第29話 観己と映真のラブコメ(?)
体操服に着替えた俺は、女子更衣室から出て来た映真を呼び止め、人目をかいくぐって体育館裏に移動した。
この近くには生徒や教師は通らないという自負がある。ここなら、こっそりと服の交換ができるだろう。
「なるほど、まさか服が入れ替わってたなんて……。言われてみれば、胸の辺りがちょっとキツいような……」
そう呟きながら、映真は自分が着ている体操服を引っ張った。
そんな彼女は、急いで結んだような下手なお団子ヘアで緑の髪を纏めており、顔は仄かに紅潮している。
女子更衣室で彼女がどのような様子だったのか、俺は教えてもらっていないが、粗方は想像がつくな。
映真が着替えに慣れる日が早く来るといいのだけど。
「とりあえず、授業が始まる前にさっさと服を交換しよう」
体操服のシャツを脱いで俺が手渡すと、映真はそれをまじまじと見つめた。
「これ思ったんだけど……なんかこの状況いかがわしくない?! 客観的に見たら!」
「わざわざ言うなよそんな当たり前なこと」
「あ、いかがわしいことは観己も認めてるんだ」
「そりゃそうでしょ。いくら仕方がない事とはいえ、高校生の男女が野外で下着姿になってさっきまで着ていた服を交換するとか異常事態だからな」
「言語化やめてくれ」
「恥ずかしいの?」
「いやそんなわけないだろ。女子に囲まれて着替えるよりは100倍マシだよ」
「そんなに……?」
そうやって会話を交わしながらも、俺たちはシャツを交換して着替え、次にズボンを脱ぎ……
「いてっ」
その際に、何か棒状の物を靴下のまま踏んだ感触があったので、俺は驚いて足元を見る。
と、地面に1本のほうきが落ちているのが分かった。
「ん? ほうき?」
「そこのロッカーのじゃない?」
映真が指差した方を見ると、すぐ近くの体育館の外壁沿いに、扉の開いたロッカーがあるのが目に入る。
「風で開いたりでもしたのかな。邪魔だし戻すか」
俺はほうきを拾い上げ、それをロッカーの中に片付けようとした、その時……
「体育館の裏とか怪しくないか?」
((……?!))
突然、こちらに歩いて来る誰かの声がして、俺たちの肩はビクッと跳ねた。
俺は映真と顔を見合わせた後、下の方に目線を移す。
間が悪いことに、今の俺たちはズボンを脱いでいるという非常に危険な状態だ。
この姿を誰かに見られでもしたら、俺たちは社会的に死んでしまう……!
(やばっ……! そうだ! ロ、ロッカーの中に!)
隠れなければ、と俺は反射的に身体が動き、脱いである靴を拾って咄嗟にロッカーの中に飛び込んだ。
(あれ待てよ、急いでズボンを履けばそれで済んだ話なんじゃ……)と思ったのも束の間、俺の後を追って来た映真も入ってきて、俺はぎゅうとロッカーの奥に押し込まれる。
そして扉を閉めた直後、先程 声を発していた接近者が誰なのかが分かった。
「あれぇどこだろう。片鳥のやつ、体育館の外に行ってたのは間違いないんだけど……」
「観己のことだし、すぐ戻って来るんじゃないかな? 何か理由があるんだと思う。
なにも、ここまで捜索しなくても……」
((なるほど、柳井と純だったのか))
2人の会話に耳をそばだてたところ、どうやら俺たちは行方不明者扱いになっていた らしいことが推測できた。
柳井って何故か妙に勘の良い時があるんだよな……と呆れ半分 緊張半分で、俺たちは息を潜める。
ただ、純の言葉を聞いて納得したのか、柳井は「なら戻って待っとくか」と言ってあっさりと引き返していった。
去っていく2人の背中をロッカーの扉の隙間から見届けながら、ふぅ、と安堵の溜め息を吐き、俺は改めて自分の状況を確認する。
「……なんでこんなラブコメみたいなことしてんだろうね」
「そんなの俺に聞かれても困る。最初に焦ってここに隠れたのは観己の方だろ」
「確かに……」
狭いロッカーの中で男女が向かい合わせになって密着するなんて、姉妹が見てたアニメにも似た光景があった気がする。
胸が当たったり、吐息がかかったり、心音が聞こえたり。
あまつさえ、今は2人ともズボンを履いていない。
ちらりと正面に目を移せば、映真の綺麗な瞳が光に反射して輝いていて……
「おい観己こっち向くな。気持ち悪い」
「あのなぁ、思っても口に出して良い事と悪い事があるだろ」
「ごめん、つい口走っちゃった」
俺たちは男女である前に、分身なのだ。自分の顔がキスできる範囲内にあると考えれば、普通に不快である。
ラブコメなら場合によってはラッキーイベントなのかも知れないが、俺たちにとっては気色悪いだけのただの生き地獄だった。
「「はー暑かったぁ」」
ひとけが無くなったのを把握し、汗だくになった俺たちはロッカーから飛び出してようやくズボンを履く。
そして、じっくりと反省をした。
「……次からはもっと服の入れ違いに気を付けるか」
「……そうしよう」
ーーーーーーーーーー
