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第35話 映真が抱えているモノ

「柳井、映真さん」


金曜日の朝、1限目の準備をする2人を、今上が手招きをして呼び寄せた。


この2人の組み合わせである理由は、もちろん……


「2人とも、率先して委員に立候補してくれてありがとうな」


今朝のSHRでついに決定した、1年2組の体育祭運営委員の2人だからである。


爽やかな笑顔を湛える今上に、柳井は口元をニヤッと緩ませて親指を突き出した。


「おう! 俺がリーダーになったからには、他のクラスをコテンパンに倒して優勝してやるよ!」


「ははは、熱い心意気だね。倒したいライバルでもいるのか?」


「ああ。特に5組だな。あそこには小枝含めて、強者が多いからなぁ。それらを指揮するカナと万華のペアにやられねぇようにしないと……」


ちなみにその2人組は、先ほど2組の教室前に来ては柳井に宣戦布告をしていた。

その挑発により俄然やる気が出てきたようで、柳井はさながらバトル漫画の主人公のようなテンションになっている。


「あーそっか、あの2人が5組の委員なのか。

 2人は入学当初から仲が良いみたいだし、連携は高いだろうから厄介かもね」


「ふふっ、大丈夫だよせんせー。俺たちには宝生さんがついてるからな!」


隣の柳井の希望に満ち溢れた声色に、(俺、そんな信頼を集めるようなことしたかなぁ)という疑問が映真の頭に浮かぶ。まだ出会って2週間のはずなのに。


まあひとまずそれは置いておいて、映真は笑顔で応えた。


「柳井くん、一緒に頑張ろうね」


「もちろん!」


「それにしても、まさか映真さんが立候補してくれたなんて。担任として嬉しいよ。立候補の理由を聞かせてもらってもいいか?」


「理由……ですか」


今上からの優しい口調の質問を前に、映真は少しだけ言葉に詰まる。


立候補の理由は簡単だ。

体育祭に向けて様々な仕事に取り組むことで、映真や宝石に関する新たな情報が集まる可能性が高いから、というものだ。


だが、映真の正体を知らない今上にそんなことを言うわけにもいかないので……


「このクラスメイトと、この学校の生徒と、もっと仲良くなりたいと思ったからです」


そんなありきたりな答えを映真が口にすると、今上は笑顔で頷いた。


「そうか、そうか。この鏡高校のことを気に入ってくれた、ってことでいいか?」


「ええ。(……あっ)」


そう返して、映真はハッと思い出した。

映真が転校してきた理由を、『前の高校が自分に合わなかったから』としていたということに。


そんな映真が鏡高校を素直に楽しんでいる様子を見れば、そりゃあ今上も嬉しくなるはず。


「映真さんからその言葉が聞けて安心したよ」


「は……はい」


少し感極まりそうな今上に、映真はどこか気まずさを覚えながら、とりあえずその場は解散になった。



「映真。さっきのは、委員についての話?」


ロッカーから荷物を取り出している映真に俺が問いかけると、映真は軽やかに頷いた。


「うん。今上先生からお礼を言われた」


「お礼……か。先生ってそういう所は律儀だよな」


「だね。それに、先生も気合いが入ってるんじゃない? 1学期の文化祭の時は最優秀賞もらえなかったからさ、そのリベンジというか」


「そういや、あの時はクラスメイト全員が悔しがってたもんな……」


特に柳井とか泣きそうだったからな……と俺が思い出して苦笑いを浮かべると、映真も肩を竦める。


「3ヶ月前とはいえ、もう既に懐かしいよね。

 あの頃は、まさか俺が女体化して分身する未来があるなんて想像もしてなかったよ……。

 今回は俺と映真で仕事が違うから、お互い頑張ろうな」


笑顔で右手を差し出す映真。


その表情を見て俺は動きを少し止めたが、すぐに手を握り返す。


「……『お互い』じゃなくて『一緒に』、な。

 んじゃ、俺トイレ行ってくるから」


映真もトイレ行っとけよ、と俺が付け加えて教室を去った後、映真は握られた感触の残る右手をじっと見つめていた。


(……体育祭運営委員、かぁ……。

 もし映真になってさえいなければ……俺は……)


……実は、映真が『体育祭運営委員』に立候補したのには、例の宝石関係とは別にもう1つの理由がある。


それは、観己の時から抱いていた『()()()()()』を失った映真の感情を整理する機会を得るため。


映真が決して表には出していない、行き場のない虚無感、踏ん切りのつかない躊躇。

それらは、『女子として生きる』と決めた日からも、学校生活を送っている間も、漠然と映真の心に残っていた。


そして、観己はきっとその映真の心境を察している。


(俺は映真。でも観己の記憶はある。どうしても、観己の『意志』は消えない……。

 なら俺はどうすれば……)


映真はその内心を心の奥底に収め、ゆっくりと、ロッカーから教科書を取り出すのだった。

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