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003


アルカの噴水広場。

串焼きに片手にベンチに座っていると目の前に可愛らしい少女がやってきた。


年のころは10歳くらいだろうか。

若いというよりは幼いと表現されるその容姿は見るからに薄汚れていた。

長い髪はボサボサで手入れがされておらず、身に着けた衣服は変な臭いが漂ってくるようであった。

所謂、孤児と言う奴だろうか?


そんなことを考えていると再び目の前の少女から可愛らしい音が鳴った。


―クゥ


お腹が空いているようだ。

少女の目は俺の手にある串焼きに釘付けだった。

その様子が可笑しくて俺は顔が綻ぶのだった。


「食べるか?」


だからこそ不意にそんな言葉が口から出た。

それを聞いた少女はキョトンとした表情をしたか。

どうやらそんな言葉をかけられるとは思ってもみなかったようだ。

しかしそれも一瞬ですぐさま笑顔を浮かべると元気いっぱいに口を開いた。


「いいの!?」


俺はその問いかけに笑顔を向けながら答えて上げるのだった。


「ああ、いいぞ。」


そう言って俺は少女の方に串焼きを差し出した。

少女は恐る恐るそれに手を伸ばす。

そして受け取った瞬間に今までで一番の笑顔を浮かべるのだった。


「こっちに座りな。」


俺はベンチの隣を指しながらそう言った。


「うん!」


それに少女は元気よく答える。

ベンチに飛び乗るようにして少女は腰を下ろした。

そして俺の顔色を窺うように視線を送ってくる。


俺はそれに頷き返すことで答えた。

すると顔に満面の笑顔が戻り、手にした串焼きに口をつけた。


瞬間、少女は飛び跳ねるようにして驚いた。

ゆっくりと口にした肉を咀嚼し、全身でおいしさを表現する。

それはまるで初めて口にした感動を表しているようであった。


1口また1口と食べ進めるがそのリアクションは衰えることは無かった。

ついに最後の1口となってしまったとき、少女の顔には残念そうな色がうかんだ。

いや、残念なんて生易しいものではない。

それこそ世界の終わりともとれるような絶望した表情だった。


そんな少女のしぐさがたまらなく可笑しくて俺は微笑みながら口を開くのだった。


「まだ、食うか?」


「え?」


「まだ、食べれるなら買ってやるぞ。」


「………ほんと?」


「ああ、本当だとも。」


俺はそう言うと立ち上がり、少女とともに先ほどの屋台に向かった。

心なしか周囲の人が俺を見る目が痛い。

あれ?

ロリコンに思われているのか?

通報されちゃう?


