第24話 映真とオタクとガキ
【シーン3 〜推しキャラ〜】
印刷されたプリントシールは、俺の手元に押し付けられた。別に要らないというのに。
しかもなんか、キラキラやらハートやらの落書きで、とても騒がしいデザインになっている。
俺の頭の上には、ご丁寧に『ミオ』とまで書かれてて……なんだこれ。
ボーッとそれを見ていると、いつの間にかカナたちが数m先へ移動していたので、俺は早足で追いかけた。
「ちょっと待って。どこ行くの?」
入ったのは、クレーンゲームがずらりと並ぶエリア。
音がピュインピュイン鳴っていたり、『惜っしいぃ~っ!』という妙に癪に触る機械音声が聞こえてきたりと、活気がある。
こんな喧噪の中でもちゃんと俺の声が聞こえたのか、カナは振り返って答えた。
「万華がクレーンゲームやりたいってさ!
観己っちと映真ちゃんもやる?」
「クレーンゲームか……。俺はあまり好きじゃないんだよね……。こういうのは大体『確率機』っていって、意図的にアームの力が弱く設定されてたりするからさ。
結局、お店の手の平の上で踊らされてるだけな気がして」
「私も同感。コツを理解していない人が無闇に挑戦しても、痛い目見るだけだよ。グッズショップでぬいぐるみ買ったり駄菓子屋でお菓子買ったりする方が、ずっと良いと思ってる」
「えぇ……。2人とも、そんなこと思っても口にしちゃダメだよぉ……」
カナは呆れて、夢の無い発言をした俺と映真の顔を睨んだ。
……と、いきなり大きな声を上げたのは万華だった。
「えっ、ちょっと待って! 『三面師』のコラボぬいぐるみがある!」
「えっ、本当?!」
カナもそれに反応し、万華の近くに駆け寄る。なんという切り替えの速さだ。
俺も、そのぬいぐるみを遠目から見てみた。
50cmほどの大きさの、銀髪長髪イケメンキャラなのだが……それが誰なのかは全く分からない。
「サンメンシって何……?」
すると、映真の口から驚くべき言葉が発せられた。
「あー、万華が好きなアニメね」
「えっ、知ってんのお前?!」
俺が急いで聞くと、映真は「いや、知ってるのは名前だけだけど……」と控えめに答えた。
俺たちに興味を持ってもらえたことが嬉しかったのか、万華のテンションが上がる。
「そうだよ! 『三面師』の主人公の『古銅』は、私の推しの1人!
最近、人気急上昇中なんだよ!」
「へ、へぇ……」
万華、すまんな。俺は全く知らなくて。
国民的アニメしか見たことない身なものですから。
「ちなみに……それってどんなアニメ?」
情報収集に積極的な映真がそう質問すると、万華は満面の笑みを浮かべた。
「サスペンスコメディの、漫画原作アニメだよ。
イケメン高校生殺し屋の『古銅』って人が主人公なんだけど……やっぱ目玉の設定はあれかな!
古銅様にはクローンの相棒がいるってとこ!」
「「ぎくっ」」
思わず、俺と映真の表情が強張る。
「ん? 2人ともどうかした?」
「「い、いやぁ……なんでもない」」
震える声とともに冷や汗を流しながら、俺たちは目を背けた。
((し、心臓に悪い……!))
『クローン』とかあまりにも身に覚えがあり過ぎて、映真の話をされたのかと一瞬でも焦ってしまった。そんなはずはないというのにな。
最近は『クローン』とか『分身』とか『性転換』とかのワードを聞く度にビクビクして居心地が悪いので、もうそれらの言葉の使用は違法にしてほしい……。
「私ね、三面師に出てくるようなクローン人間に一回会ってみたいんだよね〜」
「それはウチも思ったことある! まあ、今はまだ科学的に厳しいとは思うんだけどねー」
((……すまんな2人とも。クローン人間なら今お前らの目の前にいるぞ))
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「古銅様〜古銅様〜 やったぁ〜」
軽やかにスキップをする万華の腕には、1つのぬいぐるみ。
このキャラにクローン設定があると聞いてから、俺はコイツに微かな親近感と苦手意識の両方を抱いている。
まあ正直に言うと、コイツには二度と俺の前に顔を出さないでもらいたいけどな。『クローン』という概念を出来るだけ想起させてほしくないし。
しかし、問題は別だ。なんとこのぬいぐるみは、無謀にもクレーンゲームに挑んだ万華がまさかの400円という激安出費で獲得した代物である。
万華のやつ、妙な所で運を使ってしまったな。残念だが、次に訪れるのはきっと不幸に違いない。禍福は糾える縄の如し、と言うし。
モール内を歩きながら、映真は呟く。
「万華って、グッズ集めるの好きなんだね。オタクだってことは聞いてたけど」
「まあねぇ。お兄ちゃんが批評オタクタイプだから、私が収集オタクを務めてるってことよ。そもそも、オタクになったのはお兄ちゃんの影響だしね~」
幾分かIQが下がった口調で、万華は意気揚々と答えた。