それから俺たちは何食わぬ顔で体育館のコートへと戻ったが、案の定というべきか、すぐに柳井が声を掛けて来た。
「あれっ。2人とも、さっきまでどこ行ってたの?」
「映真の探し物の手伝いしてた」「私が外でヘアゴムを失くしちゃって……」
事前に用意した言い訳を話すと、柳井は「さっき俺が外を見たときは居なかったけどな……」とぼそぼそ言いつつも、とりあえず納得してくれたらしい。
なんとか乗り切れたのでほっとしていると、そこに純も合流する。
「2人ともごめんね。さっき柳井が、『観己が失踪した』って無駄に騒いでたんだよ」
「おい待て町嶋。『無駄』は言い過ぎでしょーが。実際、片鳥たちはほぼ失踪してたみたいなもんだったじゃん」
「はー、ものは言いようだなぁ。さすがに『失踪』は語弊がある」
「ご、ごへい……?」
「おいおい。ちゃんと勉強しようよ、249点 君」
「ちょ、しれっと俺のテスト結果を公開すんなよ! 宝生さんには隠してたのにぃ!」
「「あはは……」」
純と柳井の言い合いに俺たちは苦笑いをしていると、高所のスピーカーから始業を告げるチャイムが鳴り響いた。
その直後に、タッタッと駆け足の音が聞こえてくる。
「ふぅー危なかった。先生が遅刻したら生徒の遅刻を怒れなくなっちゃうよ」
そう言ってコートに入ってきたのは、体育科担当 兼 我がクラスの担任の今上先生。
生徒の白い体操服とは対照的に、彼は真っ黒のシャツに身を包んでいる。
「チャイムの鳴り始めが始業の合図なんで、せんせーは遅刻だと思います」
珍しく柳井が真面目な指摘をすると、今上は「あはは、これは一本取られたな」と笑いながら生徒を整列させて座らせた。
鏡高校では、一般的な出席番号順の四列横隊のシステムをとっている。
女子が前の2列、男子が後ろの2列に並ぶので、名字が『片鳥』である俺は3列目。
『宝生』である映真は1列目の右端なので、俺からは遠い。
緑の髪って相変わらず目立つよな……と映真を眺めていると、今上が話を始めた。
「えー、今日から2学期の体育が始まっていくわけなんだけど……じゃあ今日は何をするのかと、みんな気になってるところなんじゃないかな?」
わざと期待感を高めるような彼の物言いに、クラス中がざわつく。
今上はそれを気にかけることもなく、マイペースに考え込んだ。
「んーまあ、来週の授業からは体育祭に向けての練習が始まっていくわけだし……。今さら何をするとかもないよなぁ。
よし、今日の授業は自由時間にするか! 好きに遊べ!」
「よっしゃあぁ!」「神! 先生 神!」
彼の布告と共に、人気アーティストのライブかよ、と思う程の歓声が湧き上がって体育館中に響き渡る。
「あ、でもまずは準備体操からだからな! あと、ボール使う奴は事前に俺に報告しろよ! 怪我には気を付けて、安全第一だぞ!」
笑顔で生徒に注意喚起をする彼を見て、今上先生って相変わらず子供心あるよな……と俺は少し口もとを緩めた。
準備運動が終わって自由時間になってすぐに、映真が俺の元に駆け寄って来る。
「あれ、映真は他の女子たちと遊ばないのか?」
「あーうん。服の件とかで色々あったし、ちょっと落ち着く時間が要ると思って……」
「それもそうか」
映真の性格は基本的に俺と同じなのだが、それが少しずつ変化してきているのではないか、と最近思うことがある。
『繊細さ』が1つの例だろう。
女子として生活を送る上で困惑したり動揺したりする場面が増えたのか、映真は時折 自らを落ち着かせる時間をとるようになった。
これは至ってごく自然な反応だと思うし、逆に言えば、むしろそれだけで心身を整えることが出来るなんて我ながら強靭なメンタルだな、と驚くほどだ。
俺や姉妹の助けさえあまり借りずとも環境に順応してきている映真に、俺は誇りすら感じてしまう。
これだけの適応能力があるからこそ人類は発展してきたんだろうな、と先祖の進化への感慨に耽っていると、柳井に肩を叩かれたことで俺は現世に引きずり戻された。
「片鳥! 宝生さん! ドッジしよ!」
「ドッジボール? そういや中学生以来やってなかったなぁ。
俺は別に良いけど……」
映真はどう? と俺が歯切れ悪く彼女の方を向けば、彼女は笑顔を見せる。
その表情を「柳井と遊ぶ分には大丈夫だ」というメッセージだと解釈し、俺は「そうだな、みんなでやるか」と頷いた。
「オッケー! んで、町嶋、お前も もちろんやるよな?」
「なんで俺も参加する前提なんだよ……。
まあ分かった。みんなで柳井を叩きのめそうよ。柳井、ボール貸してくれ」
「は? ちょ、おま、待て! 1対3とかマ〇オパーティーでしか見たこと……」
「良いじゃない。柳井 君、せっかくの自由時間だよ?」
「た、宝生さんまで町嶋の味方かよ……」
口ではそう落胆しながらも、楽しそうな表情でボールを構える柳井。
それから授業終わりまで、4人でなんでもありの無法ドッジボールで遊ぶのだった。