そんな心配をしながらも、それでも放り出したくないという意志の方が強く、少女に串焼きを買ってやるために屋台まで来たのだった。


「おっちゃん、串焼き………10本くれ。」


俺は屋台のおやじにそう言った。


「………あいよ。」


おやじは一瞬少女の方に目を向けて怪訝そうな表情をしたが、それだけ言うとすぐさま串焼きの作業に移った。


「ほれ、串焼き10本。大銅貨1枚な。」


ほどなくして、串焼きを手渡される。

俺は代金を渡してその場を後にする。

どことなく先ほど対応してもらった時よりも刺々しさを感じた。


ベンチに戻ると手にした串焼きを少女に渡してあげる。

そうすると少女はまたも満面の笑顔で串焼きに齧り付くのだった。


その笑顔を見ながら、俺も串焼きを1本取り出し口をつける。

硬い肉を噛みちぎり咀嚼する。

噛むたびに肉汁があふれてきて、それが程よい甘みを与える。

ちょっと塩、胡椒が足りないかなと思うがそれもまた個性と思うと決してまずいものでは無かった。

しかし、決して絶品ではない。


そんなものでもこれ程までに美味しそうに食べる少女を見てますます微笑ましい気持ちになるのだった。

俺は口をつけた1本の串焼きを半ば義務感のような気持ちで飲み込んだ。

その間にも少女は2本目、3本目の串焼きを平らげていた。

そんなにお腹が空いているならもっといろいろ買ってやればよかったなと少し後悔しながらも、少女のその食べっぷりを眺めるのだった。


遂に追加で買った串焼きも間食してしまった。

満足そうな笑顔を向けながら少女は口を開く。


「お腹いっぱい!ありがとう、おじさん!」


………おじさん。

確かにこれくらいの少女からすれば俺はおじさんか………。

まあ、いいや。


「どういたしまして。」


俺のその返答を聞いて少女は首を傾げている。

ジッと俺を見つめるその瞳からは何を考えているのか分からなかった。

しばらくして少女が再び口を開いた。


「リリはねリリって言うの。おじさんは?」


「リリ?ああ、名前か。おじさんはね赤真雄一って言うんだ。」


「アカマユーイチ!変な名前だね!」


リリは無邪気に笑いながらそう言った。

その様が余計に可笑しくて俺もつられて笑顔になってしまう。


「赤真は苗字だから雄一が名前だね。」


「ユーイチ?」


「そう、雄一だ。」


俺がそう言うとリリは再び首を傾げるのだった。

先ほどから悩んだり喜んだり感情が忙しない子だなと思う。

しかし、そんな彼女を愛おしくも思っているのだ。

俺がそんなことを考えているとリリは再び口を開いた。

次は不安そうな表情をして恐る恐ると。


「ユーイチは貴族なの?」


「貴族?リリはなんでそう思ったのかな?」


「だって、苗字があるから。」


この世界では苗字がある人は貴族なのか?

それともこの国ではそうなのかな?

どちらでもいい。

俺には関係の無いことだ。

だからこそ俺は正直にリリの疑問に答える。


「違うよ。俺は貴族じゃない。」


「そうなんだ!」


俺の答えを聞いてリリの表情には笑顔が戻った。

彼女にとって貴族と言うのは恐ろしいものなのだろうか?

確かに位の高い人はそれだけで恐れられるものだ。

仕方がないのだと俺は思う。


俺がそんなことを考えているとリリは俺の目の間に来て興奮しながら口を開いた。


「ねぇねぇ、ユーイチは何をしている人なの?」


何をしている。

難しいことを聞く子だ。

正直に魔王していますとは言えない。

んー………。


俺は頭を悩ませ、当り障りのない答えを探していた。


「不毛の大地で魔物を討伐している人………かな?」


その答えは疑問の形になっていた。

傍から見れば可笑しな答えをする人だと目に映っただろう。

それでもリリはそんなことを気にはしていなかった。

なおも興奮した様子で俺に話しかける。


「魔物を討伐ってことは冒険者ってこと!?」


「いや、冒険者じゃ無いかな………。」


「リリもね大きくなったら冒険者になるの!」


俺の言葉など聞こえてないのだろう。

彼女は俺の言葉を遮って勢いよくそう言い放った。


「強い冒険者になってね、魔物を一杯倒して、そして町の人に認められるようになるの!」


その言葉にはどこか影があったが彼女の表情はそんなものを感じさせないほどに朗らかなものであった。


「そうか、頑張らないとな。」


だからこそ俺は微笑みを浮かべながらそんな言葉を口にし、彼女の頭をなでて上げるのだった。


「!!」


瞬間、リリの体が硬直した。

表情から強張っているのがありありと理解できた。

何かに怯えているようだった。


何をそんなに怯えているのだろうか?