『お兄ちゃんが』ねぇ……。
マニアックな趣味というのは、遺伝子レベルで伝播する。俺も5人家族だから、思い当たる節も多い。
兄妹揃ったオタクなんてものは、誰にも止められないものだ。万華の『あの兄』ならなおさらなぁ……。
「……んで、そろそろお昼時だよね? 少し早いけど、昼ご飯食べる?」
時計を見た俺は、無理やり話を切り替えるようにして尋ねた。
万華とカナは、咄嗟に顔を見合わせる。
そして2人の提案は……
「「サ◯ゼリヤ!」」
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【シーン4 〜若造〜】
超有名イタリアンファミレス『サ◯ゼリヤ』。
圧倒的なコスパの良さに、安定した味の品質。
店内の壁には名画のレプリカが飾られており、テーブルの上にあるのは大人でも苦戦する激ムズ間違い探し。
「「……え、ここ?」」
てっきり、女子高生が好きそうなおしゃれなカフェにでも連れられてくると思っていた俺たちは、席に着いた後も拍子抜けしていた。
カナと万華は、覗き込むようにしてメニュー表を読んでいる。
「サ〇ゼリヤは良いよー。なんだかんだ、安くて美味い店が1番なんだよね」
「私も金欠だしさ〜」
「それは万華がグッズに大金払ってるからでしょ」
「げっ、バレたか」
「とっくにバレてますとも」
俺が柳井らと遊ぶ時も、ここのチェーン店は昼食の選択肢として挙がることが多い。
お金を節約したい高校生のランチは、結局同じような所に落ち着くということか。
「俺たちはどれにする?」
俺もメニューを開き、隣に座る映真に尋ねた。
「うーん……この『エビサラダ』とかどう?」
「おー確かに美味しそう。でも俺からしたら、下の『チキンサラダ』も悪くないと思うけど」
「要は、海鮮にするかどうかってところかなぁ……」
「悩みどころだな」
そうやって話し合う俺たちの間に割って入るのは、テーブルの向かい側から身を乗り出してきた万華だ。
「2人でサラダ分けるの? それってつまり、『お裾分け』ってことに……」
「そういうこと。その方が安く済むからね。
俺と映真は普段から家で作ったご飯を分けて食べてるんだから、特に何も問題は無いよ」
俺がさっと正論を突き返すと、万華は「同棲してるんだしそりゃそうか……」と勝手に納得してくれた。
一体、万華が『お裾分け』のどこに何を感じていたのかは定かではないが……
『同棲』という口実を振りかざせば、大抵の物事に正当性を示すことができるので楽だな。
「サラダが主食だなんて栄養士みたいだね」というカナの言葉に対しては、「ちゃんとドリアも頼むつもりですけど」と呆れて返した。
それぞれの注文が決まれば、オーダーはカナのスマホで行う。
「QRコードを読み取ってスマホで注文できるなんて、面白い時代になったな〜」と、俺の父さんはよく言ってたっけ。
「マジで勉強めんどくな〜い?」
4人で間違い探しに勤しんでいると、近くの通路を通った高校生らしき女子がそう愚痴を漏らしているのが耳に入った。
『勉強』……
そういえばと思ったところで、映真は話を切り出す。
「そういや先週の夏休み明けテストはどうだった?
明日、結果が発表されるよね……」
「ウーン、マチガイ ガ ゼンゼン ミツカラナイ ナア」
「アト ロッコ モ ドコ ニ アルンダロウ ネエ」
映真の言葉が耳に入ってないのか、2人は無視して間違いを探し続けている。
「……2人とも私の話 聞いてる?」
映真がすぐツッコむと、カナは神妙な面持ちのままゆっくりと顔を上げた。
「……映真ちゃん。知らないなら教えてあげる。
テスト前も、テスト当日も、テスト後も、ウチが一切テストの話をしなかった理由は……」
「カナは勉強が苦手なんだっけ?」
「分かってるなら配慮をしてよ! なんでその上でテストの話をするのかなぁ?」
周りに人がいるのも憚らない勢いで騒ぐカナ。配慮をしなきゃならないのはそっちの方じゃないのか。
万華も「私に勉強の話をしていいのはお兄ちゃんだけなんだからね」とか言ってるし……
相手が映真だろうが、相変わらずコイツらは勉強の話が嫌なのか。
なら止めておけば良かった、と映真は遅れて後悔する。
だが、そうとは言っても、コイツらだって鏡高校の過酷な入学試験を突破した秀才たちだ。そこらの高校生よりかは遥かに頭が良い。ぱっと見はガキみたいだが、所詮それは口先だけのはず。
「ごくっごくっ」
「……さっきからカナは何飲んでんの?」
そういえばと思い、俺は尋ねた。
カナのコップに入っている、どす黒くて怪しげなこの液体は……
「あ、これ?
『メロンコーラオレンジ白ブドウカルピス烏龍茶サイダー』だよ!結構イケる味!飲み干せちゃう!
観己っちもドリンクバーで何か作ってきなよ!」
「…………」
……ガキなのは口先だけ……であってほしかった。




