第30話 ランチタイム
一般的な男女には、様々な身体差が明確に存在する。
男子が女子の身体を有した場合、それを理解するまでには時間がかかるだろう。
(よし、観己に当ててやる)
目の前に転がって来たドッジボールを拾い上げ、映真は正面に立つ『もう1人の自分』を睨んだ。
現在、観己・柳井 対 映真・純というメンバーで対戦を始めたばかりの序盤。
柳井は早々に退場したので、映真が狙うのは観己、ただ1人だった。
せっかく相対するからには、本気で挑まなければならない。
(ボールが来た時、観己がどう動くのか……ある程度の予測は立てられる。これが分身のメリット!
観己が避けも捕球も出来ないような、鋭いボールを投げ込むことができれば……!)
映真は体育館の床を踏みしめ、右手を思いっきり振りかぶってボールを投擲し、目標の左膝に当てる!
……つもりだった。
ビタアァン!
男子の頃と筋力や重心が異なる映真は、最大出力を出したいがために身体の制御を誤ってしまったのだろう。
ボールは僅か2m先の床に真っ直ぐ激突し、狂ったように跳ね上がったボールは ぽすっ と観己の手に収まった。
「…………ぶぐふっ」
「な……観己 笑うなよっ!」
「いや、ちょ、なんというか……ふふっ、笑ってない笑ってない」
色々な意味で笑いを抑えきれない様子の観己に、羞恥と怒りで顔を赤く染める映真。
性転換の事実を周りに隠す必要が無いなら「女子の身体はまだ使い慣れてないんだ」と言い訳したい所なのだが、映真はその衝動をなんとか耐える。
「宝生さんナイストライ!」という純の言葉が聞こえたのもあり、映真は気を取り直して観己の方に向き直った。
堂々と構える映真に、ボールを掴んでいる観己は困惑する。
「ん? 狙ってもいいの?」
「もちろん!」
「……じゃあ行くね!」
ベシィッ
ーーーーーーーーーー
「許さん。観己は許したらダメだ。
女子になった俺の筋力や反射スピードの弱体化を理解していながら、容赦なく速いボールを投げてくるなんて……!
柳井にも笑われる始末だったし、あの時『もちろん!』とか言わなきゃ良かったわ……」
映真は弁当を右手に持ち、誰にも聞こえないよう小さく愚痴をこぼしながら昼休みの食堂内を歩く。
ボールを当てられた左膝(別に痛くはない)を気にしながら、大窓の側にあるいつもの席へ向かうと……そこには既に柳井と純が座って弁当を広げていた。
「お待たせ、2人とも」
「やっほー、宝生さん」
「席開けてるから座って」
「ありがと」
純に招かれるままに彼の左隣に座った映真は、いただきます、と呟きながら弁当の蓋を開ける。
今日の映真はカナたちと女子会の約束はしてないし、観己は今は先輩に呼び出されていて居ないので、この3人での昼食ということになっていた。
映真の弁当を見るや否や、柳井は興味津々に声を上げる。
「えっ、宝生さんのそれ、もしかしてタコライス?」
「うん、昨日の夕食の残り物だよ」
「すげぇ美味そう! 片鳥と一緒に作ったの?」
「うん。まあこのタコライスに限っては、挽肉を炒めたのは観己で、私は野菜を切ったくらいなんだけどね。まあ、タコライスはそんなに作るの難しくないよ」
「へぇ、そうなんだ〜」
「だってさ、柳井。宝生さんとは天地の差だね。弁当を母親に全任せしてるどころか未だにご飯すら炊けない柳井は」
純が辛辣な言葉を柳井に食らわせると、「俺は不器用だから仕方ないの!」といいながら彼が暴れるので、映真は呆れて苦笑いを浮かべた。
柳井は気が滅入ると横になりたい癖があるのか、弁当を差し置いて机に突っ伏して純を睨み上げる。
「あぁー、将来は絶っ対に料理上手なお姉さんと結婚しよーっと」
「急にどうした。あと『お姉さん』要素 関係あった?」
「ない。でも結婚するなら年上がよくない?」
「それは人によると思うけど」
純の正論に、柳井は唇を尖らせて「分かってないなー」と漏らす。
「男子なら年上好きが圧倒的 主流でしょうが。それともあれか? 町嶋はロリコン派閥?」
「勝手に人を幼女好きにするな」
「えっ、じゃあ純のタイプは何よ」
「……互いに支え合えて、一緒に居ると楽しくて落ち着ける人」
「なるほどねぇ。つまり年齢は関係ない、と。なんかやけに現実的だな。もしかして町嶋の体験談か~?」
「俺のじゃない。……友達のだ。
ていうか、宝生さん居るんだからこの話はやめようよ」
「あ、それは確かに……」
女子、それも出会ったばかりの転校生を置いていくような話は良くないよな、と今さら気付いて申し訳なくなった柳井だったが……そこで、不自然な様子の映真が目に留まった。
「……どしたの? 宝生さん」
大きく開き、揺らぐように純を見る映真の瞳。
だが、柳井の言葉ですぐに、彼女の目はいつもの優しい笑みに戻った。
「あ、いや、なんでもないよ」
「やっぱこういう話はよした方が良かった?」
「う、うん、そうかも」
明るい口調の映真を、柳井はこれ以上 訝しがることはなく、「じゃあ来月の体育祭の話しようぜ」と会話を続けていく。
だが、映真の明るい態度はあくまで表面だけのものだった。
(……『友達の』……)
先ほどの純の言葉が繰り返される映真の脳内には、『観己』としての記憶が浮かんでは胸を締めつけていた。
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「そうだ!『水着で密着』とかはどう?」「でももうプールの季節は終わっちゃったよー」
「2人して何を話していらっしゃるのですか?」
体育館のステージの縁に腰掛けて話し合う万華とカナを不審がりながら、背後から小枝が現れる。
2人はパッと顔を明るくし、振り向いて小枝を見上げた。
「あっ、小枝だ!」「来てくれたんだね!」
「呼ばれた身なので来るのは当然なのですが……何故 体育館で昼食なんです?