俺は訳が分からなかったがとにかく彼女にとってこの行為は恐怖を抱くことなのだとすぐさま止めようとした。

その時………。


手に何か硬いものが当たる感触がした。

それは人の頭部には決してないものだった。

それは骨のような感触だった。


それは………角だった。


リリの頭部。

その側面から羊の角のような巻角が左右から1本ずつ飛び出していたのだ。

俺はそれに驚いた。


そして、俺がそれに気が付いたことに気が付いたリリもまた驚き、恐怖から体を小さくするのだった。

心なしか肩が震えている。


これこそが彼女が恐怖する理由だったのだ。

これを俺に知られることこそが何より忌むべきことだったのだ。

俺はそれに気が付かされた。

そして自分の浅慮に頭が痛くなる思いをするのであった。


でも、そんなことは関係ない。

彼女の頭に何が付いているとかは関係ないんだ。

俺はリリが微笑みながら食べる姿を見て愛おしいと思ったのだ。


だからこそ俺は再びリリの頭を撫でた。

努めて優しく、慈しむようにしてリリの頭を撫でたのだ。


そんな俺の反応を感じてリリは驚いたようにこちらを見上げた。

その瞳には未だ不安の色が残る。

俺はそんなリリを思いやり、微笑みを浮かべながらリリの頭を撫でるのだった。

すると、リリは何も言わず俺に抱きついてきた。

俺も何も言わずにリリを受け止める。


しばらくそうして時間が過ぎていった。

1秒、2秒と時間が過ぎ周りの人々が見る目が気になってきたころリリが手を離した。

その表情は先ほどまでの笑顔が戻っていた。

それを見て俺はもう大丈夫だと確信するのであった。


--


「リリはね魔族って言うらしいの。」


落ち着きを取り戻したリリが唐突にそう言った。


「魔族?」


聞きなれないその単語を俺は聞き返していた。

字面から明らかに魔物や魔王に関連してそうな言葉だ。


「うん。大昔に魔王が生み出した種族なんだって。だからリリは人類の敵なんだって………。」


当たりだった。


魔王。

それは人類種の敵対者だ。

当然その魔王に組するものも同様の扱いを受けるだろう。

魔王が生み出した存在なんてその最たるものだろう。


だからこそリリはこれに気づかれることを恐れたのか。

自分が魔族と気づかれれば、人類の敵対種として迫害を受けるのは目に見えていたから。

実際彼女はこの町で生活していてそういた迫害を受けているのだろう。


だからこそお腹を空かせて1人でいたのだろう。

それこそ、食べるものも満足に手に入らないような生活をしているのだろう。

それもすべては魔王に生み出された種族だからこそ。


でも………。


「大昔ってどれくらい昔なんだ?」


「うんとね。ずっと、ずーっと昔。リリのお祖母ちゃんのお祖母ちゃんのそのまたお祖母ちゃんが生きてた頃よりも昔なんだって。」


それほど昔の争いを今でも引きずっているなんて………。

そんな理由でリリが怖い思いをしているなんて………。


俺はどうしようもないやるせなさを感じていた。


「リリ以外の魔族はどうしているんだ?」


「分からない。お父さんはずっと前に死んじゃった。お母さんも少し前に死んじゃったの。それ以外の魔族をリリは知らないから。でも、どこでも同じような扱いだって聞いたことある。」


「この町にリリ以外の魔族はいないのか?」


「うん。見たことない。」


「そうか。」


リリには味方になってくれる人がいないのか………。

唯一の味方だった両親も失って1人寂しく生きていたんだ。


そんな俺の憐れむような視線を受けながらもリリは笑顔を絶やさなかった。


「でも、リリ大丈夫だよ!確かにお母さんが死んじゃった時は寂しいて思ったけど、それでもリリには夢があるから。いつか冒険者になって活躍して町の人たちに認められるの!冒険者なら魔族だろうと関係ないから!」


そう元気いっぱいに口にする彼女を見て俺はつられて笑顔を見せるのだった。


そんな彼女の夢を守りたい。

彼女のために俺は何かできないか?

