第28話 映真の更衣室でのパニック
「映真、体操服は忘れてないか?」
「俺を誰だと思ってる。忘れてるわけないって」
はい、と言いながら、映真は玄関先で服の入った白色のトートバッグを俺に突き出して見せる。
今日の2限目は、2学期に入って初めての体育。
先週はテストもあり座学ばっかりだったものだから、多くのクラスメイトはこの瞬間をとても待ち侘びていた。
昨日の柳井なんて、「テストで溜まったストレスを明日の体育で発散してやる!」と高らかに宣言していた。
どうやら、部活は憂さ晴らしの手段としては彼に適さなかったらしい。
そうそう。部活といえば、昨日の放課後の時だったかな。
映真に「昼休みの件について、カナに詮索するのはよしとけよ」と釘を刺された。
どうやら予想通り、カナのテスト結果が悪かったのだと。
全くカナのやつ、妙なプライドを守るくらいなら俺に相談すればいいのに。
……というのはとりあえず置いておいて、映真には1つ重大な問題があった。
「……そういや、映真がクラスの女子と一緒に着替えるのは初めてだよな? 大丈夫そうか?」
俺は家の鍵を閉めながら、そう質問する。
「あ、あぁ……また『女子は全員 姉妹だと思う作戦』で乗り切るよ。羞恥を感じる前にさっさと着替えちゃえば問題は無い。あはは……」
「おい目の焦点があってないぞ」
同級生の女子と着替えられるなんて男の夢だな、なんて冗談はとても言えないくらい、映真の顔は引き攣っていた。
映真いわく、部活での着替えには慣れてきた……らしい。
だが一昨日の洋服店では、露出の高いコーデをカナたちに見られただけで赤面するあの様だった。
まあ、『見られただけで』というよりかは、見られることへの耐性がまだ大して付いていないのだろう。
「なんなら立見校長に相談して、別々で着替えられるように頼ん……」
「待て待て早まるな。
これからのことを考えるなら、着替えくらいは耐えられるようにしないと」
大丈夫大丈夫、と自分に言い聞かせる映真の隣を歩きながら、俺は不安げに通学路を進んだ。
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そして、早速やってきた2限目。
「よっしゃあ! パワー エクササァイズの時間だぁー!」
「柳井。一応言っておくが、体育を意味する『P.E.』は『Power Exercise』じゃなくて『Physical Education』の……」
「わ、分かってるって! じょーだん だよ、じょーだん!」
冷静なツッコミをする純と目を泳がせる柳井という、いつもの光景を目にしながら、俺たちは体育館に入った。
ここの体育館は、エントランスに入ってすぐ奥にコートへと繋がる扉がある。
その扉の左側に男子更衣室、右側に女子更衣室があるという構造だ。
先へ行く純と柳井を横目に、俺は隣を歩く映真に小さく手を振った。
「じゃあな映真。色々と頑張って来いよ」
「お……おう」
エントランスを吹き抜ける風で緑の髪を靡かせながら、ブラウンのカラコンが入った瞳を揺らし、映真は女子更衣室に歩みを進める。
映真が意を決して扉を開けると、既に中に入っていた何人かの生徒が話しながら着替えていた。
「3限目って現国だっけ?」「まじかー、あの先生の授業眠いんだよなぁ」「あの禿げ頭 見とけばきっとすぐ授業終わるよー」
頭が寂しい国語科教師への悪口は聞かなかったことにしつつも、映真に目を向ける人が部活時よりも少ないことにほっとしながら、映真はバッグをロッカーに置いた。
そして、中から体操服を取り出す。
(よし、これなら着替えられる……!)
……と思ったのも束の間。
近くに居た女子たちの口から飛び出した言葉に、映真は耳を疑った。
「昨日さー、らーくんに『今度 俺の家に来ない?』って誘われたんだよねー」
「まじで?! それって、もしかしてさ……」
「あ、やっぱそういうことだよね。ウチら付き合ってからだいぶ経つし、そろそろなのかなって思って」
(……え、君たちなんの会話してんの!?)
あまりにも衝撃的な会話内容をスルーすることができず、思わず映真の手が止まって呆然とする。
「女子だけの時の会話は結構エグいよ」という希美の言葉は聞いたことがあったが、まさかここまでとは思っていなかった。
(高校生だし、そら彼氏持ちの女子くらい居て当たり前なんだけどさ……これ聞いても良かったやつなのかな……?
