第22話 観己と映真と女子たちのお出かけ
日曜日。午前9時50分。
俺と映真は、駅前のベンチに座っていた。
今日は予定通り、カナと万華と共に、少し遠方にあるショッピングモールを回ることになっている。
目的はもちろん、『休日に女子がどのようにして遊んでいるか』を実際に体験してみることだ。
『観己には姉妹がいるじゃん』と思われるかもしれないが……アイツらが絡むと雰囲気が一気に家族ノリになって、全く参考にならなくなるからな。
ちなみにカナたちにとっては、無知の映真に色々教えてあげるのが目的らしい。
本当は、このメンバーに加えて、小枝も呼ぶ予定だったそうだが……小枝は生憎、山梨に旅行中なんだとか。
金持ちは休日の使い方まで違うのか、と実感させられる。
ところで、映真が今 着ている服は、夏休み中に姉妹が選んだものだ。
シンプルなベージュの半袖ニットに、少しダボッとしたカーキのボトムス。
靴は白い厚底スニーカー。少しだけ歩きづらいらしいが、ハイヒールとかよりかはましだろう。
前髪はピンで留めて、髪は結ばず下ろしている。
化粧は今朝、俺と映真で協力しながら、約1時間かけて仕上げた。
その甲斐あってか、今の映真はだいぶ大人な雰囲気が出ている。
一方の俺は、すっかりおしゃれに気を遣うのを忘れてしまったけど。
できるだけダサくないコーデを選んだつもりだが……どんな服かは説明したくもない。
そんな俺が見ているスマホの画面には、『日曜は10時に駅前集合で!』という、カナのメッセージが表示されていた。
今日は快晴。
駅前は人通りが多く、賑わっている。
しかし、その人混みの中に、カナや万華の姿は一向に見当たらなかった。
5分が経ち、10分が経ち……
現れない。
「……アイツら遅くね?!
あっちから遊びに誘ってきたくせに、どういうことこれ?」
溜め息を吐きながら、映真が呟いたその時……
「片鳥くーん! 宝生さーん! お待たせー!」
全速力で、万華が走ってきたのが見えた。
丈の長いデニムズボンに、大きめの白いTシャツ。
その上に、黒い薄手の羽織のようなものを着ている。
短めの髪は、シンプルに下ろされていた。
思っていたよりもシンプルなコーデだな。これくらいなら俺でも真似できそう、という舐めた考えが頭をよぎる。
到着した万華は、息を切らしながら額を拭った。
「あっぶなー。あとちょっとで遅刻だったよー」
……『あとちょっとで遅刻だった』?
映真が疑問に思って時間を確認すると、既に時計は10時2分を指している。
「え、2分 遅刻だけど」
「えぇ?! まじ?! ごめんね許して!
家出る時間をちょっと読み違えちゃって……って、宝生さんめっちゃ可愛くない?!化粧上手だね!」
「え? あ、ありがとう……!」
万華からの『可愛い』という言葉に易々と懐柔されてしまった映真は、つい怒りを忘れてしまった。
チョロいぞ映真。
それを尻目に、俺は辺りを確認する。
「ま、未だに連絡も寄越してくれないカナに比べれば、2分の遅刻くらいどうってことないよ」
「あれ、そうなの? まだカナ来てないの?」
「「……うん」」
俺たちが頷くと、万華はスマホを取り出した。
「じゃあ……ちょっと私、カナに電話してみるわ」
カナの連絡先を探し出し、通話ボタンを押すと……すぐに彼女に繋がる。
「もしもし、カナ。もう10時過ぎてるよ? 遅刻だよ?」
万華だって遅刻だけどな。よく平気で自分のことを棚に上げられるわ。
すると、電話口から、走る足音と共にカナの声が聞こえてくる。
『あっ、万華? ごめーん! 連絡するの忘れてたー! 今、急いでそっちに向かってる!』
「まったくもう……。今どこにいるの?」
『えっとね……さっき家を出たところ!
あと15分くらいかかりそう!』
「…………え? マジ?」
これは酷い。遅刻どころの騒ぎじゃないって。
ーーーーーーーーーー
「みんな、お待たせー!」
10時18分に、カナはようやく集合場所に着いた。
ダボッとした黒い長ズボンに、白のタンクトップ。
その上に着ているのは、透け感のある桃色の服。確か……『シアートップス』という服だと、希美が前に言っていた。
髪は白いシュシュで纏められていて、学校のカナの印象とはまたかなり違う。
正直、『可愛い』という言葉に括ることができるほどだ。
ま、それはさておき……
「「「……カナ。遅い」」」
ベンチに座り込んだカナを、俺たち3人は冷ややかな目で見た。
にも関わらず、カナは飄々としている。
「ごめんねぇ! ちょっとメイクに時間かかっちゃってー!
