5話
あれからまた、寒い冬が来た。そして、お日様がポカポカ暖かい春が来た。
お日様がポカポカしてくると、思い出す。ヒロシと初めて出会った日の事を。
僕は今日も、棲み家にしている、神社の縁の下で、眠りから目覚める。起きたら最初に、縁の下から顔を出して、クンクン周りの匂いを嗅ぐ。ヒロシの匂いがして来ないか、ちゃんと毎日、毎日、忘れずに確認をしているんだ。
今日も、僕がドッグフードよりも大好きなヒロシの匂いは、してこなかった。だけど、お日様がポカポカして暖かい春なんだから、初めて出会って友達になった春なんだから、きっときっときっと、明日こそは、ヒロシの匂いがしてくるはずだよ。
最近の僕は、ほとんど街に出掛ける事をしなくなったんだ。
前までは、ヒロシと母さんの次に大好きな、ベスおじさんのところに行って、ベスおじさんのお話をちゃんと聞いて、ご褒美にドッグフードを分けて貰ってたんだけど、今は、ベスおじさんのところにも、本当にたまにしか顔を出さなくなったんだ。
僕は、朝の確認が終わると、神社の縁の下の棲み家に伏せて、目を閉じる。寝ている訳じゃないからね。目を閉じていても鼻だけは、クンクンさせて、周りの匂いを、感じているんだ。
今日も、そろそろやって来る時間かな?
ヒロシが突然消えちゃってから毎日、朝と夕方に人間の女の人が神社に来るようになったんだ。
あの日、僕が服の裾を咥わえた女の人。僕を抱き上げて撫でてくれた女の人。ヒロシとドッグフードの次に大好きな匂いのする女の人。撫でてくれる手がヒロシの次に暖かな女の人。
その人は、ヒロシの母さんなんだって。だから、良い匂いがして、暖かな手をしてるんだね。
ヒロシの母さんは、毎日、毎日神社にやって来る。そして、必ず神社に向かって、頭をさげて、手を合わせてる。あれは、何をしてるんだろう?
その後は決まって、僕の棲み家のすぐ前まで来て、僕の名前を呼ぶんだ。
ヒロシが消えちゃってから、ヒロシの母さんが、毎日、僕にご飯を持ってきてくれるんだよ。それも、僕の大好きなドッグフード。
僕は、喜んでドッグフードをムシャムシャ食べるんだ。
食べてる間、ヒロシの母さんは、僕をヒロシの次に暖かい手で、ずっと撫でてくれる。
自然とシッポもブンブンしちゃう。
僕がご飯を食べ終わると、ヒロシの母さんは、神社の縁側に、腰を下ろして、お膝の上に僕を乗せてくれて、暖かい手で僕を撫でながら、色んなお話をするんだ。
ヒロシが、赤ちゃんだった頃のお話とか。初めて立った時のお話とか。初めてしゃべった時のお話とか。たくさんたくさんお話してくれるんだよ。
僕は、僕の知らないヒロシの、お話がすぐに大好きになっちゃつたから、黙って静かに聞いているんだ。
ベスおじさんも、言ってたもんね。お話を聞くときは、静かに聞かないとダメだよ。って。
そろそろ、今日のお話が終わるかな? 今日も、ちゃんとヒロシの役目を、僕が代わりにやってあげるからね。大好きな友達の代わりにやるんだから、僕にまかせておいてよ。
ヒロシの母さんは、お話が終わると、いつも決まって、悲しそうな顔をして、目から涙を流すんだ。
本当は、ヒロシが拭いてあげなきゃダメだと思うけど、ヒロシは、どこかに消えちゃって、まだ帰ってこない。だから、一番の友達の僕が、ヒロシの代わりに、ヒロシの母さんの涙を、ペロペロ舐めてあげるんだ。
今日のお話は、ヒロシの小さな頃のお話じゃなくて、ヒロシの母さんが毎日、神社に向かって、やっている事を僕に教えてくれたんだ。
神社には、神様が住んでるんだって。僕は初めて知ったよ。
ベスおじさんに今度教えてあげようかな。でも、ベスおじさんは、僕より物知りだから、きっととっくに知ってるかもね。
ヒロシの母さんは、神社に住んでる神様に向けて。
『ヒロシが帰ってきますように。ヒロシがどこかで元気でいますように』
そう神様に、お願いをしているんだって。とっても良い事を聞いちゃった。僕も、明日から、ヒロシの母さんと一緒に神様にお願いする事に決めたよ。僕とヒロシの母さんと一緒にお願いしたら、ヒロシの母さんだけより、大きな声で、神様にお願いが届くと思うもん。
ヒロシの母さん。今日も僕の大好きなご飯のドッグフードをくれてありがとう。今日もたくさん撫でてくれてありがとう。今日もたくさんお話をしてくれてありがとう。
ヒロシとベスおじさんの次に大好きだよ。