あったばかりの彼女に俺は感情移入してしまっていた。

現代日本で平和に暮らしていた俺からすれば彼女のような存在を見ていたたまれないのだ。

だからこそそんな保護欲ともとれる感情があふれてきていた。


だからこそ不意にそんな言葉が出てきていた。


「なあ、リリ。この町を案内してくれないか?」


「え?」


「実を言うとな俺今日がこの町初めてなんだ。だからこの町に詳しいリリに案内してもらいたいんだ。案内してくれたらお小遣いを上げよう。」


俺はそう言って懐から金貨を1枚取り出し、リリに手渡した。

リリはそれを見て目を丸くしていた。


「ちょっと、ユーイチこれ金貨だよ。こんなに貰えないよ。」


焦ったようにそう口にして金貨を俺に返そうとするリリに俺は首を横に振ってそれを固辞した。


この金は今のリリにこそ必要なものなのだ。

だからこそ彼女に渡すと決めた。


リリは俺のその様子を見て諦めてその金貨をしまう。

そして恐る恐る俺の方を向いて口を開いた。


「もう、返してって言っても返さないからね。」


「ああ。その代わりちゃんと案内してくれよな。」


俺がそう言うとリリの表情に笑顔が戻った。

そして堂々と胸を張って口を開くのだ。


「任せてよ。リリがこのアルカを案内してあげるわ。」


リリのその言葉を受けて2人は歩き始めた。

アルカの町を堪能するために。


--


「ここは商店通りって言っていろんなお店があるの。」

「ここは町一番の教会。休みの日はいろんな人が来るの。」

「ここは町の開拓を記念して建てられた資料館なの。」


リリは元気いっぱいそうやって町の様々なところを紹介してくれた。

どこもかしこも俺にとっては目新しいものでリリの案内はとても助かった。

そんな中でふと俺は気になることを聞いた。


「次はどこ行こうかな………。」


「リリ聞いてもいいか?」


「何かな?」


俺の質問にも嫌な顔せずに答えようとする姿勢を取る。

彼女は本当に良いガイドさんだった。


「さっきから町の南側によっているけど、北側は何があるんだ?」


そう、下記程からリリの案内は南側によっているのだ。

唯一教会の紹介の時に一度北側に差し掛かったがそれより先にはいかずに南側に戻ってきてしまった。

だからこそ気になってそう聞いていた。


「町の北側は貴族様がいるの。だから………。」


ああ、リリは貴族が怖いから近寄りたくないのか。

それなら納得だ。


「ああ、わかったよ案内を止めちゃって悪かったな。」


「いいの。じゃあ、次行くよ。」


リリはすぐさま元気を取り戻すと次の目的地目指して歩き出した。

俺もその後についていく。


--


「ここはね冒険者が持ち込んだ魔物の素材を競売にかける場所なの。」


そこは屋根が取り溶けられただだっ広い広場だった。

しかし、そんな場所に人が殺到していた。

周りにいる人間は商人だろうか。

皆、思い思いの格好をして中に置かれた魔物の素材を吟味している。


これら魔物の素材は不毛の大地で取れたものだろう。

俺も見たことのある魔物が素材となってそこに陳列されていた。


広場の最も奥では今まさに競売が行われていた。

大きな魔物の素材を前に商人が金を競い合う。

たった今、競り落とした。

恰幅のいい商人が堂々と胸を張る。

それを周りの商人が羨ましそうに眺めていた。


確かにこの光景は前世の築地や豊洲と言った市場を彷彿とさせるものであった。

俺はその光景を見て興奮を抑えられなかった。


「この競売所の運営は冒険者ギルドが執り行っているの。毎日持ち込まれる魔物の素材を商人たちが高額でやり取りするの。すごいよね?」


リリが期待を込めた瞳でそう口にする。

俺はリリの方に向き直り素直な感想を口にする。


「ああ、確かにすごいな。」


壮観であった。

こんな競売が毎日行われるということはそれだけ魔物の素材が供給されているということ。

それだけ冒険者が不毛の大地で活躍しているということだ。


その事実に俺は素直に驚嘆するのであった。


「次はこっち。」


そう言ってリリが手を引く。

俺はされるがままにリリについていった。


そこは競売所のすぐ隣にあるとても大きな建物だった。


「ここはね冒険者ギルド。」


リリが自信満々にそう口にする。

彼女にとっては夢の舞台なのだろう。

だからこそ目を輝かせながらそう口にしていた。


「冒険者が日夜訪れては魔物を換金していく場所なの。」


「へー、魔物の換金か。」


いわれて思い出す。

そう言えば俺も不毛の大地で魔物を討伐していた。

そしてアディに言われてその魔物の死体を魔法で運んでいたのだ。


所謂、空間魔法と呼ばれる魔法らしい。

こことは次元をずらした空間を利用して自由にものの出し入れをする魔法だ。

その魔法で運んできた魔物の素材をどこかで換金しようと考えていた。