こういう話には耐性無いんだよ俺……!)
柳井の下ネタはせいぜい小学校高学年レベルだし、博識の純は知識こそあるが自ら色恋関係の話をしたりはしない。片鳥家の面々もそれと似たようなものだ。
そんな生ぬるい平和な環境に居た観己 もとい 映真にとっては、バリバリの女子集団の会話は刺激が強すぎる。
映真は思わず耳を塞ぎたくなったのを我慢し、早くここから脱出したい一心で急いで着替え始めた。
……が、そんな彼女に間髪入れず妨害が入る。
「ねえねえ宝生さん」
(うわっ、ちょっ、話しかけないでよ加賀さんっ!)
先ほどの女子たちとは対照的に眼鏡で落ち着いた印象の加賀に話しかけられ、映真は脱いだばかりの制服のシャツを掴んでばっと胸元を隠した。
「……ってあれ、宝生さんなんか顔赤くない?」
「ぅえぁ? え、えぇと……ちょっと暑さで上せちゃって……あはは……」
「確かに外は暑かったもんね。体育館は冷暖房完備でほんと助かるよ。……って、着替えないの?」
「あ、あーいや、うん、着替えるよ、うん」
慌てて背を向けコソコソと体操服を着る映真に加賀は違和感を覚えつつも、話は止めない。
「私はね、体育そんなに好きじゃないんだけど……宝生さんはどう?」
「わっ、私? えっとー……体を動かすのは好きだよ。陸上部にも入ってるし」
「おー、前に片鳥くんに質問した時も全く同じ答え言われたよ! さすがは いとこ! そっくり!」
「あっ、あー……」
動揺からか、映真はつい回答をミスってしまったようで、更にパニックになる。
(マ、マズい……! 助けてくれ観己……!)
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(果たして映真は無事に着替えられてるんだろうか……?)
男子更衣室に入った俺は、彼女を案じながらナップサックから体操服を取り出す。
俺は着替え中の姿を女子に見られたとしても、あそこまで気が動転することはないだろうと勝手に思っているのだが……性転換すればまた話は変わってくるのだろうか。そこはイマイチよく分からない。
(……あれ? なんかキツいな)
色々考えながら体操ズボンを履くと、そこで俺は何か妙な違和感を感じた。
どこかズボンが小さいような気がするのだ。
すぐに俺は生地を引っ張ったりしてチェックするのだが、腰回りや腿の辺りのサイズは普通に問題が無い。
なんだろう。
どちらかというと、股下辺りに窮屈感が……
(……え? これ映真のズボンじゃね?)
数秒経った後、俺は信じられない……というか、信じたくない結論に至った。
鏡高校の体操服は、男子用と女子用に分かれている。映真が新しく買ったのは勿論 女子用だ。基本的な見た目は変わらないのだが、各所のデザインや機能性は男女で異なるらしい。
デザイン……そう、例えば、女子用のズボンには股下のゆとりがなかったりする。
つまり、今 俺が履いたのは……。
慌ててタグの表記をチェックすれば、ズボンのみならず なんと上の服まで『女子用』であることが分かった。
(やばっ、俺と映真の服が入れ替わってる?! どうして? いつの間に?
映真の服を買った直後か? 洗濯した後か? 部屋を掃除した時か? 今朝か?)
色々と推測を巡らせるが、答えは出ない。
その上、もう1つの危険な事実に気付いてしまった。
(ってことは、映真は今、男子用の体操服に着替えてるってこと!?)
映真はスタイルが良いため男子用の服は色々と窮屈だろうが、着替えるのに必死な現在の彼女は恐らく服の入れ替わりには気づいていないだろう。
もし、授業中にちょっとした拍子で映真の体操服がズレたりめくれたりでもしたら、大惨事じゃ済まない。
映真と体操服を交換する為に俺はすぐに女子更衣室に向かおうとして……ピタッと足を止めた。
(……もし、映真と俺が服を交換したなんて事実が周りに知られたら、騒ぎになるんじゃ……。
なんとか隠密に解決しないと!)




