私、教習所の美人な姉さんに『あなた運転 上手だね〜』って褒められたんだから」
それは単なるお世辞じゃない……?という不信感が残ったまま、とりあえず俺たちは車に乗り込む。
そして、4人を乗せた車は駐車場を出て行った。
確かに、希美のハンドル捌きは思ったより丁寧でスムーズだが……
後部座席に乗せられた身としては、何か事故を起こされたら、と思うとたまったものではない。
人の運転ってなんでこんな怖いんだろう。
それに……
「なんか、さっきから希美の様子おかしくない? やけにハイテンションっていうか……」
俺がボソッと呟くと、助手席に座る双葉がそれに反応する。
「どうやら姉ちゃんアレみたいなんだよね。『ハンドル握ると性格が変わる』っていうやつ」
「おいおい、それはちょっと……」
すると希美は、交差点に差し掛かった瞬間にギュインとハンドルを左に切った。
遠心力によって、疲れ切った俺の体は右隣の映真の方へと吹き飛ばされる。
「うわ危ねっ」
「ちょ……観己、重い!」
「ごめん、映真。今すぐどくよ」
「いてて……てかさ、お前なんか汗臭くない?」
「んなこと言うなよ。仕方ないだろ。
それに、言っとくけど、映真だって汗臭いからな」
「わーヘンタイ」
「クソ……全く、運転の荒い希美のせいで酷い目に……
……って、双葉お前、なにこっち見てニヤニヤしてんだ」
密着する俺たちの様子を見て薄ら笑いを浮かべる妹に、俺は一喝するが、当の本人に悪びれた様子はない。
それどころか双葉は、「そういえば、さっきのアイスの間接キスどうだった?」と映真に質問してくる始末。
「「…………」」
俺たちが家に帰り着く頃には『電車で帰るべきだった』という後悔でいっぱいになっていたのだった。
ーーーーーーーーーー
——『観己……観己……!』——
「……はぁ……はぁ……」
帰宅した後の、夜のことだった。
目が覚めてから少しして、俺は息が荒くなっていることに気づいた。
部屋は真っ暗で、隣では映真が姿勢正しくすやすやと眠っている。
今の時間は、日が回って午前2時くらいといったところだろうか。
日中は陸上大会もあったし、普通なら疲労で熟睡するはず。
それでも俺が飛び起きてしまったのは……
「……また……悪い夢でも見たのかな……」
記憶には無いが、夢の中で名前を呼びかけられたような、そんな気がする。
夏休みにも、同じようにうなされることが何回かあったからだ。
このまま寝転がっていても眠りにつけなさそうだと感じた俺は、部屋を出てリビングに行き、コップ一杯の水を飲んだ。
一息つけば、再び自分の部屋に戻り、枕元に置いてあるスマホの画面をタップする。
両親から『入賞おめでとう!』というメッセージが届いていたのだが、俺は一旦それを無視し、スマホのライトを点ける。
そして映真の目を覚まさないよう、光量と物音を最低限に抑えながら、俺は本棚から一冊の分厚い本を取り出した。
『心ヶ丘中学校』
紺色の表紙には、金色の文字でそう書いてある。
俺はそのアルバムを床に置き、いくつかページをめくった。
中には、無数の楽しげな中学生達が写った写真がいくつも載っている。
そして『体育祭』と題されたページにも、躍動感のある写真が並ぶ。
俺はその中の一枚を見て、小さく笑みを浮かべた。
中心に写っているのは、しゃがんで笑顔を見せる体操服姿の片鳥 観己。
その周りを数人の女子と男子が囲んで、各々が好き勝手にポーズをとっているというものだ。
その中でも一際、観己の右肩に手を添えている女子は、特別な雰囲気を出していた。
「…………」
ふと、俺がアルバムから手を離した時、ページが一枚めくれた。
『文化祭』
現れたその文字を見て、俺は自分の瞳孔が開くのを感じながら、すぐにアルバムを閉じた。
1つ深呼吸をしてアルバムを片付けた俺は、スマホのライトを消し、再び寝床についた。