ちょうどいい。


「少しよって行って良いか?」


「うん!」


俺のその言葉に元気よく答えるリリ。

彼女自身も冒険者ギルドの中に入れるとあって嬉しいのだ。

そんな彼女とともに冒険者ギルドの扉を潜った。


ギルドの中は多くの人でにぎわっていた。

大きな建物に相応しい大きな部屋の奥には長いカウンターが設けられており、そのカウンターの向こうではギルドの職員らしい人たちが忙しそうに働いていた。

カウンターのこちら側にいるのは冒険者なのだろう。

皆、思い思いの格好をしていた。

共通することと言えば皆武器を携帯していることだ。


珍しいものを見る目でそんな光景を見ているとひとりの冒険者に声をかけられた。


「おいおいおいおい。なんか魔物臭いと思ったらこんなところに魔族がいるじゃねぇか。」


その声はリリの様を嘲るような言葉であった。

俺はそれに怒りを露にして振り返った。

そこにはアルカの外門前で出会った大柄の男がいた。

途端、俺の顔を見た大柄の男は顔を青くしながら後ずさって口を開いた。


「お、お、おまえは!」


その驚きはもっともだ。

俺自身も突然の再開に驚きの色を隠せないでいた。

しかし、今は再開を驚いている場合ではない。


「おい、おまえ。今の言葉を撤回しろ。」


俺は静かにそう言った。


先ほどこいつはリリのことを魔物と同列に扱ったのだ。

その言葉を撤回させることこそがこの場での最優先事項だ。


俺は男に詰め寄りながら努めて威圧的に再び口を開いた。


「もう一度言う。撤回しろ。」


しかしその言葉に対する回答は俺の思っていたものとは違った。


「誰が撤回なんてするかよ。おまえ知らないなら教えてやる。その女は魔族なんだよ。魔王に生み出された下僕だ。つまり魔物と同じさ。」


一応は俺の威圧が効いているのか声を震わせながらもそう口にする男の表情には自信が現れていた。

自分の言っていることは正しいのだ。

そう信じてやまない表情であった。


その事が殊更俺の怒りを冗長させる。


「リリが魔族と言うことは知っている。そのうえで言っている。撤回しろと。」


俺は静かにそう言った。

男を睨みつけ、魔力を滾らせ、今にも殺してやると言った風を装いながらそう言ったのだ。

その俺の威圧に男は後ずさり、ついにはしりもちをついてしまった。

それでも撤回をしようとしない男に俺はついに手を上げ………。


「まって、ユーイチ。」


なかった。

とっさのところでリリの静止が入ったのだ。

リリは少し悲しそうに眉をひそめながらもそれでも賢明に笑顔を作って口を開いた。


「いいの、ユーイチ。リリのことは気にしないで。」


「でも。」


「いいの。」


リリはそう言って俺にすり寄る。

俺はそのリリの頭を優しく撫でてやった。

そして無様に座り込んでいる男を一瞥すると翻ってカウンターに向かうのだった。


「おい!待てよ!!」


しかし、すぐに呼び止める声がする。

先ほどの男だ。

俺はリリを俺の背後に隠して再びその男に向き直った。


「なんだ?さっきのことなら見逃してやる。とっとと消えろ。」


無感情にそう口にする俺を前に男は顔を真っ赤にするのだった。


「外門前のことと言い我慢ならねぇ。おまえ俺らのことをなめてやがるな!?」


「俺らって誰のことだよ。少なくともおまえのことは取るに足らない存在だと思っているよ。」


俺の言葉を聞いて男はさらに顔を赤くして怒りを露にする。

そしてそんな男に近寄るものがいた。


「イーゴリ。そいつか?」


そいつは目の前の大柄の男よりもさらに大きな男であった。

筋骨隆々と言う言葉が似あうそのいで立ちからは底知れぬ威圧感を感じるのであった。

周りにいる冒険者もその男の登場でざわついている。

それだけ有名な冒険者なのだろうか?

そんな巨漢にイーゴリと呼ばれた大柄の男は答えた。


「はい、リーダー。こいつが外門前で俺たちに難癖付けた野郎です。」


その言葉には色々と言いたいことはあったが俺は馬鹿馬鹿しくて口にはしなかった。

そしてその言葉を聞いた巨漢は1度頷くと俺に向き直り口を開いた。


「俺は赤竜の翼のリーダー、ベルナンドだ。」


「俺は雄一だ。で、その何とかのリーダーが何の用だ?」


こいつは何をいきなり自己紹介しているんだ?

イーゴリと俺のやり取りを見てたんじゃないのか?


俺がそんな疑問を頭に浮かべているとベルナンドが口を開いた。


「外門前では俺の仲間が世話になった。」


「ああ。世話ってよりは躾の方が言葉としては適切かもな。本当に駄目だぜ。馬鹿どもを放逐するのは。ちゃんと織の中に入れておきな。」


俺のその言葉を受けてベルナンドは頷くように俯いて「イーゴリの言っていたことは本当だったか。」と小さくつぶやいた。


いや、嘘しか無いですけど。

今のやり取りで何でそう思ったのだ?

