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第40話 大会が終わって/おすそわけ

「みんな、お疲れー! よく頑張ったよ!」


大会での全競技が無事 終了し、傾く夕日の下、鏡高校陸上部のミーティングが行われた。


手間本顧問の賞賛の言葉を最後に、その場は解散となり、部員達は口々に喋り出す。


「マジ暑かった……」「都大会楽しみだね!」「リレー迫力あったなぁ」「よく入賞できたよね〜」「明日からまた学校かよぉ……」


「みーんな凄かったよー!」

いつもの陸上部一年生のメンバーは自然に集まっており、その中で、カナは笑顔で両手を広げていた。


カナは100m・200m・リレーと合計3種目に出場して、肉体的にも精神的にも疲れているはずなのだが、いつもの能天気ぶりのせいでそれを一切感じさせない。


「万華は大躍進! 小枝もフィールド種目で入賞したし、純ぴも観己っちもかっこよかった! 映真ちゃんは、誰よりも声を出して応援してくれてありがとうね!勇気出たよ!

 そしてかく言うウチも、今回は多岐にわたって主役級の大活躍〜!」


嬉しそうに頷くカナのその総括に、各々は様々な言葉を返す。

そんな中、1人だけ複雑そうな表情をしている男が居た。


柳井 珀磨である。


「…………」


彼の暗澹とした表情を見て、カナは彼の顔を覗き込んだ。


「ほら珀磨、元気出しなよ〜」


「いやだって……俺だけ都大会進出ならずだったし……」


「も〜、まーだそんなことで くよくよ してるの?」


「『そんなこと』ってなんだよ! 俺、結構 深刻に落ち込んでるんだぞ!」


「全く……珀磨らしくないなぁ。珀磨はもっと、楽天的なお気楽キッズじゃないと」


「キ、キッ……?」


「だってウチは、そういう楽しそうな珀磨から けっこう元気もらってるしね」


「…………」


「あっ、まんざらでもない顔して〜」


「はぁ?! まんざらって何?! 別にしてないわ!

 ……分かったよ、元気出せばいいんだろ?」


「そうそう、そゆこと〜」


こうしていつもの調子に戻った柳井は、上気した顔で「じゃあ俺はそろそろ帰るから!また明日!」と強気に言い残し、早足でその場を去って迎えの車へと向かって行った。


「じゃあね〜珀磨〜」


「あ……では、ワタシもそろそろ帰宅致しますので」


「オッケー、小枝もバイバーイ」


小枝が乗り込んだのは、素人目に見ても高価そうなゴツい車。柳井のシンプルな車と比較しても、小枝の金持ち具合がよく分かる。

その上、少ししか見えなかったが、運転手はかなりのイケおじだった。彼が誰なのか非常に気になるところだ。


「んじゃ、俺も先に帰らせてもらうね」

先に帰った2人に続いて別れを告げた純だったが、この場を離れる前に、ふと俺の元へ近づいて来た。


「……ねぇ……観己」


「ん? どうしたの?」


「……いや、なんでもない。5000m入賞おめでとう」


「あ、うん……。純の方こそ、2種目で入賞したなんて友達として誇らしいよ」


「ありがとう」


そう言って背中を向ける純だったが、彼が何か言いたげだったのを見て、俺は首を傾げた。


(なんだろう、あまり見ないような表情だったな……)


あの純が、途中で言葉を止めたのだ。言うのを躊躇した言葉だったのなら、深追いする必要はないのだけれど……。


一方の映真は、カナや万華と談話している。純の様子には気付かなかったようだ。


すると、カナの背後に、爽やかな雰囲気の若々しい男性が近づいて来た。


ちなみに、万華のシスコン兄・玲華は、用事があると言って既に昼過ぎに帰っている。


となるとこの男は……


「あっ、パパ!」


振り返ったカナが嬉々として声を上げると、彼——カナの父親は、片手に握っていた何かを手渡した。


「今日はお疲れ。はい、スムージーだよー」


「うっひょー! パパありがとー! キンキンだー!」


今日はまだ残暑……というか、夏本番の暑さが続いている日なので、夕方であろうと気温は30℃近くある。


そんな環境の中で至福のドリンクを受け取ったカナは、すかさずストローに吸い付いた。


「んー、美味しい〜! 最っ高!