弁当なら、椅子に座って机の上でゆっくりと食べたいのですけど……」
そう言いながらも小枝は凛とした姿勢で万華の隣に座り、膝の上に弁当箱を広げた。
ちなみにだが、鏡高校の校則は基本的に緩い。
映真の緑色の髪が『珍しい』程度で収まるのも、校則で染髪が許可されているからだったりする。
そして、緩い校則の中でも代表としてよく挙げられるのが、『昼食はどこで食べてもオーケー』というものだろう。
廊下だろうが、階段の踊り場だろうが、グラウンドのど真ん中だろうが、他人の邪魔にならずに最低限のマナーさえ守ればどこで昼食を済ませてもいい、という自由な校則である。
とはいえ、大抵の生徒は教室か食堂に集まるのが常なので、珍しく体育館に招かれた小枝は疑問を抱いていた。
「そりゃあ、極秘で『ミオ×エマ作戦』を進めなければなりませんからね~」
というのが万華の答えらしく、小枝は小さく溜め息を吐く。
「またその話ですか……。
そういえば、昨日の部活動の時に、片鳥君や宝生さんから感想を聞きましたよ。『日曜日の外出は慣れないことも多くてそこそこ疲れた』と。貴方たちには気を遣って言ってなかったみたいですけど」
「あー、やっぱ疲れてたか〜。私らでもなんだかんだ疲労感じたもんね」
「確かに、プリクラ撮ったり、映真ちゃんに際どい服着せたり、色々引きずり回しっちゃったし」
「ちょっと待って下さい。『際どい服』? 宝生さんに何をしてたんですか……?」
表情は変えないが呆れた口調の小枝。
万華は「まあまあ、それはさておき~……」と小枝の追及を適当に流して、作戦会議を進める。
「……そうだ! 勉強会とかどう? 片鳥くんが宝生さんに勉強を教えるの! 定番のイベントじゃない?」
「あー……万華、それは止めといた方が良いよ。映真ちゃんって、思ってたよりも鬼教師タイプだから……少なくとも、観己っちから勉強を教わるようなタイプじゃないと思う」
「へぇ、カナがいつの間にかそんな情報を集めてたとは」
「ウチ的には、勉強よりも運動が良いと思うな〜。みんなでドッジボールするとかどう?
観己っちって球技もいけるはずだし、映真ちゃんにカッコいい所見せちゃうんじゃない?」
「あ、それに関してなんだけどさ。今日の2組の体育の時に、片鳥くんが宝生さんに躊躇なくドッジボールを投げつけてた、って話を耳にしたよ」
「何してんの!? 観己っちぃ!?」
「……あの……2人とも、諦めたらどうです? 片鳥君にとって宝生さんは御親族。ここ数日の2人の様子を見ても、今後その関係が変わる事は無いとワタシは思いますけど」
小枝の真面目な意見をカナは受けるが、「それがどうした」とでも言うかのような余裕の表情を浮かべている。
「小枝、論点がズレてるよ。作戦の最終目的はあくまでも『観己っちのデレを見る』ためだからね!」
「……」
開き直ってあまりにも堂々としたカナの態度に小枝が押されていると、隣に座る万華もうんうんと頷いていた。
「正直に言えば、現状の『ミオ×エマ』でも得られる栄養は たっくさんあるわけだしぃ、なにも急ぐことじゃないのは確かだね。
でも思い出して! 来月は体育祭が控えてるんだよ! むしろこっからがチャンス!
大抵のラノベなら、学校行事で関係性が何かしら進展するはず~!」
「現実はラノベじゃないですよ」
「まあまあ小枝さん、落ち着きたまえ。マジレスはよくないよ。
……てことで、そういうことだし、とりあえず今日は逆さてるてる坊主を飾ろーっと」
さっきまでの流れを完全無視して謎の宣言をしながら拳を突き上げる万華に、小枝はますます困惑する。
「どこが『とりあえず』なんですか。逆さてるてる……って、何の脈略があってそうなるんですか」
「雨を引き起こすためだよ。だって、雨イベントはラブコメの定番!
『物は試し』って言うし、作戦達成のために色々やってみないとね」
「『色々』ですか……。
今日 明日は晴れの予報ですし、今更 何も引き起こせないと思いますけど……」
万華たちの考えることは相変わらずよく分かりませんね、と漏らしながら、小枝は弁当に入っているマスカットを丁寧に口に運んだ。