赤竜の翼には馬鹿しかいないのか?


俺がそんなことを考えているとベルナンドは腰の剣を引き抜いた。


「仲間が世話になった。ついてはその返礼をお渡ししよう。」


「はぁー。」


俺は深くため息を吐いた。

駄目だ。

何でこうなる。


今さらイーゴリの言っていることは嘘ですよとでも言ってみるか?

いや、明らかにこいつの目は問答無用だと言っていた。

どうしても戦わないといけないか?

いや、待てよここはギルドだ。

ギルド職員が止めてくれるんじゃないか?


俺は期待を込めた目でカウンターの向こうの職員に視線を送る。

皆不安そうな目をしているが止めるものはいなかった。

仕方なく俺はその姿勢のまま口を開いた。


「なあ、ギルド職員さんよ。」


「………はい。」


俺にほど近いカウンターに座っていた受付嬢がその言葉に反応した。


「これ止めなくていいのか?」


俺はそう言ってベルナンドを指で示した。

それを聞いて受付嬢は焦ったような表情をして他の職員に助けを求める。

ほどなくしておくから少し偉そうな細身の男性職員がやってきた。


「冒険者ギルドでは冒険者同士の諍いに基本的に不介入を貫いています。そのため、今回の争いもお二人の間で決着をつけてください。」


如何にも文面通りと言ったふうにそう口にする職員を見ながら俺は返答した。


「俺は冒険者じゃないけど、それでもギルドは不干渉か?」


「そ、それは………。」


どうやらそんなことは無いようだ。

ギルド職員は言いよどむ。

これで押せば争いを止められるかな?


俺がそんなことを考えていると不意にベルナンドから声がかかった。


「おまえは冒険者じゃないのか?」


俺は再びベルナンドに向き直りその問いに答えた。


「そうだけど。それなら剣を引いてくれるか?」


「いや。おまえが冒険者であるかどうかは仲間の受けた恥辱に関係は無い。」


「はぁ、本当に嫌なんだよ、弱い者いじめは。なあ、ギルド職員さんよとっととこれを止めてくれよ。」


俺はなおも尊大にそう口を開く。

しかし、ギルド職員は誰も動かない。

仕方が無いか………。


「もういいよ。………とっとと来いよ。」


俺はベルナンドを手招きするようにして挑発した。

そんな挑発を受けてもベルナンドはなおも冷静だった。

一言、「参る。」とだけ口にすると構えた剣を振り上げ、次の瞬間には俺めがけて振り下ろした。


俺はそれを冷めた目で見ていた。

避ける必要などない。

ただ魔法を放つだけだ。

使う魔法は外門前で使ったのと同じ炎の魔法。

俺が生み出した炎は瞬く間にベルナンドを包み込んだ。


殺すのはまずいよね………。


俺は炎を制御してなるべく体に傷がつかないようにする。

一方でベルナンドが手に持った武器は別だ。

高温で熱せられた剣は見るも無残に溶解してしまった。


俺は手を振って魔法を解除する。

その場には大した傷もないベルナンドがしりもちをついていた。

手には使い物にならない剣の柄のみを握っていた。


その様子を見て俺はもう一度口を開く。


「もういいだろ?いい加減消えろ。」


「いや、まだだ!仲間の恥辱を晴らさずして何がリーダーか!」


ベルナンドは手に持った剣の柄を捨てて拳を握る。

俺はそれを呆れた目で見ていた。


「俺はどんなにボロボロにされようとも諦めないぞ!」


そう宣言するベルナンドに俺は再び魔法を使った。

次は風の魔法だ。


「じゃあ、寝てろ。」


後頭部を強く打つように放たれたその魔法はベルナンドの意識を刈り取った。

ベルナンドはその場に倒れ伏してしまった。

その様子を見て俺は事の元凶………イーゴリに目を向けた。


「っひ!!」


イーゴリは怯えたような表情で俺を見る。


「それを持って消えろ。」


俺は床に倒れ伏しているベルナンドを指さしながらイーゴリに言い放った。

イーゴリは慌ててベルナンドを担いで冒険者ギルドを後にした。

その様子を俺は呆れた目で見るのであった。


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