ほら、映真ちゃんとかめっちゃ可愛いじゃん? ウチだけ手を抜くことにならなくてよかったよ~」
「え、私 可愛い? そうかなあ~」
おい映真、ヘラヘラすんな。まんまさっきと同じ流れで懐柔されてんじゃねーよ。
とはいえ、2人に映真の化粧を褒められたのは、俺としても嬉しいな。
化粧に時間がかかった、っていうカナの主張も理解できるし、遅刻に関してはとやかく言わないでおこう。
「カナ、もう次からは遅刻しないように気を付けてよ」
「はーい」
その様子を見て、万華は理解が追いつかず困惑する。
「あれ……?いつもの片鳥くんなら、説教してそうな状況なのに……」
そんな彼女は差し置き、カナはカバンからメモ帳を取り出した。
手のひらサイズの、花柄のものだ。
「このメモにね、行く予定の場所をまとめてるんだ〜。
さっ、みんな揃ったことだし、早速 出発しようよ!」
「えっと……確か、『最初はゲーセンに行こう』って話だったっけ?」
グループラインでの話し合いを思い出して映真が確認すると、カナは首を横に振った。
「そうなんだけど……思ったよりも暑いし、まずはアイス食べない?」
ほう。コイツ、初っ端から予定を狂わせてきやがるか。せっかく緻密に組んだはずの予定を。
「え!食べる食べる! 暑いもんね~」
全力で賛成する万華。
あー、なるほど。2人とも、さっき無駄に走ったせいで暑いんだな。
俺は別に暑くないけど……というのは、空気を壊すだけなので、言わないことにした。
「さ、あっちの『サーティージェラート』に行こ!」
カナに導かれ、俺たちは早足で着いていく。
予定通りにいかないのが予定、ってこういうことなんだな。
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カナと万華が今回のお出かけを計画したのには、もちろん裏の意図がある。
それは、観己と映真を恋仲にしようという、通称『ミオ×エマ作戦』。
その作戦は現在、『プライベートな空間においての距離感』を観察する段階にきていた。
……とまあ、そんな彼女らの心の内など、観己と映真は知る由もなく、一行はモール内のアイス屋の前に着いた。
【シーン1 ~アイスをお裾分け~】
「じゃーん! 現在、JKから絶大な支持を得ている『サーティージェラート』へようこそ!
フレーバーは全32種類! 期間限定を合わせたら、全40種類以上もあるよ!」
ノリノリで店を紹介するカナは、宛らインフルエンサーのようだ。
『サーティージェラート』なら、流石に俺でも知っている。
俺が中2になるまで、クリスマスは毎年、家族でこのチェーン店のジェラートケーキを注文していたからな。
今はまだ9月に入ったばかり。夏の暑さが尾を引いているため、需要があるのだろう。店の前には、既に5組ほどの行列ができていた。
それに並びながら、俺たちはメニュー表を読む。
「へぇー、どれも美味しそうだな……」
バニラやチョコミントといった定番なものから、スイカやチョコバナナといった変わり種まである。
……お!アップルシナモンだと?! これは実質アップルパイということか。購入確定だな。
……と、そうこうしているうちに、注文の順番が俺たちに回ってきた。
この手のアイス屋では、フレーバーを決める前に、先にサイズと個数を注文するようになっている。
定番はコーンのレギュラーシングルかな。ザ・アイスって感じだし。
「カップのスモールダブルを4つでお願いします!」
おい。万華の口から、全く逆の意見が出てきたぞ。
なに勝手に注文を済ませてんだコイツ。
「ちょっと万華、なんで……」
「高校生は、これで注文する人が多いと思うよ。
『ダブル』だと2つの味を選べるから、期間限定とかにも手を出しやすいし。スモールなら値段もあまり張らないしね。
何より、カップにすれば、アイスが溶けるのを気にする必要もなくてゆっくりできるでしょ?」
「な、なるほど……」
それが世論なのか。知らなかったなぁ。
……てかさっきも言った通り、そもそも俺には姉妹という『身近な女子』が存在するんだけどね、一応。
でもアイツら普通にコーンのトリプルとか注文してるし、一概にも『一般的な価値観』というのは無いのかもしれんが。
「へぇ……ありがとう、参考になったよ」
映真は万華に感謝の意を述べながら、ショーケースに並ぶアイスを眺めた。
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「うおー、アップルシナモンうまーっ!」
スプーンに乗せて一口頬張ってみると、そのあまりの美味しさに俺は思わず舌鼓を打った。
やっぱりアップルは正義だ。シナモンも正義だ。
その上、味を2種類選べるということで加えたバニラフレーバーの濃厚さが、最高にマッチしている。
「んー、生き返る〜」「冷えてやがるぜぇ〜」
万華とカナも、各々が選んだアイスを満喫している様子だ。
……で、1つ気になるのは映真だ。
「映真さ……なんで『キャラメルトリプルチョコ』なんて頼んでんの? いくらなんでも邪道じゃない?」
彼女のカップには、アップルシナモンアイスを押し潰すように、茶色の禍々しい球体が乗っている。
「いやぁ、なんか私の体が糖分を欲しててね」
「糖分を必要とする場面なんてあったか……?」
もしかして、映真の体に流れる女性ホルモンが、糖分の消費とかに影響を与えているんだろうか。
じゃなければ、甘ったるいものが嫌いなはずの『観己』があんなアイスを選ぶはずがない。
「観己も一口試してみる?」
「あ、じゃあ一応……」
映真の提案で、俺は茶色球体の表面の一部をスプーンで削ぎ取り、恐る恐る口に運んだ。
さてさて、お味は……
「……んあ、なんだこれ、あっま、うわっ」
案の定の、キツい甘ったるさだった。
「これは挑戦的な味だなぁ……」
「じゃ代金として、観己のバニラちょっともらうね」
「ちょっ、それはないだろ……!」
映真に己のアイスを取られまいと、必死に格闘していると……
カナと万華が、ボーッとこっちを見ているのが分かった。
「……どうかした?」
俺が聞くと、2人は目配せしたりニヤけたりと不審な素振りを見せた後、万華が気恥ずかしそうに答える。
「2人ともイチャイ……じゃなくて、仲良しで楽しそうだなぁって思って」
万華は途中で慌てて言い直したが、もう遅い。
「「……は?『イチャイチャ』?」」
俺たちの耳には、その言葉が確かに入っていた。