 ……あ、万華も一口いる?」


「うん、欲しい!」


万華の羨ましそうな目線を感じ取ったカナが親切にカップを突き出すと、万華はためらいなく食いつく。


そして そのスムージーは、隣に居た映真の方にも向けられた。


「映真ちゃんもどーぞ!」


「えっ、いいの? ありが……」


はっ。


そんな声でも聞こえてきそうな表情で、映真はピタリと動きを止めた。


(こ、これは……『間接キス』……?!)


場のノリでつい飲みそうになったが、よくよく考えればこれはストローを介した間接キス。

いくら相手が慣れ親しんだカナだとはいえ、流石に躊躇が先行する。


映真の脳内で、激しい会議が行われた。


(間接キスはライン越え?

 ……いや、それは無いか。万華は普通に飲んでたしなぁ。カナも気にしてる様子はない。もしかして俺の考え過ぎ? 女子の仲だと、これくらいは普通?

 これくらい狼狽えずにこなせるようにならないと、女子への道は険しいってことか……?)


固まった表情の映真を目の前にして、カナは首を傾げる。


「あれ、どうしたの映真ちゃん?」


「あ、えっと……(もういいや、いけっ!)」


パクッ。


映真は勢いに任せて、スムージーをひと口 啜った。


……冷たい。そして、濃厚なミックスフルーツの味が口いっぱいに広がる。疲れた体に染み渡る甘みだ。


咥えているストローに集中する意識はなんとか脳内から消し飛ばし、映真は顔を上げる。


「お……美味しいね、これ」


「でしょ〜? これ、ウチのお気に入りなの!

 ……あ、今さら思ったけど、これ……間接キス……しちゃったね」


「ぶぐふっ、ゲホッ、ゲホッ」


「えっ、映真ちゃん大丈夫?」


どこか嬉しそうな、照れくさそうな、恍惚としたカナの表情の破壊力を前に、映真は色々な意味で脳が停止して咳き込んでしまった。


「げほ、う、うん、ちょっと咽せただけ……げほ」


「背中さするね」


「あ、ありがとう……」


映真の背中を撫でるカナの側で、万華は1人「か、間接キス……! 百合……!」と顔を輝かせている。


傍観者の俺からしたら、カナのあの表情は誇張したただのおふざけだろうけども……この地獄みたいな環境に居る映真が心底 可哀想である。


俺が苦笑を浮かべていると、カナは俺の視線に気が付いた。


「……あ、観己っちにはスムージーあげないよー」


「何言ってんだ、当たり前だ」


「うそうそ、観己っちになら、特別にひと口くらいあげても良いよ〜」


「遠慮しときます」


「あ、もしかして意識してるんじゃない? 間接キ……」


「してない」


「もぉ、つれないなぁー」


つまらなさそうに頬を膨らませるカナだが、これ以上絡んでいても仕方ない。


何より、俺たちの帰りの電車の発車時刻がそろそろ迫っている。


「ってことで、俺たちもそろそろ帰るね」と告げ、俺はまだ咽せている映真を連れて駅を目指した。


カナや万華は、夕日に照らされながら元気そうに手を振り続けている。


そうして、長かった1日はようやく終わりを迎えた。

日に浴びたり、走ったり、やっぱり疲れたな。


さて、ここからなら、電車を使って40分くらいで帰れるだろう。

近所のスーパーで夕食でも買って……


「兄ちゃーん、映真姉ちゃーん! 大会お疲れ様ー!」


「えっ?」「双葉?」


駅に向かうはずだったのだが、俺たちが歩き始めて間も無いタイミングで、妹・双葉の呼び掛けが耳に入った。


俺たちは振り返って、双葉に対して眉をひそめる。


「希美と一緒に、先に神奈川に帰ったんじゃなかったの?」「お前 偽物?」


「ニセモノなわけないでしょ! 私は本物の片鳥 双葉だよ!」


「じゃあ、どうして今ここに……」


「ふふっ、実はね……」


双葉は、不敵に笑みを浮かべて視線を右に移す。


その先に居たのは……

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